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第27巻「絆たちの戦い」

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55.兄弟

 飛竜使いの兄弟がフルートたちを案内したのは、港から少し離れた路地裏の店でした。一階は普通の居酒屋ですが、二階は貸し切りの部屋になっていました。

 部屋に入るなり、イズーという男はまた恋人に事件の顛末を話し出しました。飛竜の朝練から倉庫に戻ったら、訓練に出なかった暴れ竜が、世話をしていた新入りにいきなり襲いかかったこと、逃げ遅れた自分も右腕を食われて気を失ったこと、気がついて激痛に襲われていたら「この人たち」が不思議な光で照らして腕を治してくれたこと、さらに「この人たち」はものすごい怪力や空を飛ぶ犬で暴れ竜と戦い、とうとう眠り粉で竜を倒してしまったこと──。

 「この人たち」と呼ばれたフルートたちは、兄弟や恋人の女性から何度も驚いたような目を向けられました。イズーの話が終わると、リーダーだった長兄が言います。

「なるほど、あんたたちは魔法使いだったんだな。いや、本当に助かった。あんたたちは俺たちの恩人だよ。ありがとう」

 あまり素直に感謝されたので、勇者の一行のほうが逆に驚きました。

「あんたら、俺たちを警戒しねえのかよ?」

 とゼンが思わず尋ねると、兄弟たちは不思議そうな顔をしました。

「警戒? どうして?」

「どうしてって……犬がしゃべったり変身したりしただろうが」

「その犬たちはコーなんだろう? 見るのは初めてだが、話には聞いていたから知っているよ」

 コー? と今度は勇者の一行が聞き返すと、ポチが言いました。

「ワン、南大陸では、賢くてことばを話す動物のことをコーって呼ぶんですよ。数は少ないけど、たまに見かける、って前にアマニが話してました」

「それじゃ、金の石の勇者というのは聞いたことがありますか?」

 とフルートは尋ね、兄弟たちがますます不思議そうな顔になったので、思い切って言ってみました。

「それはぼくたちのことなんです。最近、金の石の勇者について変な噂を聞いたことはなかったですか?」

 兄弟たちはいっせいに首を振りました。暗黒大陸と呼ばれる南大陸は、他の大陸から隔絶されている場所なので、金の石の勇者のことも、闇がらすが世界中に吹聴した噂も、まったく伝わっていなかったのです。

 

 なんだ──と一行が拍子抜けしたところに、店の女将(おかみ)が階下から料理を運んで上がってきました。部屋の真ん中のテーブルに山盛りの料理を置き、全員に酒のジョッキを配りながら、兄弟たちへ話しかけます。

「あんたら、竜に襲われたんだって? 大丈夫だったかい? 飛竜は猫みたいにおとなしいって聞いてたのに、とんでもなかったねぇ」

「暴れた竜は特別だよ。ギルド生まれの竜じゃなくて、ズウェンさんがどこからか買いつけてきたヤツだったんだ。とにかく凶暴で手に負えなかったのに、竜飼いもどこかで見つけてきて、こいつがいれば大丈夫だからって、俺たちの竜舎に押し込んだんだ」

 と兄弟のひとりが答えると、女将は肩をすくめました。

「ズウェンも以前はもうちょっとまともだったんだけどねぇ。外から黄色い竜飼いたちが来て、竜の数が増え始めたら、目の色変えて商売するようになっちゃってさ。最近は良くない噂も聞いてたよ。かなり危ないことにも手を出してるんだろう?」

 兄弟がまた答えようとすると、長兄が遮るように言いました。

「まぁな──だから、俺たちはズウェン商会を辞めてきたんだ。俺たちの待遇も良くなかったしな。この先どうするか、これから相談するところなんだ」

 すると、女将はからからと笑いました。

「それは大丈夫だろ! あんたたちなら、どこででも雇ってもらえるじゃないか! しっかり相談して、できるだけ条件のいいところに移りな。二階には誰も近づかないようにしといてあげるからさ!」

 女将が空の盆を小脇に階段を下りていくと、兄弟たちが話し出しました。

「死んだ親父がこの店の常連だったから、女将さんは俺たちのことを子どもの頃からよく知ってるんだよ」

「俺たちの親父も飛竜屋だったからな。俺たちも見よう見まねで竜に乗れるようになったんだ。この辺の飛竜屋の中では一番の腕前だから、いつまでも嫌なズウェンのギルドになんていなくていいってわけさ」

「もっとも、あの黄色い竜飼いたちには全然かなわないけどな。あんたたちも見たかい? 鞍も手綱もない竜で飛ぶなんて、信じられないよな、ホントに……」

 兄弟たちはいつの間にかすっかりフルートたちに打ち解けていました。口々に話しかけてきます。

 長兄が酒のジョッキを掲げて声を上げました。

「とりあえず乾杯だ! そら、あんたたちもジョッキを持て! この店のエールはうまいんだぞ!」

「よせって! 俺たちはまだ呑めねえんだよ!」

 無理に乾杯させられそうになって、ゼンがわめきます──。

 

 すると、いきなりメールが立ち上がりました。細い腰に手を当て、身を乗り出して言います。

「ちょっと! いいかげん本題に入ろうよ! あたいたち、こんなことしてる場合じゃないんだからさ!」

 短気な彼女はとうとう我慢できなくなったのです。イズーの横に座っていた恋人を、遠慮もなく指さして尋ねます。

「あんたさ、それ、どうやって手に入れたんだい? 教えとくれよ!」

「え? この鞄のこと?」

 と恋人は驚いて、肩から下げていた鞄を引き寄せました。その蓋には緑色の飾り石がついています。

 とたんに陽気に飲み食いを始めていた兄弟が、ぴたりと動きを止めました。全員の目がイズーに集まります。

 恋人のほうは、そんなことには気づかずに答えました。

「一昨日、イズーからもらったのよ。仕事のお土産にね。けっこう綺麗だから、あたしは気に入って──」

「それ、あたいたちの友達の鞄なんだよ」

 とメールは遮って言いました。経緯を知っているらしいイズーへ目を向けます。

 そのとたんフルートが動きました。椅子を蹴ってイズーに飛びつき、上着の襟首をつかんでどなります。

「彼女は──ポポロはどこだ!? 彼女をどこにやった──!?」

 フルートにいきなり問いただされてイズーは仰天し、思わず後ろへひっくり返りました。フルートと一緒になって床に倒れます。

 兄弟たちは驚き、フルートを弟から引き離そうとしました。恋人もびっくりして立ちすくみます。

「な、なに……!? 急にどうしちゃったのよ!? ポポロって誰のこと!?」

「その鞄の持ち主さ。フルートの恋人なんだよ」

 とメールが言うと、兄弟はまた動きを止めました。青ざめた顔でフルートを見ます。

 イズーも抵抗をやめていました。自分にのしかかっているフルートを見上げて言います。

「あんたの……恋人だったのか……?」

「そうだ!」

 とフルートは答えました。ここまで我慢に我慢を重ねてきたものが一気にあふれそうになって、それ以上言うことができませんでした。こみ上げてきた涙を必死でこらえます。

「だから持ってきたりしたらまずいって言ったんだよ!」

「それなのに、イズーがミワにやったりするから──!」

 他の兄弟たちがまた口々に言い始めたので、ゼンはにらみつけました。

「おまえらもポポロを知ってるんだな。ポポロをどこにやったんだよ? 事と次第によっちゃ、ただじゃおかねえからな」

 ゼンはひどく低い声になっていました。爆発寸前の危険な声です。

「待ってくれ! ちゃんと話すから、弟たちには手を出さないでくれ!」

 と長兄が言ったので、ようやくフルートは立ち上がりました。

 イズーも立ち上がると、ミワという恋人に耳打ちしました。彼女はちょっと嫌な顔をしましたが、鞄を逆さにして中身をテーブルに出すと、空になった鞄をフルートに渡しました。イズーを肘で小突いて言います。

「早く! いったいどういうことなのか、あたしにも説明してよ! どうして他人の鞄をあたしにくれたりしたの!? 盗んだの!?」

「違う! 落ちてたんだよ! 返したくても、もう彼らは先に飛んでいってしまったから──」

 とたんにルルが歯をむきました。

「先ってどこよ!? ポポロをどこに連れて行ったの!?」

 長兄は手を振りました。

「わかったわかった。今話すから、とにかく座ってくれ──!」

 

 そこで、全員はまたテーブルを囲んで座り直しました。先ほどまで陽気だった兄弟が、今はひどくばつの悪そうな表情になって目をそらしています。

 長兄だけがフルートたちに向き合って話し出しました。

「まず、一番先にこれを言わせてくれ。俺たちは、あれに人間が入ってるなんて知らなかったんだよ。ただ、メイから荷物が届くから、それを運ぶように言われただけだったんだ。わかっていたら、俺たちは絶対手を貸さなかった」

 フルートは膝の上の鞄を見つめながら尋ねました。

「ポポロは生きていたんですね?」

 単刀直入な質問に、足元のルルとポチが、ぎょっとフルートを見上げます。

 長兄はうなずきました。

「もちろん生きていた。でも、薬か何かで眠らされているようだったな。ちょうど、その──棺桶のような箱に入れられていたんだ。箱には蓋が付いていて、全体が布張りになっていた。それをあの新入りが例の暴れ竜でメイから運んできたから、港で受け取ってクグンまで運んだんだ。一頭で充分運べる荷物だったのに、俺たち全員が動員されたから、妙だな、と思って、最後の休憩のときに中を確かめてみた。そうしたら──」

「中にポポロがいた」

 とフルートが言ったので、長兄はまたうなずきました。

「俺たちは仰天したよ。ルボラスでは人身売買した奴は国外追放だからな。裁判所でわけを話したって、そこまで運んだのは俺たちだから、俺たちはきっと有罪だ。ズウェンだって俺たちをただじゃおかないに決まっている。何も見なかったことにするしかない、ということになって、クグンまで運んで、そこでマーズの連中に引き渡したんだ。マーズってのは、同じズウェン商会に登録している飛竜屋だよ。俺たちのようにズウェンの飛竜で荷物を運んでいるんだ。そこから俺たちはまたマシュアに引き返したんだが、その途中、休憩所に立ち寄ったら、鞄が落ちていたんだ」

「蓋を開けたときに外に落ちたのか」

 とゼンは言いましたが、メールは首をひねりました。

「さっき、ポポロは棺桶みたいな箱に入れられてた、って言ったよね? それでどうして鞄が外に落ちたのさ? 普通落ちないだろ?」

 すると兄弟のひとりが、ぎくりとしました。全員から注目されると、弁解するように言い出します。

「コ、コートなんか着てえらく暑そうだったから、ぬ、脱がしてやろうとしたんだよ。で、でも、なんでか全然脱がせられなくて、か、鞄だけしか──」

 とたんにゼンがフルートの腕を抑えました。フルートが剣を抜きそうになったのです。

「落ち着け。気持ちはわかるが、おまえが暴れたら手がかりが消えるぞ」

 フルートはゼンをにらみつけました。

「これがポポロじゃなくてメールだったらどうだ? ゼンはどうする?」

「そりゃあ……もちろん、こいつの首根っこを胴体から引っこ抜いて、二度とメールに手を出せないようにしてやるけどよ」

 それを聞いて、兄弟たちは全員が震え上がりました。長兄が必死で言いわけします。

「暑いんだよ、クグンは! あんなのを着ていたら暑くて死んでしまうんじゃないかと思って、弟は親切でやってやろうとしたんだ! 本当だ!」

「本当に? あんたまで一緒になってたんじゃないでしょうね?」

 とミワがイズーに疑いの目を向けたので、とんでもない! とイズーも必死で弁解を始めます。

 ところが、ルルだけは騒ぎをよそに、ほっとした顔をしていました。

「お母さんのコートのおかげだわ。お母さんは一針一針に守りの魔法を込めてあれを縫ったから、あの子をずっと守っているのよ……」

 嬉し涙を浮かべた顔を、ポチがぺろりとなめます。

 

 やがて、フルートはやっと落ち着きを取り戻し、平謝りの兄弟たちに言いました。

「あなたたちがポポロの鞄を拾ってくれたおかげで、ぼくたちはそれを手がかりにここまで来ることができた。だから、この件はもう不問にします。あなたたちが人とは知らずに運んでいたことも信じます。だから、教えてください。クグンというのはどこです? ここからどっちの方角に当たりますか? 最終的に、ポポロはどこに連れて行かれたんでしょう?」

 ことばは丁寧でも厳しい声でした。

 長兄は冷や汗をかきながら答えました。

「クグンはここから南南西の方角だ。最終的にどこまで運ぶのか、俺たちは知らされてなかったんだが、マーズの連中が飛んでいった方角から見て、バルバニーズの屋敷に連れて行かれたんじゃないかと思う」

「バルバニーズというのは?」

「このルボラスで五本の指に入る豪商だ。王様より金持ちで権力があると言われていて、ズウェン商会とも取引がある。豪商たちはみんな外の世界に商売を広げようとしているんだが、バルバニーズはその中でも一番なりふりかまわない奴だ。人間だって平気で誘拐するだろう」

 それを聞いてフルートは少し考え込み、つぶやくように言いました。

「南大陸の人たちはぼくたちのことを知らないけれど、バルバニーズは知っていたんだな……」

 兄弟は驚きました。イズーが尋ねます。

「君たちは外の世界じゃそんなに有名なのか? ひょっとして、あの子は王女様なのか?」

「違います」

 とフルートは言って唇を噛みました。またポポロの鞄を見つめます。

 サワがイズーをどんと小突きました。

「もう、なんてこと言ってるのよ! 恋人なのよ? 王女様なんかよりずっと大事に決まってるじゃない!」

 彼女はフルートにすっかり同情的になっていました。身を乗り出して話しかけます。

「なんでも聞きたいことを聞いて。みんなが教えてくれるから。バルバニーズのところに行って、早く恋人を助け出してあげなさい──。この人たちのしたことを許してやってね。本当に、みんな悪気はなかったのよ。今までまっとうに働いてきた兄弟なんだもの。誘拐なんて手伝わされて、自分たちでもどうしたらいいかわからなかったんだわ」

 フルートは黙ったままうなずきました。そのまま何も言おうとしなかったので、代わりにポチが言いました。

「ワン、バルバニーズって人の屋敷について教えてください。ここからどう飛んだら着くのかとか、どんな警備体制になっているのか、とか」

「わかった! 俺たちが知ってることは全部教えよう!」

 お詫びの気持ちもあったのでしょう。長兄は力を込めて言うと、弟たちと交代しながら、豪商バルバニーズについて語り始めました──。

2020年10月16日
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