ゼンが倉庫の扉を開けると、外では入り口を取り巻くように人垣ができていました。
一番前で待っていたメールが歓声を上げてゼンに飛びつきます。
「良かったぁ! 時間がかかってるから心配したじゃないのさ!」
ゼンに続いて飛竜使いの男も出て行ったので、こちらには仲間の男たちが駆け寄りました。
「イズー!」
「無事だったな! 良かった!」
「怪我は!? 新しい竜はどうなった!?」
「あ、ああ……」
イズーと呼ばれた男は夢でも見ているような顔で生返事をすると、自分の右腕を抱きました。一度は飛竜に食われてしまった腕ですが、今は元通りになっていて、動かすこともできます。
続いて外に出たフルートが代わりに答えました。
「暴れてどうしようもなかったので眠り薬を使ったら、死んでしまいました。すみません。他の飛竜も眠っているけど、こちらはみんな生きてます──。それより、怪我した方がいませんでしたか? 手当は?」
先に血だらけで飛び出した男がいたはずだったので心配すると、ひとりが答えました。
「大丈夫、ただの返り血だ。それより、暴れ竜は死んだのか。良かった。とにかく気が荒くて、隙さえあれば噛みつこうとするから、誰も手を出せなかったんだ。新入りだけが世話できたんだが、その新入りを食い殺したんだからな」
男たちは顔をしかめて倉庫の中へ目を向けました。フルートたちもなんと言っていいのかわからなくなります。
そこへ、レンガ敷きの広場の向こうから、太った男が駆けてきました。飛竜使いの男たちは裸の上半身に短い黒い上着、ぴったりした黒っぽいズボン、赤い頭巾という簡素な格好ですが、こちらの男はいやにきらびやかな服を着ていました。宝石の指輪をはめた手を振り回しながら、わめくように尋ねてきます。
「竜が倉庫で暴れただと!? 竜はどうなった!?」
頭領だ、と男たちが言いました。
フルートたちの足元で、ルルが鼻の頭にしわを寄せます。
「なによ、あの人。親分なのに、子分たちの無事より飛竜を心配するわけ?」
とポチにささやきます。
フルートと話していた男は、どうやらその場の竜使いたちのリーダーのようでした。仲間を代表して頭領に答えます。
「暴れたのは、あの新しい竜だ。新入りが食い殺されたぞ。俺たちまで食われそうになったから眠り粉を使ったら、死んでしまった。だが、新入りが死んだんだから、どっちみちあの竜は──」
「竜が死んだだと!?」
と頭領が話を遮ってどなりました。思わず黙った男に、つばを飛ばしながらわめき続けます。
「あれを買うのにいくらかかったか知ってるのか!? 三千八百四十万だぞ! 普通の竜の何十倍も飛べる、特別な奴だったんだ! バルス海も休まず飛べる竜だったのに! そいつを殺しただと!? とんでもない大損だ!!」
黒い上着の男たちは四人全員が黙り込んでしまいました。にらみつけるように頭領を見ます。
頭領は倉庫に駆け込み、また叫びました。
「他の竜も死んでるじゃないか! おまえたちはズウェン商会を潰すつもりか!!?」
「他のは寝てるだけだ。時間がたてば目を覚ます。あの竜は俺たち人間を餌だと思っていたんだ。新入りまで食い殺されたんだから、もうあれに乗れる奴なんかいなかったぞ」
とリーダーの男は冷ややかに答えると、仲間たちに言いました。
「こんなところにはいられないな。行くぞ」
リーダーが倉庫を離れて歩き出したので、他の三人もぞろぞろついて行きました。
頭領が倉庫から飛び出してまたわめきます。
「おい、おまえたち! どこへ行くつもりだ!?」
「あんたのギルドから抜けさせてもらうんだよ、ズウェンさん。俺たちも竜に食い殺されるところだったってのに、金の話しかしないような頭領の下じゃ、おっかなくてとても働けないからな」
「な、な、なんだと──!!?」
頭領は顔を赤くしたり青くしたりして憤りましたが、男たちは無視してさっさと離れて行きました。入れ違いに港の警備隊が駆けつけてきたので、頭領は後を追いかけられなくなってしまいます。
そんな一部始終を、フルートたちは野次馬と一緒に眺めていました。事件に関わっていたわけですが、頭領と竜使いたちの話が途中からおかしな方向に向かったので、口を挟めなくなったのです。
すると、メールが急に言いました。
「あれ! あの人だ!」
指さした先に、広場を走ってくる女性がいました。布を巻き付けたようなドレスの上に派手な織り模様の肩掛けをはおっています。ポポロの鞄を持っていた女でした。
彼女は飛竜使いの集団を見ると、歓声を上げて駆け寄っていきました。イズーという男に腕を広げて飛びつき、固く抱き合います。
「なんだ。あいつがあのときの男だったのか」
とゼンが驚いたように言います。
フルートとルルは急いで駆け出しました。集団に追いついてフルートが言います。
「あ、あの、すみません! 話を伺いたいことが──!」
すると、イズーが女を離してフルートを捕まえました。
「本当なんだ! 本当にこの人が俺の腕を治してくれたんだよ! 嘘じゃない!」
「そんな……だって、あんたの腕はほら……」
と女は言いかけ、男の右腕の付け根や上着がまだ血で汚れているのを見て、ことばを呑みました。
そこへゼンたちもやってきたので、イズーは夢中で言い続けました。
「この人たちがあの暴れ竜と戦ったんだよ! この人はむちゃくちゃ力が強かったし、この犬たちは──」
「すみません!!」
とフルートは強く話を遮り、あっけにとられた顔をしている男女に言いました。
「折り入って話があるんです。どこか人目につかない場所で話せませんか?」
ああ、とリーダーの男は言うと、港の奥へ延びる路地を示しました。
「それなら、この先の店の二階を借りよう。あそこなら邪魔も入らない。あんたたちは俺たちの弟の命の恩人だからな。お礼もさせてくれ」
四人の飛竜使いは兄弟だったのです。
フルートたちは兄弟や女の案内で、路地奥の店へと向かいました──。