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第27巻「絆たちの戦い」

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53.人食い竜

 フルートたちが倉庫に飛び込んだとたん、むっとする匂いが押し寄せてきました。厩舎(きゅうしゃ)のように生き物と敷き藁の匂いが入り交じっていますが、馬の匂いではありません。

 倉庫の中に囲いがいくつもあって、五頭の飛竜がつながれていました。そのうちの一頭が首をくねらせて、足元の何かにかみついています。それへ目をやって、フルートとゼンとポチは思わず顔をしかめました。人が血まみれで倒れていたのです。全身深い噛み傷だらけで、すでに絶命しているのは明らかでした。

 ただ、ルルだけは歓声のように言いました。

「ポポロじゃなかった!」

 新入りが飛竜に襲われたと聞いて、ひょっとしたら……と心配していたのです。

 倒れているのは男性でした。黒髪には白髪が交じっていて、黄色っぽい肌の色をしています。

「裏竜仙境の住人だ! 飛竜の世話をしていて襲われたんだ!」

 とフルートは言いながら駆け出しました。手にはロングソードを握っています。男性はもう死んでいますが、放っておくわけにはいかなかったのです。

 すると、飛竜のほうも血だらけの顔を上げて、キィエェェェ……!!!! とつんざくように鳴きました。

 ポチが、ぎょっとします。

「餌がまた来た、って言いましたよ!」

「ちっ、ルボラスの飛竜は人を食うのかよ?」

 ゼンは舌打ちして倉庫の中を見回しました。囲いには他にも四頭の飛竜がいて、興奮して足踏みしていますが、襲いかかってきそうな気配はありません。

 そのとき、ぶつりと音がして、人食い飛竜が足の鎖を引きちぎりました。フルートめがけて突進してきます。

「フルート!!」

 仲間たちが駆け出そうとすると、フルートが言いました。

「ゼン、倉庫の扉を閉めろ! こいつが外に出たら大変だ!」

 ゼンは思わずたたらを踏みました。飛竜に狙われて危険なのに、真っ先に他人を心配する親友に、渋い顔になります。

「気をつけろよ!」

 とどなりながら入り口に駆け戻って、重い扉を一気に閉めます。

 ポチとルルはフルートの前に飛び出して飛竜に吠えました。その剣幕に飛竜がたじろいだように止まって首を引きます。

 

 すると、倉庫の片隅からものすごい悲鳴が上がりました。

 一同が驚いてそちらを見ると、藁(わら)の山の中に別の男がいました。浅黒い肌に黒い上着をはおって、赤い布を頭に巻いていますが、その右腕が肩の下のあたりからなくなっていました。血が噴き出る傷を押さえて、藁の中を転げ回っています。

「もうひとりってのは、こいつのことか。襲われて気絶してたな」

 とゼンはつぶやくと、フルートの横に駆けつけました。

「先にあいつを治せ。あのままだとすぐにくたばっちまうぞ」

 フルートはうなずき、ペンダントを男へ向けました。

「光れ!」

 金の光が男を照らすと、食いちぎられたはずの右腕がたちまち元に戻ります──。

 その間にゼンは飛び出して行きました。食いついてきた飛竜をかわすと、伸ばした首を捕まえて、がっちり脇に抱え込みます。

 飛竜は首が動かせなくなって暴れ、地団駄を踏みました。踏みつけられた藁から、もうもうと埃が舞い上がります。

 フルートは飛竜に向き直って駆け出しました。ゼンが抑えている首へ剣を振り下ろします。

 ガギン!

 ロングソードを跳ね返されて、フルートは思わずよろめきました。飛竜のうろこが剣を受け付けなかったのです。

 飛竜がぐんと首を動かしました。抑えていたゼンの体が首と一緒に宙を舞い、勢いよく床に投げつけられます。

「ワン、危ない!」

 ポチはとっさに変身しました。ゼンを受け止め、風の尾で飛竜を殴りつけて下がらせます。

 ゼンはポチから飛び降りると、駆けつけたフルートに言いました。

「あの野郎、俺を吹き飛ばしやがった! やけに力が強いぞ!」

「剣も受け付けない。飛竜にしてはすごく丈夫だ。まるで──」

 言いかけて、フルートは思わず唇を噛みました。まるでセイロスの飛竜のようだ、と言いそうになったのです。そんなまさか! と強く打ち消します。

 

 そこへまた飛竜が襲いかかってきたので、フルートはゼンの前に飛び出しました。竜の頭へ剣を突き出しますが、やっぱり刃は跳ね返されました。飛竜は丈夫なうろこで全身をおおわれています。

 と、飛竜がいきなり頭を横に動かしました。フルートの胴にがっぷり噛みつきます。

「フルート!!」

 仲間たちはすぐに助けようとしましたが、フルートは首を振ってみせました。金の鎧は飛竜の牙にもびくともしなかったのです。フルートは食いちぎろうとする飛竜に激しく揺さぶられながら、両手に剣を握り直しました。力を込めて飛竜の目を突き刺そうとします。

 そのとたん、飛竜がフルートを投げ飛ばしました。フルートは倉庫の壁にたたきつけられてしまいます。

 けれども、鎧はやっぱりフルートを守りました。ガシャン、と激しい音を立てて床に落ちますが、すぐさま横に転がって離れます。その場所へまた飛竜が食いついてきました。牙がレンガの壁を噛んで深い傷を残します。

「普通の剣じゃ駄目よ! 剣を代えないと!」

 とルルが言うと、フルートは答えました。

「光炎の剣だと火事になるんだ! ルル、風の刃を頼む!」

 そこで今度はルルが変身しました。倉庫の中はあまり広くなかったので、ポチは小犬に戻ります。

「窮屈ね」

 とルルは文句を言いながら倉庫の中をぐるぐる飛び回り、速度を上げていきました。勢いに乗ったところで鋭く飛竜へ襲いかかります。

 ところが、ルルの風の刃も、うろこの上を滑ってしまいました。飛竜には傷ひとつつきません。

「なんだこいつ!? 飛竜ってこんなに頑丈だったかよ!?」

 とゼンはわめきました。弓に矢をつがえて放ちますが、エルフの矢は跳ね返されてしまうし、光の矢は飛竜の体を素通りしていきます。やたらと強い飛竜ですが、それでも闇の怪物ではなかったのです。ということは、金の石で倒すこともできないということです──。

 フルートがまた言いました。

「攻撃できるところを狙おう! ポチ、ぼくを乗せて飛んでくれ! ルルは戻ってあの人を守るんだ! 

 飛竜に襲われ金の石で癒やされた男は、目の前で繰り広げられる戦闘に圧倒されて、呆然と突っ立っていました。飛竜は攻撃してくるフルートやゼンに気を引かれていますが、いつまた男のほうに注意を向けるかわからなかったのです。

「わかったわ!」

 とルルが男の前に舞い降りると、男は、わぁっと声を上げて飛び下がりました。犬に戻ったルルは、男をにらみつけました。

「失礼ね。あんまり怖がると守ってあげないわよ」

 犬が人のことばを話したので、男は目を白黒させます。

 

 一方、フルートはポチと共に飛竜の上へ行きました。襲いかかってくる長い首をかわして飛び回ります。

 飛竜がしきりに翼を動かしているのを見て、ポチが言いました。

「あいつが飛び上がる心配はないですよ。ここは狭いですからね」

 飛竜は舞い上がるのに助走が必要なのです。

 フルートも竜の翼を見ながら言いました。

「セイロスの飛竜部隊もあそこは弱点だった。翼を攻撃してみよう」

 そこでポチは隙を見て飛竜の背中へ接近しました。フルートがコウモリのような翼へ剣をふるいます。

 キィィィィ──ッ!!!

 飛竜が初めて悲鳴を上げました。剣が翼の薄い膜を切り裂いたのです。

 それを見て、ゼンもさっそく翼へ矢を連射しました。すべてが命中して皮膜を破ります。

 ところが、負傷した飛竜はいっそう激しく暴れ出しました。大きな体で倉庫の壁に体当たりし、他の飛竜がつながれている柵をへし折ります。

 ルルに守られていた男が叫びました。

「やめてくれ! 倉庫が崩れる! 俺たちの竜が怪我をする!」

「なによ。暴れてるのだって、あなたたちの飛竜でしょう」

 とルルが言うと、男は言い返しました。

「あれは頭領が新しく買い入れたばかりの竜なんだ! 凶暴で手に負えないから、新入りが世話をしていたんだ!」

「その新入りが殺されちゃったから、どうすることもできないって言うの? あなた、飛竜使いなんでしょう! おとなしくさせる方法はないの!?」

 雌犬に叱るように言われて、男はまた目をぱちくりさせました。犬と会話をしているのですが、その不思議はとりあえず棚上げしているようでした。一瞬考えてから、倉庫の片隅を指さします。

「竜の眠り粉だ! あれをかがせりゃ、どんなでかい竜も眠ってしまう!」

「それって眠り薬? 人間や犬は大丈夫なの?」

「大丈夫、竜にしか効かない薬だ! 多すぎると竜が死んじまうが、かまうもんか! 人食い竜なんて誰にも使えないからな!」

 そういうことなら、とルルは男を引っ張って倉庫の片隅へ行きました。男が取り出した革袋をくわえてゼンへ走ります。

「これ! 飛竜の眠り薬ですって! 飛竜にかがせて!」

「おっと、んな便利なもんがあったのか」

 とゼンは革袋を受け取り、頭上のフルートへどなりました。

「ちょっとだけそいつの動きを止めてくれ!」

 フルートは暴れる飛竜の周りをポチと飛び回っていました。ゼンに言われて倉庫の中を見回しますが、飛竜の動きを封じられるようなものは見当たりませんでした。飛竜の足にはちぎれた鎖の残骸がありますが、短すぎて使いものになりません。

 フルートはポチに言いました。

「奴に体当たりだ! 壁に押しつけて動けないようにしよう!」

「ワン、了解!」

 ポチはフルートを乗せたまま一度倉庫の端まで飛ぶと、勢いをつけて飛竜へ飛びかかりました。飛竜の前足のない胸に思い切り体当たりして、ぐいぐい押していきます。

 飛竜の後ろには柵が折れた囲いがありました。飛竜は風に押され、柵をさらに踏み潰しながら後ずさりました。傷ついた翼を広げて動かし、懸命に抵抗しようとします。

「もう一押し!」

 とフルートが言ったので、ポチは風の頭で飛竜の左の翼を押しました。飛竜がバランスを崩し、大きくのけぞって後ろ向きに倒れます。

「よっしゃ!」

 ゼンは革袋を持って走り出しました。飛竜の鼻先に駆け寄ろうとします。

 ところが、それより早く飛竜が首をあげました。迫ってくるゼンを見て食いつこうとします。ゼンはとっさに向きを変えましたが、間近だったのでかわしきれませんでした。飛竜がゼンに食いつきます──。

 ガギン。

 堅い音と共に飛竜が噛んだのは、ゼンではなくフルートでした。直前でフルートがポチから飛び降りて、自分から飛竜の口に飛び込んだのです。上半身が飛竜の口の中に消えています。

「この馬鹿!」

 ゼンはわめいて革袋で飛竜の鼻面を殴りつけました。とたんに袋が裂けて、中から煙のように灰色の粉が広がります。

 同時に飛竜が、ヒァァァ、と奇妙な声を上げました。息を呑むような声でした。次の瞬間にはつんざくように鳴いて首を上げ、くわえていたフルートを床にたたきつけます。

 フルートは血で濡れた剣を握っていました。食われた瞬間に飛竜の咽を突き刺したのです。フルート自身はもちろん無傷です。

 痛みで思わず息を呑んだ飛竜は、眠り粉を思い切り吸い込んでくれました。幾度も吠えるように鳴きますが、じきに声は弱くなっていき、のたうっていた体の動きが次第に緩慢になっていきます。

 やがて、飛竜はずしんと長い首を床に落とすと、二度三度と体を引きつらせ、とうとう動かなくなりました。呼吸に合わせて動いていた胸も、すぐに動かなくなってしまいます──。

 

 ポチはぐったりした飛竜に近づき、匂いをかいで言いました。

「ワン、息をしてません。飛竜は死にましたよ」

 ゼンは立ったまま、フルートは片膝を突いた格好で反撃に備えていましたが、それを聞いて、ほっと構えを解きました。

 ついでにゼンはフルートの頭に一発げんこつをお見舞いします。

「あんな危ねえ方法で止めろって誰が言った! このすっとこどっこいが!」

「なんだよ! じゃあ君は飛竜に食われたかったのか!? 作戦通り止められたんだから、それでいいじゃないか!」

 とフルートが言い返します。

 すると、倉庫の中で他の飛竜までが次々倒れはじめました。囲いの中で横倒しになったりうずくまったりして、動かなくなってしまいます。

 驚くフルートたちに、飛竜使いの男が叫びました。

「扉を! 扉を開けてくれ! 他の飛竜まで死んでしまうよ──!」

2020年10月13日
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