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第27巻「絆たちの戦い」

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第16章 マシュア港

52.マシュア港

 フルートたち勇者の一行は、ユギルと赤の魔法使いの占いで見えた景色を手がかりに空を飛び、翌日の未明にルボラスに到着しました。

 マシュア港に直行したかったのですが、風の犬や花鳥を人々に見られると大騒ぎになるので、薄暗がりに紛れて郊外の森に降りました。花鳥をその場所で花に戻すと、歩いて港へ向かいます。

 まだ日の出前なのに、道は港に水揚げされた魚を買い付けに行く商人の馬や荷馬車で賑わっていました。籠を背負って徒歩で行く人たちもいます。フルートたちはその中に紛れるようにして港へ向かいました。本当は全速力で駆けつけたいところでしたが、それでは目立ってしまうので、じっと我慢して歩いていきます。

 やがてメールが仲間たちに言いました。

「ねえ、あの倉庫がどこにあるのか、わかるかい? なんか同じような倉庫がいっぱい並んでたから、あたいには自信がないんだけどさ」

「目印になるようなもんも見当たらなかったよな。しらみつぶしに調べていくしかねえか」

 とゼンも言うと、フルートが低い声で答えました。

「あの倉庫には飛竜がいた。ポチとルルに飛竜の匂いがする倉庫を探してもらうよ」

 なるほど、とゼンとメールは考えました。ポチとルルは普通の犬のふりをして歩いていましたが、顔を見合わせてうなずき合います。

「ポポロはあの倉庫の中に捕まってんのかなぁ」

 とメールがまた言うと、フルートは少し沈黙してから言いました。

「たぶん、いないだろうな……。あのときはポポロがいるような気がして駆け寄ってしまったけれど、思い出してみると、人や飛竜はずいぶん無造作に倉庫から出てきていた。港は人が多いから、あんな出入りをしていたらすぐ見つかってしまうはずだ。きっとポポロは別の場所に捕まっているんだろう。ただ、あの鞄を持っていた人たちは見つかりそうな気がするんだ」

「あのときの男たちってさ、たぶん荷物の運び屋だよ。そら、あたい、前にマシュア港に来たときに、船から馬を連れて下りる役目だっただろ? あのとき、船倉にあんな格好をした男たちが大勢来て、荷物をどんどん港に下ろしてたんだよね」

「同じような服を着ていたから、同じ運び屋の人間なのかもしれないな」

 とフルートは言って考え込みます。

 

 その時、急に目の前が明るくなって、額のあたりが暖かくなりました。見ると、行く手の海の水平線から朝日が顔を出したところでした。太陽が海上のもやを薔薇色に染めながら昇ってきます。マシュア港はその海の手前にありました。港の周りには家や建物がぎっしりと建ち並んでいます。

 すると、いきなり朝空に鋭い音が響き渡りました。

 キーーィッ!

 キィィーーィッ!

 それは鳴き声でした。港の建物の間から首の長い大きな鳥が何羽も飛び立ちます。

 思わず注目したフルートたちは、あっと驚きました。鳥だとばかり思った生き物に、長い太い尾があったからです。翼もコウモリのような形をしていました。飛竜です。

 飛竜は次々に港から飛び立ってきました。たちまち十数頭の群れになると、上空を旋回してから海の上に飛んでいきます。その背中の尾に近い場所には鞍があって、人が乗っています。

 フルートたちがあっけにとられていると、近くを歩いていた商人が笑って声をかけてきました。

「なんだ、坊主たちはあれを見るのが初めてか。あれは飛竜と言ってな、荷運び専用のドラゴンなんだ」

「ドラゴンといってもおとなしいから、怖がることはないぞ」

 と別の商人も声をかけてきて、先の商人とおしゃべりを始めました。

「それにしても、また数が増えたな。一年くらい前までは数えるほどしかいなかったのに」

「東から飛竜の世話に慣れた連中が流れてきたんだよ。大ギルドの頭首たちが先を争って雇い入れたからな。今じゃどこの大ギルドにも十頭以上の飛竜がいるぞ」

「金のある御仁は違うねぇ」

 フルートたちは目をぱちくりさせながら、その話を聞いていました。ポチとルルがそっと話し合います。

「ワン、東から来た人たちって、きっと裏竜仙境の住人だ」

「そうね。裏竜仙境がなくなったからルボラスまで流れてきたんだわ。イシアード国と同じよ」

 裏竜仙境の住人は飛竜を育てる技術に優れているので、元々ルボラスにいた飛竜を繁殖させて数を増やしたのでしょう。

「おっさんたち、ここじゃ飛竜は普通なのか?」

 とゼンが尋ねると、商人たちはまた笑いました。

「よその場所なら珍しいだろうが、このマシュアでは見慣れたものさ。とはいえ、あれを使うのは大変だけれどな」

「まったくだ。飛竜ならあっという間に荷物を運べるんだが、使えばもうけが吹っ飛んで大赤字だ」

 商人たちの笑いは苦笑いでした。どうやら飛竜を使っての運搬は、かなり高額の料金がかかるようです。

 フルートは少し考えてから言いました。

「飛竜を使って荷運びをしているギルドはいくつもあるんですね? ぼくたちは前に、黒い上着を着て赤い布を頭に巻いた男の人たちが飛竜を連れているのを見たんですが、どこのギルドでしょう?」

「ああ、それはズウェン商会の飛竜屋だな。飛竜屋の中でも一番運賃が高いところだ」

「その分速いし確実だって聞くがな。なんだ、坊主たちも飛竜屋に頼もうってのか? 景気が良くてうらやましいこった」

 商人たちはそう言って大声で笑いました。もちろん冗談を言っているのです。

 それ以上話をすると怪しまれそうな気がして、フルートたちは黙り込みました。商人たちも話はそれきりにしてまた先を急ぎ、明るくなった港街へ降りていきました。フルートたちは街の入り口の丘の上で立ち止まります。

 

 周囲がすっかり明るくなり、買い付けの商人が港へ降りていって人通りがなくなると、フルートはゼンに言いました。

「ズウェン商会の飛竜屋を見つけよう。ゼン、飛んでいる飛竜の上にそれらしい格好の人を探してくれ」

 おう、とゼンは海の上を飛び回る飛竜へ目をこらしました。飛竜は朝の飛行訓練をしているようでした。手綱を握った乗り手の指示で、円を描いたり向きを変えたり、海上へ舞い降りてはまた上昇したりを繰り返しています。

「いたぞ。黒い上着で頭に赤い布だ。あっちにもいる……全部で四人だな」

「彼らがどこに降りていくか注意していてくれ。場所がわかったら、そこに行く」

 とフルートは言いました。冷静な表情と声ですが、ポチはその奥に強い焦りと心配の匂いを嗅ぎ取っていました。フルートが自分を必死に抑えていることが、手に取るようにわかります。

 ゼンはそのまま海上の飛竜を見つめ続けました。メールやルルもゼンが見ている竜を追いかけようとしましたが、ここからでは遠すぎて、乗り手の格好まではわかりませんでした。

 しかたなく飛竜の群れ全体の様子を眺めて、メールが言いました。

「セイロスの飛竜部隊とは飛び方が全然違うよね。反応も遅いし。あれじゃ戦闘は無理だろうな」

「本当の運搬用なのよ。良かったわ。あれがまた飛竜部隊になって襲撃してきたら大変だもの」

 とルルは答え、仲間たちに聞こえないくらいの声で、港町へそっと呼びかけました。

「ポポロ。ポポロ……どこなの?」

 やっぱり返事はありません。

 ルルはまた泣きそうになって涙をこらえました。踏ん張って、仲間たちと一緒に飛竜を眺めます。そんな彼女にポチが近寄ってきて、ぺろりと顔をなめました。黙ってルルに寄り添います──。

 

 三十分ほどで、飛竜たちは訓練を終えて次々にまた港へ下りていきました。ゼンが見つめていた飛竜も、港に面した倉庫街へ舞い降りていきます。

「わかった、あそこだ!」

 とゼンが指さしたとたん、フルートが駆け出しました。港街めざして駆け下りていきます。

 ゼンとメールと犬たちも急いで後を追いかけました。ポチがフルートに並んで言います。

「ワン、ゼンを先頭にした方がいいですよ。上から見たのと街の中とでは場所の感じが違うから」

「おう、任せろ! こっちだ!」

 とゼンがすぐに仲間たちの前に出ます。

 彼らは丘を駆け下り、街中に飛び込みました。大通りを駆け抜け、横道に曲がり、さらに角を曲がっていきます──。

 やがて彼らはレンガを敷き詰めた広場に出ました。港に沿って続いているので、レンガ敷きの広い通路のようにも見えます。広場にはレンガ造りの大きな倉庫が並んでいました。

「このあたりのはずだ」

 とゼンが足を止めたので、今度はポチとルルが前に出て、あたりの匂いを嗅ぎ始めました。港や広場に人がいるので、何も話さずに嗅ぎ回り、やがて飛竜の匂いを見つけてうなずき合うと、二匹で同じ方向へ進み始めます。

 フルートたちはその後についていきました。じきに、ひとつの倉庫の前で立ち止まります。

 メールは周囲の風景を見回して言いました。

「うん、ここみたいだね。占いのときの景色にそっくりだ」

「倉庫の扉を閉めてやがるな。どうする、フルート? 入ってみるか?」

 フルートは返事をしませんでした。突入したいのは山々ですが、ここでしくじるとポポロの手がかりがなくなるので、慎重に行動する必要があります。どうやったら怪しまれずに中の人たちと接触できるだろう、と考えます。

 

 すると、いきなり倉庫の中から叫び声が聞こえました。男性の声です。

 続いて複数の大声があがり、そこに動物の鳴き声が重なりました。

「ワン、飛竜の声だ!」

 とポチは思わず言いました。

「中で何か起きてるわよ!」

 とルルも話してしまいますが、それを気にする者はいませんでした。倉庫の扉が勢いよく開いて、中から三人の男たちが飛び出してきたからです。

「誰か! 誰か!」

「た、助けてくれ!」

「新入りが──!」

 男たちは全員が黒い短い上着を着て、頭に赤い布を巻いていました。その中の一人が全身血まみれだったので、フルートたちだけでなく、周囲の人たちも仰天しました。

 黒い上着の男たちは口々に言い続けました。

「助けてくれ! 新しい飛竜が暴れてるんだ!」

「新入りが襲われた!」

「中にもうひとりいるんだ──!」

 ところが、それを聞いたとたん人々はいっせいに後ずさりました。飛竜が暴れているという倉庫から離れたのです。

 けれども、フルートたちは逆に倉庫へ走りました。フルートが途中でメールを男たちのほうへ押しやります。

「君は怪我人の手当を頼む!」

「えぇ!?」

 メールは驚いて不満の声を上げましたが、その時にはもうフルートとゼンは倉庫に飛び込んでいました。犬たちも続いて飛び込んでいきます。

 キィエェェェ……!!!!

 倉庫の中からまたつんざくような飛竜の声が響いてきました──。

2020年10月7日
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