ロムド城が突然地震のように揺れたので、城内は大騒ぎになりました。いたるところで物が落ちたり倒れたりしたのです。転んで怪我をした人もいましたが、幸い下敷きになって大怪我をした人はいませんでした。
「落ち着きなさい! もう収まりました! 怪我に気をつけながら後片付けをするのです!」
レイーヌ侍女長は太った体で飛ぶように城内を走り回り、怯えて騒ぐ侍女たちを叱咤激励して、後片付けに向かわせました。衛兵たちも被害を確認するために城内を走り回っています。
ところが、こんなとき必ず家臣の陣頭に立つリーンズ宰相が、いっこうに姿を現しませんでした。
「宰相殿はどうなさったのでしょう……」
まだ落ち着かない侍女たちを追い立てながら、侍女長は密かに心配していました。
一方、白の魔法使いは守りの塔からユギルの部屋に向かって駆けつけていました。突然の爆発と振動が占者の部屋で起きたことはすぐわかったのですが、空間移動ができないので、走って行くしかなかったのです。そのまどろっこしさに舌打ちをすると、手にした杖で、どんと通路の床を打ちます。
そのとたん彼女の体は弾丸のように通路を飛び始めました。あっという間に通路の曲がり角へ来ると、今度は壁を打って方向を変え、また飛んでいきます。あまりの速さに、すれ違った兵士や召使いたちには彼女の姿を捉えることができませんでした。一陣の風が通り過ぎたように感じて驚いて振り向きますが、そこにはもう何もいませんでした──。
「青! 赤! どうした!? 返事をしろ!」
ユギルの部屋にたどり着くと、女神官は部下たちを呼びながら飛び込み、目を見張りました。
部屋は床一面に白い埃が降り積もっていました。踏み込むとくるぶしまで沈んでしまうほどの深さです。部屋の家具は何故かひとつもなくなっており、窓もガラスが粉々になって窓枠だけになっています。壁にも天井にも無数のひびが走って、今にも崩れそうでしたが、青い光が部屋全体を満たしてそれを抑えていました。部屋の真ん中の埃の中には、ユギルと赤の魔法使いが座り込んでいて、リーンズ宰相やセシルたちがそれを囲んでいます。
部屋の片隅で杖を構えて立っていた青の魔法使いが、話しかけてきました。
「良いところに来てくれました、白。この部屋が崩れると上の階まで抜けてしまうので、動くことができなかったのです。抑えていますので、直してください」
そこで、女神官は青い光に包まれている壁を自分の杖で突きました。杖の先から白い光が広がって、ひびだらけになっていた部屋をあっという間に元通りにしていきます。
武僧の魔法使いは、ほっとしたように自分の杖を引きました。改めて部屋を見回している女神官に、すまなそうに言います。
「ユギル殿と赤の占いが暴走して、部屋を破壊しそうになったのです。私と赤でとっさに爆発を抑え込みましたが、危なく城を崩壊させるところでした。なんとも申し訳ありません」
「いや、城内で占っても大丈夫だろうと判断して許可したのは私だ。見通しが甘かったな。ユギル殿と赤の占いが重なることが、これほどの力を生むとは、予想もしていなかった」
と女神官は言いながら、部屋の中央にいる人々のところへ行きました。歩くたびに、深く積もった埃がぱっぱっと白く舞い上がります。
「この埃は? どこから来たんだ?」
「ユギル殿の部屋にあった家財道具いっさいの、なれの果てです。すべて破壊されて粉塵となりました」
と武僧が言ったので、女神官はまた驚きました。
「それでよく無事だったな。怪我はなかったのか?」
すると、リーンズ宰相が振り向いて答えました。
「勇者殿の金の石が全員を守ってくれたのです。ユギル殿と赤殿が若干の怪我を負いましたが、それもすぐに治してくれました。申し訳ないのですが、この埃を消していただけないでしょうか? 動くと煙のように舞い上がって息ができなくなるので、身動きできないのです」
女神官がすぐに埃も消滅させたので、一同はやっと動き出しました。灰色の長衣に銀の髪のユギル、赤い長衣に黒い肌の赤の魔法使い、リーンズ宰相、セシル、タニラも立ち上がってきます。宰相が言ったとおり、全員が怪我ひとつ負っていません。
ところが、その中に勇者の一行がいませんでした。
「勇者殿たちは? 一緒にいたはずではなかったのですか?」
と尋ねると、宰相がまた言いました。
「私たちの無事を確認した後、すぐに出発されました。ポポロ様の居場所の手がかりがつかめたのです」
「居場所──の手がかり?」
微妙な言い回しに女神官が眉をひそめると、ユギルが口を開きました。
「ポポロ様自身はムヴア族の魔法の道具によって、居場所を見つけることも占うこともできなくなっております。ただ、ポポロ様の鞄を持っている者がいて、鞄と勇者殿たちがつながりました。勇者殿たちは、鞄の持ち主を見つけ出してポポロ様の行方を知ろうと、すぐに飛んでいかれました」
すると、セシルも言いました。
「占いを駄目にして城を壊しそうになったのはフルートなんだ。動いてはいけないと言われていたのに、ポポロを助けようとして動いてしまった。だが、それも無理のないことだ」
「あんなに興奮して焦っている彼を、私は初めて見た気がします。普段はあんなに冷静で落ち着いているのに」
とタニラが言ったので、セシルは苦笑しました。
「そんな風に見えていたとしても、フルートはまだ十七だ。しかも、さらわれたのがポポロなのだからな。冷静でいろというほうが無理な話だ」
白の魔法使いのほうは、フルートがポポロのことにむきになるのは知っていたので、うなずいてまた尋ねました。
「それで? 勇者殿たちはどこへ向かわれたのです?」
「ルボラス、マシュア」
と赤の魔法使いが答えます。
宰相が考えながら言いました。
「ルボラスは近年、急速に勢力を伸ばしている国です。海運事業で得た巨額の富で、世界を席巻しようとしているとも噂されています。ポポロ様はそれに利用されようとしているのではないでしょうか」
すると、ユギルが厳かに言いました。
「ポポロ様を誘拐した犯人はわかりませんでしたが、かの国に渦巻く陰謀は、砕ける前の占盤に映っておりました。かの国では現在、複数の勢力が国を支配し世界へ進出しようと、しのぎを削っている最中のようです。ポポロ様は、そんな勢力のひとつに捉えられたのでございましょう。ただ、その本当の目的はポポロ様ではないと存じます」
「なんと! では、勇者殿たちを勢力争いに巻き込もうとしているのですか!?」
と武僧が声を上げると、その胸を女神官がどんと拳でたたきました。
「冷静に考えろ。勇者殿たちを巻き込んでも、勢力争いに勝つことはできないぞ。犯人の目的はセイロスだ。ポポロ様を使って、セイロスを味方に引き込もうとしているのに違いない」
「そのようでございます」
とユギルが言ったので、宰相は溜息をつきました。敵の目的がわかっても、状況が困難なことに変わりはありません。
すると、タニラが心配そうに口を挟みました。
「ルボラスには国王より力のある商人たちが大勢いて、複数の貿易ギルドを作って争い合っています。異なるギルドの間で流血騒ぎが起きることも、しょっちゅうです。ポポロ様はもちろんですが、勇者殿たちも大変危険だろうと思います」
「そうだな。しかもフルートたちは人間の敵には苦戦することがある」
とセシルも考え込んでしまいます。オリバンと一緒に手助けに行きたいのは山々でしたが、自分たちにはハルマスに砦を完成させるという任務がありました。それを無視して現場を離れることはできません。
「勇者殿たちの実力を信じるしかございません」
とユギルは言って、足元を見つめました。そこにあった机と占盤は、今はもう消滅していました。赤の魔法使いが占いに使った木皿や太鼓も、跡形もなくなっていましたが、たとえあったとしても、南大陸へ行ってしまったフルートたちを追いかけることはできませんでした。
全員は祈るような気持ちになって、勇者たちが飛び出して行った窓と、その向こうの空を眺めました──。