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第27巻「絆たちの戦い」

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第15章 異国の風景

50.異国の風景

 翌朝、空が明るくなってきたので、フルートたちが出発の準備をしていると、召使いがやって来て言いました。

「ユギル様が勇者の皆様方をお呼びでございます。ユギル様のお部屋へおいでくださいますように」

 ポポロの居場所がわかったのかもしれない! と彼らはすぐにユギルの部屋へ駆けつけ、そこにいた顔ぶれに目を見張りました。部屋の主であるユギルや、昨日一緒にポポロの行方を捜した赤の魔法使いや青の魔法使い、リーンズ宰相がいるのは当然でしたが、彼らと一緒にセシルと副官のタニラもいたのです。

「セシルもタニラも、いつハルマスから来たんだよ?」

 とゼンが尋ねると、セシルが答えました。

「ユギル殿がルボラスの出身者を探している、とハルマスにいる魔法軍団から聞いて駆けつけたんだ。ルボラス出身者ならここにいるからな」

 と傍らのタニラを示します。男のようにたくましい体に白い鎧を着た副官は、黒髪で浅黒い肌をしています──。

 フルートたちは驚きました。

「タニラさんはルボラス国の出身だったんですか? メイ国の騎士なのに?」

 タニラは笑って答えました。

「ルボラスでは女は兵士になれないので、メイに渡って女騎士団に入隊したのです。十年以上も前のことですが」

 すると、セシルがまた言いました。

「メイとルボラスは共にバルス海に面した国だし、どちらも海運の盛んな国だから、昔から交流がある。とはいえ、ルボラス人がメイの軍人になるのは極めて珍しい。タニラにはそれだけの実力があったんだ」

 そういえばタニラはメイ城でセシルのお母さんから差別されていたな……とフルートは思い出しました。南大陸の蛮族の女、とさげすまれていたのです。交流があったと言っても、メイとルボラスはそういう関係の国だったのかもしれません。

「タニラ様がルボラスの出身で助かりました。ロムド城にも魔法軍団にも、適当な者が見つからなかったのです」

 とリーンズ宰相が言いました。目的に合う人物を探すのにかなり苦労したようで、心底ほっとした顔をしていました。

 

「で? ポポロの行方はわかったのかい? あたいたちはどこに行けばいいのさ?」

 とメールが単刀直入に尋ねました。フルートたちが知りたいこともそれだったので、全員がユギルに注目します。

 ユギルが言いました。

「これからそれを占います。そのためにルボラスの出身者が必要だったのでございます。それに、赤の魔法使い殿とわたくしが」

 すると、赤の魔法使いが何かを話し、ポチが首を傾げて聞き返しました。

「ワン、いつかのハルマスでの占いを再現する? どういうことですか?」

 質問に答えたのは武僧の青の魔法使いでした。

「皆様方が黄泉の門の戦いと呼ぶ事件のときに、赤とユギル殿が協力して占ったことがあったのです。二人の占いの種類は違っていますが、それが共鳴して占いの範囲が格段に広がり、はるか彼方の魔王の居場所にまでつながったのですよ」

 そのとき、ゼンは魔女のレィミ・ノワールによって死にかけていたし、フルートとポチはそんなゼンを助けるために東を目指していたので、魔法使いが言う占いのことはわかりませんでした。セシルにとっても、彼らと出会う前の出来事です。その場に居合わせていたメールとルルだけが、思い出して、ああ、とうなずきました。

「またユギルさんと赤さんで占おうっていうんだね? でも、そこにタニラさんまで混ざるのはなんでさ?」

 とメールが言うと、タニラもとまどった顔になりました。

「それは私も伺いたいです。私には占いの能力などまったくありませんが」

「南大陸の血は、わたくしにも流れているのでございます──」

 とユギルは話し出しました。その髪はエルフを連想させる見事な銀髪ですが、肌はタニラと同じような浅黒い色です。

「わたくしは父親をまったく知りませんが、どうやら南大陸の人物であったようなのです。おそらくルボラスか、その近辺の出身だったのでしょう。赤殿の占いは自然魔法によるものなので、血が持つ土地の力に強く働きかけます。わたくしの中の南大陸の血と、タニラ殿の強いルボラスの血の力で、ルボラスに連れ去られたポポロ様の居場所を見つけ出そうと存じます」

 フルートたちも、リーンズ宰相やセシルも、タニラ自身も、驚いてユギルの話を聞いていました。そんなことが本当にできるのだろうか、と考えたのです。

 けれども、気がつけば、ユギルの部屋の隅には見覚えのある木皿がいくつも置かれていました。皿の上には植物や石や水や得体の知れないものが載っています。赤の魔法使いが占いに使う道具でした。彼自身もどこからか丸い大きな太鼓を取り出して抱えています。占いの準備はすっかり整っていたのです。

「皆様方はこちらへ」

 と青の魔法使いがフルートたちと宰相とセシルを部屋の出口近くに引き寄せます。

 占盤が載った机を挟んで、ユギルは椅子に座り、タニラは立っていました。赤の魔法使いが太鼓を撫でるように鳴らしながら低く歌い始めて、占いが始まります──。

 

「え……?」

 フルートたちは驚いて周囲を見回しました。

 彼らはロムド城のユギルの部屋にいたはずなのに、歌が流れ出したとたん、いきなり屋外の景色に変わったのです。

 赤茶けたレンガを敷き詰めた広場の向こうに、青い海と港がありました。港には大小の船が帆を下ろして停泊しています。港や広場では大勢が忙しく働いていました。港に入った船から積み荷を降ろしたり、これから出て行く船に荷物を積んだりしているのです。

 どこかで見たような場所だ、とフルートたちが考えていると、タニラが驚いたように言いました。

「あそこに見えるのは聖ルクァの海の神殿! ここはマシュア港ですか!?」

「左様でございます。早々にかの地とこの場所がつながったようです」

 とユギルが答え、青の魔法使いが警告するように一同に言いました。

「ここに見えているのはルボラス国の景色ですが、実体ではありません。向こうにも我々の姿は見えてはいないことでしょう。ただ、皆様は今いる場所から動かないように気をつけてください。赤は、ユギル殿やタニラ様だけでなく、ここにいる皆様からも少しずつ力を受け取って場をつなげています。それを乱せば、たちまち場が崩れてしまいます」

 赤の魔法使いは、今はレンガの広場になった床に座り込み、太鼓を鳴らしながら歌い続けていました。歌の意味はポチにさえわかりませんでしたが、歌声は周囲を充たし、彼らの体に共鳴していました。体の芯にある何かが、歌声と一緒に高く低く震えています──。

 部屋は見えなくなっても、ユギルが座る椅子と机は存在していました。机の上には黒い占盤もあります。ユギルはその上に両手を置いて、じっと見つめ始めました。周囲が港の景色なので、街角で店を開いている辻占いのようです。

 セシルが副官に尋ねました。

「何か怪しいものは見当たらないか? 例えば、ポポロが捕らえられていそうな場所とか」

 タニラはすぐに周囲を見回し、港に沿って建ち並ぶレンガ造りの建物に目を留めて言いました。

「港ですから、倉庫はたくさんあります。あの中は船主の所轄ですから、あそこに捕らえられていれば簡単には見つかりません」

 そのとたんフルートが倉庫へ駆け出そうとしたので、青の魔法使いが引き止めました。

「なりません、勇者殿。これは遠い地の幻影ですぞ。動かすことはできないし、下手に動けば、たちまち消えてしまいます」

「占いがこの場所とつながったのは、ポポロ様がこのあたりにいるからですか? 何か手がかりはないのでしょうか?」

 とリーンズ宰相も倉庫を見渡しました。それらしい手がかりを探しますが、倉庫はどれも同じような造りをしていて、窓も小さく、中の様子を見ることはできません。

 占盤をのぞき続けるユギルを見て、ポチが言いました。

「ワン、ルボラスの中なら占いが効くかもしれないから、こことルボラスをつないだんですね」

「でもよ、俺たちは本当はロムド城にいるんだろうが。それでルボラスのことが占えるのか?」

 とゼンが首をひねります。

 その間も、赤の魔法使いの歌声は高く低く響き続けていました。旋律はさらに遠くへ景色を広げていくようでした。景色の中の人々は忙しく動き回っていますが、ロムド城の一行に気がつく者はありません──。

 

 そのとき、突然ルルが息を呑みました。目の前を通り過ぎた人物の後ろ姿へ、吠えるように言います。

「今の人! ポポロの鞄を持ってたわ!」

 ええっ!? とフルートたちはその人に注目しました。女性ですがポポロではありません。もっと大人の女の人で、布を巻き付けたようなドレスの上に派手な織り模様の肩掛けをはおっています。その肩掛けの下から小さな革の鞄がのぞいていました。鞄の蓋には綺麗な緑色の飾り石がついています。

「ホントだ! ポポロの鞄だよ、間違いない!」

 とメールが言いました。

「ぼくがポポロにあげた鞄だ!」

 とフルートも言います。ポポロはその中に姿隠しの肩掛けをしまっていました。肩掛けは寿命が尽きて消滅してしまいましたが、その後もポポロは鞄を大事にしていて、ハンカチなどの小物を入れて持ち歩いていたのです。

 それをどうしてあの人が──と見ていると、女が急に小走りになりました。倉庫のひとつから出てきた男に駆け寄ったのです。筋骨隆々とした青年で、黒っぽいびったりしたズボンをはいて、黒い短い上着を裸の上半身にはおり、頭には赤い布を巻いています。

 女は青年に駆け寄ると、首にかじりつくようにして抱きつきました。青年のほうでもそんな彼女を抱き返して、人目もはばからずキスをします。そんな二人の周囲を大勢が往来していますが、誰も二人に注目しませんでした。港では毎日再会や別れの場面が繰り広げられ、男女が抱き合ったりキスをしたりしているので、こんなのは日常風景だったのです。

 二人は何かを話し合っていましたが、その声はフルートたちには聞こえませんでした。ただ、女に何かを聞かれて、男は自分が出てきた倉庫を振り向きます。

 すると、そこからもうひとりの男が出てきました。先の男と同じように、裸の上半身に黒い上着をはおって、頭に赤い布を巻いています。男は馬を引くように手綱を握っていましたが、ついてきたのは馬ではありませんでした。長い首に二枚の翼の、前足がないドラゴンです。

「飛竜だ!!!」

 とフルートたちは叫びました。飛竜が男について出てきますが、港の人々はやっぱり知らん顔でした。それもやはり日常風景だったのです。倉庫からすっかり姿を現した飛竜は、背中の後ろのほうに鞍をつけていました──。

 

「ポポロ!!」

 とフルートは駆け出しました。

 とたんに赤の魔法使いの歌声が止まって、鋭い声が飛びます。

「ナ! イ、ル!」

「なりません、勇者殿!」

 と青の魔法使いもフルートを引き止めようとしましたが、フルートはその手をすり抜けて走りました。倉庫にポポロが捕まっているのだと考えて、倉庫に飛び込もうとします。

 すると、ユギルが占盤を抑えて立ち上がりました。

「場が崩れます! お下がりくださ──」

 言い終わらないうちに占盤にひびが走って、こっぱみじんになりました。さらに机までが破裂でもしたように粉々になって飛び散ります。

 さらにドン、と地響きのする音がして、部屋が激しく揺れました。城の中からも何かが崩れ落ちる音と悲鳴が湧き起こります。

 部屋の中は煙のような粉塵で真っ白になってしまいました──。

2020年10月3日
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