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第27巻「絆たちの戦い」

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48.占い

 部屋が沈黙になりました。

 ユギルは半分まぶたを下ろしたような目でじっと占盤を見つめているだけで、何も言いません。磨き上げられた黒い占盤には、他の者には意味がわからない線や模様のようなものが刻まれています

 フルートたちもそんなユギルと占盤の机を囲んで、ただ立っているだけでした。占者から何か質問されることもありません。

 じきにロウガが居心地悪そうにもぞもぞし始めました。手持ち無沙汰になってきたのです。

 待つことが苦手なメールも口を開きそうになりましたが、ゼンに目で制止されました。話し声は占いの邪魔になるからでした。ゼン自身は猟師なので、その気になればいくらでも音を立てずに待つことができます。

 ポチとルルは空いていた椅子に飛び乗ってユギルを見守っていました。フルートも何も言わずに待ち続けます。

 すると、ユギルがふいに話し出しました。それまでとはうって変わった、ひどく年取った人物のような声で言います。

「何者かが接近して緑の光を隠したが、かの者の象徴は占盤に映らない。何かを用いている──」

 勇者の一行は顔を見合わせました。緑の光というのはポポロを示す象徴のことです。

 ユギルは話し続けました。

「だが、狼の牙がすれ違ったおかげで、かの者の竜を捕らえることができた。竜は西へ飛び続け、森の外れで一度舞い降りてから南へ向かった」

「西へ飛んでから南へ! やっぱりサータマンに行ったのか!」

 とフルートは声を上げました。サータマン国はハルマスからミコン山脈を越えた南西に位置していたのです。

「サータマンのどこ!? ポポロはどの場所に連れて行かれたの!?」

 とルルもテーブルに前足をかけて身を乗り出します。

 ところが、ユギルは厳かな声のまま言いました。

「竜はサータマンへ入った。だが、緑の光はそこにはいない。竜に乗り手の象徴が現れた。緑の光はそこにはいない」

 同じことばを二度繰り返されて、フルートたちはとまどいました。

「ポポロの象徴は見えなくなってるんだろ? それでどうして、いないってわかるのさ?」

「ワン、それに犯人の象徴が急に見えるようになったっていうのは……?」

 すると、フルートがまた顔色を変えました。思わず歯ぎしりして言います。

「サータマンに入る前に、誰か別の相手にポポロを引き渡したんだ。姿を隠す方法ごと──。だから、飛竜に乗っていた男が見えるようになったんだ」

 仲間たちは驚きました。

「誰にポポロを渡したのさ!? また飛竜かい!? それとも馬車かい!?」

「そいつの象徴も見えねえのか!?」

「ワン、それじゃどこへ行ったのかわからないですよ!」

「サータマンなの!? それとも別の場所!? わからないの!?」

 

 とたんに、ユギルが我に返ったような表情になりました。慌てふためいている一行を見回して、申し訳なさそうに言います。

「これまでに出会ったことがないものを占いの場に映そうとすることは難しいのです。しかも、敵はなんらかの方法でポポロ様と自分の姿を象徴ごと隠しております。ポポロ様と共に引き渡されたところをみると、道具のようなものではないかと思われますが、そのような道具はこれまで聞いたことがございません」

 そんな……と彼らは言いました。手がかりが消え失せて、目の前が真っ暗になった気がします。

 ロウガが言いました。

「飛竜が降りてポポロを引き渡した場所はわかるんだろう? 俺がひとっ飛び行って様子を見てくるか? ひょっとしたら、まだその辺にいるかもしれないぞ」

 けれども、フルートは首を振りました。あれほど巧妙にポポロを誘拐した犯人が、そんなところでのんびりしているはずがなかったからです。待ち構えていた仲間は、ポポロを連れてどこか別の場所へ移動してしまったでしょう。ひょっとすると、その先でも別の仲間に彼女を引き渡したのかもしれないのです──。

 すると、ユギルがまた言いました。

「ポポロ様が連れ去られた先は、占盤でも追うことはできませんでした。ですが、占盤はわたくしたちを助けてくれる人物を示してまいりました。その方たちをここにお呼びいたしましょう」

「助けてくれる人物?」

「ワン、すぐ呼べるってことは、この近くにいる人なんですか?」

 と犬たちが尋ねると、ユギルはうなずきました。

「ご明察です。宰相殿と赤の魔法使い殿と婚約者殿。占盤はその三人を示しました」

 意外な人たちの組み合わせに、勇者の一行は思わず目を丸くしました──。

 

 指名のあった三人がユギルの部屋に呼ばれてやってきたのは、それから二十分ほど後のことでした。白髪にきちんとした身なりのリーンズ宰相と、赤い長衣に黒い肌と猫の目の赤の魔法使い、その婚約者でやはり黒い肌に縮れた黒髪のアマニです。ムヴア族の赤の魔法使いとアマニは、子どものように小柄な体つきをしています。

 宰相と赤の魔法使いはざっと経緯を聞かされていたので、深刻な顔をしていましたが、アマニは別のことでぷりぷり怒っていました。

「あたしまで呼び出したりして、なんの用なのさ!? あたしは今、中庭で姫様とトーマ王子を見張ってたんだよ! 王子様が姫様にちょっかい出さないようにってさ!」

「アマニ、ツレ、ゾ」

 と赤の魔法使いが婚約者をたしなめましたが、アマニは機嫌を直しませんでした。

「あの王子様、滞在が長くなってきたら、ますます姫様に接近するようになったんだよ! 毎日三回も姫様と一緒に散歩してさ! ますます姫様と親しそうになっちゃってさ! あれは近いうちに姫様に求婚するよ、絶対! そしたらシン・ウェイだけじゃ止められないじゃないか!」

 とんでもないことだ、と言わんばかりにアマニが怒るので、リーンズ宰相が言いました。

「それならそれで、おめでたいことかもしれません。王族であれば十代前半での婚約も珍しくありませんし、我が国もトーマ王子のザカラス国も、いとこ同士の婚姻は禁じられておりません。陛下も、メーレーン姫については、将来、姫がお選びになった方に嫁がせたいとおっしゃっておいでです」

 すると、アマニは黒い頬をぷうっと膨らませて、ふくれっ面になりました。

「だぁって、トーマ王子は姫様より年下じゃないか! ダメだよ、年下は!」

「あれ? 南大陸って男が年下だと結婚できないのかい?」

「ほんと? それって厳しすぎない?」

 とメールやルルが驚きます。

「ツニ、ワ、ナイ。ガ、ムヴア、シイ」

 と赤の魔法使いがムヴア語で話したので、ポチが通訳しました。

「ワン、南大陸全体がそういう決まりではないけど、赤さんたちのムヴア族では、そういうことになってるらしいですよ。男の人が年下でも絶対結婚できないわけじゃないけど、かなり難しいそうです」

 うぅん、とメールやルルは思わず唸り、すぐに我に返って言いました。

「ごめん、アマニ。あたいたちはそういう話も嫌いじゃないんだけどさ、今は一大事なんだ。あたいたちに協力しとくれよ」

「そうなのよ。ポポロが誘拐されちゃったの」

「誘拐!? 誰にさ!?」

 アマニが仰天して大声を上げたので、フルートは言いました。

「それがわからないから、アマニたちに来てもらったんだ。なんでもいい。なにか思いついたり気がついたりしたら、教えてくれ」

 とポポロがさらわれた経緯や、ユギルの占いの内容を話し出します──。

 

 一通り話を聞き終えると、リーンズ宰相は何も言わずに考え込んでしまいました。

 赤の魔法使いとアマニは互いの顔を見合わせます。

「ブン、フータ、ノ」

「うん、あたしもそうかなって思ってたよ」

 と二人が話し合ったので、フルートたちは身を乗り出しました。

「心当たりがあるんですか!?」

「ワン、消滅の布? それってなんですか?」

「えぇとね……あたしたちムヴア族で昔作られてた魔法の道具なんだよ。それを身につけると、敵から目を隠すことができるし、占いでも見つからなくなるんだ。それのしわざなんじゃないかな」

 とアマニが言ったので、勇者の一行は驚きました。まるで、以前ポポロが使っていた姿隠しの肩掛けのようです。ポポロの肩掛けはヒムカシのオシラが作ったものでしたが、南大陸にも同じようなものがあったのです。

 赤の魔法使いがムヴア語でひとしきり何かを話したので、アマニが通訳しながら言いました。

「その布はフータって呼ばれてたんだけどね、今はもうないんだ。ほら、あたしたちは外の世界のことばを話せるようになる代わりに、ムヴアのことばを捨てただろ。だから、フータももう作れなくなっちゃったんだ。ただ、それまでは、作った魔法の道具を他の部族や白い肌の人間に売ってきたから、今でもフータはどこかに残ってるかもしれないね」

「南大陸の魔法でしたか。それでは見破れるはずがない──」

 とユギルは言って占盤を見つめました。南大陸のムヴアの術は自然の世界から力を引き出す自然魔法です。周囲の自然の力を使っているので、占盤の上に変化は現れないし、その力を看破することもできないのでした。

 すると、考え込んでいたリーンズ宰相が突然、そうか! と叫んだので、勇者の一行は思わず飛び上がってしまいました。いつもは落ち着いている宰相が、珍しく興奮しながら言います。

「それを聞いて、やっと思い出しました! ルボラスです! サータマン以外にも飛竜を持っていると噂されていた国です!」

 一同は驚きました。

「南大陸の北の端にあるあのルボラス国ですか? マシュア港がある?」

「ワン、でも、ルボラスが飛竜を持ってたなんて、聞いたことなかったですよ?」

 とフルートやポチが聞き返すと、宰相は話し続けました。

「真偽のほどは定かではなかったのです。ルボラスは貿易で成功している国なので、それなら飛竜だって持っているだろうと思われているだけだ、とも言われておりました。何しろ飛竜は非常に高価で、サータマンのような金のある国でなければ購入できませんから」

「なんとなく聞き覚えがある話だな……」

 と言ったのはロウガでした。大きな傷がある頬を撫でながら、思い出すように話し出します。

「竜仙境の人間は飛竜を育てて調教するが、飛竜をユラサイ以外の国に売るのは厳禁だ。だが、俺が生まれ育った裏竜仙境では、その掟(おきて)を破って他国に飛竜を高く売り渡していた。サータマンが一番の上客だったが、それ以外にも大枚をはたいて飛竜を買った国はあったらしい。たぶん、そのルボラスって国のことだろう」

「サータマンは飛竜の首に鞍を置くが、ルボラスでは飛竜の尾に鞍を置く、とも言われていたのです。それも単なる噂話と思われていたのですが、ロウガ殿が見かけたという飛竜は、ルボラスの飛竜に似ているような気がいたします」

 と宰相が熱心に言います。

 

 ルボラス……とフルートたちはつぶやきました。

 デビルドラゴンを倒す方法を探し求めて、世界中を旅してきた彼らです。ルボラス国にも行ったことはありました。南大陸に行くために変装して船に乗り、ルボラスのマシュア港から上陸したのです。火の山の巨人の戦いの時のことでした。

「で、でも、なんでルボラスがポポロをさらうのさ?」

「そうよ。サータマンならわかるけど、どうしてルボラスが? 私たち、ルボラスなんて、ちょっと足を踏み入れただけよ」

 とメールやルルが言ったので、ゼンが、じろっとにらみました。

「馬鹿野郎、あの噂のことを忘れたのか? ポポロはセイロスの愛人みたいに言われたんだぞ。それを真に受けて利用しようとした奴らにとっ捕まったんだよ。俺たちがルボラスに行ったとか行かねえとか、そんなのは関係ねえ」

「ルボラスと言っても広いです! ルボラスのどこへ行けばいいかわかりませんか!?」

 とフルートはユギルに尋ねました。行き先がわかれば、すぐさまポチたちに乗って飛び出していきそうな勢いでした。

 占者は首を振りました。

「南大陸は外から大陸の様子を見ることがかなわないために、暗黒大陸という呼び名がついております。アリアン様の千里眼でも、あの大陸はのぞくことができないそうでございます。ですが、きっと方法はございましょう。少しだけ、お時間をいただきたく存じます」

 アマニもフルートたちの表情を見て言いました。

「みんなの気持ちはすごくわかるけどさ、ポポロがルボラスに連れていかれたって証拠もないんだろう? 別な場所に閉じ込められてるのかもしれないんだしさ。行き先を知らない風は目的地には届かないって言うよ。ユギルさんの占いを信じて待ちなよ。今は我慢の時だよ」

 フルートは唇をかみました。顔を歪め、拳を握りしめて声を絞り出します。

「明日の朝まで待ちます……そこまでが限界です」

「承知いたしました。それまでには、必ず」

 ロムド城の一番占者はそう誓って占盤を見つめました──。

2020年9月24日
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