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第27巻「絆たちの戦い」

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第14章 占者たち

47.占者たち

 フルートたちがロウガと共にディーラへ飛び戻ると、ロムド城の屋上で占神が待ち構えていました。黄色い長い上着に黄色いズボンをはいた女性で、きっちりまとめた黒髪から額に、服と同じ色の宝石を垂らしています。

 占神は椅子に座り、その椅子を贔屓(ひき)という大亀のような竜が背中に乗せていました。生まれつき足が不自由な彼女は、贔屓の椅子に乗って移動するのです。傍らには先代の占神だった老人が付き添っています。

 城の屋上に着陸するや、フルートたちは風の犬から飛び降りて占神に駆け寄りました。ポチやルルも犬の姿に戻って走り寄ります。

「占神、ポポロが大変なんだよ!」

「サータマンの馬鹿王にさらわれちまったんだ!」

「お願い、早くポポロを探して!」

「ワン、ポポロの居場所を占ってください!」

 いっせいに話しかけた仲間たちを、フルートは抑えました。真剣そのものの顔で占神を見上げて言います。

「ポポロが連れて行かれた場所を教えてください。助けに行きます」

 占神は、ふーっと長い溜息をつきました。

「まったく、あたしたちは揃いも揃って、敵に隙を突かれちまったよね……。あたしもユギル殿も他の占者たちも、みんなセイロスの行方を突き止めるのに必死だったのさ。奴の気配が世界から消えていたからね。アリアンっていうお嬢さんもそうさ。闇の民だからセイロスの居場所がわかるかもしれないってんで、一心不乱に探してくれていたんだよ。そうしたら、エスタ国からシナが突然あたしに連絡をよこしたのさ。場からポポロの姿が消えた、何かあったようだ、ってね」

 シナというのは占神の双子の妹でした。今はエスタ王のお抱え占者になってエスタ城にいますが、姉の占神とは心話でやりとりできるのです。

「あの子はあんたたちと戦ったことがあるから、あんたたちと因縁ができてるんだよ。占うのに道具も必要ないしね──。驚いてハルマスを見てみたら、ポポロがいなくなっているのがわかった。ちょうどそこへロウガがやってきたから、すぐにあんたたちのところへ飛んでもらったんだよ。途中でロウガが何かを見かける予兆もあったからね」

「俺はポポロをさらった奴とすれ違ったらしいんだ。飛竜に見たことがないような乗り方をする奴だったな」

 とロウガが答えると、占神は苦い顔になりました。

「で、むざむざそいつを行かせちまったんだね? どうしてそこで怪しいと思わないんだか。相変わらずロウガは食魔以外の気配には鈍いね」

「そんな! まさかこんなことが起きてるなんて、誰も思わないじゃないか! 占神だって、ただ俺にハルマスに行けって言っただけだぞ!」

 と青年が言い返すと、占神はまた溜息をついて首を振りました。

「わかってるよ。今のはあたしの八つ当たりさ──。まったく、何が占神だい。闇の敵に警戒しすぎて、こんなにあっさり出し抜かれちまうなんて、我ながら情けなくて泣けてくるよ。しかも、いくら占っても行方がわからないとくるんだから」

 

「行方がわからない!?」

 とフルートたちは聞き返しました。

「ポポロの行方がわからないっていうの!?」

「どうしてだよ!? ポポロはサータマンにさらわれていったんだぞ!」

「ワン、占神の力でも占えないんですか!?」

 勇者の一行がまた口々に尋ねたので、先代の老人が手を振って落ち着かせました。

「気持ちはわかるが、少し落ち着かんか──。あまり騒ぐと占いの場が乱れて、ますます占いが難しくなるからな」

 一行は驚きました。

「占神はこうしてる今も占いを続けてるのかい?」

「いや、あたしじゃなくてユギル殿だよ。あたしには見えなくても、ユギル殿ならポポロを見つけられるかもしれないからね」

 と占神は答え、一行が思わず城の中のほうを見たので、うなずいて続けました。

「同じ占い師でも、あたしやじいやとユギル殿とでは、占いのやり方も見えるものも違っている。あたしたちには見えなくても、ユギル殿ならポポロが連れて行かれた場所がわかるかもしれないのさ。ユギル殿のところへお行き。あんたたちは直前までポポロと一緒にいたから、あんたたちが行けばなおさら占いがはっきりすることだろうよ」

「俺はどうしたらいい? ラク殿は?」

 と青年が尋ねると、占神は言いました。

「ロウガは一緒にお行き。途中で敵を見かけてるんだ。役に立つだろう。ラク殿は残って、あたしたちに詳しい状況を教えとくれ。占いでは細かい状況がよくわからないし、勇者の坊やたちにそんな話をする余裕なんてないからね」

 占神のことば通り、フルートたちはもう屋上を駆け出していました。見張りの兵士が気を利かせて屋上の扉を開けてくれたので、飛び込んで階段を駆け下りていきます。

 ロウガも、自分の飛竜を占神たちに託して、後を追いかけていきました。屋上には占神と先代の老人、ラクの三人が残ります。

 すると、ラクが尋ねました。

「ポポロ様の姿が見えないというのは、どういうことなのでしょう、占神? ひょっとして、ポポロ様はもうこの世にいないのでは──?」

 術師は、フルートたちが心配すると思って、彼らがいるところではその疑念を口にしなかったのです。

 占神は三度目の溜息をつきました。

「わからないんだよ、あたしには。シナから連絡をもらって見たときには、もうポポロは姿を消して、どこにも見つからなくなっていたからね。無事でいてほしいとは願っているけれど」

「ポポロ様がサータマン王の手に落ちて、さらにセイロスに引き渡されたのだとしたら、事態は最悪です。そうなっていないことを、わしも願います」

 とラクは言うと、勇者たちが駆け込んでいった入り口を見つめました──。

 

 フルートたちが全速力で向かったのは、ロムド城の一番占者ユギルの部屋でした。いくつもの階段を駆け下り、長い通路や渡り廊下を駆け抜けて行きます。途中で大勢の衛兵や城の家来とすれ違いましたが、誰もがフルートたちを見ると、何も言わずに道をあけてくれました。事件を知っているわけではないのですが、彼らの様子を見て、ただごとではないと察してくれたのです。

 やがて、彼らはひとつの部屋の前にたどり着きました。フルートが息を弾ませながら扉をたたこうとします。

 すると、それより早く、中から声がしました。

「どうぞお入りください、勇者の皆様方。狼の牙の象徴を持つ方も、どうぞ」

 フルートたちは思わずロウガを振り向きました。狼の牙の象徴を持つ人というのは、彼のことに違いありません。

 すると、ロウガは頭をかいて言いました。

「俺の名前はユラサイ文字では狼の牙と書くんだよ。まだ会ったこともないのに、そんなこともわかるのか。本当に占神並みの占い師なんだな」

「それはもちろんそうよ」

 とルルが答え、一同は扉を開けて部屋に入っていきました。

 

 殺風景なほど質素な部屋の中で、ユギルはいつもように机に向かって座っていました。一行が部屋に入ると、すぐに立ち上がって出迎えてくれます。

 そんな占者が驚くほど美しかったので、ロウガは目を白黒させました。長身にフード付きの灰色の長衣をまとっただけの格好なのですが、腰まで届く髪は流れ落ちる銀の滝のように輝き、南方系の浅黒い顔立ちは彫りが深く整っていて、まるで生きた彫刻のように見えます。その瞳は右が青、左が金の不思議な色合いをしています。

 ユギルのこの世のものとも思えない麗しさに、ロウガは気後れして入り口で立ち止まってしまいましたが、勇者の一行はそんなことにはまったく頓着しませんでした。ばらばらと駆け寄って話し出します。

「ユギルさん、ポポロを見つけとくれよ!」

「あの子がさらわれちゃったのよ! 助けに行かないと!」

「ワン、ロウガが途中で犯人の飛竜とすれ違ったんです!」

 銀髪の占者は彼らを見回し、何も言わずにいるフルートとゼンに目を留めました。二人は青ざめた顔でユギルを見つめていたのです。

「お二人が心配しているようなことは、今はまだ起きていないと存じます」

 とユギルが言ったので、少年たちも口を開きました。

「ポポロが見つからなくなってると占神に言われました。ポポロがセイロスに奪われて消滅したわけじゃないんですね?」

「ポポロがセイロスの野郎に手ぇ出されたってことでもねえんだな?」

 最悪の予想に他の者たちはぎょっとしました。そんな! とルルとメールが悲鳴のような声を上げます。

 ユギルは静かに答えました。

「確かに、ポポロ様の象徴は占いの場に見当たらなくなっております。ですが、それはセイロスの手に落ちたためではないと存じます。この世界からセイロスの気配が消えております。皆で協力しながら探しておりますが、いまだに見つかりません。セイロスは占いの届かない場所に潜んで画策していると思われますが、仮にそこからポポロ様へ魔手を伸ばして連れ去ったとしたら、たとえそれが一瞬であっても、必ずこの世界に深い痕跡が残ります。セイロスの闇の気配はそれほど強烈でございます。見逃すはずはございません」

 ゼンはまだ渋い顔でしたが、一応納得してうなずきました。メールとルルもほっとします。

 フルートはまだ青ざめたまま黙っていましたが、やがて低い声で言いました。

「ぼくたちは稽古に夢中になっていたんです……青さんやラクさんに稽古相手になってもらって。その間、ぼくたちはポポロから目を離してしまいました。あんなに用心しなくてはと思っていたのに……」

 深すぎる後悔の声でした。ゼンやポチもうつむいてしまいます。

 ちょっと目を離した隙にポポロをさらわれてしまったのは、メールたちも同じことでした。勇者の一行全員が、なんだか泣き出しそうになってしまいます。

 すると、ロウガが言いました。

「稽古のどこが悪いんだ? 敵に備えて稽古しておくのは、大事なことだろう。悪いのはポポロをさらっていった犯人のほうで、おまえらじゃないんだから、そんなに落ち込むなって。そのために占い師たちも力になろうとしてるんだろう?」

「その通りでございます」

 とユギルは言うと、ロウガに頭を下げて感謝をしました。長い銀の髪がさらりと揺れて輝きます。

「ポポロ様の象徴が追えないので、ポポロ様をさらった犯人を追いかけようとしたのですが、出会ったことがない人物だったのでうまくまいりませんでした。ですが、皆様がおいでくださったおかげで、犯人の象徴も浮かび上がり始めました。改めてポポロ様の行方を占いとう存じます。皆様方、どうぞ占盤の周りにお集まりください」

 占者にそう言われて、一同は部屋にひとつだけ置かれた机を囲みました。その上には磨き上げられた黒い石の円盤が載っています。

「では、始めます」

 ユギルは机に向かって座ると、両手の指先を占盤に載せました──。

2020年9月24日
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