飛竜に乗って近づいてきたのは、右頬に大きな傷がある青年でした。鞍も手綱もない飛竜の背中に無造作に立っていて、空中の一同を認めると、よう、と手を上げて挨拶してきました。
「森からいっせいに鳥が飛び立ったから、ひょっとしてと思ってこっちに来たんだ。当たったな」
と笑います。そうすると、精悍な強面(こわもて)が意外なくらい人なつこくなりました。食魔払いのロウガでした。
「何故ここに? ユラサイにいたはずじゃなかったのか?」
とラクが尋ねました。状況が状況なので、問いただすような口調でしたが、ロウガは気にする様子もなく答えました。
「西方の坑道で食魔払いをしていたんだが、飛んでいく勇者たちを見かけたんで、後を追ってきたんだ。ほら、あんな変な噂を聞いた後だったからな。ロムドの王様の城にいるんじゃないかと見当をつけていったら、占神が城で待ち構えていて、今すぐハルマスへ行けと言われたんだ。ものすごい剣幕だったから俺を城に入れたくないのかと疑ったんだが、ちゃんと会えたな。よかった」
「占神はこの状況を察していたか……」
とラクがつぶやいたので、ロウガは目を丸くしました。
「どうした? なんかあったのか?」
「ワン、ポポロをさらわれたんです」
とポチが答え、仲間たちはいっせいに唇をかんだり拳を握ったりしました。ルルはまた泣きだして青い霧のような涙をこぼします。
「さらわれたぁ!? どうして!? いったい誰に!?」
ロウガは驚いて矢継ぎ早に尋ねてきましたが、勇者の一行は答えることができませんでした。代わりに青の魔法使いが言います。
「何者のしわざか、わからんのです。人混みの中でポポロ様を誘拐して、飛竜で連れ去ったようなのですが、どこに行ったのかもわかりません。ロウガ殿、ここに来る途中、飛竜を見かけたりしませんでしたか?」
魔法使いはあまり期待せずに尋ねたのですが、意外にもロウガはうなずきました。
「ああ。飛竜が一匹、飛んでいくのを見たぞ」
一同は仰天しました。
フルートがロウガの飛竜に迫って尋ねます。
「いつ、どこで!? ポポロはいましたか!?」
「今から十五分くらい前かな。ひとりしか乗っていなかったような気がするんだが、遠目だったからよくわからん。すぐに雲に隠れてしまったしな」
「それは我が国の飛竜だったか?」
とラクに真剣な顔で尋ねられて、うーん、とロウガは頭をかきました。
「たぶん違うだろう。飛竜のずいぶん後ろのほうに鞍(くら)をつけていたからな。俺たち竜仙境の人間は鞍なんか使わんし、王宮の連中もあんな場所に鞍は乗せないからな。この辺じゃあんなふうに飛竜に乗るのか、と思って眺めたんだが」
「この近辺に飛竜はおりません。そいつはどちらへ飛んでいきましたか?」
と青の魔法使いにまた尋ねられて、ロウガは右手の空を顎で示しました。
「あっちの方角だ。だが、なんべんも言うが、すぐに雲に隠れたから、その後どっちに行ったのかは──」
けれども、勇者の一行は血相を変えて話し出しました。
「ワン、犯人は西に向かったんだ!」
「西はサータマンがある方角だよね!」
「やっぱり、あの欲深馬鹿王のしわざか!」
「きっとサータマン城に連れて行かれたんだわ! 早く助けなくちゃ!」
「よし! ポポロを救出にサータマンに──」
「いやいやいや! お待ちください、皆様方! 早まってはなりません!」
と青の魔法使いは両手を振って一行を抑えました。
「犯人が西のほうへ飛んでいったからと言って、行き先がサータマンとは限りません。ましてポポロ様がサータマン城に連れて行かれたという証拠もないのですから、いきなり乗り込んでいくわけにもいきませんぞ」
「でも、早くしないとポポロが危ないんだ!!」
とフルートはついにどなってしまいました。あれほどポポロを守らなくてはと思っていたのに、隙を突かれてさらわれてしまったのです。悔しさと怒りと焦りが心の中で荒れ狂っていて、自分でも抑えることができませんでした。魔法使いの制止を振り切って、サータマンへ飛んでいこうとします。
すると、ロウガがまた言いました。
「占神が俺をここに送り出すとき、勇者の一行をロムド城に連れてこい、と言っていたんだ。占神にはなんでもお見通しだからな。たぶん、こうなってることを知って言ったんだろう」
「ロムド城にはユギル殿もおいでです。闇雲にポポロ様を探すことはできません。占神とユギル殿にポポロ様の行方を占っていただきましょう」
と青の魔法使いも言うと、重ねてフルートに言いました。
「思い込みで行動してはなりませんぞ。敵は巧妙に罠を仕掛けてポポロ様を誘拐していった。犯人がサータマン王であったら、我々がすぐに思い当たるような場所にポポロ様を連れて行くはずはないのです」
それは正論だったので、フルートも逆らうことができなくなりました。また唇をかむと、うつむいてうなずきます。
魔法使いは、ほっとしながら一同に言いました。
「皆様方は先にロムド城へおいでください。私は殿下にこのことをお知らせしてから後を追います」
言うが早いか、空中から姿を消します。
ラクはロウガに話しかけました。
「わしもおまえの竜に乗っていいか? 術でロムド城まで飛んでいくのは難儀だからな」
「そりゃかまわないが、タキラに鞍はついていないぞ?」
とロウガは心配しましたが、ラクは懐から呪符を取り出して飛竜の背に置くと、その上に座り込みました。それでもう、竜の背に貼り付けられたように、ぴたりと動かなくなってしまいます。
「よし、それじゃ急いでロムド城に行くぞ!」
何も言わなくなってしまったフルートの代わりに、ロウガが号令をかけて、一同はハルマスからロムド城へと飛び始めました──。