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第27巻「絆たちの戦い」

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45.追跡

 障壁の中で稽古するフルートたちの元へ知らせが来たのは、それから十五分ほど後のことでした。

 ドォン! と外から何かが障壁に激突したので、青の魔法使いは攻撃の手を止めました。

「お待ちください。今、外で何かがぶつかりましたぞ」

「すごい音がしましたな」

 とラクも言いましたが、あたりは相変わらず怪物が燃えた白い煙でいっぱいだったので、見通しが効きませんでした。ラクが呪符を投げると、半球の中に風が吹いて煙が消えていきます──。

 障壁の向こうにいたのは、風の犬になったルルでした。ユラサイの竜のような体を空中でくねらせ、急降下してきて障壁に体当たりします。

 ドォォン! とさっきより大きな音が響いたので、フルートたちも気がつきました。彼らはラクが出した巨大なガマガエルにとどめを刺そうとしていたのですが、ルルの様子がただごとではなかったので、攻撃を忘れてしまいました。

「ルル!?」

「何をそんなに泡くってるんだ!?」

 すると、障壁が音もなく消えていきました。青の魔法使いが消したのです。ルルが唸りながら舞い降りてきて、犬の姿に戻りました。

「大変よ! ポポロがいなくなったの!」

 稽古をしていた一同は、ぎょっとしました。

「いなくなったって、どこに!? すぐそこにいたじゃないか──!」

 とフルートは周囲を見ましたが、湖と砂浜が広がっているだけで、ポポロもメールもいませんでした。

 ルルは吠えるように言い続けました。

「私たち、町に向かって歩いてたのよ! そしたら女の子と猫が溺れていたから助けたの! 女の子も猫も助かったんだけど、ポポロがいなくなっちゃったのよ!」

 なんだって!? と一同は青ざめました。

 ゼンが聞き返します。

「メールは!? 一緒じゃねえのかよ!?」

「メールは残ってポポロを探してるわ! 集まってた人たちにも聞いたんだけど、誰も知らないのよ! いつの間にかいなくなっちゃったの!」

「ポポロを呼んでみたか!? ルルの声なら絶対ポポロに届くだろう!?」

 とフルートも尋ねましたが、ルルは頭を振りました。

「呼んだわ! 必死で呼んだのに返事がないのよ! あの子の声が聞こえないの!」

 ルルは今にも泣きそうになっていました。一同もますます青くなります。

「ワン、まさかセイロスが……」

 ポチが全員の疑念を口にします。

 フルートは即座に言いました。

「ポチ、風の犬になれ! ルル、ポポロがいなくなった場所に案内するんだ!」

 ごぅっと砂浜に風を起こして、二匹の犬が変身しました。ポチがフルートとゼンを乗せ、ルルの後を追って飛び始めます。

「ラク殿、我々も参りましょう!」

「承知です!」

 青の魔法使いとラクも、魔法や術で彼らを追いかけていきました──。

 

 女の子と猫が溺れていた小石だらけの砂浜には、今はメールと数人の男たちが残っているだけでした。近づいてくるフルートたちを見上げています。

 目の良いゼンが舌打ちしました。

「メールの奴が泣きそうになってやがる。これはマジでやばそうだぞ」

 フルートは何も言いませんでした。真っ青な顔で周囲を見渡しますが、見える限りの場所にポポロの姿はありませんでした。湖と砂浜、まだ舗装されていない道路と野原が見えるだけです。さらに東のハルマスの町からは、工事現場の槌音が遠く響いてきます。

 彼らはメールの前に舞い降りました。その後ろに青の魔法使いとラクも降り立ちます。

「いったい何があったのですかな!?」

 大声で問いただした青の魔法使いに、居合わせた男たちが口々に説明を始めました。魔法使いを一行の代表者だと思ったのです。

 けれども、フルートはメールに尋ねました。

「溺れていた女の子と猫はどこだ!? どうして溺れていたりしたんだ!?」

 厳しい声でした。フルートはその事件を怪しいとにらんでいたのです。

「親と帰っていったよ。その子、誰かにはめられたんだ。かわいがってる猫をさらわれて、ここまで連れ出されてさ、猫と一緒に溺れさせられたんだ。そこをたまたま、あたいたちが通りかかって──」

「たまたまじゃねえだろう。それこそ、はめられたんだ」

 とゼンが低く言いました。唸るような声です。

 メールは唇をかんで涙をこらえると、すぐに顔を上げて話し続けました。

「犯人は太った男だったんだ。あたいが女の子たちを湖から引き上げてポポロが魔法で助けたんだけど、その後、気がついたら男もポポロもいなくなってたんだよ。周りの人たちにも聞いたんだけど、そんなヤツは知らないって──」

「闇の匂いはしなかったのよ! だから私も全然疑わなかったの!」

 とルルも足元から言いました。こちらは心配のあまりもう泣きだしていました。ポチが励ますように言います。

「ワン、ポポロの匂いが残ってるはずだ。それをたどってみよう」

 あっ、とルルは声を上げました。犬なのだから匂いをたどることができたのに、パニックになってしまって思いつかなかったのです。急いでポチと一緒に地面に鼻を押しつけて嗅ぎ回り始めます。

 

 ポポロの匂いはじきに見つかりました。ポポロが立っていた場所に残っていたのです。

「ワン、匂いが野原のほうへ移動しているみたいだ。あっちにも行った?」

 とポチに聞かれてルルは首を振りました。

「ううん、行ってないわ。ずっと砂浜を歩いてきたのよ」

「どこに向かってる!? 案内してくれ!」

 とフルートに言われて、犬たちは匂いを嗅ぎながら進み始めました。時々匂いが薄れて見つからなくなりましたが、二匹で嗅ぎ回っているので、すぐにまた匂いを発見して進んで行きます。

 ところが、そのうちにポチが首を傾げました。頭を上げて周囲を見回します。

「ワン、別の人間の匂いもずっと一緒にしてる。しかもその匂いのほうが強い。たぶん、ポポロを抱えていったんじゃないかな」

 それを聞いてゼンが前に出てきました。

「この辺は人があまり通らねえ。足跡が残ってるんじゃねえか?」

 と地面を丹念に探して、ひと組の足跡を発見しました。草も生えていない野原を、犬たちがたどる先へと向かっています。

「こいつが犯人だな。右足の方がやたらと足跡が深い。右側にポポロを抱えていったんだ」

 とゼンは言って、犬たちと一緒に進み始めました。ぬかるみに出くわすと匂いは急に薄れてしまいましたが、ゼンは足跡を見逃しませんでした。逆に岩場にさしかかると足跡は見つからなくなりましたが、匂いが残っているので犬たちがたどっていきます。

 そうやって、彼らはやがて湖から離れた森の近くまでやって来ました。ハルマスの近辺は、二年あまり前の黄泉の門の戦いで魔女のレィミ・ノワールに焼け野原にされましたが、その周囲には森が残っていたのです。

 フルートは驚いたように自分たちがたどった道を振り向きました。一キロほども歩いたのですが、遮るものがなにもないので、湖や浜辺がよく見えます。そちらから青の魔法使いやラクが彼らを追いかけてくるのも見えていました。

「こんなに見晴らしがいいのに、誰もポポロがさらわれていくのに気がつかなかったのか……?」

「あたいたちがポポロを見てなかったのって、ほんの数分くらいの間だったんだよ。だけど、どこ探しても見当たらなかったんだ」

 とメールが言っているところに、魔法使いたちが追いついてきました。

「どうやらポポロ様は魔法で見えない状態にされて連れ去られたようですな。ポポロ様は魔法を二回とも使い切っていたのですか?」

 と青の魔法使いに訊かれて、メールやルルはまた泣きそうになりながらうなずきました。ポポロの魔法を使い切らせるために、犯人は女の子や猫をわざと溺れさせて、彼女たちに救出させたのに違いありません。

「こんちくしょう」

 とゼンは言いました。ますます低い声になっています。

「しかし、魔法の気配がしないのは不思議なことですな。魔法と術は種類は違うが、魔法が使われれば気配が残るから、わしにも感じられるのですが」

 とラクは首をひねっていました。

「魔法の匂いはしないのよ! 闇の魔法の匂いも光の魔法の匂いも。それなのに、どうして──!?」

 とルルは言うと、とうとう、わっと泣き出してしまいました。ポチが慌てて彼女をなめて慰めます。

 ところがフルートは言いました。

「今は泣いてる時じゃない。ポポロを見つけるんだ。匂いをたどってくれ」

 一見冷静に聞こえますが、非常に厳しい声でした。真剣なまなざしで行く手の森を眺めます。

 

 彼らは犯人の匂いと足跡をたどって、ついに森に入りました。いきなり木が密集して、周囲が薄暗くなります。

 けれども、さらに進むと森の中の空き地に出ました。枯れた木の周囲にできた空間で、枝も葉もなくなった大木が、朽ちた杭のように中心にそびえています。

 犬たちは急に前進をやめて、あたりの匂いを嗅ぎ回り始めました。身を低くして足跡を追っていたゼンも、立ち上がって周囲を見回します。

「足跡が消えた。匂いもしなくなったみてえだな」

「消えたって──でも、ここには誰もいないじゃないか!」

 とメールが言うと、ポチが顔を上げて答えました。

「ワン、本当なんですよ。ずっと犯人の匂いもポポロの匂いもしてたのに、ここで急にとぎれてるんです。まるでここからどこかに空間移動でもしたみたいだ」

「いやいや、それならさすがに私たちが気がつきますぞ。空間移動にはかなりの魔力を使いますからな」

 と青の魔法使いが否定します。

 すると、ルルが地面に鼻をこすりつけるようにしながら言いました。

「犯人の匂いは消えたけど、別の匂いが残ってるわ。それも、かなり強烈に」

「それは!?」

 急き込むようにフルートは聞き返しました。冷静に見えても、内心は本当に焦っているのです。

「飛竜の匂いよ。間違いないわ」

 とルルが答えます。

 一同は思わず顔を見合わせました。次の瞬間、ゼンが唸ります。

「あんの……セイロス野郎」

 やはりセイロスが飛竜でやって来て、ひそかにポポロをさらっていったのだと思ったのです。

 フルートも真っ青になって立ちすくみます。

 けれども、ルルは激しく頭を振りました。

「違うわ! そんなはずない! セイロスが来ていたら、絶対に私もポポロも気がついたもの! あいつが放つ闇の気配はものすごいから、どんなことをしたって何に化けたって、気配を隠すなんてことは絶対にできないのよ!」

「では、ギーというセイロスの副官のしわざですか? あるいは、新しく部下になったというエスタ国のバム伯爵か」

 と青の魔法使いが言うと、今度はメールが首を振りました。

「そいつらなら、あたいたちは顔を知ってるもん、違うよ!」

「飛竜とは……。まさか我が軍に敵の間者が紛れ込んでいたのでは」

 とラクは考え込みました。竜子帝が率いてきた飛竜軍団は、帝直轄の軍隊なので、身元はしっかりしているはずでしたが、それでも、ひょっとしたら、と思ってしまったのです。

 その時、フルートがつぶやくように言いました。

「サータマン……」

 えっ? と一同は振り向きました。

 フルートは思い出す顔になって言い続けました。

「サータマンには飛竜部隊があった。度重なる戦いで全滅したと言われていたけれど、ひょっとしたら、まだ残っていたのかもしれない……」

「そういえば、サータマン王がセイロスを完璧にしようとしてポポロ様を誘拐するかもしれない、とキース殿も心配していましたな」

 と青の魔法使いも思い出して言います。

 そのとたんゼンがものも言わずに空き地の枯れ木を殴りつけました。どぉん、と揺るがすような音が響き、続いて、ぎしぎしときしみながら木が倒れていきます。幸いそれは一同がいる場所とは反対側でしたが、大木は森の中に倒れ込み、地響きを立てて森を押し潰しました。数え切れないほどの鳥が大騒ぎをして空に舞い上がります。

 フルートが犬たちに言いました。

「上空に行くぞ! まだその辺にいるかもしれない!」

 本当はフルートにも、もう間に合わないだろうことはわかっていました。ここに来るまでの間、野原や森の上空に飛竜のようなものは見当たりませんでした。きっともう、ポポロを連れたままどこかへ飛び去ってしまったのです。

 けれども、このままにしておくことなどできませんでした。空へ行けば、何か手がかりが残っているかもしれない。そんなすがるような思いで、フルートは変身したポチに飛び乗りました。同じようにルルに飛び乗ったゼンやメールと、音を立てながら森から空へ舞い上がります。

 春の初めの空は、ところどころに白い雲を浮かべながら、綺麗な水色に晴れ渡っていました。今日は天気が良いので日射しも暖かに降り注いできます。焦る一同を嘲笑うような、のどか過ぎる空です。

 

 ところが、その空の彼方に、ひときわ大きな鳥のようなものが見えました。目をこらしたゼンが大声を上げます。

「いた! 飛竜だぞ!」

 騒ぎながら飛び回る鳥の群れの向こうに、本当に飛竜がいたのです。

 彼らはまっしぐらにそちらへ飛び始めました。

 ゼンはさっそく弓に弦を張り、一瞬迷ってから百発百中のエルフの矢を抜きました。敵は闇のものではないらしいと判断したのです。フルートは飛竜にポポロも乗っているかもしれないと考えて、光炎の剣ではなくロングソードを握ります。

 みるみる彼らと飛竜が接近していきます。

 ところが、そんな彼らの前の空に、いきなり青の魔法使いが現れました。両腕を広げてどなります。

「待った待った! お待ちを、皆様方──! あれは敵ではありませんぞ!」

 そこへ術師のラクも空中に現れました。こちらはフルートたちではなく、飛竜に向かって呼びかけます。

「どうしたのだ!? 何故こんな場所にいる、ロウガ!?」

「ロウガ!?」

 フルートたちは驚いて、こちらに向かって飛んでくる飛竜と、その背中の人物を眺めてしまいました──。

2020年9月17日
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