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第27巻「絆たちの戦い」

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44.救出

 溺れている女の子を助けようと、メールは湖に飛び込みました。

 三月になったばかりの湖の水は、まだ氷のように冷え切っています。たちまちメールから体温を奪いますが、メールは懸命に泳ぎ続けました。

 岸辺の男性が言っていたとおり、そのあたりは急に深くなっている場所でした。水の中を長い髪と服の裾を揺らめかせて沈んでいく女の子が見えます。まだ五つか六つくらいの幼い子です。

 メールは魚のように身をくねらせて女の子に追いつき、その体を捕まえました。そのまま水面に出ようとしますが、さらに下のほうを沈んでいくものが目に入りました。長い尻尾に黒い体の小さな動物です。

「猫!?」

 とメールは驚き、女の子を見ました。どうしてこの子が湖なんかに入ったのか、わかった気がしたのです。

 女の子はもう意識を失っていました。一刻の猶予もできませんが、メールには猫を見捨てることもできませんでした。強く水を蹴ってさらに深い場所へ潜ると、空いていた手で猫を捕まえ、一気に上に向かいました。あっという間に水面に飛び出します。

 そこでは風の犬に変身したルルが旋回していました。メールを見つけて舞い降りてきます。

「早く乗って!」

 けれども、メールは女の子と猫を抱いて手がふさがっていたので、ルルに乗ることができませんでした。もう! とルルは彼らを風の体に巻き込み、岸に飛び戻りました。

 メールは砂浜に降りると、すぐに女の子の口元に耳を寄せました。女の子が呼吸していたので歓声を上げます。

「息をしてるよ! 生きてる!」

 その頃には、湖の上を飛ぶルルを見て、近くにいた人々が集まり始めていました。メールがびしょ濡れの女の子と猫を運んできたので、大騒ぎになります。

「この子はうちのとこの飯炊き女の娘だぞ!」

「早く、親を呼んでこい!」

「それより医者だ!」

「いや、それよりまず火だ! このままじゃ凍え死ぬぞ!」

 大騒ぎしますが、火をおこそうにも浜辺には燃えるものがほとんどありませんでした。廃材を取りに男たちが走り出しますが、建設現場までは距離がありました。大勢が見守る中、女の子だけでなくメールまでが震え出します。ずぶ濡れの体にデセラール山からの寒風が吹きつけたのです。

 そこへポポロの声が響きました。

「ケワーカヨダラカタレーヌ!」

 とたんに濡れていたメールの体が乾きました。服だけでなく髪の毛もすっかり乾いて、たちまち全身が温かくなります。

 同じ魔法は女の子や猫にも効きました。女の子の服や髪が乾き、黒ネコの毛並みもふわふわになります。

 集まっていた人々は、おぉ、と驚き、呪文を唱えたポポロを振り向きました。大勢の視線を浴びて、ポポロは思わず後ずさります。

 すると、女の子が目を開けて、むっくり起き上がりました。赤茶色の髪を背中まで垂らして、粗末な灰色の服を着ています。

 良かった、と人々が安堵する中、女の子は周囲を見回しました。

「クロ! クロはどこ──!?」

 黒猫はまだ砂浜に横たわっていました。全身が乾いたのに動きません。

 ルルが猫に鼻面を押し当てて、また慌て始めました。

「息してないわよ!」

「まだ死んではいないだろ!? フルートを呼んでこよう!」

 とメールも言いますが、ポポロがすぐに飛び出してきました。

「フルートを呼びに行ったら間に合わないわ。離れて、ルル、メール」

 ルルとメールはすぐに猫から離れました。メールは泣いて駆け寄ろうとする女の子を抱き留めます。

「セエカキフオキーイ!」

 ポポロが猫に手を押し当てて呪文を唱えたとたん、びりっと周囲に電流のようなものが走りました。近くにいた人々が、うわぁっと悲鳴を上げて飛び上がります。

 黒猫も砂浜から飛び上がっていました。すとんと四本足で着地すると、ニャーッと鳴き声を上げます。息を吹き返したのです。

「クロ! クロ!」

 女の子は泣きながらメールの腕から飛び出し、黒猫を抱き上げました。細い腕の中にしっかりと抱きしめます。

 

 そこへ町の方から中年の女性が走ってきました。粗末な服に洗いざらしのエプロンを着けています。女の子の母親でした。

 母親は娘が無事なのを見ると、猫ごと娘を抱きしめて、そのまま砂浜にへたり込んでしまいました。お母ちゃん! と女の子もいっそう泣きじゃくります。

「馬鹿だね、この子は! 姿が見えなくなったから、どこに行ったのかと探していたら! どうしてこんなところまで来ていたんだい!?」

 と母親は叱るように言いました。娘が湖で溺れたと聞かされて飛んできたのですが、娘が少しも濡れていなかったので、溺れたというのは間違いだったのだろうと思い込んだのです。

 女の子はしゃくり上げながら答えました。

「クロが──クロがいなくなったから、探してたの! そしたら、おじさんが見たって言ったの──! クロを湖に投げたから、あたし、助けようとして──」

 ん? とメールは眉をひそめました。意味がわからなくて、さらに叱ろうとする母親を止めて、話に割り込みます。

「今さ、猫を湖に投げたって言ったかい? 誰がそんなことしたのさ?」

「おじさん」

 と女の子が泣きながら答えます。その腕の中で、ニャァ、とまた猫が鳴きます。

「おじさんって誰? 知ってる人?」

 とルルも尋ねました。

 犬がしゃべったので母親は仰天しましたが、女の子は普通に答えました。

「知らない人。クロをここで見たって連れてきてくれて──クロをえいって湖に投げたの──!」

 それでも母親や周囲の人々は意味がよくわからなくて、ざわついていましたが、メールは察して言いました。

「知らないおじさんに、いなくなった猫がいるところを教えるって言われてここまで来たら、おじさんがどこかから猫を連れてきて、湖に投げ込んだんだね? で、あんたはそれを助けようとして湖に入って、溺れちゃったんだね?」

 こくんと女の子がうなずいたので、人々はまた驚きました。

「この子ったら! 知らない人について行っちゃ駄目だと、あれほど言ったのに──!」

 と母親がまた怒り出したので、メールはそれを抑えて尋ねました。

「知らないおじさんって、どんな人だい? もしかして太ってた?」

 こくん、と女の子がまたうなずきます。

「さっきのあの人!!」

 とルルは吠えるように言いました。女の子が溺れている! と助けを呼んでいた男のしわざだとわかったのです。

「あいつ、どこさ!?」

 とメールも周囲を見回しますが、集まった野次馬の中に、太った中年の男は見当たりませんでした。

「逃げたね! なんだってこんな真似を──!」

 とメールは怒りました。ルルはポポロに言います。

「このままになんてしておけないわよ! 魔法使いの目であいつを探してちょうだい!」

 ところが。

 返事がありませんでした。

「ポポロ?」

 とルルは振り向き、ついさっきまでポポロが立っていた場所に彼女がいなかったので、驚きました。

「ポポロ、どこだい?」

 とメールも周囲を見回しました。引っ込み思案な彼女が、人混みに怯えて姿を隠してしまったのかと思って、さらに遠くを見回しますが、隠れることができるような場所もありません。

「ポポロ! ポポロ!」

「ポポロ、どこよ!?」

 メールとルルは人混みをかき分けて探し回りました──。

2020年9月15日
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