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第27巻「絆たちの戦い」

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第13章 追跡

43.散歩

 「ああ、見えなくなっちゃったよ!」

 フルートたちが稽古をしている障壁の外で、メールが声を上げました。

 バッタの怪物を消滅させた煙が半球の中に充満して、真っ白になってしまったのです。まるで濃い霧が立ちこめたようです。

「見える、ポポロ?」

 とルルに聞かれてポポロはうなずきました。

「あたしは透視できるから……。みんなものすごく激しく戦ってるわ。今、青さんとラクさんが同時に魔法を繰り出した。フルートがそれを──危ない!」

 ポポロが急に声を上げたのと、半球に何かがぶつかったような衝撃が走ったのが同時でした。ドン! と障壁が激しく揺れて、そばにいたメールが弾き飛ばされます。

 幸いここは砂浜だったので、メールに怪我はありませんでしたが、半球からは、ドン、ドン、ドンと激しい音が続いていました。そのたびに障壁がひどく揺れるので、ルルもメールのところまで後ずさります。

「メール、大丈夫だった?」

「平気だよ。でも、ずいぶん派手にやってるみたいだね」

 とメールは立ち上がりました。

「フルートたちが強いから、青さんたちも本気なのよ……。力ずくの魔法を大量に繰り出してくるから、フルートが切ったり跳ね返したりしているの。その流れ弾がこっちにぶつかってるのよ」

 とポポロが言ったとき、ドォン! とまた大きな音がして、半球が激しく揺れました。びりびりと障壁が振動します。

「なんだか、近くにいるのも危なそうね」

 とルルがさらに後ずさったので、メールとポポロも一緒に下がりました。離れた場所から半球を眺めますが、相変わらず内側は白い煙でいっぱいです。

 メールは肩をすくめました。

「ダメだね、これは。稽古が終わるまで、中は見えそうにないや」

「みんな戦いに夢中なのね。男の人たちって、どうしてこうなのかしら」

 とルルはあきれています。

 

 少女たちはしばらくその場所で見守りましたが、半球からは衝撃と音が続くだけでした。稽古が全然終わりそうにないので、待つことが苦手なメールは、退屈してきました。

「もう! ここにただ突っ立っててもしかたないよ。散歩でもしよう!」

「そうね。せっかくこんなにいい天気なんだもの。ただ待ってるだけなんて、もったいないわね」

 とルルも言いました。湖の上の空は青く晴れ渡り、春めいた日射しが湖面や岸辺に降り注いでいたのです。昨日の朝降った雪は、もうすっかり消えていました。

 ポポロだけは魔法使いの目で稽古を見ることができましたが、自分だけ見えるというのも悪い気がして、メールやルルにつき合うことにしました。砂浜の上を当てもなく歩き始めます。

「なんかちょっとお腹もすいて来ちゃったよね。町で何か食べようか」

 とメールが言い出したので、ルルは尻尾を振りました。

「そういえば作戦本部の近くに新しい店ができていたわよ。美味しそうな匂いをさせてたから、きっと食べ物を扱う店よ」

「軽食屋さんね。職人さんたちが仕事の後で立ち寄るんだわ。昼間は茶屋になってるみたい。揚げ菓子も売ってるわよ」

 とポポロが町の方角を眺めて言いました。魔法使いの目は便利です。

「よし、そこに決まり! 三人でお茶してさ、フルートたちには揚げ菓子を買って帰ってやろうよ」

 それはいい、と話はすぐに決まって、少女たちはハルマスに向かって歩き出しました。長く続く砂浜に足跡を残しながら進んで行きます。

 そうしながら、彼女たちはまたおしゃべりを始めました。

「もし、明日もフルートたちが稽古をするようならさ、あたいたちはデセラール山に行ってみないかい? あそこには守りの花があるんだよ。覚えてるだろ?」

「もちろん。百合みたいな白い花でしょ? 黄泉の門の戦いの時に、ゼンを守って大活躍したわよね」

「でも、山はまだ雪で真っ白よ。守りの花も咲いてないんじゃない……?」

「うん。でも、守りの花は毎年同じ場所に咲くから、場所はわかるんだ。今のうちに行って、頼んでおきたいんだよ。また協力してほしいってさ」

「守りの花にハルマスを守ってもらうの? いいわね、それ」

「セイロスたちの侵入を防いでくれそうね」

 守りの花があるデセラール山は、青空の中に白くそびえていました。手前の湖の上にもその姿をくっきりと映しています。

 

 ところがその時、行く手から大声が聞こえてきました。

「大変だ! 誰か──誰か──!」

 大人の男の声でした。湖に突き出た岩場の向こうで、助けを呼んでいます。

 少女たちは顔を見合わせ、すぐに駆け出しました。岩場に駆け上がり向こう側へ駆け下ります。

 すると、小石だらけの砂浜で、太った中年の男が腕を振り回してわめいていました。

「誰か来てくれ!! 子どもが湖に落ちたんだ──!!」

 見ると、本当に湖に子どもがいました。水しぶきを上げながら、あっぷあっぷしています。

「まだ小さい子よ! 女の子だわ!」

「どうして湖なんかに!? 水浴びするような季節じゃないでしょう!?」

 驚くポポロやルルに男は言いました。

「わからない! ひとりで湖に入っていったんだよ! あのあたりは急に深くなっているから、足が立たなくなって溺れたんだ!」

 どうやら男はたまたま通りかかっただけだったようです。

「自殺──って、あんな小さい子が? まさか」

 とメールは言って駆け出しました。走りながら、はおっていたコートを脱ぎ捨てて、袖なしシャツに半ズボンの格好になります。

 すると、ルルが追いかけてきて言いました。

「まだ水は冷たいわ! 私に乗りなさいよ!」

 ところが、ルルが変身する前に、女の子の頭がとぷんと水に沈みました。そのまま浮いてこなくなります。

「まずい!」

 メールは叫ぶと、ためらうことなく湖に飛び込んでいきました──。

2020年9月9日
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