「ああ、見えなくなっちゃったよ!」
フルートたちが稽古をしている障壁の外で、メールが声を上げました。
バッタの怪物を消滅させた煙が半球の中に充満して、真っ白になってしまったのです。まるで濃い霧が立ちこめたようです。
「見える、ポポロ?」
とルルに聞かれてポポロはうなずきました。
「あたしは透視できるから……。みんなものすごく激しく戦ってるわ。今、青さんとラクさんが同時に魔法を繰り出した。フルートがそれを──危ない!」
ポポロが急に声を上げたのと、半球に何かがぶつかったような衝撃が走ったのが同時でした。ドン! と障壁が激しく揺れて、そばにいたメールが弾き飛ばされます。
幸いここは砂浜だったので、メールに怪我はありませんでしたが、半球からは、ドン、ドン、ドンと激しい音が続いていました。そのたびに障壁がひどく揺れるので、ルルもメールのところまで後ずさります。
「メール、大丈夫だった?」
「平気だよ。でも、ずいぶん派手にやってるみたいだね」
とメールは立ち上がりました。
「フルートたちが強いから、青さんたちも本気なのよ……。力ずくの魔法を大量に繰り出してくるから、フルートが切ったり跳ね返したりしているの。その流れ弾がこっちにぶつかってるのよ」
とポポロが言ったとき、ドォン! とまた大きな音がして、半球が激しく揺れました。びりびりと障壁が振動します。
「なんだか、近くにいるのも危なそうね」
とルルがさらに後ずさったので、メールとポポロも一緒に下がりました。離れた場所から半球を眺めますが、相変わらず内側は白い煙でいっぱいです。
メールは肩をすくめました。
「ダメだね、これは。稽古が終わるまで、中は見えそうにないや」
「みんな戦いに夢中なのね。男の人たちって、どうしてこうなのかしら」
とルルはあきれています。
少女たちはしばらくその場所で見守りましたが、半球からは衝撃と音が続くだけでした。稽古が全然終わりそうにないので、待つことが苦手なメールは、退屈してきました。
「もう! ここにただ突っ立っててもしかたないよ。散歩でもしよう!」
「そうね。せっかくこんなにいい天気なんだもの。ただ待ってるだけなんて、もったいないわね」
とルルも言いました。湖の上の空は青く晴れ渡り、春めいた日射しが湖面や岸辺に降り注いでいたのです。昨日の朝降った雪は、もうすっかり消えていました。
ポポロだけは魔法使いの目で稽古を見ることができましたが、自分だけ見えるというのも悪い気がして、メールやルルにつき合うことにしました。砂浜の上を当てもなく歩き始めます。
「なんかちょっとお腹もすいて来ちゃったよね。町で何か食べようか」
とメールが言い出したので、ルルは尻尾を振りました。
「そういえば作戦本部の近くに新しい店ができていたわよ。美味しそうな匂いをさせてたから、きっと食べ物を扱う店よ」
「軽食屋さんね。職人さんたちが仕事の後で立ち寄るんだわ。昼間は茶屋になってるみたい。揚げ菓子も売ってるわよ」
とポポロが町の方角を眺めて言いました。魔法使いの目は便利です。
「よし、そこに決まり! 三人でお茶してさ、フルートたちには揚げ菓子を買って帰ってやろうよ」
それはいい、と話はすぐに決まって、少女たちはハルマスに向かって歩き出しました。長く続く砂浜に足跡を残しながら進んで行きます。
そうしながら、彼女たちはまたおしゃべりを始めました。
「もし、明日もフルートたちが稽古をするようならさ、あたいたちはデセラール山に行ってみないかい? あそこには守りの花があるんだよ。覚えてるだろ?」
「もちろん。百合みたいな白い花でしょ? 黄泉の門の戦いの時に、ゼンを守って大活躍したわよね」
「でも、山はまだ雪で真っ白よ。守りの花も咲いてないんじゃない……?」
「うん。でも、守りの花は毎年同じ場所に咲くから、場所はわかるんだ。今のうちに行って、頼んでおきたいんだよ。また協力してほしいってさ」
「守りの花にハルマスを守ってもらうの? いいわね、それ」
「セイロスたちの侵入を防いでくれそうね」
守りの花があるデセラール山は、青空の中に白くそびえていました。手前の湖の上にもその姿をくっきりと映しています。
ところがその時、行く手から大声が聞こえてきました。
「大変だ! 誰か──誰か──!」
大人の男の声でした。湖に突き出た岩場の向こうで、助けを呼んでいます。
少女たちは顔を見合わせ、すぐに駆け出しました。岩場に駆け上がり向こう側へ駆け下ります。
すると、小石だらけの砂浜で、太った中年の男が腕を振り回してわめいていました。
「誰か来てくれ!! 子どもが湖に落ちたんだ──!!」
見ると、本当に湖に子どもがいました。水しぶきを上げながら、あっぷあっぷしています。
「まだ小さい子よ! 女の子だわ!」
「どうして湖なんかに!? 水浴びするような季節じゃないでしょう!?」
驚くポポロやルルに男は言いました。
「わからない! ひとりで湖に入っていったんだよ! あのあたりは急に深くなっているから、足が立たなくなって溺れたんだ!」
どうやら男はたまたま通りかかっただけだったようです。
「自殺──って、あんな小さい子が? まさか」
とメールは言って駆け出しました。走りながら、はおっていたコートを脱ぎ捨てて、袖なしシャツに半ズボンの格好になります。
すると、ルルが追いかけてきて言いました。
「まだ水は冷たいわ! 私に乗りなさいよ!」
ところが、ルルが変身する前に、女の子の頭がとぷんと水に沈みました。そのまま浮いてこなくなります。
「まずい!」
メールは叫ぶと、ためらうことなく湖に飛び込んでいきました──。