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第27巻「絆たちの戦い」

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42.稽古

 フルートたちが中に入ると、半球は音もなく入り口を閉じました。青い障壁に取り囲まれた空間が広がります。直径が百メートルほどもある巨大なドームです。

「勇者殿たちと本気で稽古するなら、このくらい広くなくては立ち回れませんからな。で? どのようにやりましょうか?」

 青の魔法使いに尋ねられて、フルートは答えました。

「どんなふうでも。青さんとラクさん、ぼくとゼンとポチで分かれましょう。青さんとラクさんは魔法や術でぼくたちを攻撃してください。ぼくたちはそれに応戦します。どんな攻撃でもかまいません。本番でも敵に注文はできませんから」

「ふむ、それは確かにそうですな」

 と青の魔法使いが納得すると、ラクが言いました。

「ゼン殿の光の矢は闇のものにしか命中しないと聞きました。わしも青殿も闇魔法は使えませんが、わしの術ならば、仮闇(かりやみ)を呼び出すことができます。本物の闇ではありませんが、闇の特性を持った怪物で変幻自在です。わしはこれで主にゼン殿のお相手をしましょう」

「では、私はフルート殿のほうを。ただし、お互いに連携して戦っても良いこととしましょう。実戦ですからな」

「ありがとうございます。遠慮なくお願いします」

 とフルートは答えました。声も表情もとても穏やかなので、実戦や遠慮なくということばは、なんだか違和感があります。

 けれども、付き合いが長い魔法使いは、そんなものにはだまされませんでした。

「むろん遠慮などしませんぞ。そんなことをしたら、こっちが危険ですからな。では、始めましょう」

「よろしくお願いします!!」

 二人と一匹の少年たちが声を合わせます。

 

「始まったね」

 半球の外から中を眺めて、メールが言いました。障壁が青いので、フルートたちも青く染まって見えます。

「チーム戦をやるみたいね。二手に分かれたわ」

 とルルも言いました。フルートとゼンとポチ、青の魔法使いとラクが、間に距離を取って離れたのです。

「フルートはまだ空を飛ばないのね」

 ポチが犬の姿のままなのを見て、ポポロが言いました。いったいどんな稽古が始まるのだろう、と少女たちは半球の中に注目します──。

 先に動いたのは魔法使いたちでした。青の魔法使いが杖を掲げ、ラクがふところから呪符を出して宙に放ります。呪文の声は障壁の外までは聞こえませんが、魔法が発動していく様子はよく見えました。杖からほとばしった青い光がフルートへ飛び、呪符は大きな生き物に変わっていきます。

 フルートは剣を横にふるって、飛んできた魔法を切り払いました。青い光が白く輝き、燃え尽きるように消えていきます。

 その間に呪符は見上げるような巨人に変わっていました。手足が異様に長い大男です。

「テナガアシナガだわ!」

 と少女たちは驚きました。怪物に変わってしまった、いにしえの巨人族の末裔です。

「あれって闇の怪物だよね? ラクさんはあんなのまで使えるんだ!」

「え、でも、ラクさんは闇の術師じゃないでしょう?」

 メールやルルが面食らっていると、ポポロが怪物を見つめて言いました。

「あれ、本物の闇の怪物じゃないわ。闇の気配がしないもの。たぶん、別のものをテナガアシナガに化けさせているのね。ゼンが光の矢で攻撃できるように──」

 言っている間にテナガアシナガはゼンへ長い腕を伸ばし、ゼンは光の矢を撃ち返しました。矢は銀に光って飛んでいきますが、巨人は軽くそれをかわしました。

「外れた!」

「大きいくせに素早いわ!」

 メールとルルがまた声を上げました。光の矢に百発百中の力はないので、外れてしまったらそれっきりでした。空中を飛んでいって地面に落ちると消えてしまいます。

 テナガアシナガがまた長い腕をゼンに伸ばしました。ゼンを捕まえようとします。

 ゼンは飛び退き、目の前に来た手を蹴り飛ばしました。ゼンの身長ほどもある手を吹き飛ばされて、テナガアシナガが驚いたように引っ込めます。

 ところが、ゼンのほうもその場にうずくまってしまいました。テナガアシナガを蹴った足を押さえています。フルートが何か言いながら駆け寄っていきましたが、障壁の外に声は聞こえません。

「ゼンは生気を吸われてしびれたのよ。テナガアシナガは闇の怪物だから。化けていても、特徴は本物と同じなんだわ」

 とポポロが言います。

 フルートが金の石を押し当てると、ゼンがすぐに立ち上がったので、メールたちはほっとしました。ゼンが腕を振り回して怪物へ何かどなっています。

「よくもやりやがったな──ってところかなぁ」

 とメールはゼンの表情を見ながら言いました。

「今度はやられねえぞ、でかぶつめ、とか言っていそうね」

 とルルも言います。

 半球の中でフルートとゼンが離れました。青の魔法使いがまた魔法攻撃を繰り出してきたのです。今度は炎がフルートへ飛んでいきます。

 すると、炎は巨大なドラゴンの頭に変わりました。燃える口でフルートをひと呑みにしてしまいます。

 が、次の瞬間にはドラゴンが四散して、中からフルートが現れました。元気な姿です。

 あーあ……とメールは言いました。

「フルートの防具は火にめちゃくちゃ強いんだもん。炎で攻撃したって効かないよねぇ」

「青さんが魔法の種類を変えるわね」

 新たに湧き上がってきた魔法を見て、ポポロが言います。

 青の魔法使いが杖を振ると、魔法が強く輝き出しました。稲妻になってフルートへ飛んでいきます。

 フルートは剣を正面に構えました。飛んできた稲妻を刃で受けると、目もくらむような輝きと煙が湧き起こります。稲妻を剣で切り裂いているのです。

「光炎の剣って雷も切れるんだ!?」

「あれが魔法の稲妻だからよ。光の剣には敵の魔法を切り裂く力があったの」

 メールとポポロは話し続けます。

 その間もフルートは稲妻を切り裂き続けました。刃に当たって二手に分かれた雷光が、輝き燃え尽きて煙に変わっていきます──。

 

「なかなかやりますな、勇者殿。魔法を切り裂けるとは思いませんでしたぞ」

 障壁の中で青の魔法使いがフルートへ言っていました。

 フルートは稲妻を最後まで切り裂くと、燃え尽きていく光と煙を背負って言い返しました。

「鏡の盾が使いものにならなくなったから、剣で魔法を防ぐしかないんです。別の方向からも攻撃されると厳しいです」

「そのとおりですな。敵はそれを見逃さんでしょう」

 魔法使いからまた魔法攻撃が飛びました。青い光の弾が唸りながらフルートに迫り、途中で二つに分かれました。一つは正面から、もう一つは左手に回ってフルートに襲いかかります。光炎の剣も両方向には対応できません。

「ワン、フルート!」

 ポチの声がして、フルートの体がいきなり宙に舞いました。変身したポチがフルートをすくい上げたのです。誰もいなくなった場所を、二つの青い魔法が通り過ぎていきます。

「やや、それは反則ですぞ!」

 と青の魔法使いが文句を言ったので、ポチは言い返しました。

「ワン、反則じゃないですよ! ぼくはいつだってフルートとこんなふうに戦うんだから! 行きましょう、フルート! 反撃だ!」

「よし、青さんへまっすぐ!」

 フルートの命令で突進してくるポチを、青の魔法使いが障壁で防ぎました。障壁の中にまた障壁ができあがりますが、フルートが光炎の剣で切り裂きます。

「まだまだ!」

 魔法使いが大量の攻撃魔法を繰り出して、フルートを集中攻撃しました。ポチは身をひねり、飛び回って魔法をかわしました。フルートは剣で魔法を切り捨てていきます──。

 

 ゼンのほうはテナガアシナガの攻撃を避けながら、光の矢で攻撃するチャンスを狙っていました。何度も矢をつがえて放とうするのですが、そのたびに長い腕が飛んでくるので、あわてて飛び退くことになります。矢を撃つことができません。

「あの腕の届く中にいちゃいけねえんだよな」

 とゼンは敵をにらみました。テナガアシナガは身長が五メートルほどもありますが、その半分以上が足で、腕はもっと長さがありました。立ったまままっすぐ腕を下ろせば手が地面に届くのですから、ゆうに四メートルはあります。

 ゼンは素早く周囲を見回し、砂浜の先に岩場を見つけました。半球の端に近い場所だったので、青い障壁が岩場のすぐ後ろにそそり立っています。テナガアシナガから十メートル以上離れていますが、充分に矢の射程距離内です。

「よし」

 ゼンは岩場に向かって走りました。当然のことながらテナガアシナガも後を追ってきたので、それより早く岩場に飛び込んで光の矢を抜き、弓につがえます。

 すると、テナガアシナガが急に変な声を上げ始めました。ギチギチギチと歯ぎしりでもするような声です。

 ゼンが驚いて岩陰から顔を出すと、巨人は頭が障壁の天井につかえて前に進めなくなっていました。半球の外れに近い場所だったので、端に近づくにつれて天井が低くなっていたのです。体をかがめ、懸命に腕を伸ばしてきますが、どうしても岩場には届きません。

 ひゃっほう! とゼンは歓声を上げました。怪物の手が届かないのなら、こちらのものです。岩の上に立ち、しっかり狙いを定めて矢を放とうとします。

 テナガアシナガは歯ぎしりしながら、長い右腕を曲げました。何かをつかみ上げるような動きですが、何も持ってはいません。

 と、その手の中に黒い岩の塊が現れました。ぶん、と腕を振って、ゼンに岩を投げつけてきます。

「な、なんだぁ!?」

 ゼンはとっさにまた岩陰に飛び込みました。今までゼンが立っていた場所に、大岩が激突します。

「どこから岩を出してやがるんだよ!? てか、テナガアシナガにあんな魔法が使えるなんて聞いたことねえぞ! 他の怪物の技じゃねえのかよ!?」

 ゼンはわめきましたが、また岩が飛んできて先の岩に当たり、かけらが頭にぶつかりそうなったので、腹を立てました。

「この野郎、危ねえだろうが!」

 ゼンは弓を手放して岩場に飛び上がり、転がっていた岩をつかみました。ぐわっと持ち上げて投げ返します。

 テナガアシナガはゼンが姿を現したので、よく見ようと身をかがめたところでした。その顔の真ん中にゼンが投げた岩が命中します。

 怪物は非常に痛そうな顔になると、猛烈に怒りだしました。ゼンがもう一つの岩を持ち上げているのを見て、それより早く岩を投げつけてきます。

「っとぉ!」

 ゼンはよけた拍子に岩を落としてしまいました。もう一度岩をつかもうとすると、そこにまた岩が飛んできます。あわてて頭を下げて避けると、また次の岩が。テナガアシナガは立て続けに岩を生み出しては投げつけてきます。

 ゼンはたまらずに岩場から飛び降りました。岩陰に隠れますが、その上にも岩は次々と飛んできました。岩場に無数の岩が積み重なっていきます。

 離れた場所からそれを見ていたラクが、心配そうにつぶやきました。

「はて、少々やり過ぎたか……」

 積み重なった岩は岩場の上で山のようになっていました。さすがのゼンにも脱出してくるのは難しそうです。

 ラクはゼンを救出するために、新たな呪符を取り出しました。宙に投げて呪文を読み上げようとします。

 すると、いきなりテナガアシナガの足元から声がしました。

「どこ見てやがる!? 俺はここだぞ!」

 いつの間に岩山から脱出したのか、ゼンがそこに立っていました。テナガアシナガの長い両足の間に立って、真上に弓を構えています。つがえているのは銀色の光の矢です。

「そら! てめえの股にお見舞いするぞ!」

 怪物は驚いたように下を眺め、慌てて飛び退きました。ゼンがまだ狙っているので、背を向けて離れようとします。

 ゼンはにやりとしました。

「これを待ってた!」

 びぃんと弓弦の音が響いて矢が放たれました。逃げていく巨人の広い背中に命中します。

 とたんに銀の光が輝いて、テナガアシナガが消えていきました。光が収まった後の空から、ちぎれた紙切れがはらはら舞い落ちてきます。テナガアシナガが呪符に戻ったのです。

「へっ、どうだ! 見たか!」

 ゼンが喜んで弓を掲げました。光の矢はエルフの矢のように百発百中ではないので、テナガアシナガが大きな背中をこちらに向けるのを狙ったのです。

 

 ラクは呪符を握ったまま苦笑しました。

「やられましたか。やはりあなた方は強い。ただ、こちらも仮闇の呪符が一枚だけというわけではありませんでしてな──」

 いいながら呪符を宙に放って呪文を唱えると、一枚の呪符はたちまち何枚にも増え、それがちぎれるようにさらに増えて、ひとつずつが怪物に変わりました。空飛ぶ虫の集団が現れます。体はバッタのようですが、頭には人間の顔がついています。

 げっ、とゼンは声を上げました。虫の怪物はあっという間に増えて、数え切れないほどになっていました。集団でゼンに向かってきます。

「多過ぎだぞ、馬鹿野郎!」

 とゼンがどなると、ラクが答えました。

「弱点を攻撃されたときの対応を練習してこそ、稽古というものでしょう。さあ、どうしますか? 降参ですか?」

「誰が──!」

 ゼンは矢を連射しました。光の矢が命中すると、人面バッタは光って消滅しますが、何しろ数が多すぎました。倒しきれないバッタが、羽根を震わせてゼンに迫ってきます。

 すると、そこへ風の音と共にポチが飛んできました。人面バッタを吹き飛ばしながらやってきて、背中にゼンを拾い上げます。

 ポチにはフルートも乗っていました。後を追って襲いかかってくるバッタを光炎の剣で切り払います。バッタが白く光ってから燃え尽きて煙に変わります。

「やはり勇者殿たちは連携してきますか。こうなると数で押すのも難しくなる」

 とラクが考えあぐねていると、隣に青の魔法使いが現れました。

「なに、向こうが連携するなら、こちらも連携するまでです。私が動きを止めますので、ラク殿は攻撃を頼みますぞ」

 言うなり、どん、とクルミの杖で地面を打って、杖の先端を勇者の一行へ向けます。

 とたんにポチは先に進めなくなりました。空中に浮いたまま動けなくなってしまいます。

「ワン、何かが尻尾に絡みついた!」

「こっちもだ!」

 とフルートも言いました。光炎の剣もまるで何かに絡みつかれたように、空中からびくとも動かせなくなってしまったのです。魔法のしわざですが、剣をつかえないので、魔法を断ち切ることができません。

 その間にバッタが追いついてきて、彼らに襲いかかりました。バッタは人間の子どもくらいの大きさで、大人の男の顔をしていました。鋭い牙でいっせいにフルートやゼンにかみついてきます。

「馬鹿野郎! この野郎! 服を食われてたまるか!」

 ゼンはわめきながら手に握った光の矢を振り回しました。バッタは矢が触れると光って消えましたが、光の矢も一緒に消えてしまうので、ゼンは両手で次々矢を抜いて振り回さなければなりませんでした。そのうちに目が回りそうになります。

 すると、フルートが言いました。

「ゼン、君は魔法を防げる! 剣に飛んできてる魔法を遮ってくれ!」

 ゼンが身につけている青い胸当ての力です。

「なる、その手があったか!」

 ゼンはポチの背中に立ち上がりました。襲ってきたバッタをまた矢で突き刺してから、フルートの剣を見上げます。光炎の剣はフルートが上に向けて構えた格好で動かなくなっていたのです。背が低いゼンには手が届きません。

「ゼン、もっと後ろに移動してください!」

 とポチは言うと、長い蛇のような体を曲げ始めました。尾を魔法に捕らえられたので前進はできませんが、体の前半分は自由に動かせたのです。空中でとぐろを巻くように曲げながら頭を下げていくと、ゼンが乗った場所がフルートの剣に並びます。

「おし、上出来!」

 とゼンは剣の前に立ちはだかりました。地上で杖を掲げる青の魔法使いと、フルートの剣の間に割り込んだのです。

 とたんに、ばちんと弾けるような音が響き、地上で青の魔法使いがよろめきました。剣に絡みついていた魔法をゼンが断ち切ってしまったのです。

「ありがとう、ゼン、ポチ!」

 フルートも立ち上がると、とぐろを巻いたポチの体の上を走りました。途中、襲ってきた人面バッタを切り払い、ポチの尾のあたりへ剣を振り下ろします。また、ばちんと音が響いて、青の魔法使いが地上でひっくり返ります。

「よし、バッタを全滅させるぞ!」

 とフルートは言って、飛んでくる虫の怪物へ剣を振り続けました。

 ゼンも光の矢でバッタを突き刺していきます。

 また自由に飛べるようになったポチは、彼らを敵が群れている場所へ運びました。バッタが次々光って燃え尽き、煙に変わっていきます。

 やがて、障壁でできた半球の内側は、白い煙でいっぱいになってしまいました──。

2020年9月9日
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