ハルマスの船着き場にやって来た青の魔法使いに、勇者の一行は駆け寄りました。見上げるような彼を取り囲んで、口々に話しかけます。
「ロムド城から派遣されてきたのって、青さんだったんだね!」
「ワン、四大魔法使いの誰かが来てくれるって聞いていたんですよ!」
「いつハルマスに来たんだ? 意外と早かったよな!」
「オリバンたちには会った? 作戦本部にいるのよ」
「もちろんです。まず殿下たちにご挨拶に本部に回ったら、勇者殿たちがつい先ほどまでいたと聞かされたので、急いで後を追ってきたのです」
と青の魔法使いは答えました。見るからにいかつい人物ですが、顔をほころばせて、にこにこと勇者の一行を見回しています。
「ハルマスが闇の怪物に襲われたから、闇に強い青さんが来てくれたんですね……」
とポポロも言いました。引っ込み思案の彼女も、青の魔法使いにはあまり抵抗なく話せます。
「その通りです、ポポロ様。セイロスも闇魔法を使うので、私か白のどちらかということで、結局私に決まったのです。都の中と周囲は空間移動ができませんが、都を離れれば飛べますからな。郊外からひとっ飛びでハルマスに来ました」
と青の魔法使いは言いました。彼と白の魔法使いは、どちらも神に仕える魔法使いなのです。
フルートが真面目な顔で言いました。
「ぼくと願い石を追いかけていた闇の怪物が、おどろに変わっていたんです。みんなの協力でなんとか倒せたけれど、かなり苦戦しました。青さんが来て下って、本当に良かったです」
それを聞いて、武僧の魔法使いはいっそう上機嫌になりました。
「お任せください、勇者殿。そのために私が派遣されてきたんですからな。私にできることであれば、なんでも協力いたしますぞ」
と胸を張ります。
すると、フルートはちょっと考えてから、こんなことを言い出しました。
「実は、本当にお願いしたいことがあるんです……。ぼくの剣の稽古の相手になってもらえませんか?」
意外な話に青の魔法使いは驚きました。
「剣の稽古ですか? 私は素手と魔法で戦う武僧なのですが、それで相手が務まりますかな?」
「ただの剣ではないんです」
とフルートは言って、背中の大剣を外して掲げました。銀と黒を組み合わせた柄や鞘に、赤い炎の石がちりばめられています。
ふぅむ、と武僧は剣を眺めました。
「なるほど。これが炎の剣と光の剣をひとつにしたという魔剣ですか。鞘に収まっていても大変な力を感じますな──。確かに、常人にこの剣の相手は務まらんでしょう」
「直接、剣の手合わせをしてほしいわけじゃないんです。光炎の剣は、かすっただけで相手を燃やしてしまうから、危険すぎます。ただ、青さんなら魔法で稽古ができるんじゃないかと思うんです」
それを聞いて、ゼンも身を乗り出しました。
「そういうことなら俺も混ぜろよ! 俺もこの光の矢を使うようになったんだけどよ、練習したいのに闇のもの以外は素通りしちまうから、練習にならねえんだ。青さんの魔法なら、なんとかできるんじゃねえか?」
「ほうほう、なるほど。それは面白い提案ですな。確かに、私なら勇者殿たちの稽古相手ができるかもしれません。どれ、ちょっと行って、殿下からご許可をいただいてきましょう。勝手にハルマスで稽古を始めて、お叱りを受けたら大変ですからな」
すぐに戻ってきます、と青の魔法使いは言い残して姿を消し、本当に、五分とたたないうちにまた戻ってきました。
その隣に、黄色い頭巾と服を着て、同じ色の口布をつけた術師もいたので、フルートたちは目を丸くしました。
青の魔法使いが笑いながら言いました。
「殿下のところへご許可をいただきに行ったら、ちょうどラク殿もおいでで、協力していただけることになったのです」
ユラサイの術師は少年少女の一行に丁寧に頭を下げました。
「青の魔法使い殿おひとりで二人のお相手は大変かと思いまして、及ばずながらわしも手伝いに参りました──。帝とリンメイ様もご一緒だったのですが、ユラサイの属国軍が資材と共に到着したので、帝たちはそちらへおいでになりました。勇者殿たちの稽古が見られないというので、帝は大変残念がっておいででした」
ラクが使う術も非常に強力だったので、フルートたちは喜びました。さっそく稽古を始めようとすると、青の魔法使いに止められました。
「殿下からのお達しです。稽古をするなら、絶対に人家の近くでやるな。建設現場の近くや、船着き場などの設備からも充分に距離を取れ。おまえたちの稽古で破壊されては大変だからな──とのことです」
オリバンから危険物のように言われてしまって、フルートは苦笑しましたが、ゼンのほうは納得できなくて口を尖らせました。
「なんだよ、それ。俺たちはただ手加減抜きで実戦の練習をしようってだけだぞ」
「それ、絶対に危険だろ!」
「そうよ! みんなものすごい魔法や武器を使うんですもの!」
とメールやルルが反論します。
ポチは湖に沿った岸を眺めて言いました。
「ワン、西のほうに割と広い砂浜がありますよ。あのあたりはまだ工事も進んでないから、あそこがいいんじゃないかな」
「では、そちらへまいりましょう」
と青の魔法使いが言い、全員はぞろぞろと湖岸を西へ歩き出しました──。
めざす砂浜は船着き場から歩いて十五分ほどの場所にありました。思ったより距離があったのですが、その分ハルマスの町から離れているので、影響は少なくてすみそうでした。
ただ、砂浜と野原の境目に小さな苗木がずらりと植えられていました。
「風よけにするのに植えたんだな」
とフルートは言って考え込みました。魔法を使った稽古なので、苗木を傷めてしまうかもしれない、と心配したのです。
「もっと先に行くか?」
とゼンが言うと、ポポロが遠い目で先を見て首を振りました。
「この先もずっと苗木が植えてあるわ……湖を木で囲んで風を防ごうとしているのね」
青の魔法使いはうなずきました。
「デセラール山から吹き下ろす風が、湖を渡ってハルマスに吹きつけますからな。冬場には猛吹雪になることもあるのですよ。だが、ここは広さがあって稽古にはいい場所だ。こういたしましょう」
魔法使いが腕を上げると、手の中に太い杖が現れました。こぶだらけのクルミの杖です。それで、どん、と砂浜を突くと、青い光が湧き上がって、みるみる広がっていきました。中が空洞の巨大な光の半球ができあがります。
ラクが感心しました。
「障壁の中で稽古しようというのですか。なるほど」
青の魔法使いは杖の先で半球をたたいてみせました。光でできているように見えますが、杖が当たると、コツコツとガラスをたたくような音がします。
「この中であれば、相当暴れても、外には影響がありません。存分にいきましょう。お嬢様方は外にいてください。巻き込まれて大変ですからな」
ルルやメールはたちまち不満そうな顔になりました。
「私たちは外なの? 近くで見たいのに。ポポロ、私たちに守りを魔法をかけられない?」
「っていうか、あたいたちも稽古に混ざりたいよね。こんな立派な稽古場なんだからさ」それを聞いて、青の魔法使いは慌てたように手を振りました。
「勘弁してください。お嬢様方まで加わったら、私とラク殿ではとてもかないません。城から白たち全員を呼んでこなくては」
するとポチも言いました。
「ワン、メールたちも混ざったら、こっちが有利すぎて稽古になりませんよ。大丈夫、障壁は透き通ってるから、外からでも見えますよ。でも、ぼくは中に入っていいですよね? フルートはぼくに乗って戦うことが多いんだから、実戦の練習なら、ぼくも参加しなくちゃ」
ポチが張り切って尻尾を振っていたので、ルルは腹を立てました。
「あなたばかりずるいわ! それなら私も一緒に入るわよ! ゼンは私に乗ることが多いんだもの! いいでしょう!?」
「いや、それはだめだ。ポポロの警護が少なくなってしまうからな」
とフルートが反対したので、ポポロはとまどって言いました。
「でも、闇の気配はもう全然していないわ……。あたしは今日の魔法をまだ一つも使っていないし、大丈夫よ」
けれども、ルルはすぐに納得しました。
「そうね、フルートの言う通りだわ。闇の匂いはしないんだけど、万が一ってこともあるものね。我慢するわ」
「あたいもずっとポポロについてるから、あんたたちは安心して稽古に専念しなよ」
とメールも言います。メールは気持ちが変わりやすいので、もうさばさばした口調になっています。
ありがとう、とフルートは言うと、ゼンやポチ、青の魔法使いやラクと一緒に半球の前に立ちました。
「どれ、では始めますかな」
魔法使いがまた杖でたたくと、青い半球の表面にぽっかり入り口が開きました──。