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第27巻「絆たちの戦い」

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第12章 稽古

40.船着き場

 「あれから近辺を調査したが、ハルマスにセイロスが侵入した形跡はなかった。おどろはセイロスが差し向けたものではなかったようだな」

 リーリス湖に突き出た岬に建つ作戦本部で、オリバンがフルートたちに話していました。彼らがおどろを退治した翌日のことです。

 部屋には河童とオーダとライオンの吹雪もいました。オリバンの隣からセシルが言います。

「オリバンも私も、最初、そんなすさまじい怪物が出現していたとは思わなかったんだ。そうでなければ、河童ひとりで向かわせたりしなかったんだが。危険な目に遭わせてすまなかったな。無事で本当に良かった」

 未来のロムド皇太子妃からねぎらわれて、河童は照れたように頭の皿を撫でました。

「いやぁ、ほんに勇者殿たちが来てくっちゃおかげで、助かっただ。今少し遅がったら、おらぁ今頃おどろの腹ん中で溶かさっちたべな」

「でも、河童さんがいてくれたおかげで、おどろを退治することができたんです」

 とフルートは言うと、そのまま考える顔になりました。昨日おどろを退治してから、こんなふうに考え込むことが増えていました。

「オーダには今回もまた助けられたな」

 とオリバンが言うと、オーダは胸を張りました。

「当然だ。フルートが未払いの報奨金があるし、報奨金を増額するチャンスだったからな」

「フルートが払う分はともかく、増額なんて話は一言もしてねえぞ」

 とゼンが言い返すと、オーダはじろりとにらみつけました。

「そんな気の利かないことを言ってると、幸運を取り逃がすぞ。幸運の女神も金次第と昔から言うんだからな」

「ワン、そんな諺(ことわざ)聞いたことないですよ!」

 とポチが鋭く突っ込みます。

 すると、オリバンが言いました。

「オーダの活躍のおかげでハルマスが助かったのだから、追加の報奨金は私が出そう。どうだ、オーダ。いっそエスタ軍から我がロムド軍に移籍する気はないか?」

 ロムド皇太子から直々に勧誘されて、オーダは目を丸くしました。がしがしと頭をかきます。

「こう真面目にこられると、少々返事に困るな……。こう見えても、俺は今、エスタ軍辺境部隊の部隊長をやってる。流れ者ばかりのどうしようもないような連中の部隊だが、それでもけっこう気に入ってるんだ。悪いがロムド軍には移れないな」

「そうか。残念だがしかたない──。追加の報奨金は後で届けよう」

 とオリバンは言いました。潔さはこの王子の長所です。

 

 メールがオリバンとセシルに尋ねました。

「おどろは完成間近の建物を壊したよ。工事はどのくらい影響を受けたんだい?」

「おどろにやられちゃった人も出たんでしょう? 大丈夫なの?」

 とルルも心配します。

 すると、オリバンたちは何故か笑い顔になりました。驚く勇者の一行へ言います。

「大丈夫だ。確かに、おどろに人夫が三人ほどやられたが、職人たちは以前より発憤して工事を進めている。おどろに壊された建物も、二日遅れ程度で完成するだろう」

「それもこれも、あなたたちのお手柄だ。おどろに襲われそうになった者たちを助けて、目の前で大決戦を繰り広げたんだろう? 職人も人夫も、みんなそれを見ていたんだ。勇者の一行のためにすばらしい砦を造るんだ、と張り切っているぞ」

 フルートたちはまた驚いて顔を見合わせました。

 はぁん、とオーダは無精ひげが生えた顎をなでました。

「こいつらはおどろと戦って、自分たちが正義の戦士だってことを、大々的にアピールしたってわけか」

「ぼくたちは別にそんなつもりで……」

 とフルートが言いかけると、その肩をオーダがつかみました。

「いいことだって言ってるんだよ。人間は自分たちを守って助けてくれる奴を無条件で信頼するからな。しかも、お偉い方からのお達しより、仲間同士の雑談のほうが実際には信用されるんだ。おまえらの活躍を見た連中が、どんどんおまえらの噂を広めてくれるぞ。職人たちから兵士たちにも伝わるはずだ」

 すると、セシルがほほえんで言いました。

「すでにそうなってきているな。金の石の勇者の一行は、ハルマスではもう一大英雄だ」

 ふふん、とオーダも笑うと、フルートに顔を近づけてきました。

「良かったじゃぁないか。これで、おまえらを悪く言う連中は相当減るぞ。だからな、オリバン殿下とは別に、おまえのほうも報奨金の増額をだな──」

「オーダはそれしか言うことがねえのかよ!」

 とゼンがあきれてフルートをオーダから引き離します。

 

 すると、河童が改まってオリバンに言いました。

「さっきな、城にいる赤の隊長がら連絡がありましただ。ハルマスがまた怪物や敵に襲われっど大変だがら、隊長たちのひとりがこっちさ来るそうです」

「四大魔法使いのひとりがハルマスに駐屯するということか。誰が来るのだ?」

 とオリバンは聞き返しました。

「それはまだ協議中だげんぢょ、できるだけ早くこっちさ来るって言っでます」

 と河童は答えました。訛(なまり)は相変わらずですが、慣れてきたので、オリバンたちにもフルートたちにも、言っている意味はだいたいわかります。

 白、青、赤、深緑。四人の魔法使いの誰がハルマスに来るのだろう、とフルートたちも考えました。誰が来るにしても、楽しみなことでした──。

 

 

 オリバンたちへの報告が終わった後、勇者の一行は連れだって町の中を歩いていきました。オーダは自分の部隊に戻り、河童も防塁の工事現場に向かったので、歩いているのはフルートたち四人と二匹だけでした。

 その一帯でも工事は盛んに行われていましたが、彼らが通りかかると、職人や人夫たちが仕事の手を止めて声をかけてきました。

「いよぉ、金の石の勇者たち!」

「いい天気になってきたな!」

「見回りかい? ありがとうな!」

 オリバンたちが言っていたとおり、おどろを退治した噂はもう町中に伝わっていて、勇者の一行はすっかり株を上げていたのでした。

 メールは思わず肩をすくめました。

「ホント、人間って調子いいよね」

「まったくだ。だが、あのまま俺たちを疑われてるよりはいいよな」

 とゼンが現実的な返事をします。

 すると、別の建物の工事現場から、いきなり歓声があがりました。何人もの男たちが作業を放り出して駆け寄ってきます。

「やっぱり金の石の勇者たちだ!」

「やっと会えた!」

「また怪物を退治したって? さすがだな!」

 その勢いにフルートたちは面食らいました。彼らの顔に見覚えがある気がしましたが、すぐには思い出せません。

 男たちが笑いながらいいました。

「俺たちだよ! ほら、カルドラ国の──!」

「俺たちの町に泊まっただろう!?」

 それを聞いて一行はやっと思い出しました。

「ヤダルドールの連中か! 本当に久しぶりだな!」

「ワン、そういえばヤダルドールから応援が来てくれた、っていう報告がありましたよね」

「ハルマスに来てたんだね」

 勇者の一行に思い出してもらって、ヤダルドールの男たちは大喜びしました。カルドラ国のセイマ港からこっそりメイ行きの船に乗ったこと、街道を旅してロムド城に行ったこと、ハルマスで砦の建設が始まったというので皆で来て作業を手伝っていることなど、口々に話して聞かせます。

「遠いところから……しかも、カルドラ国王の命令に背いてまで来てくださって、本当にありがとうございます」

 フルートが仲間たちを代表して感謝すると、町長の息子が力を込めて答えました。

「あんたたちは俺たちの命の恩人だからな! 恩人に恩返しをするのは、カルドラでは当たり前のことなんだよ!」

 彼も、転がってきた岩に潰されて死にそうになったところを、ゼンたちに助けられたのです。

 棟梁が、作業に戻ってくれ! とヤダルドールの男たちを呼んでいました。

「ああ、もう戻らないと」

「こうして会えて本当に良かった」

「一生懸命働いて、あんたたちの砦を完成させてやるからな」

「それじゃあ」

 男たちは口々にまた言うと、手を振りながら現場に駆け戻っていきました。すぐにまた材木や重たい石や土を運ぶ作業に取りかかります。

 その様子を見て、メールが思い出したように言いました。

「人間は調子いいけどさ、そうじゃない人間もいるんだったね」

「だな」

 とゼンもうなずきます──。

 

 彼らは歩き続けて、やがて船着き場までやってきました。

 以前、フルートたちはここから対岸へ船で渡ったことがありました。場所としては懐かしいのですが、船着き場は真新しくなっていて、以前と様子が変わっていました。

「作り直したんだね。すっかり綺麗になってるよ」

 とメールは船着き場を見回しました。

「ワン、あの頃ハルマスは貴族の別荘地だったから、貴族が遊ぶ船がいっぱいつながれてたけど、今はもう全然ありませんね。実用的な船ばかりだ」

 とポチも係留されている運搬船や漁船を眺めます。

 ルルは湖の向こうにそびえるデセラール山を眺めていました。ポポロが近寄ってくると、半分ひとりごとのように言います。

「私はあそこで魔王になっていたのよね。みんなを恨んで、フルートを憎んで殺そうとして……。私を助けに来るために、ポポロを記憶喪失にさせたりもしたわ……」

 ルルは目の下の茶色い毛を涙で濡らしていました。天空王から受けた罰のために、彼女はその時のことを昨日の出来事のように思い出してしまうのです。

 ポポロはしゃがみ込んでルルの背中を撫でました。

「ルルはちゃんと戻ってきたし、あたしだって記憶を取り戻したわ。誰ももう気にしてないんだもの、もういいのよ」

 ルルはポポロに体をすり寄せました。どんなに慰められても、その時の記憶を一生忘れることはできないのですが、それでも、ありがとう、と言います。

 ゼンも腕組みしたまま、黙ってデセラール山を見ていました。彼とフルートがポポロを巡って対立し、ルルを助けに行く行かないで、あやうく喧嘩別れしそうになったのも、このハルマスでした。あれから四年あまりが過ぎましたが、なんだかもっと昔のことのような気がしました。数え切れないほどの出来事や戦いを経験してきたからかもしれません。

 

 すると、何かを考え込んでいたフルートが、突然言いました。

「ごめんね、みんな」

 仲間たちはフルートを振り向きました。フルートが謝るのはいつものことですが、それにしても唐突で、何に対して謝られているのかわかりませんでした。

「何の話だよ」

 とゼンが尋ねると、フルートは目を伏せました。

「相変わらず、ぼくはみんなを危険な目に遭わせるよな……。まさか、今でもぼくと願い石を追いかけている怪物がいるとは思わなかったし、それがおどろに変わってるなんてことも、想像もしなかった。セイロスの攻撃には用心しているつもりだったけど、それ以外にも危険はあったんだよな」

 仲間たちはたちまちうんざりした顔になりました。またこういうことを考えていたのか、と全員が思ったのです。

 ポポロが進み出て言いました。

「言ったわよね、フルート。あたしたちはみんなで一緒に戦うって。だから、いくら危険でも──」

 ところが、フルートはそれを遮って話し続けました。

「特に、ポポロのことはどうにかして危険な目に遭わせないようにしたいと思ってたんだ。どうやったら、どこにいてもらったら、安全でいてくれるだろう。そんなことばかり考えていた。だけど──それじゃだめだったんだよな」

 反論しようとしていたポポロは、話の流れが変わったので目を丸くしました。他の仲間たちも、おや、という顔をします。

 フルートは苦笑すると、背中の剣の柄をちょっと握ってみせました。

「強力な武器にすればなんとかなると思って、クフに光炎の剣を鍛えてもらったのに、実際には全然だった。ぼくはまだこれの使い方に慣れていなくて、おどろ相手に大苦戦させられた。ゼンがいてメールがいて、ポチやルルがいて、オーダや河童さんもいて、それでやっと戦えた。そして、ポポロがいたからおどろを倒すことができたんだ」

 フルートはポポロを見つめました。苦笑いしたまま言います。

「やっぱり君はぼくたちの切り札だ。君がいない状態でセイロスと対決するなんてのも、無理なことだったんだ──。本当は君を前線に出すのは心配なんだけど、君を後方に置くことはできない。他のみんなもそうだ。本当は危険に巻き込みたくないんだけど、やっぱりそういうわけにはいかない。だから、今まで通り、みんなのことを巻き込んでいく。ほんとにごめん。だけど、そうするしかないから──」

 

 フルートはそこで急に話しやめました。いきなりゼンに後ろから頭を殴られたからです。兜をかぶっていたので痛みは感じませんが、音が頭に響きました。

「ったく! この馬鹿は本当に何十回も同じこと言いやがって! どうやったらこの石頭に理解させられるんだ!?」

 とゼンが言うと、メールもうなずきました。

「ホントだよねぇ。あたいたちがいつ、巻き込まれて迷惑だとか怖いとか言ったのさ!」

「むしろ逆よね。フルートが勝手に自分だけで行こうとするから、私たちは怒るのよ」

 とルルも言います。

「ワン、ポポロも何か言ってやってくださいよ! フルートはとにかくポポロが守りたくてしょうがないんだから!」

 とポチに言われて、ポポロはさらに一歩前に出ました。フルートを見上げ、彼が困ったような顔になると、その手を取って言いました。

「ありがとう、フルート。あたしたちと一緒に戦うって言ってくれて。あたしを必要だと言ってくれて、ありがとう……。一昨日も話したわよね。あたしたちはフルートをひとりだけで戦わせたくないの。フルートはあたしたちを守ろうとしてくれるけど、あたしたちもフルートを守りたいのよ。みんなを守る勇者が、自分は守ってもらっちゃいけないなんて、そんな馬鹿な話ないもの」

 話しながらポポロは涙ぐんでいました。涙の溜まった瞳で、にっこりとフルートへ笑って見せます。

 すると、ゼンがフルートの肩に腕を回して、ぐいと引き寄せました。

「喧嘩して仲直りしたあの日に言ったよな。一緒に行こうぜって。どこまででも、ずっとみんなで一緒に行こうってな。あの約束は今でも生きてるんだ。忘れんなよ」

「ゼン……」

 そのときのことを思い出したのか、フルートの目もうるみ始めました。

 ゼンが顔をしかめてどなります。

「泣くな! ポポロはともかく、おまえはもう泣くような歳じゃねえだろうが!」

「とか言いながら、ゼンも泣きそうになってるよね」

 とメールが茶化しました。ゼンの目に白く光るものを見つけたのです。

「るせぇ! 誰が泣いてる! 俺はフルートじゃねえぞ!」

「ぼくだって泣いてなんかいないじゃないか!」

 ゼンやフルートは赤くなって反論し、少女たちや犬たちは思わず笑ってしまいました。笑い声につられて、少年たちも照れたように笑い出します。

 

 すると、そんな一行に誰かが声をかけてきました。

「これはこれは、相変わらず皆様方は仲が良いですな。見ていて実に気持ちがいい」

 野太い男の声です。振り向くと、青い長衣を来た大男が立っていました。四大魔法使いのひとりの、青の魔法使いです。

「青さん!!」

 フルートたちは歓声を上げると、武僧の魔法使いに駆け寄っていきました──。

2020年9月4日
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