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第27巻「絆たちの戦い」

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39.おどろ・3

 おどろはフルートたちを呑み込んで地上へ落ちました。

 その場所に生えていた木が、バキバキと折れて砕けていく音が響きます。

「フルート!?」

「ポポロ! ポチ!」

 ゼンとルルが驚いて呼んでいると、メールの花鳥が引き返してきました。オーダが言います。

「おい、今、金の石が吹っ飛んでいったぞ。大丈夫なのか?」

 勇者の一行は真っ青になりました。ルルやメールが必死で呼び続けます。

「ポポロ!! ポチ!!」

「聞こえるかい!? 無事かい!?」

 すると、おどろの体が急にふくれ始めました。みるみる大きくなっていって、光と共に爆発します。

 痕から姿を現したのは、ポチに乗ったフルートとポポロでした。ポポロは片手を高く上げています。光の魔法で自分たちを包み、それを広げておどろを吹き飛ばしたのです。

 フルートたちが無事だったので、仲間たちはほっとしました。おどろも泥のしぶきになって完全に吹き飛んでしまったので、喜んでフルートたちの元に集まろうとします。

 けれども、フルートは真剣な顔で地上を見回しました。

「金の石! 金の石はどこだ──!?」

 ポポロの魔法はペンダントまで一緒に吹き飛ばしてしまったのです。

 ポポロは泣きそうになりながら周囲を見回し、何十メートルも離れた野原を指さしました。

「あったわ、あそこよ!」

 ポチはすぐにそちらへ飛び、フルートが身を乗り出してペンダントを拾い上げようとします。

 

 すると、薄く雪が積もった地面の上を、黒いものが走り抜けていきました。フルートがつかもうとしたペンダントに飛びつきます。

 フルートは、はっと手を引っ込めました。野原を黒いものがどんどん走ってきて地上に集まっていきます。ポポロの魔法で吹き飛ばされたおどろが、散り散りになった泥の体をまた集めていたのです。あっという間に泥の山になり、またフルートへ腕を伸ばしてきます。

「金の石! 金の石!!」

 フルートは光炎の剣でおどろを切りながら呼び続けました。泥の山の間で、ちかりと金の光がまたたいた気がしましたが、あっという間にまた見えなくなってしまいます。

 フルートは光炎の剣で何度もおどろに切りつけましたが、動けるようになったおどろは、中に金の石を抱えたまま、素早く地上を走ってそれを避けました。かすめるように体の一部を切って燃やすことができても、本体に命中しているわけではないので、全体を焼き尽くすことができません。

「くそ……」

 フルートはあえぎながら流れる汗を拭いました。以前ならこういう敵は炎の弾で仕留めることができたのに、それができなくなったために、意外なほど苦戦させられています。

 すると、ゼンの声が聞こえました。

「よけろ! 危ねえ!」

 いつの間にか別の場所にもおどろが寄り集まって、フルートへ腕を伸ばしていたのです。

 ポチは身をひねって、かろうじてかわしました。フルートとポポロは投げ出されそうになって、悲鳴を上げてポチにしがみつきます。

 ゼンは矢を放ちましたが、おどろは素早く逃げてしまいました。光の矢は地面に刺さると銀色に光って消えていきます。

「おい、敵さんの速度に追いついてないぞ。やばいんじゃないのか?」

 とオーダに言われて、メールは癇癪(かんしゃく)を起こしました。

「そんなのわかってるよ!」

 彼女も花鳥でなんとか援護しようとするのですが、おどろの動きが速すぎて手が出せずにいたのです。おどろってこんなに速かったっけ……? と考えながら、フルートたちの後を追いかけることしかできません。

 その間にも、野原中に飛び散ったおどろがあちこちで寄り集まり、群れになって動き回っていました。ひとつ、またひとつと先頭のおどろと一緒になって、巨大なおどろに変わっていきます──。

 

 すると、ポチがいきなり方向転換しました。

 後ろに迫っていたおどろの腕をすり抜け、上空へ飛び始めます。

「ど、どうしたのよ、急に!?」

 驚くルルの上でゼンが目をこらして、顔色を変えました。

「やべぇ。いつの間にか戻ってきちまったぞ」

 おどろと追いつ追われつをするうちに、防塁の工事現場からハルマスの町に近い場所へ来てしまっていたのです。行く手に作りかけの建物と、その間に集まってこちらを眺める人々が見えました。ポチはそれに気づいて、あわてて進路を変えたのでした。

 フルートたちが上へ逃げ始めたので、おどろは真下に陣取って腕を伸ばしてきました。追いついた小さいおどろが次々と合体していくので、おどろはますます大きくなり、腕も高く長く伸びていきます。どこまで伸びても止まることがないので、いつか追いつかれて捕まってしまいそうです。

「ポポロ、魔法を使いなさいよ! もうひとつ残ってるでしょう!?」

 とルルが言ったので、ゼンが言い返しました。

「んなことしても、また吹っ飛んで元に戻るだけだ! ポポロの魔法がなくなったら、奴を消滅させられねえ!」

 そこへ花鳥が追いついてきました。

「ど、どうする? どうしたらいいのさ?」

 とメールが尋ねますが、指示を出すフルートははるか上空に離れてしまっていました。ポポロからも命令が聞こえてこないので、ゼンもルルもメールも、この状況をどうしたら良いのかわからなくなります──。

 

 そのとき、白いライオンが、ガォン、とまた吠えました。主人に頭を押しつけて、何かを伝えるようなそぶりをします。

「なんだ? どうした、吹雪?」

 とオーダは振り向き、ライオンが下を見ていたので、そちらへ視線を向けました。とたんに目を丸くします。

「なんだ、あの怪物は!?」

「怪物!?」

 とゼンやメールたちも思わず振り向き、鳥から伸びる花の網の中で、青緑色の生き物がうごめいているのを見ました。人のような形ですが、背中に大きな甲羅があります。

 すると、網の中で怪物が人の声でわめきました。

「こんら、オーダ! とんでもねえごと語ってんでねえ! おらぁ怪物なんかでねえぞ!」

 訛(なまり)の強いその声には、オーダも他の仲間たちも聞き覚えがありました。

「河童か!?」

 とゼンはルルと声の元へ急行しました。花の網と並ぶと、網の間から青緑色の顔がこちらを向きます。ぎょろりとした大きな目にくちばしになった口、頭には皿のようなものが載っています。

「んだ。おらだで」

 と河童は言って、ゼンとルルへ笑って見せました。そうすると、怪物のような顔が人なつこい表情に変わります。

「驚いた! おどろの中に捕まってたのって、河童さんだったのね!」

 とルルが言っている間に、花の網がするすると縮まっていって、花鳥の背中に引き上げられました。そこで網がほどけて花に戻り、鳥の背中にちょこんと河童が現れます。怪物のように見えますが、エルフの末裔の魔法使いで、ロムドの魔法軍団の一員です。普段は青緑色の長衣を着ていますが、このときはぼろぼろの布きれを体にくっつけているだけでした。

「こんな格好ですまねえなし。東の防塁に怪物が出たと聞かさっぢ駆けつけだら、おどろに食われちまっただ。急いで障壁を張ったげんぢょ、服を溶かされちまっただよ」

 と河童は謝って手を振りました。ぼろぼろだった長衣がたちまち元に戻ります。

 ゼンは河童に身を乗り出しました。

「あのおどろをどうにかできねえか!? 動きが速すぎて、俺もフルートも攻撃できねえんだ!」

「おらもあいづを止めようとしただよ。だげんぢょ、あいづはおらの魔法を呑み込んぢまっただ」

 と河童が情けない顔になります。

 

 その間にもおどろはフルートたちを追って空へ腕を伸ばしていました。ついに、あまり高くなったので上に行けなくなり、自分の重さで潰れ始めます。

 勢いよく落ちてきた腕は地上の本体にぶつかり、また泥のしぶきになって飛び散りました。フルートたちの戦いを眺めていた人々のすぐそばにも落ちます。

 しぶきが寄り集まって、またおどろになったので、人々は驚きました。あわててその場から逃げだします。

 けれども、おどろの狙いはあくまでも願い石を持つフルートでした。

「キンの──イシの──勇者ァァ──」

 相変わらず奇妙に聞こえる声で叫びながら、どんどん寄り集まって大きくなっていきます。ただ、その場所は建物の工事現場のど真ん中でした。おどろが建物の柱や壁を押しのけながら膨れていくので、作りかけの建物が音を立てて壊れ始めます。

 逃げていた人々の一部が立ち止まって振り向きました。工事をしていた職人たちです。自分たちが手がけている建物を怪物が壊していくので、顔色を変えて怒りだします。

「この野郎!」

「何をするんだ!」

「明日には完成なんだぞ! やめろ!」

 大事な現場を守ろうと、手に手に武器になりそうなものを握っておどろへ向かっていきます。

「馬鹿野郎、よせ!」

 ゼンが気づいてルルと駆けつけようとしましたが、職人たちはおどろに襲いかかりました。槌や斧や太い木材を振り下ろしますが、もちろん、そんなものはおどろには効きません。おどろは武器をすべて奪って泥の中に呑み込むと、職人たちの前で高く体を伸ばし始めました。同時にまた不気味な声が聞こえてきます。

「オレタチを攻撃シタ──コイツらが、金のイシの勇者かァァ──?」

 フルートを追い回していた闇の怪物たちは、金の石の勇者が願い石を持っていると聞いていただけで、その姿形などはまるで知りませんでした。怪物たちが変化したおどろも、やっぱり金の石の勇者の本当の姿は知らなかったのです。

 職人たちの目の前で、おどろが壁のようにそそり立ちました。そのまま泥の津波のように襲いかかろうとします。

 そこへフルートが飛んできました。おどろと職人たちの間に飛び込んで、泥の波をなぎ払っていきます。

 おどろはたちまち光と炎に包まれました。炎の上では、泥の波の先端が燃えるより早くふくれあがっていきますが、フルートがすぐに引き返してきて、また切り払います。

 ちぎれたおどろが職人たちの頭上に降りかかったので、ゼンは片っ端から光の矢で消していきました。ルルが職人に向かってどなります。

「あなたたちがおどろに勝てるわけないじゃない! 早く! 逃げなさいよ!」

 そこへメールの花鳥もやって来ました。防御力が強い白い花鳥で職人たちを守ると、その背中からオーダも疾風の剣を振ります。

「そぉら、泥めとっとと野原へ戻れ剣だ!」

 オーダの剣が起こした風で、おどろは本当に工事現場から野原に吹き飛ばされました。そこへ野原の他の場所で復活していたおどろがより集まり、また巨大なひとつのおどろになっていきます。

 おどろがまた工事現場を襲いそうなそぶりを見せたので、フルートが河童に呼びかけました。

「河童さん、お願いがあります! 聞いてもらえますか!?」

「おらにできるごどなら、なんぼでも」

 と怪物のような魔法使いが即答します。

「奴を誘導します! ぼくを金色に光らせてください──!」

 

 河童の魔法でフルートの全身は金色に輝き始めました。フルートの防具は光を返せば金色に光りますが、今はフルート自身が金の光を放っています。

 その格好でフルートはおどろの周囲を飛んで呼びかけました。

「どこを見ている、おどろ! 金の石の勇者はぼくだ! ぼくはこっちだぞ!」

 おどろは相変わらずことばを理解しないようでしたが、フルートが何度も飛び回っていると、やっとそれに気がつきました。

「コイツ、金色ニ光ってル──コイツが金のイシノ勇者かァァ──?」

「そうだ、ぼくが金の石の勇者だ! 捕まえられるものなら捕まえてみろ!」

 とフルートは言うと、工事現場とは反対の方向へ飛び始めました。とにかく人々からおどろを遠ざけなければと考えたのです。行く手にはリーリス湖があります。

 おどろがフルートを追って動き出したので、仲間たちもそれを追いかけました。湖まではさほど距離がなかったので、すぐに岸辺に着いてしまいます。

 フルートはポチやポポロと一緒にそのまま湖の上に出ましたが、おどろは岸で立ち止まりました。砂浜の波打ち際の手前から動かなくなると、黒い体にさざ波を起こしてから、泥の腕をフルートへ伸ばし始めます。

 仲間たちは驚きました。

「あいつ、湖に入ろうとしないよ!?」

「水が苦手なのか!?」

 それを聞いて、河童が急に張り切り始めました。

「水っこが弱点なら、おらの出番だ! 任せてくなんしょ!」

 と水かきがついた手を大きく振り回し始めます。

 それに招かれたように地面からいきなり吹き出したのは、水の柱でした。おどろのすぐ近くの湖の砂浜から、水が勢いよく吹き上がります。

 おどろは大きく身震いすると、水の柱を避けるように動きました。伸びた腕も水しぶきを避けてくねります。

「効いてるぞ!」

「やっぱり水が嫌いなんだわ!」

 仲間たちが歓声を上げていると、湖の上からフルートが言いました。

「思い出した! おどろは水が苦手なんだ! 泥の体を流されるから──! 河童さん、おどろを足止めしてください! ゼンとメールはぼくと、おどろを集中攻撃! 金の石がある場所を見つけてくれ!」

 そこで全員はいっせいに動き出しました。

 河童が手を振り回すと、おどろの周囲で水柱が何本も吹き出しました。檻(おり)のように水に取り囲まれて動けなくなったおどろへ、ゼンは光の矢を打ち込みました。メールは青く変わった花鳥でつつきます。

「ジャマ──邪魔スルなァァ──!」

 苦手な水に怒ったのか、おどろが泥の腕を振り回し始めました。ゼンを乗せたルルは素早くかわしましたが、花鳥はおどろのすぐそばにいたので、かわす前に腕が飛んできました。翼に当たりそうになります。

 そこへフルートが飛んできて剣をふるいました。おどろの腕がすっぱり切れて、光と共に燃えていきます。

 すると、ゼンがどなりました。

「あったぞ! 金の石だ!」

 光の矢が命中した場所の泥が消えて、その奥にペンダントが見えたのです。けれども、おどろがすぐに再生したので、ペンダントはたちまち呑み込まれてしまいます。

 フルートは言いました。

「ゼン、もう一度見えるようにしてくれ! ポポロ、金の石が見えたらすぐに頼む!」

「わかったわ!」

 とポポロがフルートの後ろで答えます。

 ゼンは先ほどペンダントが見えた場所へ矢を立て続けに打ち込みました。黒い泥が次々消滅してできた穴の奥に、また金色が見えてきます。

 ポポロはそちらへ手を伸ばしました。

「レツウヨラカーチニシイノンキルナイーセ!」

「光れ、金の石! 闇の泥を消滅させろ!」

 ポポロとフルートの声が同時に響き、穴の奥で金の石が光り始めました。光はみるみるうちに輝きを強め、おどろの体のあちこちを突き破って外へ飛び出しました。光の中でおどろがちぎれて消え始めます。

 オ、オ、オ、とおどろは人のように叫びました。

「イシ──石──キンの石のユウシャ──」

「石──願いイシ──オレの──オレタチのモノ──」

「ドコ──ドコだ──」

「食ってヤル」

「オレが食ウ」

「ユウシャ、どこにイル──」

 おどろの声は何故かいくつも聞こえていました。まるでひとつのおどろになったはずの怪物たちが、元に戻ってわめいているようです。

 それでも、金の石はかまわず輝き続けました。強烈な聖なる光が闇の泥を焼き尽くしていきます──。

 

 やがてポポロの魔法が時間切れになって、金の光が収まると、おどろはどこにも見当たらなくなっていました。闇の泥のかけらさえ残っていません。聖なる光に完全に消滅させられたのです。

 小さな波が寄せては返す砂浜に、ペンダントだけがぽつんと落ちていました。フルートはポチから降りてそれを拾い上げました。

「ありがとう、金の石」

 と感謝すると、魔石はきらりと光って、あとは穏やかな金色に輝くだけになりました。

2020年8月31日
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