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第27巻「絆たちの戦い」

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37.おどろ・1

 フルートたちがおどろに呆然としていると、空にいる彼らの横に二人の人物が現れました。炎のようなドレスを着て赤い長い髪を高く結って垂らした女性と、黄金の髪と瞳の小さな少年です。

 突然出現した精霊たちにオーダは目を白黒させましたが、彼らはかまわず話し出しました。

「何故おどろがここにいるのだ。ジタン山脈で消滅させたはずではないか」

 と願い石の精霊が言います。普段はめったに表情も現さない彼女が、はっきりと不愉快そうな顔をしていました。

 金の石の精霊は大人のように肩をすくめました。

「あのとき願いのをつけ狙っていたおどろは、ぼくたちが力を合わせて消滅させた。これはまた別のおどろだな。どうやら今度はフルートと願いのを狙っているらしい」

「どうしてさ? しかも、フルートまで狙ってるってのはどういうわけだい?」

 とメールが割り込んで尋ねると、金の石の精霊は冷静に話し続けました。

「おどろというのは、実現できない願いをなりふりかまわず追い求めて、しまいに願いに自分自身を食われた魂が、黄泉の門をくぐれなくて変化したものだ。おどろになってからも同じ願いを執拗に追い続けるし、同じような願いを持ったおどろと合体して大きくなっていく──。あのおどろは巨大だから、おそらくかなりの数の魂が寄り集まったんだろう。つまりはフルートと願い石を追い求めていた連中のなれの果てだ」

 フルートはまた青くなりました。

「ぼくと願い石を追いかけていた闇の怪物が、おどろになったのか」

「ワン、だからいつの間にかフルートを追い回す闇の怪物がいなくなったんですね」

 とポチが納得します。闇の怪物から変わったおどろは、フルートの居場所がわからなかったので、他のおどろと合体しながら、世界中をさまよっていたのです。

「で? どうするのよ、あれ? このままにしておけないでしょう?」

 とルルが言うと、精霊の少年はまた肩をすくめました。

「あれにつきまとわれると面倒だ。またフルートたちと消滅させるしかないな」

 フルートはうなずき、すぐにペンダントを引き出しました。おどろは闇の怪物なので、強烈な聖なる光を浴びせれば消滅するのです。

 ところが、精霊の女性はそっけなく言いました。

「私は御免こうむる。おどろとは関わりたくない」

 これにはフルートたちだけでなく、金の石の精霊も驚きました。

「あれは願いのを追いかけているんだぞ。消滅させなくていいのか?」

「あれは私をまだ見つけてはいない」

 と願い石の精霊は答えて、空堀の底から動こうとしないおどろを見ました。

「あれは私が願い石だと気づいていないのだ。フルートが金の石の勇者だということにも気がついていない。だから襲いかかってこないのだ。わざわざ攻撃すれば、こちらの正体を知らせることになって、またつきまとわれるだろう」

「そんな──! おどろがここにいたら、いつまでたっても工事が再開できないじゃないか! あいつを消滅させないと!」

 とフルートが言うと、彼女はフルートへ目を移しました。冷ややかに言います。

「それはそなたの願いか、フルート?」

 フルートは絶句しました。仲間たちも思わずぎょっとします。

 沈黙になった中、精霊の女性は姿を消していきました。精霊の少年だけが後に残されます。

 

「願いのは、おどろがよほど苦手らしい」

 と金の石の精霊はまた肩をすくめました。これで三度目です。

「おどろは相当しつこかったもんなぁ。でも、どうしたらいいんだろ? 願い石なしで、おどろをやっつけられそうかい?」

 とメールが尋ねたので、一同はまた顔を見合わせてしまいました。

「おどろは再生力がものすごいから、再生するより早く聖なる力で消滅させなくちゃ退治できないんだ。正直きついけど、やってみるしかないな」

 とフルートは言って背中の剣へ手を伸ばしました。聖なる力と炎の力を併せ持った魔剣を握ります。

 そのとき、おどろがまた声を上げました。

「金のイシの──ユゥシャ──ドコだぁぁ──」

 おどろが叫ぶと黒い泥の表面にさざ波が走りますが、おどろ自身は動きませんでした。空中にフルートがいるのに襲ってこようともしません。確かに、おどろは金の石の勇者がここにいると気がついていないのです。

「このままじゃでかすぎるよな。どうする?」

 とゼンが言いながら背中から弓を外しました。一瞬で弓弦を張ると、矢筒から銀色の矢を抜きます。聖なる力を持つ光の矢です。

「星の花は防御も攻撃もできるよ。どっちにしたらいいんだい?」

 とメールは水色の花鳥に触れてみせました。

「願い石の代わりに、あたしが金の石に力を送るわ。今日はまだ魔法を使ってなくて、二回分残ってるから」

 とポポロも身を乗り出します。

 すると、オーダが口を挟んできました。

「おい、俺は風が使えるんだぞ。出番はないのか?」

 ガウン、とオーダの後ろから吹雪も吠えます。

 ポチとルルは口々に言いました。

「ワン、おどろに直接攻撃はできないんですよ。触れたら、たちまち食われてしまうから」

「風もきっと役に立たないわ。おどろは吹き飛ばされても、またすぐに集まって再生しちゃうのよ。前回がそうだったわ」

「なんだよ。本当に俺たちは出番なしか? せっかく報奨金を増額するチャンスなのに」

「俺たちも報奨金なんかもらわねえぞ」

 やたら報奨金にこだわるオーダに、ゼンがあきれます。

 その間、フルートはおどろをじっと見つめていました。深く考えるときの癖で、いつのまにか曲げた人差し指を口元に当てています。

「あいつはあそこから全然動かない……何故だ?」

 口にした疑問は自分自身に向けられたものでした。さらに考え込んでしまいます。

 フルートが作戦を指示するのを、仲間たちはじっと待ちました。短気なメールはすぐにいらいらした顔になりましたが、それでもとにかく待ち続けます。

 金の石の精霊はいつのまにか姿を消してしまっていました。

 

 すると、いきなり空堀の中で何かが音を立てました。斜面に残されていた板のようなものが、急に動いて倒れたのです。それは土を乗せて運ぶための「そり」でした。陰から穴の入り口が現れて、土にまみれた男が顔を出します。

 男は周囲を確かめるように見渡しましたが、すぐそばに黒い泥のようなおどろがいるのを見て、うわぁ、と飛び上がりました。

「ま、まだいた!!」

 男は現場で働く人夫でした。逃げ遅れて斜面の穴に身を潜めていたのですが、そろそろ大丈夫だろうと考えて出てきたのです。大慌てでそりを引き起こして、また穴に隠れようとします。

 ところが、おどろに気づかれました。おどろの表面にまたさざ波が走り、奇妙な声が響き渡ります。

「イたァァ! 金のイシのゆうシャァァ!!」

「違う! 俺は金の石の勇者なんかじゃない!」

 人夫は金切り声を上げましたが、おどろはそちらへ動き出しました。本体は今までの場所にいますが、体の一部を触手のように伸ばしたのです。寸前で立て直したそりにへばりつき、あっという間にさらって呑み込んでしまいます。

 斜面の穴は人ひとりがやっと体を隠せるくらいの奥行きしかありませんでした。その中で身を縮める人夫へ、おどろがまた黒い触手を伸ばします。

「危ない!」

 フルートは剣を引き抜き、おどろへ向けて振りました。炎の弾で攻撃しようとしたのです。

 ところが切っ先から炎は生まれてきませんでした。フルートはポチの上で大きく空振りしただけです。

「フルート!?」

「おい、何やってるんだ!」

 少女たちやオーダが驚く中、ビィンと音が響いて銀の矢が飛びました。おどろの触手に命中して、一瞬で霧散させます。

 まだ弦が震える弓を手に、ゼンが飛んできました。

「光炎の剣は炎の弾は撃ち出せねえって、クフが言ってただろうが。忘れたのか?」

「習慣でついやっちゃったんだよ。ありがとう」

 とフルートは答えて剣を握り直しました。おどろに接近して切りつけようとします。

 ところが、おどろは攻撃されてもまだ人夫のほうを狙い続けていました。フルートたちを無視して、穴へ触手を伸ばします。フルートはまだそこまで到達できません。

「んなろぉ」

 ゼンは光の矢を立て続けに放ちました。矢は魔法の矢筒の中でいくらでも増えるので、矢が尽きるとことはないのです。フルートたちをかすめて、おどろへ飛んでいきます。

「危ないわよ! ポポロに当たったらどうする気!?」

 とルルが怒ったので、ゼンは言い返しました。

「光の矢は人は傷つけねえよ! 天空の国にいたくせに、んなことも知らねえのか」

「そんな──! 光の武器は天空城に厳重に保管されてるのよ。私なんかが知ってるわけないじゃない!」

 とルルがさらに言い返します。

 その間に矢は飛んで、おどろの触手や体に命中しました。矢が光に変わって、命中した部分を霧散させます。

 けれども、黒い泥はすぐに奥から湧き上がってきて、消滅した部分を埋めてしまいました。また人夫へと黒い腕を伸ばします。

 そこへようやくフルートがやって来ました。ポチと一緒に身をひるがえし、おどろと人夫の間に割って入って剣をふるいます。

 おどろの腕は真っ二つになると、強く輝き、湧き上がった炎に呑み込まれてしまいました。あっという間に燃え尽きてしまいます。

 フルートの後ろでポポロが言いました。

「光と炎の力! おどろに効いてるわ!」

「どうやら光のほうが炎より一瞬早いみたいだな」

 と言いながら、フルートはまた剣を振りました。おどろがまた触手のような腕を伸ばしてきたからです。断ち切ると、腕は光に呑み込まれてから燃えて消滅しましたが、すぐにまた新たな腕が伸びてきました。消滅させるとまた。いくら消滅させても、おどろはあきらめません。しかも、狙っているのはフルートではなく、穴で震えている人夫なのです。

「キンのイシの勇者ァァ──オレに食われロォォ──」

 おどろが不気味な声でまた言いました。その体にもゼンが数え切れないほど矢を打ち込んでいるのですが、光で消滅した場所はすぐにまた闇の泥でふさがってしまいました。彼らがどんなに攻撃しても、おどろはびくともしません。

 

「相変わらず本当にしぶといよね、おどろは」

 とメールは言って、花鳥の首元をぽんとたたきました。鳥の体を作る花がざわざわとうごめき、水色だった体が濃い青に変わったので、オーダが驚きます。

「なんだ、色が変わったぞ? お色直しか?」

「ま、そんなとこだね」

 とメールは花鳥をおどろへ急降下させました。青いくちばしで鋭くおどろをつつきます。

 すると、そこでもおどろが消滅しました。ぽっかり穴が開いたおどろの向こうに、斜面のくぼみで震える人夫が見えます。

「お行き、花鳥!」

 メールの命令で花鳥は突進し、大きな体と翼でおどろの上のほうを吹き飛ばしました。そのまま首を伸ばし、隠れていた人夫をくちばしにくわえて舞い上がります。

 ポチに乗ったフルートと、ルルに乗ったゼンは、すぐさま花鳥とおどろの間に飛び込みました。おどろに向かって剣と矢で攻撃を続けます。

 ところが、おどろはやっぱり人夫だけを狙い続けていました。フルートやゼンを避けるように、両脇から何本もの腕を出して花鳥を追いかけます。

「行かせない!」

 フルートが剣でなぎ払って消滅させても、腕はすぐにまた伸びてきました。切っても消しても、なくなることがありません。

 花鳥から後ろを見ていた吹雪が、ガォン、と吠えました。オーダもどなります。

「ヤツが来るぞ!」

 フルートやゼンの攻撃をかわした腕が、長く伸びて追いつきそうになっていたのです。

 メールは唇を結んで、また鳥の首元をたたきました。ざざっと鳥の体がまたざわめいて、今度は全身が白くなります。

 そこへおどろがついに追いつきました。腕の先が広がって、花鳥ごと彼らを呑み込もうとします。

 そのとたん、花鳥が真っ白な光を放ちました。鳥の体を作る白い花が強く輝いたのです。おどろが光に押し返されます。

 けれども、花が光っていたのは、ほんの数秒間でした。その間に花鳥は先へ逃げましたが、光が消えると、おどろもまた腕を伸ばしていきました。どこまでもどこまでも追いかけてきて、停まろうとしません。

「ああもう! ホントしつこい!」

 とメールはわめきました。

 人夫は、鳥のくちばしにぶら下げられたまま猛スピードで空を飛んでいるので、半分気を失って、ぐったりしています。

「フルート、あたしが金の石に力を送るわ!」

 とポポロがペンダントに手を伸ばすと、フルートはその手を捕まえました。

「ちょっと待ってくれ。奴の動きが気になるんだ。確かめてみる」

 そう言うと、フルートはポチを上昇させました。メールたちが逃げるのとは反対の方向へ距離を取ると、おどろに向かってどなります。

「どこを見ている、おどろ! 金の石の勇者はぼくだ! 金の石の勇者はここだぞ!」

 フルートは正体に気づいていないおどろへ、そう名乗りを上げました──。

2020年8月27日
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