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第27巻「絆たちの戦い」

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第11章 おどろ

36.工事現場

 ハルマスの東に怪物が出現したと聞かされて、フルートは振り向きましたが、目に入ったのは工事中の建物だけでした。昇る朝日も作りかけの壁や屋根の陰になっていて、まだ見えません。

「怪物はどんな奴だ!? まだいるのか!?」

 と尋ねると、仲間たちが答えました。

「正体はよくわからないわ。でも、まだいるわよ。あっちから闇の匂いがぷんぷんするから」

「朝になったんで工事を始めたら、いきなり地面の中から現れたらしいぞ。作業していた連中が襲われたらしい」

「魔法軍団の魔法使いが出動したって。あたいたちも行こうよ!」

「わかった、すぐ行こう」

 とフルートは変身したポチに飛び乗りました。ポポロもポチに、ゼンはルル、メールは花鳥に乗ります。

 すると、オーダが言いました。

「俺はどうやって行きゃいいんだよ? ハルマスは広いから、走って行くのは大変なんだぞ」

「あれ、オーダも来るつもりかい?」

「闇の怪物だぞ。危ねえぞ」

 メールやゼンが止めましたが、オーダは聞き入れませんでした。

「ここでおまえらから離れて、報奨金がまたお預けになったら大ごとだからな。その綺麗な鳥に乗せてくれ。そいつなら俺たちが乗っても大丈夫だろう」

「うーん、ちょっと重くなりそうだなぁ」

 メールはしぶしぶオーダと吹雪を花鳥の背中に乗せました。青と白の花が入り交じって水色に見えている、星の花の鳥です。

 

 風の犬や花鳥で飛べば、ハルマスの東の外れまではあっという間でした。

 その一帯では、町の中心から伸びる道の舗装工事と、たくさんの建物の建設が同時に進められていましたが、今は工事の槌音がまったく聞こえませんでした。職人や人夫たちが大勢集まって、もっと東のほうを眺めています。大量の土を積み上げた防塁が、遠くに壁のようにそびえているのが見えます。

 勇者の一行は高度を下げて人々に近づきました。

「皆さん大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」

 とフルートが呼びかけると、彼らはいっせいに妙な反応をしました。空にいる一行を見上げて、ざわっと動揺したのです。金の石の勇者だぞ、と言い合っている声が聞こえます。

 ゼンはたちまち不愉快な顔になりました。

「なんだよ。俺たちが来ちゃまずかったのかよ?」

 けれども、フルートはかまわず尋ね続けました。

「怪物はどこです!? 姿は見ましたか!?」

 すると、ひとりが声を張り上げて答えました。

「防塁の現場だ! 時々聞こえるんだ──!」

「聞こえる?」

 いったい何が? とフルートがさらに尋ねようとすると、本当に声のようなものが聞こえてきました。

「キン──の──イシの──ゆぅシャ──」

 奇妙な響きの声に、フルートたちは、はっとしました。

「金の石の勇者、って言ったわよ?」

「ワン、確かに防塁の工事現場のほうから聞こえましたね」

 と犬たちが話し合います。

「闇の怪物の声だ」

 とフルートは眉をひそめました。怪物が自分を名指しするのは何故だろう、と考えたのです。やはりセイロスが送り込んできたのかもしれません。

 すると、地上から人々がまた言いました。

「あれは金の石の勇者を探しているんだ」

「あんたが金の石の勇者なんだろう? あれは何なんだ?」

 誰もが不安そうな顔をしています。

 そこへまた声が聞こえてきました。

「金ノ石の──ユウシャ──どこ、ドコ、どコだ──?」

 確かに金の石の勇者を探しています。

「行ってみよう」

 とフルートは言いましたが、その前にもう一度地上の人々へ呼びかけました。

「あれは闇の怪物です! 危険だから遠くへ離れていてください!」

 ところが、闇の怪物と聞いたとたん、人々は顔色を変えました。逃げる代わりに空へどなり始めます。

「おまえたちが怪物を呼び寄せたんだな!?」

「おまえらが闇の手先なのはわかってるんだぞ!」

「俺たちを怪物の餌にするつもりか!?」

 これにはフルートだけでなく他の仲間たちも青ざめました。いつもの中傷ですが、この場面でそう言われるとは思わなかったので、とっさには言い返すことができません。

 すると、ゴゴゥッと空からいきなり激しい風が吹いて、人々をなぎ倒しました。オーダが花鳥の上で疾風の剣を振り下ろしたのです。将棋倒しになってもがく人々へどなります。

「こいつらが怪物を退治するって言ってるのが聞こえなかったのか、阿呆ども! 根も葉もない噂を信じてると、助けてもらえなくなるぞ! いいのか!?」

「オーダ、やりすぎだよ!」

「いきなりやるなよ。危ねえだろうが」

 メールとゼンがオーダを抑え、フルートは急いでペンダントで地上を照らしました。

「相変わらず超がつくほどお人好しだな、おまえらは」

 とオーダはぶつぶつ言いましたが、フルートはそれを無視しました。

「行くぞ」

 と先頭になって飛び始め、仲間たちが従っていきます。

 地面から起き上がった人々は、ぽかんとそれを見送りました。吹き倒された拍子に負った怪我は、金の光を浴びたとたん跡形もなく治っていました。

「金ノ石の勇シャ……」

 不気味な声はまだ勇者を呼び続けています──。

 

 彼らが現場の上空へ到着すると、そこには誰もいませんでした。ハルマスの町を守るために長い空堀(からぼり)を作り、そこから出た土を積み上げて防塁を築いているのですが、掘りかけの穴の底や防塁の斜面に工事の道具が散乱しているだけで、人の姿も怪物も見当たりません。

「ワン、声が聞こえたんだから、どこかに怪物がいるはずですよね」

 とポチが言いました。

「工事の連中はみんな食われたのか」

 とオーダが言ったので、メールは肩をすくめました。

「みんな逃げ出したんだよ。確かにやられた人もいたらしいけどさ、逃げて作戦本部のオリバンに知らせに来たんだから」

「魔法軍団の魔法使いが先に来ているはずだ。どこだろう?」

 とフルートは周囲を見回しました。どこからか魔法を使う音が聞こえるのではないかと耳も澄ましますが、それらしい音も聞こえてきません。防塁の工事現場は静かです。

 すると、いきなりまた不気味な声が響いてきました。

「ユウシャ──勇者──ドコだ、ドコだ──願イ石はドコだ──?」

 一行はまた、ぎょっとしました。願い石!? とフルートを振り向いてしまいます。

 フルートは青くなりました。これとそっくりの声を、以前にも聞いたことがあったからです。

「ぼくの中の願い石を狙う闇の怪物たちだ……」

 金の石の勇者は願い石を持っているから、それを食べれば願い石が手に入るぞ、と闇がらすが吹聴して、数え切れない闇の怪物がフルートへ殺到した時期がありました。その後、次第に怪物の数は減り、いつのまにかフルートが狙われることもなくなったのですが、まだ残っていたのです。闇がらすがポポロのことと一緒に金の石の勇者の噂をまき散らしたので、居場所を知ってやってきたのに違いありませんでした。

「ぼくのせいで作業をしていた人たちが襲われたのか」

 とフルートが言ったので、ポポロはあわててその背中にしがみつきました。

「違う、フルートが悪いんじゃないわ!」

「だよな。悪いのは欲にとっつかれてフルートを食おうとする怪物どものほうだ。そら、とっとと退治しようぜ」

 とゼンも言って前に出ました。ついでにフルートの頭を兜の上から一発殴ります。

 それでフルートも我に返りました。ごめん、と謝ってから、声のした方を見据えます。

「怪物はあっちだ。みんな気をつけろ」

「馬鹿野郎! 一番気をつけなくちゃいけねえのはおまえだ!」

 とゼンがあきれてどなります──。

 

 ポチとルルと花鳥は工事現場の上をゆっくり飛んでいきました。

 大きな岩や土の山の陰に怪物が潜んでいないか、注意深く見回しながら進んで行くと、やがて空堀の行き止まりにぶつかりました。掘りかけの溝の先はうっすらと雪が積もった野原になっています。工事はそこまでしか進んでいなかったのです。

 行き止まりに近い空堀の底に、大きなものがうずくまっていました。正体がよくわからない黒い塊です。

「いたわ!」

 とルルが叫んで風の毛を逆立てました。

 あれは、と他の仲間たちも目を見張ります。

「なんだ、ありゃ。ただの泥の山じゃないか」

 とオーダが言ったので、フルートは首を振りました。

「違う、あれが怪物なんだ──おどろだ!」

 闇の泥の怪物が、また彼らの前に姿を現したのでした。

2020年8月24日
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