「なるほど。これが炎の力と光の力を併せ持つ剣か」
とオリバンはフルートの剣を興味深そうに眺めました。もちろん、その前にフルートたちをたっぷり叱っています。
ようやく説教から解放されたフルートは、剣帯を外して新しい剣をオリバンに見せました。ゼンとポチには周りを見回す余裕が生まれます。
そこはハルマスにある二階建ての建物の一室でした。急いでしつらえられた部屋のようで、中央にテーブルと椅子、片隅には机があるだけで、壁にはタペストリーも掛けられていません。窓からは青く輝く湖と白く雪化粧した山が見えていました。リーリス湖とデセラール山です。殺風景な部屋の中、窓の景色はまるで美しい絵画のようでした。
同じ部屋の中で、メールがセシルと話し始めていました。
「ここに来るまでの間、ハルマスの上を飛んできたけどさ、ずいぶん建物が増えてたよね。建設中のも多かったけど、すごい勢いなんじゃないかい?」
「ここはセイロスを迎え撃つ砦だ。一刻も早く完成させなくてはならないからな。魔法軍団が協力しているし、テト国やエスタ国から援軍も到着し始めているから、人手が増えて工事がはかどっているんだ」
すると、勇者の一行と一緒にやって来た竜子帝が、口を挟みました。
「ユラサイの周辺国からも、まもなく援軍が到着するぞ。占神がそう言っていた。資材も運んできているから、工事はいっそうはかどるはずだ」
「ユラサイの協力には本当に感謝している」
とオリバンは竜子帝に丁寧に言ってから、渋い顔でフルートたちを示しました。
「なにしろ、自分たちの立場を理解せずに、すぐどこかへ行方をくらます連中だ。私やセシルは父上から砦建設の責任を仰せつかって、ポポロにいつも付いているわけにはいかなかったから、竜子帝たちがいてくれて本当に助かった」
「当然だ。朕たちはそのためにここへ来たのだからな」
と竜子帝が胸を張ると、リンメイは微笑みました。
「それに、けっこう楽しかったわよ。ルルやメールたちとこんなにゆっくり話すのは、久しぶりだったもの」
「そうね。私たちも楽しかったわ」
とルルも犬の笑顔で言いました。リンメイとルルは竜の棲む国の戦いで協力して敵と戦った仲です。
「それで砦の建設はどの程度進んだんですか? どんな設備が完成しています?」
とフルートはオリバンに尋ねました。魔王になったレィミ・ノワールによって一度は完全に焼け野原になったハルマスですが、先ほどメールも言ったように、新しい建物がずいぶん増えていました。ただ、空から見下ろしただけでは、その建物がなんのためのものなのか、見極めることはできなかったのです。
オリバンのほうも、ひとしきりフルートたちを説教して気が晴れたので、すぐにセシルにハルマスの地図を持ってこさせました。テーブルの上に広げて話し始めます。
「我々がいるのはここ、再建された船着き場の近くだ。以前はこの界隈がハルマスで最も栄えていて、貴族の別荘や有名な店が軒を連ねていた。おまえたちと一緒に魔女のレィミ・ノワールと戦ったゴーラントス卿の別荘跡も、すぐ近くにある。この建物はハルマスの新しい役所で、今は我々の仮の作戦本部だ」
「ワン、仮の? どうして本当の作戦本部にしないんですか? すぐ後ろが湖だから守りもいいでしょう」
とポチが聞き返すと、オリバンは地図を指さしました。
「たしかに、ここは湖に突き出た岬だから、守りには向いている。セイロスも、先の戦いで惨敗して飛竜部隊を失ったから、今度は陸から攻めてくるだろう。ここはますます守りに向くことになるのだが、その分、前線から遠くなるのだ。先の戦いでも起きたことだが、セイロスが攻めてくると魔法軍団の心話が妨害される。ここを作戦本部にすると、命令が前線に届くまでに時間がかかって、敵に後れを取る心配がある。敵の攻撃に備えてハルマスの北に防塁を造っているところだが、作戦本部はそこに近い場所に建設中だ」
それを聞いて、ルルも言いました。
「そういえば、セイロスがいると、連絡は本当にとれなくなっちゃったわよね。だから、今回もフルートたちがセイロスと戦闘になったんじゃないかって、ものすごく心配したんだけど」
話題がまた行方知れずだったことに戻りそうになったので、少年たちは慌てました。
フルートが言います。
「ほ、本当の作戦本部が完成したら、この建物は病院がいいんじゃないかな。造りも丈夫そうだし、怪我人や病人を守るのにはちょうど良さそうだもの──。それから、ポポロもここにいるのがいいのかもしれない」
フルートの提案に、部屋の全員がはっとしました。思わずポポロに注目してしまいます。ポポロは顔色を変えていました。
オリバンが腕組みして言いました。
「確かにな。セイロスは絶対にポポロを狙ってくる。ポポロを最前線に置くのは危険かもしれん」
すると、竜子帝が言いました。
「だが、ここも背後から攻められれば危ないのではないか? 敵の飛竜部隊は壊滅したし、生き残っていた飛竜は朕たちが残らず捕らえて始末したが、セイロスは自分で空を飛ぶこともあると聞いたぞ。そうなれば、湖などたちまち越えてきてしまうだろう」
フルートがそれに答えました。
「だから、竜子帝たちにはここを拠点にしてほしいんだよ。竜子帝の飛竜たちがここにいれば、湖を越えてくる敵を防げるし、ラクもいてくれるから、セイロスを攻撃することだってできるだろう」
「なるほど、それは良い配置だ」
と竜子帝も納得します。
「では、こうしよう」
とオリバンは話し続けました。
「北の防塁の作戦本部が完成したら、我々は正規軍と共にすぐにそちらへ移る。その後この建物は病院になるが、竜子帝が率いるユラサイ軍には、ここを拠点にしてポポロと南の方角を守ってもらう。防塁は東と西にも建設中だ。各国からの援軍には、防塁に沿って駐屯して、それぞれの方角を守ってもらうのが良いだろう。これでどうだ、フルート?」
オリバンがわざわざフルートの意向を伺ったのは、フルートがこの戦闘の総司令官だからです。
フルートはうなずきました。
「うん、それでいいと思う……。魔法軍団の魔法使いには各方面に均等に入ってもらおう。セイロスと戦うには魔法が絶対に必要だからな」
「ミコンの武僧軍団と聖騎士団もまもなく到着するらしい。ミコンの武僧も魔法使いだから、魔法軍団と一緒に戦ってもらえるぞ」
とセシルが言いました。心強い援軍です。
すると、メールが尋ねました。
「味方の配置はだいたいわかったけどさ、あたいたちはどこにいることにするんだい? ポポロや竜子帝たちと一緒にここかい?」
フルートは今度は首を横に振りました。
「さっきオリバンも言ったじゃないか。それじゃセイロスに心話を妨害されたときに、時間差が生まれて後れを取る。ぼくたちはオリバンたちと一緒に、北の防塁の作戦本部に行く」
それを聞いて、ルルは、えっと声を上げ、メールは、やっぱり、と言うように眉をひそめました。
「ポポロだけをここに置いて、あたいたちは前線に出るって言うんだね?」
「ポポロだけじゃないよ。竜子帝やリンメイやラクたちが一緒だ」
とフルートが言ったので、たちまちルルが怒り出しました。
「ポポロだけを残していくんでしょう!? どうしてそんなことばかりするのよ!?」
「どうしてって──ポポロはセイロスに狙われているんだから、できるだけ安全な場所にいてもらうのは当然じゃないか」
とフルートは答えました。言われている意味がわかっていないので、大真面目です。
ルルは歯をむき出して唸り、メールも怒って抗議しようとしました。
「あのさ、心配してるのはわかるんだけど、ポポロの気持ちを考えたことってあるのかい!? ポポロはね──!」
そこへ細い少女の声が響きました。
「レーナクナレラーレーナハラカシタアーヨトールフー」
一同は目を丸くしました。ポポロがいきなり魔法を使ったのです。何が起きるのかと、思わず全員が身構えます。
ところが、呪文の響きが消えていっても、部屋の中に特に変わったことは起きませんでした。
「ポポロ、何の魔法を使ったのよ?」
とルルは尋ねて、すぐに首を傾げました。こんな場面で大泣きしそうな彼女が、今はまったく泣いていなかったのです。それどころか、口元をきっと結び、強いまなざしでフルートを見つめていました。まるでフルートがその質問をしたように答えます。
「あなたがあたしから離れられなくなる魔法をかけたの。これから継続の魔法もかけるわ。これであたしを置いていけなくなるわ」
フルートはびっくり仰天しました。
「なんでそんなことを!? そんなことをしたら、ぼくまで戦闘に出られなくなるじゃないか!」
「出さないわ──あたしを連れて行かないって言うのなら」
とポポロは答えました。相変わらず涙ひとつ見せずに言い続けます。
「フルート、何度も言ったわよね。あたしたちはいつも一緒だって。あたしは女だけど絶対に一緒に戦うとも、ずっと言い続けたわよ。あたしはエリーテ姫の生まれ変わりかもしれないけど、それ以上に勇者の仲間で、一緒にデビルドラゴンと戦う味方よ。一番奥の安全なところで守ってもらうようなお姫様なんかじゃないわ」
ポポロは、ほとんどにらむような目つきでフルートを見つめていました。熱を帯びた緑の瞳がきらめいています。
フルートは気おされて思わず後ずさると、急に思いついて身をひるがえしました。本当に彼女から離れられなくなっているのか、確かめようとしたのです。すると、ほんの二、三歩歩いただけで、見えない壁に突き当たりました。どうやっても、それ以上進めなくなります。
フルートは振り向きました。
「馬鹿な真似はやめてくれ、ポポロ! こんなことをしたらセイロスと戦えない!」
「馬鹿な真似をしようとしてるのはフルートでしょう? あたしの魔法なしで、どうやってセイロスと戦うの? いくら新しい剣を作ったって、それだけでセイロスやデビルドラゴンを倒せるはずはないわ。そうしたらフルートが何をするのかなんて、わかりきってるもの」
それだけを一気に話して、ポポロは自分の手へ目を移しました。
「継続の魔法をかけるわ。明日の夜明けになって、今日の魔法が切れたら、また同じ魔法をかける。フルートが考えを変えるまで、ずっと続けるわ」
ポポロが本当に継続の呪文を唱え始めたので、フルートは叫び声を上げました。ポポロに飛びついて手で口を塞ぎますが、それでも彼女が呪文を続けようとするので、必死に言います。
「君を危険な目に遭わせたくないだけなんだ! それだけなんだよ!」
ポポロは両手でフルートの手をつかんで、口から外しました。まだ強い声で言い続けます。
「あたしも、あなたをひとりで戦わせたくないだけよ。だから、あたしを一緒に前線に連れて行って」
再び継続の呪文が始まります。
「ヨーセクゾイー……」
「わかった! 連れて行く!」
とフルートはついに言いました。ポポロが呪文を唱えるのをやめると、溜息をついて、彼女の肩に顔をうずめてしまいます。
「ずるいよ……。こんなの勝てるわけないじゃないか」
「だって、こうでもしなかったら、あなたは結局、願い石のところへ行ってしまうもの」
とポポロは答えました。ようやく声が少し柔らかくなっていました。また溜息をついたフルートへ話し続けます。
「あなたがあたしをすごく心配してくれてるのはわかってる。でもね、あたしはただ守られるのなんて嫌なの。みんなが命がけで戦ってるのを、ただ奥から見ているだけなんて我慢できない。あたしも戦うわ。セイロスがあたしを狙ってきても、絶対に負けたりしないから」
フルートはポポロの肩から顔を上げませんでした。ただ彼女を強く抱きしめます。
ようやく話せる雰囲気になってきたので、オリバンが咳払いをしてから、竜子帝に言いました。
「ユラサイ軍にも、彼らと一緒に前線近くの作戦本部に来てもらうことになるな」
「朕たちはどこであってもかまわないぞ。ラク以外にも術師を連れてきているから、むしろ前線のほうが活躍できるかもしれない」
と竜子帝は答えました。フルートがポポロに完璧にやり込められたので、にやにやと面白そうに眺めています。
リンメイはメールにささやきました。
「ポポロって意外とはっきり言うのね。もっとおとなしい子なのかと思っていたんだけど」
メールは肩をすくめました。
「そりゃぁね。あの頑固者のフルートの考えを変えられる、唯一の人物だもん」
「フルートはポポロにだけは絶対にかなわないのよ」
とルルが足元でくすくす笑います。
部屋の窓からは、相変わらずリーリス湖とデセラール山が見えていました。山は麓まで雪で真っ白ですが、湖は風が吹くたびに水面がちらちら輝きます。水面が凍っていないのです。
暦は二月の末。長かった冬はようやく終わりを迎えて、様々なものが動き出す春が訪れようとしていました──。