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第27巻「絆たちの戦い」

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32.槌音

 その後、炎の剣と光の剣をひとつに鍛錬する音は、三日三晩洞窟に響き続けました。ごうごうと風が吹くような音が響き渡ったと思うと、やがてそれがリズミカルな二つの槌音(つちおと)に変わり、ジュッと水が蒸発するような音が響いて静寂が訪れると、また金属をたたく槌音に戻ります。それが休むことなく延々と続いたのです。

「ワン、剣を鍛えるのって、こんなに休みなくやるものなんですね」

 とポチが驚いていると、ゼンが肩をすくめました。

「普通はここまではやらねえよ。こんなにたたいたら刀身が薄くなりすぎるからな。特別の力を持った魔剣だからだろう」

 クフが食料をたくさん置いていってくれたので、空腹で困ることはなかったし、彼らが去っても洞窟は明るいままでしたが、岩以外には本当に何もない場所だったので、彼らも待つ以外することがありませんでした。食事をしてはしゃべり、しゃべり疲れたら眠り、また目を覚まして食事をしたり水を飲んだりするだけです。もしもメールがここにいたら、退屈しすぎて爆発していたことでしょう。

「ワン、そういえば、フルートもポポロとは連絡が取れないんですよね?」

 とポチに聞かれて、フルートは答えました。

「うん、いくら呼びかけても答えがないんだ。君たちと同じさ。ポポロたちに何かがあったというより、何かに間を遮られて声が届かなくなっているような感じだな。南大陸は閉じられた大陸だから、声がポポロに届かなくなってるのかもしれない」

 二千年前、南大陸の魔法使いたちは、光と闇の戦いに巻き込まれることを恐れて、大陸を魔法の障壁で囲って閉じてしまったのです。少年たちからいっこうに連絡がないので、少女たちは心配しているかもしれませんが、南大陸を離れなければ連絡できないのですから、どうすることもできませんでした。

 岩だらけの世界に剣を鍛える槌音が響き続けます。

 すると、腕組みしてそれに耳を傾けていたゼンが言いました。

「今さらなんだけどよ、二つの剣を溶かしてひとつの剣にするなんてことを、炎の剣も光の剣もよく承知したよな。あれはどっちも、ものすごい力を持つ魔剣だからな。言ってみりゃ、俺とフルートを魔法かなにかでひとりの人間にまとめちまおうってのと、同じことだ。いくら敵を倒すためだって言われたって、なかなか踏ん切れねえぞ」

「誠心誠意、説得したもの」

 とフルートはまた言いました。岩に座った彼は、兜を傍らに置いていたので、少し癖のある金髪に縁取られた顔がよく見えていました。成長したので、もう女の子のようには見えませんが、やっぱりとても優しい顔だちをしています。その穏やかな表情からは想像がつかないほど、頑固で意思が硬いのもフルートです。

「誠心誠意か」

 とゼンはなんとなくまた溜息をついて、岩の天井を見上げました。ひとりごとを言います。

「まぁな……俺は猟師で、獲物の命をいただくのが仕事だからな。別に殺さずの誓いを立ててるわけでもねえんだから、フルートが覚悟を決めたってんなら、俺もつき合うだけだけどな」

 そのつぶやきは槌音に紛れてフルートには聞こえませんでしたが、耳のいいポチには届きました。ポチは耳をぴんと立ててゼンを振り向き、ゼンが考え込んでいるのを見て、やっぱり考え込んでしまいました──。

 

 彼らが火の山の地下にやって来て四日目に、ようやく槌音はやみました。地底に太陽の光は届かないので、朝も夜もわからないのですが、犬のポチには時間の流れが正確にわかったのです。そこから今度はシャッシャッと剣を研ぐ音が始まり、さらに待ち続けて、翌朝、ついに音が止まりました。

 フルートたちが待っていると、彼らの前に人の大きさのクフがまた姿を現しました。その手には一振りの大剣が握られていました。

「待たせたな。これが光炎(こうえん)の剣だ」

「光炎の剣」

 とフルートは繰り返しました。炎の剣と光の剣はひとつに溶け合って、新しい剣に生まれ変わってきたのです。

 フルートが受け取った剣は、鞘にも柄にも銀と黒が組み合わされていました。光の剣と同じように、柄に星の模様が刻まれていますが、その周囲と鞘には赤い炎の石がちりばめられています。鞘から抜いてみると、驚くほど軽い手応えと共に、研ぎ澄まされた銀の刃が現れました。炎の剣よりずっと薄い刃です。

 クフがフルートに言いました。

「光炎の剣は、光の力と炎の力の両方を持つようになった。だから、今までとは少し違うところが出てきている。闇のものには聖なる力を発揮するし、突いたり切ったりすれば炎に包んで燃やすのは同じだが、相手が光のものだろうが闇のものだろうが、区別なく傷つけ焼き尽くすようになった。たとえそれが味方でも、傷つければ燃やしてしまうし、金の石を持っていなかったら、おまえだって焼かれてしまうんだから、くれぐれも扱いには気をつけろ。それから、光炎の剣は炎の弾を撃ち出すことはできない。鞘には火を大きくする力があるが、それも炎の剣のときよりずっと小さくなっている」

 二つの異なる剣をひとつにすると、失われてしまう力もあるようでしたが、それでも炎の剣だったときと同じように、剣の柄は温かく感じられました。握ったフルートの手に、しっくりとなじみます。

 クフがひとりだけで立っていたので、ポチが尋ねました。

「ワン、ロズキさんはどうしたんですか?」

 クフは首を振り返しました。

「その剣を鍛えるのは尋常じゃない作業だったんだ。精も根も尽き果てて、鍛冶場でのびているよ。実を言えば、わしだって、ここにこうして立っているのがやっとだ。この後、当分は身動きもできなくなるだろう」

 それは本当のことなのかもしれませんでしたが、ポチにはなんとなく、ロズキがわざと姿を現さないような気がしました。彼らが鍛えた剣で、フルートはセイロスを倒そうとしているのです。フルートが剣を受け取るところを見たくないのかもしれない……と考えます。

 

 フルートは炎の剣を下げていた剣帯に光炎の剣を下げて背中につけました。炎の剣のときと同じように、ロングソードと交差させて背負います。

「それじゃ、ぼくたちは行きます。本当にありがとうございました」

 とクフへ頭を下げます。

「必ず闇の竜を倒せよ」

 とクフは言って、飛び立っていく一行を見送りました。フルートとゼンを乗せたポチが巨大な空洞の中を遠ざかって、やがて火口へ続く穴へと姿を消していきます。

 すると、急にクフの体が大きくなっていきました。フルートたちがいた山よりもっと大きくなると、ずしん、と音を立ててその場に座り込みます。

 姿は見えなくなっても、勇者の一行が火道を飛んでいく音は、まだごうごうと聞こえていました。巨人に戻ったクフは、疲れ切った顔で音のするほうを眺め続けました。

「頑張れよ……頑張って行ってこい」

 巨人のつぶやきに答える声はなく、風の犬が飛ぶ音もやがて遠ざかって、聞こえなくなってしまいました──。

2020年8月10日
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