水晶におおわれた空洞の下には、それをはるかに上回る空洞が広がっていました。頭上には、ごつごつと塊が突き出した岩肌が続いていますが、広すぎて光が届かないので、それ以外の方向は闇に沈んでいます。
それでも、夜目が利くポチやゼンには、周囲の様子がある程度見えていました。
「ワン、ここもすっかり静かになってますよね。あのときは一面のマグマ溜まりで、真っ赤な溶岩が川みたいに流れていたのに、今は普通の洞窟ですよ。ものすごく広いけど」
「ああ。んで人面火やらセンザンコウと戦ったよな。今じゃどこからも敵の気配はしねえぜ」
ひとりだけまったく何も見ることができないフルートは、ふたりに尋ねました。
「あのときはここでナンデモナイになったクフと戦ったし、マグマ溜まりをここから消したのもクフだ。彼はここにいないのかな?」
そこでゼンたちはまた周囲を見回しました。ポチはあたりの匂いも嗅いでみます。
「ワン、このあたりにはいないみたいですね。匂いがしません」
「地面のあちこちに裂け目があるぜ。煙を吹き出してる裂け目もある。もっと深い場所に続いてるんだろうな」
「もっと深い場所のマグマ溜まりにつながっているのか……。クフも、もっと深いところにいるんだろうか」
とフルートは言いました。火の山の地下にさえ来ればクフに会えると思っていたので、正直困惑していました。彼には闇に沈んだ周囲の様子はまったくわかりません。ゼンたちだって、そう遠くまでは見通せないのです。魔法使いの目を持つポポロがここにいれば、と思わず考えます。
ポチはフルートとゼンを乗せて、巨大な空洞を飛び続けました。高度を下げるとやがて地面が見えてきますが、そこもごつごつした大岩におおわれていました。冷えて固まった溶岩が地面を作っているのです。高く積み上がった岩も多かったので、何万もの岩の巨人が立っているように見える、奇妙な光景でした。
すると、ゼンが突然声を上げました。
「おい、前にでかい山があるぞ!」
山? とフルートは驚き、すぐに気づいて言いました。
「それって、もしかしてクフと話した場所か?」
「ワン、ありましたか? 良かった。こっちのはずだと思って飛んできたんだけど、あんまり自信なかったんです」
とポチは言いました。方向感覚が優れた犬にも、地下に広がる暗い空間は、方角をつかむのがなかなか難しかったのです。
彼らは山の頂上に降り立ちました。
「金の石の光の外に出ないようにね。ここには火山の有毒ガスや熱がいっぱいのはずだから」
とフルートが小犬に戻ったポチを気遣います。
ゼンは周囲を見回しました。
「やっぱりいねえな。しょうがねえ、呼んでみるか」
と言うと、両手をラッパの形にして口元に当てます。
「おぉい、火の山の巨人のクフ! 俺たちだ! 聞こえたら出てきてくれよ!」
その声は頭上や左右から響いて返ってきました。遠くどこかへ伝わっていく気配もします。この空洞は巨大なトンネルのようになっているのです。
すると、彼らの目の前に赤い光が湧き上がって、本当に人が姿を現しました。巨人ではなく、赤い髪の毛を肩まで伸ばし、たくましい体に銀の鎧と赤い胸当てをつけた青年です。
「フルート、ゼン、ポチ! 久しぶりだな! どうしてまたここに来たんだい!?」
青年に驚いたように言われて、フルートたちも驚きました。青年はいにしえの戦士のロズキだったのです。
なんだ、とゼンは頭をかきました。
「探し回ったりしねえで、呼びゃ良かったのかよ」
フルートはロズキの両手を握りしめました。
「本当にお久しぶりです。お元気そうで良かった」
フルートは心からそう言ったのですが、青年のほうは苦笑しました。
「火の山の力で肉体を得ていても、ぼくは幽霊だよ。元気もないだろう。それより、本当に、どうしてここに? 今日は女の子たちや猫の目の魔法使いは一緒じゃないのかい?」
そのことばで、フルートたちはロズキがあの噂を耳にしていないことを知りました。どこから話をしたものか迷って、思わず返事に詰まります。
そこへ、今度は山の前に強い光が湧き上がって、山より大きな巨人が現れました。縮れた黒髪とつややかな黒い肌、筋肉質な体に古めかしい布の服をまとった大男です。片手には金属製の長いハンマーを握っています。彼が火の山の巨人のクフでした。
クフの体が白い光を放っていたので、ようやく空洞が遠くまで見渡せるようになりました。フルートたちが立っているのは溶岩が冷えてできた黒い山の頂上でしたが、その下には溶岩が大小の山を作る地面が広がり、どこまでも続いていました。フルートたちから見て左右の方向には、かなり先の方に岩壁がそそり立っていて、天井につながっています。
クフもフルートたちを見ると、驚いたように言いました。
「おまえたちだったのか! どうした!? 何か忘れ物でもしたのか!?」
巨人の声は洞窟に響き渡ります。ただ、ロズキのように懐かしがる声ではありませんでした。火の山の地下に八千年も住んでいるのですから、フルートたちが一年ぶりに訪ねてきても、彼にはほんの一瞬後のことのようなものなのかもしれません。
「あなたにお願いがあって来たんです」
とフルートはクフへ言いました。
「お願い?」
とクフは身をかがめてフルートへ顔を近づけました。視界を塞ぐほど巨大な顔が迫ってきたので、ゼンやポチは思わず後ずさりそうになりましたが、フルートは臆することもなく巨人を見上げ続けています。
クフは顔を横向けてフルートの背中の剣を見ました。鞘に入ったロングソードと炎の剣の他に、布を巻いた三本目の剣も剣帯に刺してあったのです。黒い瞳がぎょろぎょろとそれを見つめ、またフルートを見ました。
「それは光の剣だな。そんなものを持ってここに来たのは、どういうわけだ?」
光の剣!? とロズキが驚きました。二千年前の戦闘ではセイロスの武器だったので、よく知っていたのです。
フルートは背中から光の剣を抜いて布を払い落としました。鞘の上から横向きに握って、ぐっとクフへ突き出します。
「この剣を炎の剣とひとつにしてほしいんです。デビルドラゴンと──セイロスと戦うために」
とたんにロズキは息を呑み、クフもはっきりと顔色を変えました。息詰まるような沈黙になりますが、フルートはクフをまっすぐ見上げ続けます。
やがて、クフは山肌に大きな手をかけました。次の瞬間には、人と同じ大きさまで縮んで、山の斜面を登ってきます。頂上に立った彼は、ロズキより少し大きい程度の体格でした。茫然としているロズキの肩をたたくと、フルートたちへ言います。
「どうやら長い話があるようだな。聞かせてくれ。わしの返事はそれからだ。ああ、それと、守りの光はここでは必要ない。ロズキのために人間がいられるようにしてあるからな」
そこでフルートは金の石の光を収めると、クフとロズキへこれまでの話を始めました──。
長い長い話が終わるまでには、何時間もの時間がかかりました。クフがただ聞くだけでなく、たびたび質問をしてきたからです。そのたびに、フルートだけでなく、ゼンやポチも交代で説明をしました。ようやくクフが「なるほど、よくわかった」と納得したときには、全員が話し疲れてへとへとになっていました。
それでも、フルートはクフを見つめて言いました。
「炎の剣は、自分を作ったあなたなら自分を光の剣とひとつにできる、と言いました。セイロスの野望を止めて世界を守るには、どうしてもそうしなくちゃいけないんです。お願いです、炎の剣と光の剣を一本の剣にしてください」
クフは大きな溜息をつくと、フルートではなく、目の前の岩を見ました。そこに炎の剣と光の剣が並べられていたのです。何も言わずに二本の剣を眺め、また溜息をつきます。
「エンカは、わしが鍛えた剣の中でも特に優れた出来ばえだった。そういう剣には自然と精霊が宿って自分の意思を持つようになるんだ。光の剣のほうもそうだ。これはわしが作ったものではないが、作り手が期待した以上の力を持って精霊を宿し、自ら天空の国の守り刀になることを選んだ。だが、その二本が、たしかにおまえの提案を承知している。信じがたいことだがな。それだけ剣たちが今の状況を憂えているということだ──」
エンカというのは炎の剣の本当の名前です。
それじゃあ、とフルートが身を乗り出すと、クフは重々しく話し続けました。
「剣たちが承知したなら、わしはそれをかなえてやらなくてはならん。だが、問題がある。剣はわしひとりでは鍛えることができんのだ。鍛錬するための相槌が必要だからな」
クフが横目で見ていたのはロズキでした。彼はフルートたちの話を途中までは一緒に聞いていたのですが、セイロスが金の石と共に願い石の元へ行ったあたりから離れていって、その後は背を向けて岩に座り込んでいたのです。パルバンで繰り広げられた光の軍勢とセイロスの決戦のことも、セイロスが世界の果てに幽閉される際にエリーテ姫を塔に縛り付けたことも、そのエリーテ姫がポポロとして生まれ変わってきたことも、ロズキにとっては初めて聞く話だったはずなのですが、ずっと背を向けたままで、振り向きもしなければ、ことばを発しようともしませんでした。クフが剣を鍛える際に相槌を打つのは、ロズキの役目でしたが、とてもできそうになかったのです。
「相槌なら俺が打つか? 俺はドワーフだから力はあるし、北の峰の洞窟で鍛冶屋の仕事も見たことがあるぞ」
とゼンが言いましたが、クフは難しい顔のままでした。
「エンカが承知せん。エンカは相槌にロズキを指名しているからな」
そこでフルートはロズキのほうへ進み出ました。彼を説得しようとしたのですが、それより先にロズキが立ち上がりました。まだ一同に背を向けたまま言います。
「わかった。相槌は私が打とう──」
フルートは立ち止まりました。仲間と一緒に青年を見つめてしまいます。
クフが聞き返しました。
「いいのか? おまえの主君を倒すための剣を鍛えるんだぞ」
ロズキはうなずきました。
「炎の剣が望んでいるなら、それは私の仕事だ」
と言ってゆっくり一同を振り向きます。その表情は意外なくらい静かでした。
「二千年前、私はセイロス様をお止めすることができなかった。その結果が今のこの状況だ。セイロス様は闇の竜に取り憑かれている。今度こそ、お止めしなくてはならない」
ロズキはそう言って、クフやフルートではなく、ゼンへ目を向けました。前回ここに来たとき、ゼンは「どうして願い石に願おうとしたセイロスを止めなかったんだ」とロズキを問い詰めたのです。自分たちは何があってもフルートを止めるんだぞ、と。ロズキはそのことをずっと考え続けていたのでしょう──。
「では、さっそく始めるとしよう。おまえたちはここで待っていろ」
とクフは言って手を振りました。次の瞬間、岩の上の二本の剣はクフの両手に移り、代わりに食料や小さな樽が岩に現れました。樽には飲み物が入っているようでした。
食料がかなりの量だったので、ゼンがつぶやきました。
「剣を鍛えるのには時間がかかるってことか」
フルートは立ち去ろうとするクフとロズキへ頭を下げました。
「よろしくお願いします」
すると、ロズキがまた振り向いて言いました。
「セイロス様をお止めしてくれ。頼む」
「必ず」
フルートが答えると、彼らは剣と共に姿を消し、後には二人と一匹の少年たちだけが残されました──。