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第27巻「絆たちの戦い」

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第9章 火の山

30.火の山

 「ワン、見えてきましたよ。あれが火の山です」

 とポチが背中のフルートとゼンに言いました。

 彼らの周囲には夜空が広がっていますが、月明かりに照らされて、大きな山が行く手に見えていました。頂上から白い煙が薄く立ち上っています。

 ここは中央大陸の南西にある南大陸でした。彼らは天空の国から丸一日以上飛び続けて、ようやくめざす場所に着いたのです。

「前回南大陸に来たときは船だったよな。長いことかかって海を渡って、追っ手をまくのに変装までしてよ。こんなに簡単に来れるんなら、あのときも空を飛んで来りゃよかったんじゃねえのか」

 とゼンが言ったので、フルートが答えました。

「あのとき、ぼくたちは馬を連れていたじゃないか。魔法では南大陸に渡れないし、馬を置いていくわけにもいかなかったから、船で渡ったんだよ」

「ワン、あのときは赤さんも一緒でしたよね。なんだか懐かしいな」

 とポチも言いました。勇者の一行が赤の魔法使いと一緒に火の山の地下へ行ったのは、今から一年ほど前のことです。

 ゼンは行く手の山に目をこらしました。

「噴火はしてねえが、煙が少し出てるから、地下では火山活動が続いてるんだな。クフは今でもあそこに住んでるんだろうな?」

 クフというのは今から数千年前にこの世界で暮らしていた、いにしえの民でした。仲間たちがこの世界を離れた後も、ひとり残って火の山の地下で暮らし、山の力と人々の畏敬の影響を受けて、見上げるような巨人になっていったのです。鍛冶が得意なので、鍛冶の神と呼ばれることもあります。フルートが持つ炎の剣は、そのクフが火とマグマと太陽の光から鍛えたものでした。

「いるさ。クフは八千年も火の山の地下に住んでいるんだからな。ロズキさんもきっと一緒だ」

 とフルートはいにしえの戦士の名前も言いました。こちらは二千年前に炎の剣の主人だった人物です。死んで魂だけが剣に宿っていたのですが、フルートたちが火の山の地下に潜ったときに、山のエネルギーで肉体を取り戻してよみがえったのです。今は火の山の地下でクフの手伝いをしているはずでした。

 するとポチが考えるような声になりました。

「ワン、あのときにはまだ知らなかったけど、ロズキさんはセイロスに殺されていたんですよね。それなのにロズキさんは全然恨まないで、主君として慕い続けていたから、ぼくたちも気がつかなかったんだけど……。ぼくたちがセイロスを倒すために剣の合成にきたって知ったら、ロズキさんはどう思うでしょうね?」

 ゼンは溜息をつきました。

「そりゃ穏やかじゃねえだろうけどよ……しょうがねえだろう。セイロスの野郎を止めなくちゃならねえんだからよ」

 フルートも言いました。

「天空の国で、そのあたりのことは炎の剣とずいぶん話し合ったよ。いろいろ話したけど、最終的には、ぼくの考えに従うと言ってもらったんだ。炎の剣の今の主人はぼくだから。ロズキさんにも、わかってもらえるまで誠心誠意説明するよ」

「誠心誠意か」

 とゼンは繰り返して、前に座るフルートの様子をうかがいました。フルートがしようとしているのは、合成した剣でセイロスをデビルドラゴンごと殺すことです。それを誠心誠意説得すると言われて、なんだか違和感を感じたのですが、フルートはいつもと同じ顔をしていました。その目が見つめているのは、火の山です。頂上の火口はもう目の前でした。

「ワン、山の中に入りますよ。金の石でちゃんと身を守ってくださいね」

 とポチが言ったので、フルートは胸当てからペンダントを引き出しました。

「金の石、頼む。ゼンとぼくを火の山の危険から守ってくれ」

 火の山は活火山なので、内部には熱や有毒なガスが充満しているのです。

 すると、魔石が輝いて淡い金の光を周囲に広げました。フルートとゼンだけでなく、二人を乗せているポチまで光の中に包み込みます。

「ワン、それじゃ行きますね」

 とポチは煙を吐いている火口へ飛び込んでいきました──。

 

 すり鉢状になった噴火口の底から山の中に入ると、月や星の光は届かなくなりました。代わりに吹き上がってくる煙に反射した金の石の光が、ぼんやりと周囲を照らし始めます。丸い縦穴は次第に狭くなりながら、地下に向かって伸びていました。縦穴の岩壁はひどくでこぼこしていて、壁をぐるりと取り囲むような筋模様を作っています。まるで誰かが噴火口の穴に輪っかの模様をたくさん刻みつけたようです。

 ゼンはそれを興味深そうに眺めました。

「この山は何度も噴火を繰り返してるから、その痕が残ってるんだぜ。噴火のたびに溶岩を噴き上げるから、少しずつ山が高くなってるんだ。まるで火口にできた年輪だな」

「ワン、そういえば赤さんが、火の山はしょっちゅう噴火するって言ってましたよね。今は大丈夫だろうなぁ」

 とポチが心配すると、フルートが言いました。

「この火の山は十年くらい前に噴火したから当分噴火しない、って赤さんは言っていたよ。大丈夫さ。でも、前回来たときには煙がもっとたくさん出ていたから、火口がこんな風になってるなんて気がつかなかったな」

「こんな火山の地下に暮らしてるんだから、クフも尋常な奴じゃねえよな」

 とゼンは苦笑します。

 

 彼らはさらに地下へ下りていきました。火山の中をマグマが通った穴を火道(かどう)と言うのですが、数十メートルほど下ったところで、それが急に広くなりました。横壁が遠くなって金の石の光が届かなくなります。

「あ、ここは」

 とポチが言い、フルートとゼンもうなずきました。

「最初の地下空洞だ」

「ナマジの大群に襲われた場所だな。必死で逃げたよな」

 ナマジというのは地下に棲む毒虫で、一年前に来たときには、この空洞の底を埋め尽くすほどの大群がいたのです。

「今もいるかい?」

 とフルートは仲間たちに尋ねました。あたりが暗くなってしまって、フルートの目ではもう何も見えなくなっていたのです。

 ゼンとポチは空洞の底へ目をこらしました。

「いるにはいるが、少ねえな。あのときの十分の一以下だぞ」

「ワン、もっともっと少ないですよ。百分の一くらいかもしれない。襲ってくる気配もないですね」

「あん時のナマジは闇の煙でおかしくなってたからな。元々は臆病な虫で、住処(すみか)を壊したりさえしなけりゃ、おとなしいんだよ」

 彼らとしてもナマジと戦いたいわけではなかったので、刺激しないように慎重に進んで行って、洞窟の横壁の裂け目に着きました。煙はそこから吹き出していたのです。

「ここは健在だったな」

 とゼンは笑いました。ナマジの群れに追われて命からがら逃げこんだ場所ですが、今回は悠々とくぐって、その先の横道へ進んでいきます。

 火道はその後しばらくは曲がりくねった下り道になり、やがてまた縦穴になりました。幅は狭くなったり広くなったりを繰り返しますが、地下へとほぼ垂直に続いています。

「ワン、前回は途中で岩がふさいでいる場所に出会ったりしたけど、今回は大丈夫そうですね」

 とポチが言うと、ゼンは肩をすくめてフルートを指さしました。

「それはこの馬鹿が岩栓を魔法で爆破させたからだ。ったく。あんときは全員吹き飛ばされるんじゃねえかと、マジで肝が冷えたぞ」

「みんな無事だったんだから、それでいいじゃないか」

 とフルートは赤くなって反論しました。

 前回は苦労して下りていった火道を、今回はスムーズに下り続けます──。

 

 やがて彼らはまた地下の空洞に出ました。

 今度の場所は壁のいたるところが金の石の光を返して、きらきらと輝いていました。壁全体が尖った六角形の水晶におおわれていたのです。

「水晶の晶洞か!」

 とゼンが声を上げました。地下から吹き上がったガスが地中に空洞を作り、その内側に水晶の結晶が育った場所です。

「火道の終点だ。いつの間にここまで来ていたんだろう」

 とフルートも驚いて周囲を見回しました。ポチは頭上を見上げます。

「ワン、たしか、前回はここに来るまでにずいぶんいろんな敵に遭いましたよね。コーロモドモとかヤマフジツボとか……魔法が効かなくなる場所もあったんだけど、今回は全然出なかったなぁ」

「前回、俺たちが退治したおかげか?」

 とゼンはにやりとしましたが、フルートは大真面目で答えました。

「山から闇が去って巨人のクフが正気になったからだよ。山の秩序が戻ったんだ」

「ちぇ。んなのはわかって言ってんだよ。つまんねえ奴だな」

 とゼンは口を尖らせました。そんな冗談も飛び出すくらい、今回の彼らには余裕があったのです。

 ポチは晶洞の底へ下りていきました。そこも一面水晶の結晶におおわれていて、彼らが近づくと金の石の光に輝き出しました。岩から突き出た水晶は、長いものも短いものも、細いものが寄り集まって株のようになったものもありました。まるで岩場から生えたガラスの植物のようです。

「ワン、ここでも先に進めなくなって、しばらく立ち往生しましたよね」

 とポチは言いました。あのときに全員で集まって食事をした場所を探してみますが、さすがにその痕を見つけることはできませんでした。

 その代わりに出会ったのは、晶洞の底に大きく口を開けた穴でした。底の半分ほどが、さらに下の空洞へ落ち込んでいたのです。

 ゼンが笑い出しました。

「ここもフルートが吹っ飛ばしたんだよな。んとに、顔に似合わず過激な奴だぜ」

「顔は関係ないだろう」

 とフルートはまた赤くなって反論しました。彼が思い切った作戦をとるのは本当のことだったので、あまり強くは言い返せません。

「クフはこの下にいたんですよね。行ってみますね」

 とポチは言って、晶洞のさらに下の空洞へと下りていきました──。

2020年8月7日
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