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第27巻「絆たちの戦い」

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29.星の花・2

 さらにその翌日、ポポロとメールとルルは、術師のラクと一緒にロムド城の中庭の温室に来ていました。使っていない温室を星の花を育てるのに使って良い、という許可はすぐにもらえたのですが、実際に使うための準備に時間がかかったのです。

 今日はノームのラトムと、竜子帝とリンメイが、彼らと一緒でした。ビョールは新たな武器防具を運ぶために北の峰にすぐ引き返し、セシルはオリバンに同行してハルマスの視察にでかけていました。

「ほう、ガラス張りの部屋か。太陽が顔を出せば、日当たりは良さそうだ。だが、ずいぶんと寒いな」

 と竜子帝はもの珍しそうに温室を見回していました。屋根や壁の木材をぎりぎりまで減らして、代わりにガラスをはめ込んだ建物の中には、耕したばかりの黒々とした地面が広がっていましたが、今日も雪の降りそうな曇り空だったので、外と同じくらい冷え込んでいたのです。竜子帝もリンメイも、毛皮の上着を着込んで白い息を吐いています。

 ラトムは入り口近くの壁の穴を眺めていました。外につながる穴ですが、今は板と石で塞がれています。

「向こうに大きな竈(かまど)があって、そこからあちこちの温室に管が通してあった。竈の熱を温室に配る仕組みなんだな。だが、ここはだいぶ長い間使われていなかったらしい。管が届いていないからな」

「それも直そうか、ってリーンズ宰相に言われたんだけどさ、そうするとあと三日もかかるって言うから、こっちでやるからいいって断ったんだよ。早くしないと、せっかくの星の花が枯れちゃうからさ」

 とメールは言いました。星の花は保存箱に入っているので長持ちしていますが、いつまでも元気というわけにはいかなかったのです。

 

「では始めましょうか、ポポロ様」

 とラクに言われて、ポポロはうなずきました。軟らかな土の上に靴跡を残しながら、温室の真ん中まで歩いて行きます。

 厚手のコートにスカートというポポロの服装が、急に黒い長衣に変わったので、竜子帝やラトムは、おっと声を上げました。長衣の上で星のような光がきらめき始めます。星空の衣が本来の姿に戻ったのです。

 ポポロは片手を高く上げると、呪文を唱えました。

「ニチイダルーナイセヨツシンオー……」

 細いけれどもはっきりした声が、温室の中に響きます。

 それと同時に掲げた手の先に緑の光が集まっていきました。みるみるうちにふくれあがって輝き始めます。ポポロはその手を振り下ろしました。

「レワーカ!」

 指先から飛んだ緑の光は、ポポロの足元の地面にぶつかり、そのまま周囲へ広がり始めました。黒い土が一瞬緑に輝いてまた元に戻りますが、よく見ると、土の中に星のようなきらめきが宿っていました。ルルが、くん、と鼻を鳴らして言います。

「いいわ! 聖なる大地になってるわよ!」

 緑の輝きは温室の中にぐんぐん広がっていきます──

「あれ?」

 輝きが温室の壁に届き、その向こうの外へと広がっていったので、メールは目を丸くしました。

 温室の中の土は全体が星のきらめきを宿して、きらきらしていますが、ポポロの魔法は温室の外にまで広がっていったのです。外の地面はまだ雪におおわれていましたが、その雪が一瞬緑に輝くので、魔法が外へ外へと広がっていくのが見えます。

 ポポロは青くなって頬に手を当てました。

「やっちゃった……!」

 強力すぎるポポロの魔法は、温室の中に留まらずに、その外側まで聖なる大地に変えていたのです。

「なんだか久しぶりねぇ」

 とルルがあきれます。

「どんどん広がっていくぞ。どこまで行くのだ?」

「隣の温室に届いたわよ」

 と竜子帝とリンメイが魔法の行方を追いかけていると、突然キャーッと甲高い悲鳴が上がりました。隣の温室から小さな二つの影が飛び出してきます。

「驚き桃の木、猿が出てきたぞ? しかも二匹もいる」

 とラトムが言ったので、あちゃぁ、とメールは頭を抱えました。二匹の猿はゾとヨです。きっと、隣の温室で大好きな実芭蕉でも食べていたのでしょう。ポポロの魔法がそちらまで聖なる大地に変えてしまったので、泡を食って逃げ出したのです。彼らの正体は闇のゴブリンなのですから、聖なる大地は命取りです。

 そこへ黒い鷹が飛んできて、小猿たちを背中に乗せて飛び去ったので、メールはほっとしました。ポポロが涙ぐんでおろおろしているので、あわてて言います。

「ポポロ、次、次! 早くしないと魔法が消えちゃうだろ!?」

 あ、とポポロは我に返って、急いで次の呪文を唱えました。光を抱く大地へ手を向けて言います。

「ヨーセクゾイーケ!」

 継続の魔法が飛んで、大地は聖なる魔法を定着させました。時間が過ぎても土から星のきらめきは消えません。ついでに、温室の周囲の雪も輝いています。

 

「ポポロ様の魔法は本当に強力ですな。あとはお任せください」

 とラクが笑いながら進み出てきました。

 ポポロはべそをかきながら戻り、大丈夫だよ、とメールに慰められました。

 ラトムも言います。

「聖なる場所が増えたのは悪いことじゃないさ。敵に襲われにくい場所が増えた、ってことだからな」

「さあ、星の花を植えるんでしょう? 穴を掘るのを手伝うわよ」

 とルルは先ほどまでポポロが立っていた中央へ行って、あっという間に穴を掘りました。耕したばかりの土はふかふかだったので、簡単だったのです。

 メールはその穴に、保存箱から取り出した星の花を置きました。周囲の土を寄せて根元にしっかりかぶせます。

「どれ、水も欲しいな?」

 とラトムは言って、上着のポケットから妙な形の石を取り出しました。鳥のくちばしのように尖った部分を傾けると、先端から水が出てきて、花のまわりの土を濡らします。

「石から水が出たぞ!?」

 と驚く竜子帝に、ラトムは、ふふん、と得意そうに笑いました。

「こいつは水の石だ。俺たちは長旅のときに水筒代わりに持って歩くのさ。便利な石だぞ」

「世界にはいろいろと役に立つ魔法や道具がありますな。それでは、私も──」

 とラクは言うと、懐から白い紙切れを取り出しました。片手で印を結びながら紙切れを高く放り、呪文を唱えます。

 すると、紙切れはひとりでに高く舞い上がって、温室のガラスの天井まで飛んでいきました。そこに貼り付いて煙のように消えていきます。代わりに降り注いできたのは、まばゆい光でした。温室の中を明るく照らします。

 たちまちあたりが暖かくなってきたので、一同は驚きました。暖かいのを通り越して暑くなってきたので、汗が出てきます。

「だめだ! とても着ていられないぞ!」

 と竜子帝とリンメイが毛皮の上着を脱ぎ捨てました。

「なるほど。こりゃたしかに夏の日射しだ」

 とラトムが天井を見上げて汗を拭きました。さっそく水の石を口の上で傾けて、水を飲みます。

 メールも毛皮のコートを着ていたので、さっさと脱ぎ捨てました。ブーツは履いている靴の上に被せる形のものだったので、それも外してしまいます。袖なしのシャツにうろこ模様の半ズボン、編み上げのサンダルといういつもの格好になって、植えたばかりの星の花にかがみ込みます。

「さあ、どうだい? あんたの好きな日の光と暖かさを準備したよ。気に入ってくれたかな?」

 その呼びかけに答えるように、星の花が揺れます──。

 

 すると、ぞくり、と花が増えました。葉も茎も花も、いきなり倍に増えたのです。メールが目を丸くしていると、星の花がまた、ぞくりと倍に増えます。

「すごい勢いだね。天空の花だからかい?」

 メールが駆け寄ってきたポポロに尋ねると、ポポロは首を振りました。

「ううん。普通こんなに急には増えないわ。でも、アーペン城の温室でも、メールが世話をしたら花がたくさん咲いたわよね。星の花もメールの気持ちに応えてるんだと思うわ」

 そっか……とメールは言って足元を見回しました。星の花は彼女の足元から広がるように、どんどん温室に広がっていたのです。

「ありがとね、星の花。たくさん咲いて、あたいと一緒に戦っておくれね」

 花使いの姫の呼びかけに応えて、星の花がまた増えていきます。

「こりゃ温室はすぐに花で一杯になるぞ。水が足らなくなるだろう」

 とラトムは言って、竜子帝の脚をつつきました。

「そら、あんたは人間で男なんだから、俺より力があるだろう。水を汲んできて、花にやったらどうだ」

 竜子帝はたちまち不愉快そうな顔になってラトムをにらみました。

「朕に水汲みをしろと言っているのか? 朕を誰だと思っている」

 ラトムは肩をすくめました。

「俺はノームだから、人間の中の偉いとか偉くないとかいうのはわからんよ。それとも、水汲みする力がないのか? そりゃ無理なことを言って悪かったな」

「馬鹿にするな! 朕だって水くらい汲めるぞ!」

 と竜子帝が真っ赤になって言い返します。

 リンメイはくすくす笑いながら、婚約者に言いました。

「ほら、キョン、あそこに木桶(きおけ)があるし、外には雪がたくさんあるわ。雪をあれに詰めて運び込めば、溶けて水になるわよ。それに水汲みは修行でもさんざんやったじゃない。ここでは体がなまりそうだったし、ちょうどいいわ」

 リンメイが自分でも木桶を取り上げて外へ出て行こうとしたので、竜子帝は顔をしかめ、追いかけていって木桶を取り上げました。

「これは大きいから朕が使う。リンメイはそっちの小さい桶を使え」

 と雪が積もった中庭へ出て行きます。

「キョンったら」

 リンメイはまたくすくす笑うと、小さいほうの木桶を持って外へ出て行きました。竜子帝と一緒に雪を集め始めます。

 ラクがまた呪符を取り出しながら、ポポロに話しかけました。

「もう少し日射しを与えるのに、もう一枚使いましょう。どのあたりに上げるのがよろしいでしょうな?」

「えぇと、じゃあ、光がよく届いていないあのあたりに……」

 とポポロが温室の片隅を指さします。

 メールはしゃがみ込むと、増え続ける星の花にまた話しかけました。

「みんなであんたたちの世話をしてるんだよ。ものすごく強い闇の敵と戦うために、あんたたちの力を貸してほしいんだ。強い花をたくさんたくさん咲かせておくれよね。お願いだよ」

 星の花はメールのことばがわかるように揺れて揺れて、青と白の星のような花をどんどん広げていきます。

 そうして、まもなく温室の中は咲き乱れる星の花でいっぱいになったのでした──。

2020年8月4日
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