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第27巻「絆たちの戦い」

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28.星の花・1

 ジュリアがポポロの元へ来て励ましてくれた翌日、フルートたちはまだロムド城に戻ってきませんでした。

 戻ったらすぐにポポロの本心をフルートに伝えようと意気込んでいたポポロとルルは、気持ちの持って行き場がなくて、落ち着かない気分で過ごしていました。

「意外と時間かかってるよねぇ。天空の国に入るのに手間取ってんのかな?」

 とメールは言って空を見上げました。少年たちが光の剣と炎の剣を一つにするために、南大陸の火の山を目ざしたことなど、知りようがなかったのです。

 部屋の窓からのぞく空は灰色の雪雲におおわれていました。視線を下に向ければ、石造りの城や冬枯れの中庭が見えますが、まもなく大粒の雪が降り出したので、景色は降りしきる雪にかすんでしまいました。

 あぁあ、とメールは溜息をつきました。

「これじゃ雪がやむまで散歩もできないなぁ。ただ待ってるだけって、あたいは本当に苦手なんだけどなぁ」

 けれども、どんなにぼやいても、雪はやまないし、フルートたちも戻ってきませんでした。

 

 そこへやって来たのはセシルでした。ノックをして扉を開けますが、すぐには入らずに振り向いて言います。

「メールとポポロとルルはここだ。ただゼンたちは──」

「それならさっき聞いた。出かけているそうだな」

 と太い男性の声が聞こえます。

 メールたちは飛び上がりました。

「その声は──!」

「ゼンのお父さん!?」

「元気そうだな」

 とセシルの後ろから言ったのは、毛皮の上着に弓と矢筒を背負い、腰に山刀を下げたドワーフでした。背は低いのですが、たくましい体つきをしていて、茶色の髪とひげを伸ばしています。ゼンの父親で、北の峰の猟師頭のビョールでした。

 また久しぶりの人物に会えたので、少女たちは喜びました。とはいえ、ジュリアやミーナほど久しぶりの再会というわけではありません。ビョールをはじめとするドワーフ猟師たちとは、先の飛竜部隊の戦いで一緒に戦っていたのです。

 ビョールが部屋に入りながら言いました。

「このまえは途中で戦線離脱してすまなかったな。谷の砦をセイロスに破壊された後、おまえたちは空を駆けてディーラに向かったが、俺たちは地上を走り鳥で向かったからな。その途中であの噂を聞いたから、長老たちと協議するために、北の峰に戻っていたんだ」

 例の噂が話に出たので、少女たちは思わず緊張しました。嬉しそうだった顔から笑顔が消えてしまいます。

 すると、すぐそばからまた別の声が聞こえました。

「驚き桃の木山椒の木! なんでそんなに怖がってるんだ、おまえたちは?」

「ラトム!!?」

 と少女たちはまた驚き、声がしたほうへ目をこらしました。その場所からにじみ出るように姿を現したのは、中年のノームでした。背の低いビョールよりもっと背が低くて、青い上着を着て赤い帯を締め、灰色のひげを長く伸ばしています。

 ノームはにやにやしながら小さな体で胸を張りました。

「あの噂はジタン山脈にも伝わってきたからな。きっと困ってるんだろうと思って駆けつけてきたんだ。そうしたら偶然にも、城の入り口でばったりビョールたちと一緒になったんだ」

 ラトムとは赤いドワーフの戦いで一緒に旅をして戦った仲でした。そのときにはドワーフ猟師も一緒だったので、ラトムとビョールは顔見知りなのです。

 

 セシルが笑いながら部屋の扉を閉めました。

「知り合いがどんどん集まってくるな。それもこれも闇がらすが世界中にデマをばらまいたおかげだ。闇がらすが知ったら、きっととても悔しがるぞ」

「ラトムもゼンのお父さんも、あたいたちの味方になりに来てくれたわけ?」

 とメールが尋ねると、ラトムはまた、驚き桃の木! と叫び、ビョールは、こら、とメールをにらみつけました。

「ドワーフは一度信頼した相手を裏切らん。それは人間のすることだ」

「おっと、それは俺たちノームも同じだからな! だが、ジタンのドワーフの連中は相談が長くていけない。おまえたちの手助けに行くことはすぐに決まったのに、どうやって手伝うかを決めるのに、半月以上かかっちまったんだ。ノームのほうはもうすっかり準備ができていたってのにな。待ちくたびれて、紅茶からキノコが生えてきそうだったぞ!」

 とラトムも一気にまくし立てます。

 メールはちょっと目を丸くして、すぐに笑顔になりました。

「ありがとう。嬉しいよ。ほら、ポポロ──」

 と後ろに隠れていた少女を押し出そうとしましたが、彼女がそこにいなかったので、また目を丸くしました。ポポロはメールの横に自分から進み出ていたのです。両手を握り合わせ、真剣な顔でビョールとラトムに言います。

「信じてくださってありがとうございます……。だけど、あの噂は半分は本当なんです。あたしはセイロスの婚約者の生まれ変わりで、あたしの中にはデビルドラゴンの力の一部があります。でも、あたしは今はもうポポロです。あたしの力も闇の力なんかじゃありません。あたしは金の石の勇者の仲間で、デビルドラゴンとセイロスから世界を守りたいと思ってます。それだけは信じてください」

 ポポロにしては非常に積極的なことばだったので、ビョールやラトムだけでなく、セシルまでが驚いた顔になりました。

 ラトムが頭をかいて言います。

「やれやれ、驚きすぎて驚きも桃の木も出なかったぞ? ずいぶんと強くなったじゃないか、ポポロ──。俺たちには、そんなことは最初からわかってるんだよ。力なんてのは、そういうものなんだ。使われ方次第で良くも悪くもなるんだからな。おまえは光の魔法使いなんだから、その力が悪いもののはずがないだろう」

「だが、噂のせいでずいぶんと嫌な思いをしてきたはずだ。大変だったな」

 とビョールは言って、ぽん、とポポロの頭に手を置きました。背が低いドワーフですが、ポポロはとても小柄だったので、手も届いたのです。ポポロは嬉しそうな顔になりました。目がうるみますが、すぐに涙をこらえます。

 

 セシルが少女たちに言いました。

「ビョールとラトムは、仲間と一緒に新しい武器や防具も運んできてくれた。特に、防具は魔金を使った強力なものだから、ロムド軍の戦闘力は格段に上がるだろう。オリバンは今、その受け取りを行っているんだ」

「ジタンで採れた魔金を使った防具なのね」

 とルルが言いました。そのジタン山脈を悪い人間たちに奪われないように守ったのが、赤いドワーフの戦いです。

 すると、ビョールが腰のベルトにぶら下げていた小箱を外して差し出しました。

「ポポロが落ち込んでいるんじゃないかと思って持ってきたんだが、必要なかったかもしれないな。だが、せっかくだから受け取ってくれ」

 小箱は銀色の金属でできていて、蓋がついていました。見た目は小さいのですが、ポポロが手に持つと意外なくらい重さがあります。

 おっ、とラトムが伸び上がりました。

「保存箱か。中に何が入ってるんだ?」

「開ければわかる」

 ビョールの返事は素っ気ないほど簡潔です。

 ポポロはとまどいながら小箱を眺めました。細かい細工が施された蓋の下に、小さな出っ張りがあったので、そこを押してみます。

 すると、蓋が勢いよく跳ね上がって箱が開きました。中に入っていたのは、土に植えられた植物でした。緑の葉と茎の上に、青や白の星のような花が咲いています。

「あれ、これ──」

 とメールが一緒にのぞき込んで目を見張りました。

 ルルは足元から、くんくんと鼻を鳴らします。

「光の匂いがするわよ。何が入っているの?」

「星の花だわ。天空の国に咲いている……。どうして、おじさんがこれを?」

 とポポロも驚いて尋ねると、ビョールが言いました。

「これはずいぶん前にメールが運んできた花だ。北の峰の崖で一年中咲いている。真冬でも咲いているんだから、本当に魔法の花だな。ゼンが天空の国の花だと言っていたから、懐かしいんじゃないかと思ってな」

 すると、ポポロより先にメールが歓声を上げました。

「思い出した! あたい、ゼンに呼ばれて北の峰に飛んでいくのに、魔の森の泉のまわりに咲いてたこの花で、花鳥を作っていったんだよ! そういや、そのまま北の峰に根付いたって、ゼンが言っていたっけ! うっわぁ、懐かしいなぁ! まだちゃんと咲いてたんだぁ!」

 ルルとラトムはポポロに箱を下げてもらって、一緒にのぞき込みました。

「あら、本当。星の花ね。地上では見たことがなかったんだけど、咲けるところがあったのね」

「この箱は保存箱と言ってな、この中に入れたものは、入れないときの何倍も長持ちするんだ。ジタンのノームとドワーフが協力して開発した道具のひとつだ。俺たちはよく食材や弁当を入れるんだが、これに花を入れるとは思いつかなかったな。驚き桃の木だ」

 ポポロは故郷の花を見て、また目をうるませていました。今度はつい涙もこぼれてしまいます。

 光の国に咲く花は、銀の小箱の中で淡い星のような光を放っています──。

 

 すると、メールがちょっと考えてから言いました。

「ねえ、これを増やして咲かせることって、できないかな。そしたら、ものすごく頼もしい味方になってくれると思うんだけどさ」

「星の花で戦おうってのか?」

 とラトムが聞き返しました。

「うん。前にも、天空の国やデセラール山に咲いていた光の花で、デビルドラゴンと戦ったことがあるんだよ。意外なくらい効果があるんだ。きっとセイロスと戦うのにも役に立つよ」

 ビョールは腕組みして首をかしげました。

「どうだろうな。その花はメールが連れてきた崖の上でしか咲かないんだ。よそへ持って行っても、すぐ枯れてしまう」

「天空の国の花だもの。それはそうよ」

 とルルも言いましたが、メールはあきらめませんでした。

「だからさ、ポポロの魔法でどうにかできないかい? ほら、飛竜部隊の戦いの時にも、アーペン城の温室で魔法を使って花をて咲かせてくれたじゃないか。あんなふうに、ロムド城の温室で星の花を育てられないかな?」

 ポポロはとまどって、両手を頬に当てました。

「天空の国の花を地上で育てようと思ったら、その場所に聖なる魔法をかける必要があるわ。あたしの魔法はすぐ切れるから、継続の魔法もかけなくちやいけないわね……。でも、星の花は寒さに弱いのよ。咲いてしまえば真冬でも平気になるんだけど、育つのには暖かさとたくさんの日差しがほしいの。今はまだ二月だから、あと三ヶ月は待たなくちゃいけないと思うわ」

「そんなに待てないよ! じゃ、温室で火を焚こうよ!」

 とメールが言うと、ビョールが言いました。

「それで温度は取れても、日差しまでは作れないだろう。太陽の石がなければ無理だ」

「太陽の石か。俺が地下に潜って探してきてもいいんだが、あれはそんじょそこらにある石じゃぁないし、細工をしないと実用にならないからなぁ」

 とラトムも言います。

「じゃあさ、えぇと、お城の魔法使いに頼むとか──」

 すると、話を聞いていたセシルが、困ったように答えました。

「メールには気の毒だが、たぶん無理だな。城の魔法軍団は、半数がハルマスの砦の建設に出動していて、残りの半数で城と国の警備に当たっている。手の空いている魔法使いは誰もいないんだ」

 そんなぁ、とメールはがっかりしました。星の花は小箱の中で、光の粉を振りまくように光っていますが、たった一株しかありませんでした。花も数えるほどしか咲いていません。メールがこれで戦うのには、あまりにも数が少なすぎました。

 それならいっそ星の花が咲いている北の峰へ採りに行こうか、とも考えましたが、今ポポロのそばを離れるわけにはいきませんでした。ポポロと一緒に北の峰へ飛ぶというのも、もちろん駄目です。

 

 すると、部屋の片隅から突然ラクが口を挟んできました。

「そういうことならば、私が光と温度をお作りしましょうか」

 ユラサイの術師は今日も部屋の片隅に座ってポポロを守っていたのです。

 メールは飛び上がって振り向きました。

「できんの、ラク!?」

「はい。ちょうど夏の呪符を持ってきております。夏の日差しや太陽の熱を閉じ込めた呪符なので、それを使えばよろしいのではないかと」

 驚き桃の木山椒の木! とラトムはまた叫びました。

「呪符ってのは魔法の道具かい!? 夏の石みたいに夏の力を蓄えているわけか! へぇぇ、そりゃ面白い!」

 好奇心の強いノームは、ユラサイの術に興味津々です。

「いかがですか? ポポロ様の魔法と私の術を組み合わせれば、その星の花を増やすこともできるのではないかと思うのですが」

 とラクは言いました。黄色い頭巾と布の間からのぞく目が、励ますようにポポロを見ています。

「はい……はい、喜んで!」

 やっと自分にもできることが見つかったポポロは、泣き笑いで何度もうなずきました──。

2020年8月4日
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