天空の国が近づくにつれて、フルートたちは緊張してきました。彼らはポポロを闇の仲間と決めつけた金虹鳥から、何度も拒否されています。今回もまた金色の鳥が飛んでくるのではないか、と天空の国を見つめてしまいます。
すると、高くそびえる天空城の上から、本当に鳥が飛んできました。身構える一行の前までやって来て、大きな翼を広げます。
ところが、その鳥は金色ではありませんでした。白鳥のような純白の羽におおわれていますが、白鳥よりもっと巨大で、鷲(わし)に似た姿をしています。まるで金虹鳥が全身白くなったようです。
鳥はいっぱいに翼を広げると、そのまま動かなくなってしまいました。体の真ん中に筋が走って、そこから体が左右に開いていきます。フルートたちが驚いていると、鳥はいつの間にか白い大きな門に変わっていました。開いた門の奥から声が響いてきます。
「フルートだけが入ってきなさい。ゼンとポチはその場で待つように」
天空王の声でした。門の中は長い通路になっていて、通路の先は光の中に見えなくなっていました。
「どうやら天空城につながる通路みたいだな。天空王が特別に開いてくれたんだ。行ってくるよ」
とフルートが言ったので、ゼンやポチは焦りました。
「なんでフルートだけなんだよ!? 俺たちも行くぞ!」
「ワン、天空王! ぼくたちも一緒に行っちゃだめなんですか!?」
通路の奥へ口々に文句を言うと、天空王の声がまた聞こえてきました。
「フルートと話すことがあるのだ。おまえたちはそこで待ちなさい」
ゼンは口を尖らせ、ポチはがっかりしましたが、天空王の指示ではどうしようもありませんでした。
ゼンはフルートに言いました。
「気をつけろよ。で、俺には光の矢を貸してくれって、天空王に言ってくれ」
「わかった。じゃ、行ってくるから」
とフルートは門をくぐっていきました。空の中ですが、門の向こうには磨き上げられた大理石のような通路が延びているので、そこを歩いて行くことができます。
ゼンとポチは門の前がら、それを見守りました。こっそり後をついていこうとしても、見えない扉でもあるように、門から先へ進むことができなかったからです。門の裏側に回ることもできません。やがてフルートは光の中に見えなくなっていき、青空には白い門とゼンとポチだけが残されました。
ゼンは舌打ちしました。
「ちぇ、俺たちが一緒でもいいだろうが。フルートだけにどんな話があるんだよ?」
「ワン、天空王はぼくたちが光の剣を借りに来たのを知ってるみたいでしたよね。なんだろう。光の剣は貸せないって言うのかな」
「フルートがセイロスを殺そうと考えてるからか?」
とゼンは単刀直入に言って、また毛を逆立てたポチの首筋をぽんとたたきました。
「あいつは今まで人間は絶対殺さなかったし、殺すなんてことばも口にしたことがなかったからな。それに、光の剣は天空の国の聖なる刀だ。人殺しのためには貸せねえ、って話なのかもしれねえよな」
ポチはなんだか泣きたいような気持ちになって、必死で反論しました。
「ワン、そんなはずないですよ! だって、光の剣はセイロスも使っていたし、セイロスは闇と戦うために人だって殺していたんだから!」
言ってから、ポチは自分の反論にどきりとしました。フルートだって光の剣で人殺ししていいはずだ、と言ってしまったような気がしたからです。
「正義のために人を殺す、か──」
とゼンは溜息をつきました。ちょっと考えてから、話し続けます。
「実際にはよ、そんなのは珍しいことでも特別なことでもねえんだよな。ロムド軍だってどこの軍隊だって、正義のために戦って大勢人を殺してるし、敵の総大将を倒すってのは、つまり総大将を殺すって意味だし。だけどよ、やっぱりそれをフルートが言うと、なんかこう、落ち着かねえ気分になるよな。らしくねえっつうか」
ポチもそれに対して少し考えてから、思い出すように言いました。
「ワン、フルートはディーラでセイロスと一騎討ちしたときに、セイロスの首をはねようとしたんですよ。寸前でデビルドラゴンに防がれちゃったけど……。もしかしたら、あのときからもう、さっき話してたようなことを考えていたのかもしれない」
「セイロスを殺して戻る場所をなくしてから、デビルドラゴンを消滅させようとしてたってわけか? ふん」
ゼンは面白くなさそうに鼻を鳴らすと、黙り込んでしまいました。ポチもそれ以上は何を言ったらいいのかわからなくて黙ります。
ポチも、フルートがそんなことをしようとするたびに、言いようのない不安に駆られるのです。ゼンが言うとおり、戦うということは結局相手を傷つけたり殺したりすることなのだから、フルートも戦士として当たり前のことをするだけのことなのかもしれません。セイロスだって、殺されて当然のようなことをしてきた人物です。だから、フルートは当たり前の道を選ぼうとしているのかもしれないのですが……。
すると、ゼンがひとりごとのように言いました。
「あいつが自分から武器を欲しがることって、なかったんだよな。今までは」
ああ、そういえば、とポチは考えました。
強力な武器は、いつも誰かが手助けするために与えてくれたもので、フルートが自分から望んだことは一度もありませんでした。いつだって、フルートは自分の持ち駒だけで戦ってきたのです。
天空王は本当にフルートに光の剣を貸してくれるかしら、とポチは門を見ました。ゼンも同じ場所を見つめます。白い門は翼のように二つの扉を開け放ったまま、青空の中に浮かんでいます。
すると、通路の奥から人影が現れました。まぶしい光を背景に、こちらへ歩いてきます。
ゼンとポチは歓声を上げました。人影はフルートだったのです。案外早く戻ってきたことにほっとしながら、手元を見きわめようとします。光の剣は借りられたのでしょうか。なんだか、フルートは何も持っていないようにも見えます──。
やがてフルートは門のすぐそばまでやってきました。やはり両手にはなにもありません。
フルートはいやに疲れた顔をしていましたが、仲間たちの表情を見ると、にこりと笑いました。
「ちゃんと貸してもらえたよ。ほら」
指を広げた両手を胸の前にかざすと、その上に二つのものが現れました。銀色のロングソードと、きらきらと銀色に光る矢です。それが光の剣と光の矢でした。
ゼンとポチは心底ほっとしました。
「ワン、天空王とどんな話をしたんですか?」
とポチは尋ねました。
「話をしなくちゃいけなかったのは天空王とじゃなくて、剣とだったんだ。魔法の武器は人みたいに意思があって、自分から使い手を選ぶから。ぼくの覚悟を訊かれたよ。戦い方の相談もした。で、最終的には、そういうことなら協力しよう、と言ってもらえたんだ。光の矢も、ゼンなら協力していいって言っていたよ」
そう話して、フルートは光の矢をゼンに渡しました。先端から矢羽根まですっかり銀色ですが、銀のように重くはありません。今は一本しかありませんが、ゼンが使う魔法の矢筒に入れれば、いくらでも増やすことができます。
へへっ、とゼンは笑いました。
「またよろしくな」
と矢に話しかけて、背中の矢筒へ収めます。
フルートが手にした光の剣は、飾りらしい飾りもないシンプルな武器でした。柄の部分に小さな星の模様が刻まれているだけです。それでいて闇には絶大な威力を発揮するのです。
フルートがポチに乗り移ると、白い門はゆっくりと閉じていって、また大きな白い鳥になりました。くるりと背を向けると、天空の国へ飛び戻っていきます。
「ワン、光の剣はどうやって身につけますか? 背中にはもう二本あるから、今度は腰に下げるといいのかな」
とポチはフルートにまた尋ねました。以前は小柄で、腰に剣を下げると引きずってしまったフルートですが、今は体も大きくなったので、もうそんな心配はありません。
すると、フルートは考えるような声で言いました。
「そのことなんだけど──光の剣でセイロスを倒すことはできない、って言われてしまったんだよ。天空王に」
ゼンとポチは驚きました。
「なんでだよ!?」
「ワン、やっぱり光の剣でデビルドラゴンを倒すことはできないんですか!?」
「いや、デビルドラゴンは倒せるだろうと言われた。奴は今、本体がないからな。ただ、セイロスを倒すことができないって言われたんだ」
とフルートは答えると、手の中の銀の剣を見つめました──。