「しかし、光の剣なんてよく思い出したよな」
変身したポチで空を飛びながら、ゼンが言いました。
「フルートが光の剣を借りたのは、ずいぶん前のことだったよな? たしかゴブリン魔王と戦ったときだ」
「ワン、風の犬の戦いと謎の海の戦いのときですね。もう四年も前のことですよ」
とポチが言うと、フルートが答えました。
「その後にも、もう一度天空王から借りているよ。真実の窓をくぐってシルの郊外に出たときに、雪の中に咲いていた闇の花を退治したんだ」
「ああ、そんなこともあったな」
それも、もう一年も前の出来事でした。
フルートは話し続けました。
「光の剣は天空の国の守り刀だから、そう簡単に持ち出すことはできないんだけど、地上に巨大な闇が現れたときには、それを退治するために地上で使うことができる。セイロスは実体化したデビルドラゴンなんだから、きっと光の剣も借りられると思うんだ」
ゼンはうなずきました。
「二千年前の光と闇の戦いでも、光の剣は地上に来てたんだよな。まあ、それを使ってたのがセイロスなんだけどよ」
「ワン、光の剣は、デビルドラゴンと戦うための剣だってことなのかもしれませんね」
とポチが言います。
空に天空の国はまだ見当たりませんでしたが、彼らはポポロから天空の国がいる場所を聞いてきていました。迷うことなく、そちらへ飛び続けます──。
やがて、ゼンがまた話し出しました。
「俺たちはポポロが眠っていたせいで、ひと月も動けなかったけどよ、その間、セイロスの野郎もどこにも姿を見せなかったんだよな? 奴は今どこで何をしてやがると思う?」
「ワン、それはぼくも渦王の島にいる間から気になってました。こうしてる間に、セイロスがまた攻めてきていたらどうしようって。でも、結局どこにも現れなかったんですよね」
とポチも飛びながら言います。
「ポポロがエリーテ姫の生まれ変わりだってのが、よっぽどショックだったとか?」
「ええ? そこまでデリケートには見えないですよ。ギーって副官が怪我をしたから、それを機に退却していったって聞いたけど」
「んなもんは、奴の魔法ですぐ治しちまうだろうが」
そんなことを話し合う仲間たちに、フルートは言いました。
「奴はポポロを奪う作戦を練ってるんだよ。今もきっと、どこかでその準備を調えているはずだ。だから、ぼくたちは急いで光の剣を借りて戻らなくちゃいけないんだ」
フルートのことばは重く響きます。
ゼンはしばらく考え込んでから、また口を開きました。
「なあ、結局、俺たちがずっと探し回ってた竜の宝ってのはポポロのこと──っつうか、エリーテ姫のことだったよな。それはわかったけどよ、結局、奴を倒す方法は見つからねえままだ。どうなんだ? 天空王から光の剣を借りられたら、奴を倒せそうなのか?」
フルートは低い声で言いました。
「普通に戦ったんじゃだめだろうね……。二千年前にも光の剣で戦ったのに、デビルドラゴンを倒すことはできなかったんだから。ただ、希望はある」
希望!? とゼンとポチは聞き返しました。
「ワン、希望ってなんですか!? デビルドラゴンを消滅させる方法があるかもしれないって意味ですか!?」
「この野郎! ポポロを守りたくて、また変なことを考えてるんじゃねえだろうな!?」
とゼンは後ろからフルートを羽交い締めにします。
フルートはもがいてそれを振り切りました。
「よせったら! 違うよ、願い石に願うわけじゃない──! セイロスは制御の力をなくしているから、デビルドラゴンの力を完全発揮することができない。たぶんそれは、セイロスとデビルドラゴンがまだばらばらの状態で、魔王になっているのと同じような状況なんだと思うんだ。だとすれば、奴の中からデビルドラゴンを追い出すことができるはずだ。そこを光の剣と金の石で攻撃すれば、デビルドラゴンを消滅させられるんじゃないかと思うんだよ」
フルートの話にゼンとポチは目をぱちくりさせました。フルートが言うと、なんだかとても簡単なことのように聞こえます。
ゼンが聞き返しました。
「そんなんで、本当にうまくいくのか? 魔王だって、いくら倒してもデビルドラゴンは離れて逃げていくだけで、また新しい魔王が生まれただろうが」
「それは本体のセイロスが世界の最果てで健在だったからだ。魔王が倒されてこの世界での体がなくなっても、すぐにセイロスの中に逃げ戻って、そこからまた影の竜の姿で抜け出すことができたからな。でも、今はそのセイロスもこの世界にいる。セイロスから離れたら、もうデビルドラゴンには逃げ込む先がないんだよ。奴は二千年前に聖なる光で焼かれたから実体がない。そこを光の剣と金の石で倒せば、消滅させられそうな気がするんだ」
フルートの説明に仲間たちはまた考え込みました。本当にその方法でうまくいくんだろうか、と頭の中で検証してみます。
「ワン、でも、デビルドラゴンがセイロスから離れなかったら? それに、離れても、またセイロスに戻るかもしれませんよ」
とポチに言われて、フルートは行く手へ目を向けました。どこまでも青い空を見つめながら答えます。
「うん。だから、絶対に戻れないようにする。セイロスを倒せば、デビルドラゴンももう戻ることはできないからな」
ポチとゼンは思わずたじろぎました。フルートの声には、彼らを一瞬黙らせるだけの重さがあったのです。
ゼンが聞き返します。
「それはつまり、セイロスの奴を殺すってことか?」
あからさまな言い方にポチは首筋の毛を逆立てました。あわててフルートの感情の匂いを嗅ぎますが、フルートはただ穏やかな匂いをさせているだけでした。怒りも憎しみも殺意も感じさせません。
「そういうことになるのかもね……」
つぶやくように答えたフルートの声も、風に紛れそうなほど静かです。
それっきり、彼らは話すことができなくなりました。フルートも黙り込んで行く手を見つめています。
青い青い空の向こうに、やがて風に乗って飛ぶ魔法の国が見え始めました──。