フルートたちがロムド城に帰還した翌日、協議を終えた各国の王たちは、自分の国に帰っていきました。ハルマスの街に砦を築くことが決まったので、出兵や支援のために、急ぎ自国に戻る必要があったのです。
ミコンの大司祭長は自分ひとりで馬に乗って、アキリー女王は大臣やテトの衛兵と共に、次々とディーラの都から離れていきました。メイ女王も自分の大臣や衛兵と戻っていきましたが、ロムド城に駐屯しているナージャの女騎士団の半分が、国境まで護衛に付きました。
エスタ王もエスタ城へ戻っていきましたが、シオン近衛大隊長と双子の魔法使いの片割れのトーラは後に残りました。エスタ国から来る援軍を、ロムドで待つことにしたのです。
王たちの見送りに出ていたメールが、トーラに話しかけました。
「ケーラさんはエスタ王と戻っていっちゃったね。せっかく兄弟揃ったのにさ。寂しくないかい?」
すると、黒い長衣の青年は穏やかに笑いました。
「私たちはロムド城とエスタ城の連絡役です。一緒にいては務まりませんよ。それに、私とケーラはその気になればいつだって話ができます。寂しいことはありません」
ザカラスのアイル王は、トーマ王子を残していきました。
「お、おまえも承知しているとおり、わ、私は戦場で戦うことができない。だ、だが、ザカラス国をあげて出兵するためには、大将が必要だ。トーマ、お、おまえは以前、城と私を助けるために、大将として領主たちの軍勢を率いたことがある。こ、今回も、皇太子のおまえをザカラス軍の大将に任命する。た、大役だが、頼むぞ」
父王から大抜擢された王子は、年に似合わない大人びた表情でうなずき返しました。
「わかりました、父上。ぼくは年齢も十分ではない子どもですが、領主たちに力を借りながら、父上の代役として大将の役を果たします」
「ニ、ニーグルド伯爵に、おまえの補佐を命じておく。戦闘の経験が豊富だし、わ、私の救出にも大変活躍してくれた。お、おまえも直接会って話したことがあるから、相談もしやすいだろう──。エ、エスタの大隊長たちは、さっそくハルマスへ行って、砦の建築に協力するようだが、お、おまえにそれは荷が重すぎる。ザカラスから援軍が到着するまで、おまえをロムド城に滞在させてもらえるよう、ロ、ロムド王には頼んでおいた。だから」
そこまで話して、アイル王は意味ありげな視線を別の方向へ向けました。トーマ王子がそちらを振り向くと、各国の王たちを見送っているメーレーン王女が目に入ります。プラチナブロンドの巻き毛に薔薇色のドレスの姫は、どの国の王や家臣にも分け隔てない笑顔を向けて、別れを惜しんでいました。
思わず赤くなったトーマ王子に、アイル王は話し続けました。
「む、無理をすることはない。だ、だが、メノアによく似たメーレーン姫が我が国へ来てくれれば、わ、我が国の民もきっと喜ぶだろう」
だから、がんばりなさい、と言われた気がして、王子はいっそう赤くなりました。自分の気持ちが父に筒抜けだったとわかって、うろたえてしまったのです。そんな息子をアイル王はほほえんで見つめます。
「朕はもう飛竜を連れてきている。周辺の属国からも援軍が来ることになっているが、朕が出向く必要はない。朕はこのままロムド城にいるぞ」
とフルートたちに言ったのは、ユラサイ国の竜子帝でした。その後ろには婚約者のリンメイや術師のラク、椅子に座った占神や、占神の世話をしている老人もいます。
ラクがフルートたちに言いました。
「敵は強大な闇魔法の使い手ですが、私が使うユラサイの術を防ぐことができません。ポポロ様を守るために、きっとお役に立てると思います」
黄色い衣に黄色い頭巾の術師は、同じ色の布で口元を隠していました。頭巾と布の間からのぞく目が、にこにこと細められています。フルートたちと一緒にまた戦えることを喜んでいるのです。
「よろしくお願いします」
とフルートは答えて、改めて仲間たちを振り返りました。リンメイがメールやポポロやルルに駆け寄って、またよろしくね! と楽しそうに話し合っています。
その様子にフルートは何かを考え始めました──。
「おう、言われたとおり、みんなを呼んできたぞ」
王たちの見送りがすんで城内に戻った後、ゼンがそう言って自分たちの部屋に入ってきました。後ろについてきたのは、オリバン、セシル、キース、アリアン、それに竜子帝とリンメイの六人です。部屋にはすでに勇者の一行が勢揃いしていたので、そう広くもない部屋の中はぎゅうぎゅう詰めになってしまいます。
顔ぶれを見てオリバンが言いました。
「なんだ、作戦会議を開こうというのか? それならば私の部屋に来い。ここより広いぞ」
「いえ、ここで。そんなに長い話じゃないんです」
とフルートが言ったので、全員はとりあえず自分の居場所を確保しました。メールとポポロとアリアンとリンメイはフルートやゼンのベッドに腰を下ろし、ポチとルルはその足元に寝そべり、オリバンと竜子帝は椅子に座ります。フルートとゼンとキースとセシルは立ったままです。
全員から注目されて、フルートは切り出しました。
「ポポロを守ってほしいんです。みんなで」
わかりきっていることを大真面目に言われて、一同は目を丸くしました。
「今さら何事だ? ユラサイの術は敵に効果があるから任せろ、と先ほどラクも言ったはずだぞ?」
と竜子帝がいぶかしそうに聞き返しましたが、フルートは真剣な表情を崩しません。
その様子に、キースがぴんときました。
「君はまた、どこかへ行くつもりでいるんじゃないのか? ポポロを後に残して──」
一同は驚き、たちまちオリバンがどなり出しました。
「また勝手にどこかへ行くというのか!? この状況で!? 許さんぞ、フルート! いい加減、同盟軍の総司令官だという自覚を持てんのか!」
ゼンも仲間を呼びに行かされた理由を聞いていなかったので、驚いて詰め寄りました。
「誰と行くつもりだ!? まさかおまえひとりで行くとか、ポチと二人だけで行くとか、寝ぼけたこと抜かしやがるんじゃねえだろうな!?」
ポポロは自分が置いていかれそうだとわかって、もう目に涙をいっぱい溜めています。
フルートはきっぱりと言いました。
「どうしても行かなくちゃいけないんです。それも今すぐに。行き先は天空の国です」
一同はまた驚きました。
「どうして、また天空の国なのさ!?」
「ひょっとしてお父さんやお母さんを助けようと考えてるの?」
「で、でも、天空王様の魔法なんだもの。今は解けないはずだわ……?」
少女たちに口々に言われて、フルートは傍らに置いてあった自分の剣を取り上げました。黒い柄に赤い石がはめ込まれた炎の剣で、黒い鞘にも赤い石がちりばめられています。フルートはそれをかざして話し続けました。
「セイロスと戦ったとき、この剣とセイロスの闇の剣の威力はほとんど互角だった。炎の力はセイロスには効かないから、普通の剣で戦っているのと同じ状態だったんだ。その状況でセイロスは闇魔法も使ってくる。この剣ではセイロスとは戦いきれないから、闇に強い光の剣を天空王から貸してもらうんだよ」
おっ、と一同は声を上げました。たしかに、それはフルートの言うとおりだったのです。
すかさずゼンが言います。
「そういうことなら、俺も天空の国に行くぞ! 俺は光の矢を貸してもらう! あれでねえと闇の敵は倒せねえからな!」
「うん。だからぼくとゼンがポチに乗って天空の国に行ってくる。他のみんなは、ぼくたちが戻るまでの間、ポポロを守っていてほしいんだ」
とフルートに言われて、一同は顔を見合わせました。ポポロは泣きそうな顔でフルートを見上げます。何か言いたそうでしたが、今はことばにならないようでした。
「ワン、こんなことなら、この前、天空の国に行ったときに、光の剣まで借りてくれば良かったですね。天空王にも会っていたんだもの」
とポチに言われて、フルートは苦笑しました。
「しかたないよ。あのときにはポポロを起こしてもらうことで頭がいっぱいで、そこまで考えが回らなかったんだから──。こういうことなんだ。いいかな、みんな?」
確認されて、オリバンは渋い顔になりました。
「ようやく戻ってきたのに、また城を離れるというのは許しがたい。が、フルートが言うことにも一理ある。敵と戦うための武器は絶対に必要だ」
「天空の国で光の剣を借りてくるだけなんだろう? どのくらいで戻れそうだい? それと、光の剣は必ず借りられそうなのかい?」
とキースに訊かれて、フルートは答えました。
「必ずかどうかはわかりません。なにしろ、光の剣は天空の国の守り刀だから。でも、あれでなければセイロスと戦うことができないんです。貸してもらえるまで、誠心誠意頼みます」
すると、アリアンが言いました。
「もしもセイロスが迫ってきたら、きっと私やキースがいち早く気がつくわ。ただ、ポポロをセイロスの目から隠すのは難しくなると思うの。今はフルートの金の石が守っているけれど、フルートが離れてしまうわけだから」
「だから竜子帝にも来てもらったんだ。ラクの術でポポロを守ってもらいたいんだよ」
とフルートが言ったので、竜子帝も納得した顔になりました。
「そういうことならば朕たちに任せろ。こちらには占神もいる。セイロスに不意を突かれるようなことは絶対にない」
「ほら、ポポロもそんな顔しないで。天空の国って、そんなに遠くないんでしょ? フルートたちはすぐ戻ってくるわよ」
とリンメイはポポロの手を握って励ましました。全員が納得し始めても、ポポロだけは涙ぐんだままだったのです。
セシルがフルートに尋ねました。
「本当に、どのくらいで戻れそうだ? ハルマスの砦は急ピッチで出来上がっていくだろうし、各国から援軍も続々到着してくる。その時に総司令官のフルートがいなければ、味方をまとめることができなくなるからな」
「私はもう貴様の代役はせんぞ、フルート!」
間髪を置かずオリバンにも言われて、フルートはまた苦笑いしてしまいました。
「どのくらいかかるかは行ってみないとわからないけど、できる限り早く戻ってきます。だから、それまでの間ポポロをよろしくお願いします」
すると、ポポロが手を伸ばして、フルートの服の裾をつかみました。振り向いた彼に真剣な目で言います。
「あたし……あたしも一緒に行っちゃだめ?」
フルートは首を振りました。
「途中でセイロスに襲われたら、ぼくたちだけでは守り切れないんだよ。でも、ロムド城ならみんながいるから、きっと大丈夫だ。すぐに戻ってくる。だから、ここで待っててくれ」
うん……とついにポポロはうなずき、そのまま涙をこぼし始めました。メールやルル、リンメイやアリアンに慰められます。
「できるだけ早く戻って来いよ、色男」
とキースに言われて、思わず赤面したフルートでした──。