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第27巻「絆たちの戦い」

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21.会議室

 ロムド城に戻った勇者の一行は、すぐに円卓がある部屋に案内されました。

 先に七人の王が会議を開いた場所ですが、今回は王の重臣たちも同席しました。ロムド王にはリーンズ宰相とワルラ将軍とユギルとゴーリスが、エスタ王には近衛隊のシオン大隊長と双子の魔法使いのトーラとケーラが、竜子帝には占神と術師のラクと婚約者のリンメイがつきます。どの重臣も勇者の一行には縁が深い人たちばかりだったので、ここでもひとしきり賑やかな再会劇が繰り広げられました。誰もが彼らの帰還を喜んで話しかけたので、ロムド王が話を遮って会議の始まりを宣言しなくてはならないほどでした。

 会議室にはロムドの皇太子のオリバンと婚約者のセシル、アイル王の息子のトーマ王子も同席していました。メイ女王とアキリー女王にも、国から同行してきた大臣が付き添っています。大司祭長だけは部下を同席させていませんでしたが、代わりに白の魔法使いと青の魔法使いの二人がそばに控えていました。彼らはロムド国の魔法使いですが、同時に神に仕える神官と武僧なので、立場としては大司祭長の配下でもあったのです。

 

 会議はまず、フルートたちがこれまでのいきさつを話すところから始まりました。闇大陸で見てきた二千年前の光と闇の戦いの顛末と、ポポロとルルに秘められていた過去の真実、それを闇がらすに暴露されてセイロスから逃れたこと、さらにポポロが眠りの魔法にとらわれて渦王の島から動けなくなったこと、眠りを解く鍵と引き換えに天空の国のポポロの両親が岩に変わってしまったことまで、話は非常に長く詳しくなりましたが、会議室の人々は誰ひとり口を挟みませんでした。ただ黙って話を聞き続けます。

 ポポロとルルは話の途中から泣きだしてしまったので、セシルとアキリー女王がポポロを、メールとリンメイがルルを抱きしめて慰めました。フルートとゼンとポチは話をするのに手一杯だったからです。

 すべて話し終えて少年たちが口を閉じると、会議室は沈黙になりました。すぐにあちこちから大きな溜息が洩れます。誰もが息を詰めて話に聞き入っていたのです。

「おおよそは我々が想像していたとおりだが、我々の想像をはるかに超えた困難であったな……。皆、本当によく戻ってきてくれた」

 とロムド王がしみじみと言いました。

 ポポロがまだ泣いていたので、フルートは立ち上がってセシルたちから受け取りました。自分の胸の中に抱きしめます。

 そんな二人の姿を、ザカラスのトーマ王子が黙って見つめていました。この部屋にはいない誰かの姿を探すように、視線をちょっと出口のほうへ向けます。

 ルルにはポチが駆け寄って、せっせと涙をなめ始めます。

 

「し、しかし、ポポロが持っていたのが、デ、デビルドラゴンを制御するための力だったとは、ひ、非常に興味深い話だ──」

 とアイル王が考えながら話し出しました。

「せ、制御のための力であるのに、ポ、ポポロが使えば普通の魔法になるとは、じ、実に不思議だ。な、何故なのだろう?」

 その疑問に答えたのは、大司祭長でした。

「魔法には、光の魔法、闇魔法、グル教の術、ユラサイの術、世界各地に存在する自然魔法と、さまざまな種類がありますが、その大元になる力は同じものなのです。元はこの世界のいたる所に存在していて、それが我々の体の中にも宿ります。魔法の種類によっては、世界の力を自分の身の内に引き入れたり、自分の中の力を引き金にして、世界からさらに大きな力を引き出すようなものもあります。それはつまり、どんな力も使う人次第だということです。力の働きも同じことで、セイロスの中では制御の力として働いていたとしても、そこから外へ出れば、やはり純粋な力になる、ということなのです」

 大司祭長の話は少し専門的でしたが、アイル王には理解できたようでした。うなずいて言います。

「な、なるほど。だ、だからデビルドラゴンから分けられた力であっても、ポ、ポポロが使えば光の魔法になるのだな。じ、実に素晴らしい話だ」

 自分の魔法を素晴らしいと言われて、ポポロは泣き顔を上げました。そんな彼女へ、王や女王たちがいっせいにうなずき返します。

 フルートはポポロを抱きしめたまま話し出しました。

「セイロスはデビルドラゴンを制御する力をなくしているために、逆にその力を解放できずにいます。力を全開したら最後、自分自身もデビルドラゴンに呑み込まれて、完全な闇の竜になってしまうからです。奴の真の願いはこの世界中の王になることです。デビルドラゴンになれば、その世界を自分で破滅してしまうんだから、デビルドラゴンになってしまうわけにはいかないんです」

 それを聞いて、ふぅむ、と言ったのはアキリー女王でした。

「聞けば聞くほど、フルートとセイロスは似ておるな。まるで鏡の表と裏、あるいは光と影のようじゃ」

 これにはフルートだけでなく、他の人々も驚きました。

「ちょっと、アク! フルートとあいつのどのへんが似てるってのさ!? 全然違うだろ!」

「前にメイ女王がフルートとセイロスを一緒くたにして、フルートもデビルドラゴンになる、なんてぬかしたことがあったよな? アクまでそんなことを言うつもりか?」

 とメールやゼンが反論しました。ゼンにいたっては、唸るような低い声になってしまっています。昔のことを蒸し返されたメイ女王は、嫌な顔になっています。

 けれども、アキリー女王は動じる様子もなく話し続けました。

「早とちりするでない。フルートとセイロスは表と裏じゃと言うておるじゃろう──。セイロスは強大なデビルドラゴンの力を持っておるが、それを思い通りに使うことはできぬ。それをすれば己が消滅するからじゃ。一方フルートも身のうちに願い石の力を持っておる。どのような願いもかなえることができるが、それをすればフルートは消滅するから、やはり使うわけにはいかぬ。そこがそっくりなのだが、目的は正反対じゃ。なにしろ、フルートは世界を救うために願い石を使おうとするからの──。フルートが願い石を使わずにすんでいるのは、大切な友人たちがいるからじゃが、セイロスにはそのような友人や仲間はいない。そこも正反対じゃ。だから、奴は願い石の誘惑に負けて、デビルドラゴンに捕らえられた。婚約者から愛想を尽かされても、その真の理由には気づけなかったようじゃし、考えようによっては、実に哀れな男じゃ。まあ、同情する気にはなれぬが」

 アキリー女王の辛口の批評に、勇者の仲間たちは機嫌を直しました。ゼンがフルートをぐっと引き寄せて言います。

「おう。俺たちはこいつを絶対に願い石に願わせたりしねえぞ。俺たちはセイロスごとデビルドラゴンをぶっ飛ばして、平和になった世界でみんなで幸せになるんだからな!」

「それを本心から言えるところが、この勇者たちのすごいところだ」

 とエスタ王は笑いました。その手には人の心の偽りを暴く真実の錫がありました。勇者の一行にそれを握らせても、彼らは絶対に姿が変わらないのです。

 

「しかし、こうなると心配はやはりポポロ様の警護ですね」

 と言いだしたのは大司祭長でした。

「通常、人間の我々は他人の魔力を奪うことはできませんが、セイロスであればそれも可能かもしれません。自分の力を完璧にして、デビルドラゴンを自分の制御下におくために、ポポロ様の力を奪うことを計画するような気がします。それはなんとしても阻止しなくてはいけません」

「そんなことは絶対にさせません!」

 とフルートは即座に答えました。ポポロを抱く手に力を込めます。

 すると、オリバンが口を挟みました。

「セイロスだけでなく、人間の敵にも用心しなくてはならないぞ。例えば、サータマン王がセイロスを完璧にしようとして、ポポロを誘拐するかもしれない。キースがそう心配していた」

 ええっ!? と勇者の一行はまた驚きました。

「やぁだ、またあのサータマン王なの!?」

「とことんセイロスにつくつもりなんだね!」

「あの強欲野郎、いつかデビルドラゴンに骨まで食い尽くされるぞ!」

 憤る一行にセシルも言いました。

「サータマン王だけでなく、他の人間の敵も甘く見ないほうがいい。おまえたちは人間相手だと、とたんに戦力が鈍るんだからな」

 これも先にキースが心配していたことです。

「たしかにポポロはこの先、いろいろな敵から狙われるようになるだろう。なんとかしなくてはならんな──」

 とロムド王も真剣な顔で考え込みました。

「このロムド城で守ればよいではないか。我々も飛竜で守りにつくぞ」

 と竜子帝が言うと、王に代わってリーンズ宰相が答えました。

「現在、このディーラはポポロ様をお守りするのに最適ではないのです。セイロスに幾度も攻め込まれて魔法攻撃を受けたために、城も都も防御にほころびが出て、まだ修理が終わっておりません。たしかにここには多くの戦力が集まっておりますが、それでも今、セイロスに攻め込んでこられたら、完全に守り切れるかどうか怪しいのです」

 すると、その隣からワルラ将軍も口を開きました。

「もう一つ問題がありますぞ。あまりに多くの軍勢がディーラとその周辺に集まってきたので、駐屯する場所が足りなくなってきたのです。近隣の町は村はとっくに満杯で、援軍の大半は休耕地や牧草地で野営していますが、まもなく雪が溶けて農作業が始まります。そうなれば、駐屯地の不足はいよいよ深刻になるでしょう」

 フルートたちを信じて闇と戦うために、国中からディーラにたくさんの援軍が駆けつけていたのです。

 

 そこへ扉を叩いて伝令係の家臣が顔をのぞかせました。遠慮がちに宰相に書き付けを渡すと、すぐに退出していきます。

 書き付けに目を通した宰相は、いっそう困惑した顔になりました。

「また新しい応援の到着です……。カルドラ国のヤダルドールという町から、勇者殿たちのために戦いたい、と十一名の農民がやってきたそうです。カルドラ国はサータマン国の同盟国なので、我々の敵国になるのですが、彼らは、勇者殿たちに命を救われた恩返しに来た、と言っているいるそうです。お心当たりはおありですか?」

 そう訊かれて、勇者の一行は顔を見合わせました。

「ヤダルドールっていうと、あれだよな?」

「うん、フルートがマモリワスレの術にはまったときに、いろいろ助けてくれた町だよ」

「あら、私たちだってあの人たちを助けてあげたじゃない。セイマ港では、タコ魔王や津波からも守ったわよ」

「どうやら本物の援軍のようだな。おまえたちはカルドラ国にまで味方を作っていたのか」

 とゴーリスが苦笑いします。

 メイ女王が言いました。

「これはたしかに、ディーラでは援軍を受け入れきれぬじゃろうな。なにしろ、我がメイ国からも援軍を送る運びになっておるのだから」

「それは我がエスタ国も同様です」

 とシオン大隊長が言うと、トーマ王子も負けじと言いました。

「我がザカラスからも援軍を送るぞ! 父上とそう話していたのだ!」

「それは困った。テトからも、すでに援軍がこちらに向かって出発しているのじゃが」

 とアキリー女王が言うと、大司祭長も言いました。

「それはミコンも同様です。すでに聖騎士団と武僧軍団がこちらへ出発しております」

 フルートたちの帰還を知って、王や女王たちはいっせいに援軍を動かし始めていたのです。

 ロムド王は盟友たちへ言いました。

「諸君の協力に心から感謝する──。やはり、このディーラでは場所も防御も足りないようだ。ディーラとは別の場所に我々の砦を築くことにしよう。ユギル、どこが良い?」

 王に振り向かれて、銀髪に色違いの瞳の一番占者は、うやうやしくお辞儀を返しました。

「その可能性については、以前から占っておりました。ですが、そちらにおいでになる占神殿も、非常に優れた占者でいらっしゃいます。戦は移り変わりが非常に激しく、占ってもその通りの結果とならないことが、しばしば起きるもの。わたくしと占神殿の占いの結果が同じ場所を示したならば、そこが新たな砦にふさわしいかと存じます」

「占神、今すぐ新たな砦の場所を占え!」

 と竜子帝がさっそく命じると、占神は、ふふんと笑いました。黄色い長い上着に黄色いズボンをはいた、とても細身の中年の女性で、きっちりまとめた黒髪から額に、服と同じ色の宝石を鎖で垂らしています。他の家臣たちは皆立っていましたが、占神は王や勇者たちと同じように椅子に座っていました。彼女は生まれつき足が不自由で、立つことも歩くこともできないのです。

「そう聞かれるような気がしていたからね、ここに来る前にもう占っておいたよ」

 と占神は答えました。自分たちの帝(みかど)へ話しているのですが、むしろ彼女のほうが立場が上のような話し方です。

 竜子帝は身を乗り出しました。

「それはどこだ!? 申せ!」

「ディーラの都の南方、そう遠くない場所、と出たよ。具体的な場所については、ロムドの占者殿が知っているんじゃないのかい?」

 というのが占神の答えでした。

 ユギルは整った顔で満足そうにほほえむと、ロムド王に向き直りました。

「新しい砦を置く場所が決定いたしました。リーリス湖の畔(ほとり)でただいま再建中のハルマスを、ポポロ様を守り、敵を迎え撃つ場所となさいますように」

 厳かな声が会議室に響きました──。

2020年7月14日
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