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第27巻「絆たちの戦い」

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第6章 歓迎

20.出迎え

 王都ディーラの東の門に降り立った勇者の一行は、オリバンやセシル、さらに駆けつけてきたナージャの女騎士たちに出迎えられました。

 全員から歓迎されたのですが、フルートとゼンはオリバンにどなられっぱなしでした。

「何故もっと早く戻ってこなかった!? 今も門の前でぐずぐずとためらいおって! そんなに我々が信用できなかったのか!? 見くびるのもいい加減にしろ──!!」

 オリバンの剣幕があまりにすごいので、フルートたちは弁解することができません。

 メールとポポロはセシルから抱きしめられていました。

「みんな無事で本当に良かった……! ポポロが敵に誘拐されて戻れなくなっているのでは、と心配していたんだ」

 男の格好をしていても、女性らしい心配りや優しさを持ち合わせているセシルです。心配していたと言いながらも、決して責めるようなことは言いません。

 ごめんね、ごめんね、とメールは涙ぐみながら何度も謝り、ポポロは大泣きしてしまって何も言うことができませんでした。そんな彼女たちをセシルはまたしっかりと抱きしめます。

 ポチとルルには女騎士たちがかがみ込み、てんでに頭や背中を撫でていました。

「よく戻ってきたわね!」

「隊長たちがそれは心配していたのよ! 無事でよかったわ!」

「とんでもないデマを流されちゃったわね。ショックだったでしょう。大丈夫?」

「もう心配いらないわよ。ロムド城ではみんな、あなたたちをずっと信じていたんだもの」

 彼女たちは隣国メイのナージャの森を守る女騎士団ですが、隊長のセシルを手助けするために、ロムド城にやってきていたのです。勇者の一行のこともよく知っているので、賑やかに話しかけながら励ましてくれます。その暖かくて優しい感情の匂いに、ポチは嬉しくて尻尾を振りっぱなしでした。ルルでさえ感激してクーンと鼻を鳴らします。

「何故黙り込んでいる!? なんとか言わんか!!」

 とオリバンがまたフルートたちをどなりました。少年たちが目を白黒させているのを見て、セシルがようやく助け船を出します。

「オリバン、彼らの話も聞いてやらなくては。返事ができなくて困っているぞ」

 それでようやくオリバンもどなるのをやめました。腕組みして、じろりと彼らをにらみます。

「それで? なんだと言うのだ?」

 フルートとゼンは顔を見合わせました。話したいこと、説明したいことが山ほどあって、どこから切り出せばいいのかわかりません。

 少し考えてから、フルートは口を開きました。

「心配かけてごめん、オリバン、セシル、みんな。えぇと……ただいま」

 オリバンは目を丸くし、セシルや女騎士たちは思わず吹き出しました。笑いの渦が湧き起こる中、オリバンがまたどなります。

「言うに事欠いてそれか!? 開き直るのもいい加減にしろ!!!」

 女性たちはいっそう笑い転げます。

 

 そこへ蹄の音が近づいてきて、馬に乗った中年の男性が門から出てきました。半白の黒髪にひげ面、黒ずくめの服に大剣を下げて、後ろには数頭の馬を連れています。

「ゴーリス!」

 声を上げたフルートへ、彼は目を向けました。すぐには話しかけずに、まずオリバンへ言います。

「殿下、陛下や皆様方がお待ちです。彼らを城へ連れてまいりましょう」

「うわぁ、あたいたちの馬だよ!」

 とメールはゴーリスが連れてきた馬に歓声を上げました。ずっとロムド城に預けたままになっていた彼らの馬だったのです。栗毛のコリン、額に白い星がある黒馬の黒星、白地に灰色ぶちのゴマザメ、茶色の体に足先やたてがみが黒い鹿毛のクレラの四頭です。久しぶりの再会でしたが、馬たちも彼らの主人を覚えていて、首や鼻面を撫でてもらって嬉しそうに鼻を鳴らしました。

 フルートがコリンを撫でながらゴーリスに尋ねました。

「城へは馬で行くほうがいいの? 飛んでいこうかと思っていたんだけど」

 するとゴーリスは苦笑いの表情になりました。

「まったく、この不肖の弟子が。殿下じゃないが、他に言うべきことがあるんじゃないのか──? 城までは馬で来るのがいいというのが、ユギル殿の占いだ。金の石の勇者の一行が堂々と帰還する様子を、都中の人間に見せつけろ、ということだ」

「見せつける? だから、四大魔法使いも聖守護獣なんかで出迎えてんのか?」

 とゼンも目を丸くしました。彼らがいる門の外では、天使、大熊、大鷲、山猫の四体の聖守護獣が、今もまだ身をかがめて彼らを歓迎しています。

「そういうことだ。とにかく、話は後にして、さっさと城に来い。待ちくたびれて、自分でここまで駆けつけそうになってる方々もいるんだ。あまり待たせるな」

 ゴーリスにそんな風に言われて、一行は自分の馬に乗りました。本当に久しぶりです。

「ワン、ぼくたちは露払いをしますね」

 とポチは言って、ルルと一緒にまた風の犬に変身しました。門の周囲にごうごうと風が巻き起こります。

「我々は勇者殿たちの前後を守りましょう」

 と女騎士団の副隊長のタニラが言ったので、女騎士たちはいっせいに自分の馬にまたがりました。あっという間にフルートたちの前と後ろで綺麗な隊列を組みます。

 オリバンとセシルも馬に乗って、フルートたちのすぐ前に立ちました。ゴーリスはさらにその前です。

「花鳥、あんたは上を飛んでおいで」

 とメールが言ったので、色とりどりの花でできた大鳥が頭上に舞い上がります。

「行くぞ! 城へ帰還だ!」

 というオリバンの号令で、隊列は門をくぐり、城へ続く通りを進み始めました。二頭の風の犬を先導に、白い鎧兜の女騎士団に守られながら、勇者の一行が行進していきます──。

 

 通りには先の角笛を聞きつけた住人が大勢出ていて、勇者の一行を待ち構えていました。通りに面した建物の窓からも、たくさんの人々が顔を出しています。誰もが見定めるように、じっと一行を見つめています。

 その人数があまり多かったので、ポポロがおじけづき始めました。泣きそうな顔になってフルートに馬を寄せます。

「大丈夫かしら……あたしがいたら、みんなが……」

「大丈夫だよ。オリバンたちだって一緒なんだから」

 とフルートは答えると、ポポロの馬の前に出ました。本当はポポロに負けないぐらい不安だったのですが、あえて胸を張りながら先頭を進みます。

 ゼンのほうはもっとあからさまに警戒していました。オリバンたちは歓迎してくれても、都の住民までそうだとは限りません。どこかで彼らを敵視して攻撃しようとする奴がいるのではないか、と油断のない目を周囲へ向けています。メールも、万が一攻撃を受けたらすぐ防御できるように、花鳥を頭上から離しませんでした。隊列が住民たちの間へ入っていきます。

 すると、急にまた角笛の音が鳴り響きました。彼らがくぐってきた東の門で、衛兵がいっせいに吹き鳴らし始めたのです。それに応えるように他の門からも角笛が響き始めます。

 それが合図だったかのように、群衆から声が湧き上がりました。それは歓声でした。

「勇者たちが帰ってきた!」

「金の石の勇者たちが戻ってきたぞ!」

「これで都は安心だ!」

「おかえりなさい、勇者たち!」

「おかえり! おかえり!」

 人々は口々に叫び、大きく手を振っていました。一行が進むにつれて、歓迎の声はどんどん大きくなっていきます。

 フルートたちは目を丸くしながら、その中を進んでいきました。

 万歳を叫ぶ人、声だけでは足りないと考えて太鼓やラッパを鳴らす人、広場にさしかかると教会の尖塔で鐘も鳴り出して、都中が大変な騒ぎになります。

 ……本当は、ディーラの市民の中にも、まだ勇者の一行を疑っていた者はいたのですが、人々を呑み込む熱狂的な渦に、まったく声を上げられなくなっていました。彼らは裏通りや建物の奥に身を潜めて、噂と自分が目にしている光景のどちらが正しいのだろう、と迷う羽目になりました。勇者の一行を角笛や聖守護獣で派手に出迎え、人々の前を悪びれることなく堂々と行進してみせるという作戦が、功を奏したのです。

 

 通りの先に城が見えてくると、飛んで接近してくるものがありました。空飛ぶ絨毯です。上には赤い髪の男女が乗っています。

「銀鼠さん! 灰鼠さん!」

 とフルートたちはまた歓声を上げました。魔法軍団に所属するグル教の姉弟です。あっという間にやってくると、一行と並んで飛びながら話しかけてきます。

「やっと戻ってきたわね! ずいぶん待たせたじゃないの!」

「あんまり遅いから、みんなで手分けして探しに出る計画を立てていたんだよ。早まらなくてよかった」

 彼らもあの噂は聞いていたのですが、勇者の一行に対する態度は以前とまったく変わりませんでした。フルートはやっと心から笑い、ゼンやメールも警戒を解きました。ポポロはさっきから泣きっぱなしです。

 一行がついにロムド城に到着すると、開け放たれた城門の前に大勢の人々が待っていました。リーンズ宰相、ワルラ将軍、占者ユギルといった城の重臣や、魔法軍団と一緒に、ひときわ存在感を放つ集団が立っています。ロムド王をはじめとする七人の王と女王たちでした。

「アク!?」

「竜子帝じゃねえか!」

「エスタ王、アイル王! メイ女王もいるんじゃないのさ!」

「それに、ミコンの大司祭長まで!」

 その顔ぶれにフルートたちが驚いていると、アキリー女王と竜子帝が飛び出してきました。

「本物のそなたたちじゃ! よう戻った──と言いたいところじゃが、遅すぎるぞ! なにほど待たせるつもりじゃ!」

「まったくだ! 飛竜でおまえたちを捕まえに行こうかと思っていたのだぞ!」

 口々に文句を言う二人に、一行は馬から飛び降りて駆け寄りました。

「久しぶり、アク! みんなロムドに来てたんだね!?」

「みんなして遅い遅いって言うなよ! こっちにだって都合があったんだからよ!」

「ワン、竜子帝も本当に久しぶりですね!」

「ねえ、リンメイも来てるの!?」

「むろん来ている。占神や術師のラクも一緒だ」

 と竜子帝が答えたので、勇者の一行はまた歓声を上げました。懐かしい人々や友人たちです。

 すると、長衣を着て杖を持った魔法軍団の中から、白、青、深緑、赤の長衣を来た四人が進み出てきました。

 白い長衣の女神官が片手を胸に当ててお辞儀をします。

「お帰りなさいませ。今、このディーラ周辺では空間移動ができなくなっておりますので、代わりに聖守護獣でお迎えさせていただきました」

 その姿は、門の外で彼らを出迎えてくれた天使にそっくりでした。他の三人もそれぞれに頭を下げています。

 フルートはちょっと苦笑しました。

「あんな出迎えは初めてだったので、少し驚きました。空間移動ができないんですか? どうして?」

 青の長衣の武僧がそれに答えました。

「移動できんわけではないのですが、どこに出るかわからんのです。とんでもない場所に出ては、戻るのに苦労しますからな。今、この付近で空間移動は禁止となっています」

「きっと、ここで光と闇の大きな魔法が何度も激突したからだわ……空間が歪んでしまったのね」

 とポポロが言うと、純白の衣に銀の肩掛けの大司祭長が進み出て言いました。

「その通りです。そのために、私でさえ馬と自分の脚でここに来るしかありませんでした。ですが、それは必ずしも悪いことではありません。敵も空間を飛び越えてここに出てくることができなくなりましたから」

 浅黒い肌に短い赤毛の大司祭長は、とても穏やかな目で一行を見ていました。それでもポポロは気後れしてフルートの後ろに隠れましたが、すぐにまた顔を出して頭を下げました。大司祭長がいっそう優しい目になります。

 

 すると、少し厳しい女性の声が呼びかけてきました。

「フルート、一番に挨拶するべき方々を放っておくのは失礼じゃ。早う挨拶せい」

 メイ女王でした。扇子で口元を隠しながら、目だけで三人の王たちを示して見せます。ロムド王、エスタ王、ザカラスのアイル王です。

 フルートはメイ女王へ頭を下げて感謝すると、仲間と一緒に王たちの前へ走りました。膝をついたり立ったり、それぞれの格好で王たちへお辞儀をします。

「長い間、戻れずにいて申し訳ありませんでした。ただいま帰還しました」

 と全員を代表してフルートが言います。

「も、戻れずにいた、か──。や、やはり、事情があったのだな」

 とアイル王が言うと、エスタ王も満足そうにうなずきました。

「わしやエスタを救ってくれたことを感謝したかったのだ。また会えて本当に良かった。ポポロやルルも、もうすっかり元気になったようだな」

 すべてを呑み込んだ上で、彼らの帰還を喜んでくれる王たちです。

 また何も言えなくなってしまった一行に、ロムド王が穏やかに言いました。

「よく戻った。無事で何よりであった」

 その後ろでは、リーンズ宰相とワルラ将軍が安堵の顔で彼らを見ていました。ユギルは、フルートたちと目が合うと黙って笑ってみせます。輝く長い銀髪に青と金の色違いの瞳の、見目麗しい占者です。

「さあ、城へ入るがいい。話し合うべきことは山積だ」

 とロムド王が言ったとたん、また角笛の音が響きました。今度は城壁に立つ衛兵たちが吹き鳴らしたのです。城門の両脇に控えていた正規軍の兵士たちが、いっせいにフルートたちへ剣を捧げます。

「勇者たちのご帰還!」

「総司令官殿へ敬礼!」

 軍隊からも上がった声に迎えられて、勇者の一行は王たちとロムド城へ入っていきました──。

2020年7月13日
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