「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第27巻「絆たちの戦い」

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19.帰還

 「ワン、もうロムドです。もうすぐディーラも見えてくると思いますよ」

 風の犬になったポチが飛びながら言いました。

 眼下にはなだらかな丘と広大な農地が広がり、森や林、村や町が散在しています。エスタ国からロムド国の東部にかけて広がる肥沃な一帯です。

 ゼンがルルの背中から地上へ目をこらしながら言いました。

「町の上を飛ぶたびに、俺たちを見つける奴らがいるな。こっちを指さしてやがる」

「みんなあの噂を知ってるんだね……。あたいたちを攻撃してきたりして」

 と花鳥に乗ったメールが心配しました。花鳥を作っているのは渦王の島に咲いていた花なので、鳥の体は色とりどりで鮮やかです。

「魔法でなきゃ、こんなところまで届かないわよ」

 とルルが飛びながら答えましたが、やはり少し不安そうでした。今は空高い場所を飛んでいますが、ディーラに着いたら高度を下げなくてはならなかったからです。

 ポチの上に乗っていたポポロが、前に座っているフルートに言いました。

「ねえ、やっぱりあたし……あたしとルルはどこかで待ってるわ。きっとそのほうがいいと思うの。フルートたちだけでディーラに行って……」

 フルートは振り向いて首を振りました。

「それはやらないって何度も言っただろう? 戻るなら、みんな一緒だ」

「でも、あたしたちのせいで入れてもらえなかったら……!」

 ポポロが泣きそうになりながら心配します。

 彼らは、渦王や海王、海王の三つ子たちに見送られて渦王の島を飛び立ち、海を渡って東から中央大陸に戻ってきていました。

 どこにも立ち寄らずに、まっすぐロムド国を目ざしてきたのですが、人が大勢いるような場所を飛ぶたびに、空を見上げて彼らを見つける人々がいました。ポチは、驚きや恐怖、怒りや疑いといった感情が、入りまじって吹き上げてくるのも感じていました。決して友好的ではない反応です。

 もしもディーラに近づいて本当に攻撃されたらどうしよう、とポチは考えていました。ロムド王たちは、彼らを信じてくれそうな気がするのですが、都の人たち全員が同じ気持ちでいるとは、とても思えません。フルートは黙って行く手を見つめていますが、そんな彼が心の中でとても緊張していることも、ポチにはわかっていました──。

 

 やがて、行く手に王都ディーラが見えてきました。

 周囲をぐるりと石壁に囲まれた丘の上に、家がぎっしりとひしめいている街があります。その中央で高い塔に囲まれてそびえているのがロムド城です。

「よかった。ディーラは障壁に囲まれていないわよ」

 とルルがほっとしたように言いました。ディーラは敵に対して魔法の障壁で都を閉じることができるのです。

「ロムド城にはユギルさんがいるから、ぼくたちが戻ろうとしてることはわかっているはずだ」

 とフルートは半ばひとりごとのように言いました。期待しているようにも、用心しているようにも聞こえることばに、仲間たちはますます不安になります。

 二匹の風の犬と花鳥は、速度と高度を落とし始めました。ディーラには東西南北に門があるのですが、東の門に向かってゆっくりと近づいていきます。

 すると、突然、街を囲む石壁の上から角笛の音が鳴り響きました。東の門を守っている衛兵が、警戒のための角笛を吹き鳴らしたのです。

 たちまち角笛の音はあちこちから響き始め、街中に響き渡るようになりました。都を挙げての警戒態勢です。

 勇者の一行は、はっとして、空中で立ち止まりました。どうしたらいいのかわからなくなって、顔を見合わせてしまいます。

 ポチは都をにらみました。もしも魔法や矢の攻撃が飛んできたら、フルートとポポロを乗せたまま、すぐに引き返そうと身構えます。

 すると、角笛が鳴り出したときと同じように、突然ぱたりと鳴り止みました。都が異様な静寂に包まれます。

 次の瞬間、ロムド城の東西南北に建つ塔から、四色の光が立ち上りました。白、青、深緑、赤──四大魔法使いが放つ守りの魔法です。城の上空で絡まり合い、太い光の奔流になって、一行がいるほうへ飛んできます。

「やべぇ! 来るぞ!」

 とゼンがどなりました。

 フルートは胸当てからペンダントを引き出しました。

「ぼくたちを守れ!」

 湧き起こった金の光が彼らを包みましたが、突進してくる四色の光は巨大でした。彼らなどひと呑みにして砕いてしまいそうです。ポポロが魔法で跳ね返そうと片手を突き出します。

 ところが、光の奔流は東の門の上でいきなり向きを変えると、地上へと降りていきました。そこでまた四つの光に分かれ、それぞれに巨大な生き物に姿を変えていきます。白い天使、青い大熊、深緑の大鷲、赤い山猫……四大魔法使いが使う聖守護獣が現れて、門の前に立ちはだかります。

 一行は衝撃を受けました。四大魔法使いの聖守護獣は強大な敵と戦うときだけに姿を現します。「おまえたちは都を襲う敵だ!」と宣言されてしまった気がして、呆然としてしまいます。ポポロは魔法を使うことも忘れて泣きだしています。

「違います……」

 とフルートは食いしばった歯の奥からつぶやきました。

「違います。ぼくたちはそんな者たちじゃありません……」

 鼻の奥が痛くなって、涙があふれてきそうになります。

 四体の聖守護獣が動き出しました。それぞれが一行へ飛びかかろうとするように身を沈めます。

「ワン、逃げよう!」

 とポチは身をひるがえしましたが、ルルと花鳥は動きませんでした。ルルもメールも呆然として逃げることを忘れていたのです。早く! とポチはまた叫びます──。

 

 けれども、聖守護獣たちは立ちすくむ一行に襲いかかってきませんでした。

 さらに低く身をかがめていくと、背中を丸めて頭を下げます。天使は胸に片手も当てます。全員が彼らに向かってお辞儀をしたのです。

 一行が、ぽかんとすると、天使が顔を上げました。凜とした女性の声で言います。

「偉大なる天の女神、ユリスナイに感謝いたします!! 金の石の勇者の皆様方が、今、都に帰還されました!!」

 巨大な天使が発する声は都中に響き渡りました。

 それと同時に、また街壁や城壁からいっせいに角笛が鳴り出しました。繰り返し繰り返し、高らかな音を響かせます。

 角笛は警報ではなく歓迎だったんだ、とようやく一行は気がつきました。聖守護獣たちも彼らを出迎えるために現れたのです。

 それでも彼らがまだ動けずにいると、門が開いて、二頭の馬が飛び出してきました。乗っていたのは、灰色の髪に大柄な体格の美丈夫と、長い金髪に男の服を着た美女でした。彼らを見上げながら走ってきます。

「オリバン! セシル!」

 フルートたちが歓声を上げると、先を走っていたオリバンが拳を振り上げてどなりました。

「馬鹿者! いつまでそんなところでぐずぐずしている! 早く城に来んか!」

「やっと──やっと戻ってきたな! みんな待ちわびていたんだぞ!」

 とセシルも泣き笑いの声で言います。

 勇者の一行も思わず泣きそうになると、門で待つ二人の元へ急降下していきました。その両脇では四体の聖守護獣が身をかがめ、ひざまずいています。

 勇者の帰還を知らせる角笛は都中で鳴り続けていました──。

2020年7月10日
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