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第27巻「絆たちの戦い」

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18.辺境部隊

 「定時報告。一帯に異常なぁし!」

 だみ声が丘の下から響いてきたので、オーダは片目を開けました。それでは報告者が見えなかったので両目を開け、ちょっと体を起こして丘の下へ答えます。

「この辺にどんな異常があるってんだ。魔物さえ出てこない本物の荒れ地だぞ。真面目に巡回なんかやってるな。体力の無駄だ」

 すると、丘の下から報告者が登ってきました。鎧を着て剣を下げた兵士で、兜を小脇に抱えているので、ひげ面がよく見えます。あまり柄の良くない顔つきですが、今はあきれたようにオーダを見ていました。

「そんなことを言ってていいのか? 曲がりなりにも、あんたは俺たちの部隊長だろうが」

 オーダは完全に起き上がりました。部下も柄は良くありませんが、オーダのほうも負けないくらいふてぶてしい面構えをしています。

「おう、部隊長だとも。エスタ軍の辺境部隊のな。おまえら傭兵たちの親分なんだから、部隊長だなんて言ったって、たかがしれたもんだ。現に俺たちは国王軍からほったらかしだ。飛竜部隊をエスタから撃退した功労者だっていうのにな。まったく!」

 不機嫌そうに言って、丘の上であぐらをかくと、傍らから酒瓶を持ち上げてあおります。やけ酒です。すぐ近くには、白いライオンの吹雪が犬のようにおとなしく寝そべっています。

 

 部下は肩をすくめました。

「それってぇのも、あれのせいなんだろう? 金の石の勇者が味方をだまして裏切っていたもんだから、俺たちまで──」

 とたんにオーダにぎろりとにらまれて、部下は思わず黙りました。ちゃらんぽらんそうに見えていた顔が、いきなり殺気を放ったのです。反射的に後ずさってしまいます。

 けれども、オーダはすぐにまた酒をあおりました。気のない声に戻って言います。

「あんな阿呆らしい噂を真に受けるな。馬鹿がうつるぞ」

 それでも部下が青くなって黙っているので、膝に頬杖をついて話し続けます。

「落ち着いてよく考えてみろ。あの噂じゃ、勇者の仲間の魔女が敵の大将の女で、勇者や俺たちを手玉に取っていたってことになってる。だが、その魔女ってのはどいつのことだ? おまえらだって、あの連中は自分の目で見ていたはずだぞ」

 そんなふうに質問されて、部下はとまどいました。思い出す顔になってから言います。

「隊長が野営所に連れてきたのは、えらく若い連中だったよな。まだひよっこみたいな若いのが二人と、女が二人だった。女はどっちも別嬪(べっぴん)さんだったが、背の高いほうが緑色の髪をしていたよな? あれが魔女だろう」

 ふん、とオーダは馬鹿にするように笑いました。

「はずれ。あれは海のお姫様のメールだ。それなのにどういうわけか花を使って戦うことができるんだが、魔女っていうわけじゃない。本物の魔女は、もうひとりのほうだ」

「もうひとりって」

 と部下は目を丸くしました。ポポロを思い出しているのに違いありませんでしたが、しばらく考えてからこんなことを言い出します。

「そういや、あの一行には人間のことばをしゃべる犬もいたな。女の声でしゃべる奴もいたから、そいつが──」

 おいおい、とオーダは苦笑しました。

「そいつらは本物の犬だ。天空の国のもの言う犬なんだよ。今、あまえが頭ん中で無視した奴が、天空の国の魔法使いのポポロだ。噂の魔女さ」

 はぁっ!? と部下は本気で驚きました。目を白黒させながら言います。

「そ、そんな──あのときのもうひとりは、まだ子どもみたいな女の子だったぞ! 俺たちにびびって、ずっと若いのの後ろに隠れてたじゃないか! 声をかけると泣きそうになっていたんだぞ! それが魔女で、敵の女だっていうのか!?」

「噂じゃそういうことになってる」

 とオーダが答えると、部下はさらに考え込み、大真面目で聞き返してきました。

「敵の大将はロリコンか?」

 オーダは本気で吹き出しました。しばらく地面をたたいて大笑いしてから、改めて膝に頬杖をついて言います。

「大将のセイロスも意外と若いんだよ。見た目はな──。だが、そんなのはどうでもいい。これであの噂がどのくらい馬鹿馬鹿しいかわかっただろう? ありえないんだよ、絶対に。それなのに、連中を知らない奴らが噂を本気にして、連中と関わりがあった俺たちまで白い目で見てやがる。エスタ王は今、会議のためにロムドに行ってるが、エスタ王も、代行でエスタ城にいる王弟のエラード公も、あんな噂を本気にするはずはない。どこかで王宮からの支援を止めてやがる奴らがいるんだ。おかげで俺たちは一ヵ月もこの荒れ地で足止めのほったらかしだ!」

 オーダはまた不機嫌になると、酒瓶を持ち上げました。ところが中身が空になっていたので、顔をしかめて瓶を部下に放りました。

「命令だ、新しいのを持ってこい」

「飲み過ぎは良くないぜ、隊長」

 と部下は心配しました。この辺境部隊は、柄が悪くて粗野な兵士ばかりなのですが、部隊長のオーダは案外と彼らから慕われているのです。

「馬鹿野郎、これが飲まずにやっていられるかって言うんだ。ダントス伯爵の領地で、敵の基地を見事燃やしてひと泡吹かせたのは俺たちだぞ。報奨金も四倍もらえるはずだったのに、それも棚上げだ。まったく、フルートの奴! どこに姿をくらましてやがる! とっとと出てきて、俺たちに報奨金を出せ──!」

 

 わめき散らしていたオーダが、ふいに黙りました。空の一カ所をいぶかしそうに見て、首をひねります。

「やっぱり少し飲み過ぎたか? 幻影が見えるぞ」

 部下はそちらを眺め、空を行く鳥を見つけて言いました。

「いいや、隊長。俺にも鳥が見えるぜ」

「その横だ、横──風の犬が二匹見えないか?」

 えっ? と部下は空を見直し、鳥と並ぶ二筋の雲を見つけました。遠すぎて姿形はよくわかりませんが、ものすごい勢いで西へ移動していきます。周囲の雲の動きとはまったく異なる速さです。

 すると、ライオンの吹雪が跳ね起きました。空に向かって吠え始めます。

 オーダも飛び起きました。

「やっぱりそうか! おぉい! おぉい、フルート! こっちだ! 気がつけ!!」

 けれども、吹雪がどんなに吠えても、オーダが声を枯らして叫んでも、空の一行はこちらにやって来ませんでした。北の空を東から西へまっすぐ飛んで、やがて遠い山の陰に見えなくなってしまいます。

 オーダは地団駄を踏むと、あっけにとられていた部下をどなりつけました。

「何をぼさっとしてやがる! 連中を追いかけるぞ!」

「え、で、でも、どこに行ったのかわからない──」

「あいつらが飛んでいったのはロムドの方角だ! ロムド城に向かったに決まってる! 全軍出発だ! 連中から四倍の報償金をいただくぞ!」

 オーダは俄然張り切り出すと、丘を駆け下って行きました。吹雪がその後を追いかけていきます。

 部下は信じられないようにまだ空を見ていましたが、早く来い! とオーダに呼ばれて、慌てて丘を下りていきました──。

2020年7月9日
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