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第27巻「絆たちの戦い」

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17.ロウガ

 暗い坑道の中に、赤い二つの光が無数にひしめいていました。

 金属をひっかくような耳障りな笑い声が、石のトンネルに充満しています。

「いやがる、いやがる。けっこうな数だ」

 ロウガはひとりごとを言うと、口にくわえた芳枝(ほうし)の小枝を強くかみました。立ち上った香りを嫌って、赤い光がいっせいに遠ざかります。

 彼は左腕の盾と帯に差し込んだ手鏡を、闇の中で確認しました。次いで右手に提げていた小さなランプを持ち上げると、つまみをねじります。

 すると、火もつけなかったのに、ランプがいきなり光り出しました。周囲を明々と照らします。

 たちまち坑道にすごい騒ぎが起きました。無数の黒い人のようなものが坑道を右往左往して、岩が作る影の中に飛び込んでいきます。そうすると、人のようなものは影と溶け合って、見極めることができなくなりました。ただ、そこに潜んでいる証拠に、赤い目が光りながらじっとこちらを見つめています。

 ロウガはにやりと笑うと、おもむろに色ガラスの眼鏡をかけました。

「隠れたって無駄だ。すぐにそこから追い出してやるからな」

 とつまみを回していくと、ランプはどんどん明るさを増しました。洞窟の中を真昼のように照らします。

 光は赤い目が潜む影も照らしました。消えた影の中からまた人のようなものが現れ、金属をひっかくような悲鳴を上げながら消滅していきます──。

 

 坑道にひしめいているのは食魔でした。人でも物でもなんでも呑み込み、魔物さえ食べてしまう貪欲な怪物です。苦手なものはただひとつ、空から地上を照らす太陽の光ですが、食魔は日の光が届かない地下に潜んでいて、闇夜にしか這いだしてきません。ロウガはそんな食魔を退治する食魔払いでした。手にしているランプで燃えているのは、太陽の光が石に変わったという太陽の石です。

 ロウガがランプを最大にしたので、坑道は目もくらむほどの明るさになりました。乱反射した光に影が消えて、潜んでいた食魔が次々に消滅していきます。

 けれども、明る過ぎる光は狭い場所にひときわ濃い影を生み出しました。残った食魔たちは次々とそこに飛び込み、耳障りな声を立て続けました。隙を狙ってロウガに襲いかかろうとします。

 ロウガは、ふふん、と笑いました。ランプを掲げたまま坑道を歩き出します。すると、光も一緒に移動して、それまで影だった場所を照らしました。潜んでいた食魔たちは光に照らされてあわてて飛び出しました。別の影に飛び込もうとしますが、その前に光を浴びて消滅してしまいます。

 ロウガはランプを四方八方へ振って、いたるところを照らしていきました。隠れていた食魔がどんどん消滅していきます。

 ところが、消滅を免れた数匹が、あろうことかロウガの影に飛び込みました。彼はすぐに足元を照らしましたが、影はランプの動きに合わせて移動するだけで、足元からは消えません。食魔たちも影と一緒に移動していきます。赤い目が影の中から彼を見ていました。金属をこするような笑い声がまた響きます。

「甘い」

 とロウガは言うと、空いている手で帯から手鏡を抜きました。手鏡をかざしてランプの光を足元の影へ反射させます。彼の影を伝って背後から襲ってきた食魔へは、左腕の盾で光を浴びせます。彼の盾も鏡のようにぴかぴかに磨き上げられていたのです。笑っていた食魔が悲鳴を上げて消えていきます──。

 

 やがて食魔は坑道から一匹残らず消え去りました。ロウガは念のために影という影をもう一度照らしてから、ランプを消しました。そのままさらに気配を探りますが、いくら待っても食魔はもう現れません。

 そこまで確認して、ロウガはやっと出口へ歩き出しました。

 外では、たくましい体つきの男たちが数十人、遠巻きにして待っていました。ロウガが出てきたのを見て、急いで駆け寄ってきます。

「ど、どうだった?」

「食魔がいただろう? 退治できたのか?」

「食魔がいたら坑道に入っていけない! この坑道が使えないと、俺たちは生きていけないんだよ!」

 男たちは鉱山で働く抗夫たちでした。ロウガは色ガラスの眼鏡を外して笑ってみせました。

「もちろん全部退治してきた。坑道にはもう一匹も残っていないぞ。安心しろ」

 おぉ!! と抗夫たちは喜びました。監督の男が顔をほころばせてロウガの背中をたたきます。

「ありがとう! さすがは天下の食魔払いのリ・ロウガだな! 謝礼を渡すから、宿舎に来てくれ」

「俺たちはさっそく仕事の準備だ!」

 と他の男たちは張り切って宿舎へ駆け戻っていきます。

 そんな様子をロウガは満足そうに眺めました。右頬に大きな傷がある強面(こわもて)ですが、案外と人の良さそうな表情を浮かべています。

 と、その顔が急に上を向きました。木々の間にのぞく空へ目をこらしてつぶやきます。

「あれは……」

「なんだ?」

 と監督も空を見ましたが、特に変わったものは見当たりませんでした。細く薄くなびいた雲が、風に流されて木陰に隠れていくのが見えただけです。

 けれども、ロウガは急に慌て出しました。空に向かってピーッと鋭く口笛を吹くと、森の向こうから一頭の飛竜がやってきます。

「すまん、ちょっと野暮用だ。宿舎には後で必ず行くから」

 驚く監督へそう言い残して、ロウガは飛竜の背中に飛び乗りました。鞍も手綱もない飛竜を、足と体の傾きだけで器用に操りながら、空高く舞い上がっていきます──。

 

 飛びながらロウガはつぶやいていました。

「あれは連中だった。間違いない」

 空の高い場所まで上ると、先ほどちらりと見えたものが遠くに見えました。たなびく細い雲のような尾を持つ二匹の風の犬と、大きな鳥です。背中に人影も見えます。

「やっぱりだ! 追いかけろ、タキラ!」

 ロウガの命令に飛竜は全速力で風の犬たちを追いかけ始めました。猛烈な風がロウガに吹き付けてきますが、吹き飛ばされるようなことはありません。

 金の石の勇者の一行を追いながら、ロウガはまたつぶやきました。

「向かっているのは西か。ということは、ロムドへ行こうとしてるな。やっぱりあの噂はデマか。だよな。そうに決まってる──!」

 ここユラサイの国にも、金の石の勇者とポポロに関する悪評は届いていたのですが、彼らと行動を共にしたことがあるロウガは、とても信じられずにいたのです。後を追いながら、いつのまにか、にやにやと笑い顔になっています。

 ところが、じきにその顔は真剣な表情に変わりました。やがて必死の面持ちになり、しまいにはあきらめ顔になってしまいます。

「だぁめだ! 連中は早すぎるぞ!」

 飛竜で全速力で追いかけても、勇者の一行にとても追いつけなかったのです。

 ロウガはタキラを停止させました。

「やめやめ、今は無理だ。出直そう。なぁに、連中の行き先はロムドに決まってるんだ。万が一違っていたって、あそこには占神が行ってる。占神なら、必ず連中の行き先を教えてくれるだろう」

 飛竜へとも自分自身へともつかない口調で話しながら、空中でUターンします。

 彼らの下には緑の濃いユラサイの山々が連なっていました。山の間を谷川が流れています。

「まったく、あいつらときたら。あんな噂を否定もしないで姿をくらましているから、危なく本気にするところだったじゃないか。遅いぞ、まったく」

 ロウガはそんなひとりごとを言いながら、抗夫たちの宿舎へと飛び戻っていきました──。

2020年7月8日
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