二匹の風の犬と巨大な鳥が青空を飛んでいました。
風の犬はフルートとポポロを乗せたポチとゼンを乗せたルル、巨鳥はメールを乗せた花鳥です。白い雲が浮かぶ空の中で、フルートの防具が日の光を反して金色に輝いています。
山をおおう森の一番高い杉の梢で、それを見上げている人物がいました。大きな体に白い服を着て、小さな黒い帽子をかぶっていますが、人間ではありません。背中には翼があり、赤い顔の真ん中に異様に高くて長い鼻があります。
ここは島国ヒムカシでした。木の上からフルートたちを見上げていたのは天狗(てんぐ)です。
天狗は、ぎょろりとした目でフルートたちの動きを追い続けました。彼らは東から現れて、まっすぐ西へ向かって飛んでいきます。天狗が見上げていることには気づいていないようです。
やがて彼らが西の山の向こうに見えなくなると、天狗は腕組みをしました。
「ようやく動き出したか。ずいぶんと時間がかかったものだな」
とひとりごとを言うと、おもむろに翼を広げて飛び立ちます。
天狗が飛んでいった先は、森の中の一軒家でした。庭先に七、八人の子どもが立っていて、空を見上げています。大きい子からまだ幼い子までいますが、その顔には大きな目がひとつしかありませんでした。さらに口もない子や脚が一本しかない子もいますが、どの顔も屈託はありません。きらきらした目で空を見上げています。
天狗が庭先に舞い降りると、一つ目小僧たちは振り向いて駆け寄りました。天狗を取り囲んで口々に話し出します。
「てんじぃ、てんじぃ! 空を二匹の犬と大きな鳥が飛んでいったよ!」
「背中に金色の人間も乗ってたよ!」
「てんじぃ、あれは絶対にあのお兄さんたちだよ!」
「オシラが言っていたとおりだったね!」
賑やかに話す様子は普通の人間の子どもと少しも変わりません。
一つ目小僧たちの中には、他の子たちほど興奮していない子たちもいました。不思議そうに天狗に尋ねます。
「てんじぃ、あれが金の石の勇者って人たちなの?」
「あの人たちがみんなを助けてくれるの? でも、あっちに飛んでっちゃったよ?」
天狗は慈しみの目を向けました。
「おまえたちは金の石の勇者を見るのが初めてだったな。おまえたちがここに来る前のことだったからな──。彼らは同盟へ戻っていったんじゃ。自分たちの身の潔白を証明するためにな」
ところが、質問した一つ目小僧たちはきょとんとした顔になりました。ことばが難しくて理解できなかったのです。
一番年かさの子が確かめるように言いました。
「悪い奴らがお兄さんたちの悪口を言いふらしたんだろ? ひどいよな。だからお兄さんたちは怒って姿を隠していたんだぞ」
「かもしれんな。だが、彼らは味方のところへ帰っていった。悪い奴らと戦うためにな」
天狗がぐっと易しいことばで言い直したので、今度は子どもたち全員が理解してうなずきました。嬉しそうにまた口々に言います。
「お兄さんたちはきっと勝つよ!」
「勇者のお兄さんたちは、あたいたちのためにも戦うって言ってくれたのよ!」
「みんな優しくてすごく強かったもんね!」
「ダイダラ坊やヤマタノオロチとだって戦えるほど強かったんだもの、絶対に勝つさ!」
口がない子だけは何も言うことができませんでしたが、にこにこ笑いながら何度もうなずいて、仲間の子たちの意見に賛成していました。金の石の勇者の一行は、妖怪の子どもたちに圧倒的な人気です。
天狗は恐ろしく見える顔をほころばせて笑うと、すぐに改まった顔と声になりました。
「そうだな。彼らは非常に強い。だが、そんな彼らでも、自分たちだけで勝つことはできん。そのぐらい強くて恐ろしい敵と戦っているからな──。だから、わしも応援に行くことにする。わしだけではない。ヒムカシの住人の多くが、彼らの応援に駆けつけるのだ。約束の時が迫っているからな」
保護者の天狗が戦に行くと言ったので、一つ目小僧たちは不安そうな顔になりました。年端のいかない子は、引き止めるように天狗の服の裾を握ります。
けれども、一番年かさの子が胸を張って答えました。
「てんじぃは前からそう言ってたもんな。大丈夫、てんじぃが留守の間は俺がみんなの面倒を見てるからさ」
次に年かさの女の子も、不安がって天狗をつかんだ子の手をぎゅっと握って、笑顔で言いました。
「あたしもいるから大丈夫よ。それに、あたしたちじゃわからないことが出たら、隣山のオシラに聞くから」
天狗はうなずきました。
「オシラたちは人間たちの守り神だから、ここを離れて参戦することができん。この後もずっと隣山にいるから、困ったことが起きたら助けてもらえ」
「わかった。何かあったらすぐに隣山に飛んで行くから──。俺こっそり修行して、こんなのにもなれるようになったんだぜ」
一番年かさの子はそう言うと、ぱっと姿を変えて見せました。頭の大きな一つ目の男の子が、鳥の頭の少年の姿になります。天狗のような白い服と小さな黒い帽子をかぶっていて、背中には翼もあります。灰色の鳥の頭はカラスに似ていて、顔には丸い目が二つありました。くちばしになった口で得意そうに笑っています。
「カラス天狗に化けられるようになったか。だが、まだ小さいし色も黒くないから、子ガラス天狗というところだな」
と天狗に言われて、カラス天狗の少年はたちまち不満そうな顔になりました。
「俺、もう立派な天狗だろう? だから、てんじぃみたいにみんなを守れるぞ。もしも山にまた捨て子があって、一つ目になったら、俺が助けて連れてくるから」
ここにいる一つ目小僧たちは、口減らしに捨てられて死んでいった子たちの生まれ変わりなのです──。
天狗は優しい目になってカラス天狗の頭をなでました。
「そうだな、頼むぞ。わしはこれから妖怪仲間に呼びかけるが、人間の中にも勇者たちに協力したいと言っておった者たちがいた。人間たちが本当に参戦して、闇の竜に打ち勝つことができたなら、このヒムカシは、もっと豊かで平和な国に変わるかもしれん。そうなれば捨て子も一つ目も減ることじゃろう」
天狗の話の後半は、自分だけに言うひとりごとのようになっていました。覚悟のことばのようにも聞こえます。カラス天狗は目を丸くすると、またにっこりしてうなずきました。
「うん、てんじぃ。みんなのために頑張ってくれよな。俺たちも頑張って留守番してるから」
「てんじぃ、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい、てんじぃ!」
「てんじぃ、怪我しないようにね」
子どもたちが口々に見送ることばを言ったので、天狗は苦笑いしました。
「こらこら、わしに支度もさせんで行かせるつもりか? それにおまえらの飯も準備していかんとな」
「そんなの、あたいたちが自分でできるってば!」
天狗と子どもたちは賑やかに話しながら、山奥の一軒家へ入っていきました──。