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第27巻「絆たちの戦い」

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14.海の王・1

 島の北の海岸近くで、二人の海の王が戦い合っていました。

 どちらも青い髪に青いひげ、青い瞳のよく似た顔立ちで、背格好も同じようですが、一人は口ひげとあごひげを伸ばして真っ青なマントをはおり、もう一人はあごひげだけを生やして緑がかった青いマントをはおっています。口ひげがあるのが兄の海王、口ひげがないのが弟の渦王です。彼らはそれぞれに東の大海と西の大海を治めている双子の王でした。頭には金の冠をかぶっています。

 海王は海岸に近い岩場にいました。渦王へ手を突きつけてどなります。

「これだけ言っても何故わからん、リカルド! 今すぐ勇者の一行をこの島から出せと言っているのだ! 彼らをここに置いてはならん!」

「それはできないと言っている、兄上! わしは彼らと誓ったのだ!」

 渦王が言い返して手を突きつけ返しました。ごうっと音を立てて押し寄せてきた風と雨が、渦王の手前で向きを変えて海王へ戻っていきました。真っ青なマントが引きちぎられそうなほどはためき、海王がよろめきます。

 そこへ追い打ちをかけるように次々と暴風を送りながら、渦王はどなりました。

「たとえ兄上であっても、わしとわしの海と島のことに、口出しは無用! 彼らはわしが守る! 彼らに仇(あだ)なそうとする者たちには決して渡さん!」

 海王は風に逆らってふんばり、弟をにらみつけました。

「それはならんと言うのだ! 彼らを人間の世界へ返せ! 彼らは海にいるべき者ではない! ただちに島から追い出すのだ!」

「それはできないと何度も言っている! くどい!」

 二人の王の魔法がまたぶつかり合いました。ごぉぉ、と風が渦巻き、島と海の上に広がっていきます。森は激しく揺れてざわめき、木々が悲鳴のような音できしみました。海は狂ったように波をぶつけ合います。

 

 海の王たちが感情をたかぶらせれば、それに呼応して、海だけでなく空も荒れました。海に湧き上がった真っ黒な雲は空一面をおおい、いたるところで稲妻をひらめかせていました。雲の間を紫の稲妻が渡ると、ゴロゴロと雷鳴がとどろきます。

 と、空から駆け下った稲妻が、森の中の木に落ちました。

 ドドーン、バリバリバリッ!!!

 轟音に大地が揺れ、木が引き裂かれて倒れていく音が響き渡ります。

 渦王は顔色を変えてどなりました。

「わしの島へ手を出すな!!」

 とたんに暴風雨が渦を巻き、海王に激突して海へ吹き飛ばしました。海王は荒れた海の中に見えなくなります。

 けれども、海の王が海で溺れるようなことはありません。海王はすぐ海の上に浮かんできました。狂ったようにぶつかり合う波の間に、地面に立つように立ち上がると、島に立つ弟をにらみつけました。

「愚かな大馬鹿者が!! 力ずくでなければわからんのか!!」

 ごぅっと海王の後ろでひときわ大きな波が立ち上がり、宙へ長く伸びていきました。波の先端が巨大な鎌首に変わり、二つの銀の目が現れます。海王が使う水蛇のネレウスでした。銀の体をくねらせながら、渦王へ突進していきます。

「おまえは陸の上だ、リカルド! 自分の水蛇は出せんぞ!」

 海王の声が勝ち誇ります。

「馬鹿な、ここはわしの島だ!」

 と渦王は答えて、さっと手を振りました。とたんにまた暴風雨が集まり、渦巻きながら巨大な蛇になりました。青く変わった体で海へ飛び、やってきた銀の水蛇とがっぷりかみつき合います。降りしきる雨から自分の水蛇のハイドラを呼び出したのです。

 二匹の水蛇は長い体を絡め、激しくかみつき合いました。もつれ、海岸を転げ回って戦います。水の体が岩場に激突するたびに、水しぶきが飛び散りました。大きさも太さもほとんど同じなので、強さもほぼ互角で、いっこうに勝負は決まりません。

「埒(らち)があかんな」

 と海王は言うと、右手を横に突き出しました。嵐の中、その手の中に銀の霧が集まっていって、大剣に変わります。水でできた刃の海の剣です。

 それを見て、渦王も腕を突き出しました。その手の中にまた雨が集まっていって、こちらは青い海の剣に変わります。

「結局、こうしなければ話は通らないということか」

 と海王は言いました。皮肉っぽい笑い顔の影に、好戦的な表情が見え隠れしています。

「いくら兄上の言うことでも、聞けない話は聞けん! これ以上やるというのであれば、こちらもやり返すまでだ!」

 渦王は戦意もあからさまに剣を構えます。

 吹きすさぶ暴風雨の中、海王がまた島に上がってきました。剣を握って待ち構える渦王へ、ゆっくり歩み寄っていきます。双方の手の中では剣が唸っていました。風雨の音に共鳴しているのです。稲妻がまたひらめき、二つの刃を紫に照らします。

 おおおお!!

 雄叫びを上げながら、二人の海の王が突進していきます──。

 

 そこへ突然声が響きました。

「レマーサオ!」

 耳を聾するほどの暴風が吹き荒れているのに、はっきり聞こえます。細いけれど、ぴんと張り詰めた少女の声です。

 すると、みるみるうちに嵐が収まっていきました。雨と風がぱたりとやみ、雷もやんで、分厚い雲がちぎれていきます。雲の間から青空がのぞくと、まぶしい日差しが降り注いできます。

 驚いて立ち止まった王たちは、森の外れに立つ少年少女たちに気がつきました。勇者の一行と海王の三つ子たちです。一番手前にフルートに抱かれたポポロがいて、空へ手を向けていました。魔法で嵐を収めてしまったのです。

「戦うのはやめてください!」

 とフルートは呼びかけました。ゼンやメールや三つ子たちが駆け出します。

「やっと出てきたな、勇者たち」

 と海王は言って剣を構え直しました。その気迫にメールや三つ子が思わず立ち止まります。

「何故出てきた!? 城へ戻れ!」

 と渦王はまたどなって一行の前へ走りました。彼らを背後にかばって剣を構えます。

「彼らをここにいさせるな、リカルド!」

「兄上の言うことは聞かぬ!」

 二本の剣がまた振り上げられました。激しくぶつかり合おうとします──。

 ところが、剣は途中でぴたりと止まってしまいました。剣を握る腕が二つの手に捕まってしまったのです。

 剣を止めたのはゼンでした。二人の王の間に割り込んで、両手で王たちの右手をつかんでいます。彼らがどんなに力を込めても、振りきることも押しきることもできません。

「ったく。どうしてこう海の連中は短気で熱いんだ? 兄弟がこんなことで殺し合いしてどうすんだよ。西の大海と東の大海で、また戦いおっぱじめようってのか?」

 ゼンが話しながら手に力を込めると、二人の王は叫び声を上げました。ゼンの力が強すぎて、手首の骨が砕けそうになったのです。思わず武器を取り落とすと、剣は地面の上で霧に変わって消えていきます。

 

 ゼンが手を離したので、二人の王は自分の手首をなでました。

 海王が勇者の一行をにらみつけます。

「我々の戦いを簡単に止めるのだから、相変わらずとんでもない連中だな。それなのに何故こそこそとリカルドのマントの陰に隠れている。自分たちを裏切り者と認めて、リカルドを巻き込むつもりか」

 すると、ペルラが言い返しました。

「違うのよ、父上! 彼らはここから動けなかったのよ! ポポロの具合が悪かったんですって!」

 なに? と海王は驚いた顔になり、渦王のほうは改めてポポロを振り向きました。

「やっと目を覚ましたな。起き出しても大丈夫なのか?」

「はい、もう大丈夫です……」

 とポポロは答えてフルートの腕から降りました。暴風雨が収まったので、自分の脚で立てるようになったのです。渦王に向かって、ぺこりと頭を下げます。

 海王はますます意外そうな表情になって、渦王へ言いました。

「病気なら病気と、何故早くそれを言わん。てっきりおまえが彼らを囲って外へ出さずにいるのだと思ったのだぞ」

「彼らを戻すことはできない、とわしは何度も言ったはずだ。だが、兄上こそ彼らを心配してくれるのか? 彼らを追い払えと言っていたのに」

 海王はたちまち渋い顔になりました。

「追い払えとは言ってはおらん。彼らを人間の元へ戻せと言ったのだ。ここにこうして隠れていることで、人間たちはますます彼らを誤解して疑っている。誤解を解くためには、彼らが自分の口で潔白を証明するしかないだろう」

 これを聞いて、勇者の一行は驚きました。

 メールが聞き返します。

「じゃ、なに──伯父上はあたいたちが無実だって、ずっと信じてくれてたわけ?」

「当然だ。おまえたちもポポロも光の戦士だ。あんな噂があり得るものか」

 と海王があっさり答えたので、渦王が声を上げました。

「兄上こそ、何故それを早く言わないのだ! 彼らを島から出せとしか言わないから、彼らを裏切り者と考えているのかと思ったのだぞ!」

「ったく。どうして海の連中はこう短気で単純なんだ? 誤解で殺し合いまでするところだったなんてよ」

 とゼンがまたあきれます。

 

 フルートが海王へ話しかけました。

「闇がらすが世界中に拡散した話は、とんでもない中傷です。だけど、その中に、話しておかなくちゃいけない真実もあるんです。聞いていただけますか?」

「むろん聞こう。だが、これだけは覚えておけ。海の王は一度友にした者は絶対に裏切らないし見捨てない。どんな話を聞かされても、おまえたちは海の仲間で、我々の友だ」

 海王がそう言い切ったので、兄上、と渦王は言い、ポポロは涙ぐみました。フルートの胸に泣き顔をうずめてしまいます。

「ありがとうございます。実はこういうことなんです──」

 フルートはポポロの肩を抱いて話し始めました。

2020年7月2日
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