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第27巻「絆たちの戦い」

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13.嵐

 猛烈な嵐は渦王の島全体に吹き荒れていました。

 深い森におおわれた島ですが、木という木は風に幹を揺すぶられ、梢の葉を引きちぎられています。茂みは激しくざわめき、折れた枝が森の中を飛んでいきます。

 海辺の嵐はもっと激しくなっていました。大波が海から陸へ繰り返し打ち寄せ、別の方向から押し寄せた波とぶつかり合って、島で一番高い木より高い場所で波しぶきを立てていたのです。ドォン、ドォォォン……巨大な太鼓を打ち鳴らすような音が、ひっきりなしに響いています。

 嵐は激しい雨も運んでいました。大粒の雨が海に森に降り注ぎ、風にあおられて白いカーテンのように揺らいでいます。

 

 そんな激しい天候の中を、海王の三つ子たちは走っていました。海王の第二王子のクリスと第三王子のザフ、それに王女のペルラです。クリスとザフは青いうろこの鎧兜を身につけていましたが、ペルラは青いドレス姿でした。雨でずぶ濡れになった裾が脚に絡まって、危なく転びそうになります。

「もう! 嫌よ、このドレス!」

 ペルラは癇癪(かんしゃく)を起こすと、雨の中で腕を振りました。とたんにドレスは丈の短い青い上着と青いズボンに変わります。

 クリスとザフがそれに気づいて、ちょっと立ち止まりました。

「またその服にしたのか。ペルラは好きだな」

「彼氏に作ってもらった服だから気に入ってるんだよな?」

 からかうように言われて、ペルラはにらみ返しました。青い瞳に豊かな青い長い髪、怒った顔も大変な美人です。

「やめてよ。動きやすいから気に入ってるのよ。レオンに作ってもらったからじゃないわ」

「そうそう、天空の国の彼氏の名前。レオンだったよな」

「いっそ、彼をここに呼んでくれよ。父上たちの争いは半端じゃない。止めるのを手伝ってもらえよ」

「だから、彼氏なんかじゃないって言ってるじゃない! それにレオンは呼んだって来ない──」

 ペルラが怒って言い返しているところへ、どっとひときわ強い風と雨が吹きつけてきました。三人は吹き倒されそうになって、あわてて踏ん張りました。風に向かって前のめりになって言います。

「と、とにかく森に入ろう……!」

「このままじゃ話もできないよ!」

 そんな声も雨と風の音でほとんど聞き取れません。

 三人は雨のカーテンの中にぼんやり見えている森へ、必死に走っていきました──。

 

 森に逃げ込んでも周囲は雨と木々のざわめきでいっぱいでしたが、体に当たる雨と風は少し弱まりました。嵐にもびくともしていない大木を見つけて身を寄せると、さらに風雨が弱まります。

 三つ子たちはその場所で一息つくことにしました。木の根元に座り込んで、森に吹き荒れる嵐を眺めます。

「父上たち、相当怒ってるな」

 とクリスが気がかりそうに言いました。大人の男性のようなたくましい体つきをしていますが、実際には彼らはまだ十五歳です。

「海も大荒れだよな。マーレたちは無事でいるかな」

 とザフは自分たちが来た方向を振り向きました。こちらはひょろりとした、とても背が高い体つきです。

「大丈夫に決まってるじゃない。あの子たちはシードッグよ。海に潜って波を避けてるわよ」

 とペルラは答えました。先ほどからかわれたことをまだ根に持っていたので、ちょっと怒った声です。そんな彼女は豊かな曲線の大人の女性の体型をしていました。とても十五歳には見えない成熟ぶりの三人です。

「しかし、本当に意外だったよなぁ。あのポポロがセイロスと因縁があったなんてさ。前に見たときに、ちょっといいなと思っていたんだけど。残念だ」

 とクリスが言い出したので、ザフとペルラは驚きました。

「え、なんだ、クリスはポポロが好きだったのか!? そんなこと、これっぽっちも言ってなかったじゃないか!」

「やぁだ。そんなの全然見込みないじゃない! ポポロはフルートの彼女よ!」

 遠慮のない弟妹たちに、クリスは口を尖らせました。

「わかってる。だから言わなかったんだ。今となっては、そんなこと言わなくて良かったと思ってるけどな」

「今ここで言ったら同じじゃないか。でもまあ、本気にならなくて正解だったよな。まさか、ポポロが敵の親玉の愛人だったなんて、想像もしてなかったもんな」

 とザフが言ったので、ペルラはたちまち真剣な顔になりました。まだ雨風の音がうるさかったので、兄弟たちにぐっと顔を近づけて言います。

「ねえ、その噂、本気で信じてるの? どう考えたってありえないわよ。あのポポロがセイロスの愛人だったなんて。想像もできないわ!」

「ペルラはいつもポポロの肩を持つよな。一緒に闇大陸を冒険したからかい? でも、昔から言うじゃないか。女は見かけによらない。おとなしそうな子ほど裏では大胆だって」

 ペルラは顔色を変えて立ち上がりました。ザフの鼻をいきなりねじってどなりつけます。

「今度そんなこと言ってごらんなさい! いくらザフだって承知しないわよ! ポポロは見た目通りのものすごくいい子よ! ちょっと気が弱いところはあるけど、優しくて素直で、本当にいつも一生懸命よ! フルートのことを本気で愛しているんだもの! セイロスの──なんて話、絶対にありえない! どうしてあんな馬鹿馬鹿しい噂が本気にされるのか、そっちのほうが不思議だわ!」

「わかったわかった。そんなに怒るなって。ぼくはただ一般論を言っただけだよ」

 とザフが顔をなでながら言いました。ペルラにつねられた鼻が赤くなってしまっています。

「一般論だって、言っていいことと悪いことがあるでしょ──!」

 ペルラはまだ怒っています。

 

 そのとき、クリスがいきなり手を上げました。雨の中に向かって、おい! と言います。

 思わずそちらを振り向いたペルラとザフは、森の中からフルートたちが現れたのを見て、仰天して飛び上がりました。フルートの後ろにはゼンとメールが、足元にはポチとルルがいます。ポポロはフルートの腕に抱きかかえられていました。全員、激しい雨に打たれてずぶ濡れです。

「ど、どうして君たちがここに……!?」

 ザフがうろたえながら尋ねると、先に大木の下に駆け込んできたメールが、苦笑いして答えました。

「ポポロがさ、あんたたちがこっちにいるのを見つけたから、来てみたんだよ。伯父上と一緒に来てたんだね」

 次に来たのはゼンでした。青い胸当てから雨のしずくをしたたらせながら、じろりとザフをにらみつけます。

「今の話、しっかり聞こえてたからな。もう一言余計なことを言ったら、本気でぶん殴ってやろうと思ってたぞ。ペルラに感謝しろよ」

 ゼンの怪力で殴られたら、海の王子でもただではすみません。ザフは真っ青になると、必死で謝り始めました。ポポロは泣きそうな顔をしていましたが、雨で濡れているので、本当に泣いているのかどうか、よくわかりませんでした。

 ペルラはポポロがフルートに抱かれているので目を丸くしました。

「どうしたのよ? 具合でも悪いの?」

「ワン、長い間寝ていたから、体が弱ってて足元が危ないんですよ。嵐ですしね」

 と答えたポチの隣から、ルルが意外そうにペルラを見上げました。

「ポポロをかばってくれたのね。ペルラがポポロをあんなふうに言ってくれるなんて思わなかったわ。ありがとう」

 あら、とペルラは赤くなりました。以前、彼女はフルートが好きだったし、それはルルも承知していたのです。つんと顔をそむけて言い返します。

「だって本当のことだもの。あの噂のほうが馬鹿馬鹿しくて、あり得ないわよ。それを信じちゃうんだもの、本当に腹が立つったら!」

 ペルラににらまれたザフが、ごめんよ! とまた謝ります。

「もういいの……大丈夫。ペルラ、ありがとう」

 とポポロが言ったので、気まずい再会はとりあえず終わりになりました。フルートたちの一行と海王の三つ子たちは改めて顔を見合わせ、誰からともなく笑顔になりました。いろいろあったとしても、彼らはやっぱり大切な友だち同士なのです。

 

「この嵐は海王と渦王が喧嘩しているせいなんだな? 君たちはどこに行こうとしていたんだ?」

 とフルートが尋ねたので、クリスが答えました。

「父上たちを止めようと思ったんだよ。このままじゃ海全体が大嵐になりかねないからな。兄上は父上の代理で東の大海に残ってるから、ぼくたちで止めるしかないと思ったんだ」

「でも、これだもんね。あたしたちだけで止められるかどうかわからなかったから、あなたたちに会えて良かったわ」

 とペルラも言います。

「てぇことは、俺たちと同じ目的か。ったく、まわりの迷惑も考えねえで、派手にやり合ってるよな。渦王も海王も」

 とゼンは吹き荒れる嵐を眺めました。風は激しく向きを変え、森をいたる方向へ揺すぶっていました。頑丈なはずの大木も、ミシミシと音を立てています。

「きっと、あたしのせいね……」

 とポポロがまたしょんぼりし始めたので、仲間たちはあわてて言いました。

「だから止めようって出てきたんじゃないのさ!」

「ワン、海王も噂を信じ込んだんですよ。だから誤解を解かなくちゃ!」

「ポポロ、海王と渦王はどこだ?」

 とフルートに聞かれて、ポポロはすぐに目をこらしました。一つの方向を指さして言います。

「戦いながら移動してるわ。こっちよ……!」

「よし。行こう、みんな!」

 とフルートは全員へ言うと、ポポロを抱いたまま嵐の中へまた飛び出していきました──。

2020年6月30日
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