「そうか。ポポロの父ちゃんと母ちゃんは──」
天空の国でのいきさつを聞かされて、ゼンは溜息をつきました。腕組みして部屋の天井を見上げます。
メールはその隣からポポロとルルの様子を眺めました。
ポポロは話し終えたフルートの腕の中で泣きじゃくっていました。フルートのほうはもう泣いていません。ルルは床にうずくまって涙をこぼしていましたが、こちらにはポチが寄り添って話しかけていました。
「ワン、大丈夫なんだよ。天空王の魔法だから、おじさんもおばさんも絶対死んだりはしないんだ。魔法さえ解いてもらえれば、また元通りになれるんだよ」
「でも、戻ったらとたんに消えてしまうんでしょう!? デビルドラゴンの呪いのせいで!」
とルルは言い返すと、わっと声を上げて泣きだしてしまいました。ポチは懸命に涙をなめてやります。
すると、ポポロが泣きながら言いました。
「あたし……あたしのせいだわ……あたしが……あたしが……」
声が震えてしまって先を続けることはできません。フルートはそんな彼女を守るように抱きしめています。
メールは溜息をつきました。横目でゼンを見ますが、ゼンは天井を見上げたまま黙り込んでいます。部屋に少女たちの泣き声と窓をゆする風の音だけが響きます。
誰も何も言おうとしないので、しかたなくメールは口を開きました。
「あのさ、ポポロが寝ている間、あたいとゼンとで話したことなんだけどね。聞いてくれるかい──? 闇の民や闇のものって、死んだら死者の国に行かずにこの世に生まれ変わってくるって言うじゃないか。ロキみたいにさ。でも、もしかしたら、生まれ変わるのは闇の民だけじゃないのかもしれない、って思ったんだよね。人間もドワーフも海の民も、犬も鳥も何もかも、みんな本当は死んだら生まれ変わってくるんじゃないかってさ。もちろん死んだ後のことは誰にもわかんないし、人は死んだら黄泉の門をくぐって死者の国に行くって言われてるから、本当はそうなのかもしんないけどさ。でも、実はみんな何度も死んでは生まれ変わってるかもしれない、っても思うんだ」
メールが話しかけている相手はポポロでしたが、彼女はフルートの胸で泣き続けていました。返事をしないポポロに代わって、ポチが相づちを打ちました。
「ワン、そういえば、前にぼくたちもゼンとそんな話をしましたね。闇の民だけじゃなく、ぼくたちだって本当は誰かの生まれ変わりかもしれないって」
それを聞いたルルが、驚いたように泣き顔を上げました。
「人も犬も死んだら黄泉の門をくぐってユリスナイのおそばに行くのよ。ずっとそう教えられてきたわ。みんな生まれ変わるなんてこと、本当にあるの?」
ポチは考えるように首をかしげました。
「ワン、メールが言うとおり、死んだ後のことは誰にもわからないから、確かなことは言えないよ。だけど、闇のものだけが生まれ変わってくるっていうのも、考えてみたら不自然のような気がするんだ。闇の民はアリアンみたいに特別な力を持つことがあるから、生まれ変わった仲間を見つけることができるのかもしれない。本当はぼくたちもみんな何度も生まれ変わってるけど、それに気がつくことができないだけなのかもしれないよ」
ルルは思わず目をぱちくりさせました。泣くのも忘れて考え込んでしまいます。
「私は昔はハーピーだったのよね? こういうのは、生まれ変わりとは言わないわよね……?」
「いや、同じことなんじゃないかなぁ。あたいはそう思うな」
とメールは話し続けました。
「でさ、ルルも前に言ってたけどさ、いくら生まれ変わる前は誰々だった、なんて言われたって、あたいたちはみんなそれを覚えてないんだよね。もしかしたら、あたいは生まれ変わる前は男だったのかもしんないし、ゼンは女だったのかもしんない。ひょっとしたらフルートとポチは以前は仇同士で、殺し合いをして相打ちで死んだのかもしれないよ」
「こら、たとえがひどすぎるぞ!」
とゼンが顔をしかめました。フルートとポチは思わず顔を見合わせてしまいます。
メールは、ごめん、と素直に謝ると、さらに話し続けました。
「要するにさ、あたいたちも本当は誰かの生まれ変わりかもしんないんだけど、昔の記憶なんか全然ないし、そんなこと言われたって困るんだよね。ゼンが昔は女だったとして、その時の旦那さんがまだ生きてて奥さんに会いに来たって、ゼンは困るだろ?」
「だから、そういうたとえはやめろって! 仮の話でも気分悪いぞ!」
とゼンが真っ赤になってまたどなります。
「ね。だからさ、ポポロだってそれと同じなんだよ──」
とメールは優しく言うと、ポポロをのぞき込みました。その時には彼女はもう泣き止んで、フルートの胸で黙り込んでいたのです。まだ顔を見せない友人に、メールは話しかけ続けました。
「ポポロがエリーテ姫の生まれ変わりだなんて言われたって、ポポロは困るよね。そんなの覚えてないし、セイロスと関係あったなんて言われたって、気分悪いだけだしさ。ホントに、冗談はよしな! って言いたいよね。怒っていいんだよ、ポポロ。そんな覚えてもいない昔のことを、今の自分に結びつけるな! って。あんたはポポロさ。生まれたときからポポロで、今もポポロ。ずぅっとポポロだったんだから、これからだってポポロなのさ。他の誰でもないんだよ──。もちろん、ルルもだよ。ルルはルルさ。それは変わらないんだ」
ルルが話を聞いて泣きだしていたので、メールは振り向いてそう言いました。ルルは何度もうなずき、ポチはそんなルルをなめていました。そのとおりだよ、と言うように……。
すると、ポポロが口を開きました。
「でも、あたしにはデビルドラゴンの力があるわ……」
フルートの胸に顔をうずめたままなので、くぐもった声です。
「だから、あたしの魔力はこんなに強かったのよね……暴走して、みんなを巻き込んじゃうくらい……」
声がまた泣き出しそうに震えます。
それに答えたのはフルートでした。
「その力がぼくたちみんなを助けてくれたんだよ。ポポロの魔法はぼくたちの切り札だ。ずっと、そうだっただろう?」
ポポロはついに顔を上げました。涙でいっぱいになった目でフルートや仲間たちを見回して言います。
「あたしが……怖くないの……? あたしはデビルドラゴンの一部だったのよ? 竜の宝はあたしだったのに……」
「あのさぁ」
とメールがあきれたように言い返そうとすると、それより早くゼンが言いました。
「ぬかせ! おまえはその力を使って、奴を何度も痛い目に遭わせてきたんだぞ! めちゃくちゃスカッとして、かっこいいじゃねえか!」
ポポロは驚いたように目を見張りました。たちまち頬が赤く染まります。
ポチも尻尾を振りました。
「ワン、ゼンの言うとおりですよ。それによく言うじゃないですか。力は力、元は善でも悪でもないから使う人次第なんだって。ポポロはどうしたって光の魔法使いだもの。ポポロの魔法も光の魔法なんですよ」
それを聞いて、ルルも嬉しそうに言いました。
「そうね、ポポロの魔法は闇魔法なんかじゃないわ。光の魔法よ」
フルートはまたポポロに話しかけました。
「自信を持っていいんだよ。君は君だ。それに、カイとフレアのことだって安心していい。セイロスをデビルドラゴンごと倒せば、二人を元に戻しても大丈夫になるんだから。ぼくたちがずっとやろうとしてきたことを実現すればいいだけなんだよ」
なるほど、と仲間たちは納得しましたが、ポポロだけは急に顔色を変えました。フルートの腕をつかんで言います。
「願い石に願ったりしないわよね、フルート!? お父さんやお母さんを元に戻すために……!」
フルートは思わず苦笑してしまいました。見上げてくるポポロの目は真剣そのものでした。涙はもうありません。
「うんうん、やっといつものポポロに戻ったね」
「そうだ。その馬鹿が願い石んとこへ行かねえようにするのが、おまえの役目なんだからな、ポポロ」
メールとゼンからそんなふうに言われて、ポポロだけでなくフルートまでが思わず赤くなります──。
話が一段落して部屋がまた静かになると、外からの音が急に耳につくようになりました。窓がガタガタとひっきりなしに鳴っています。
「ワン、ずいぶん風が強いみたいですね。嵐が来てるんですか?」
とポチが言うと、ゼンとメールが急にあわて出しました。
「そうだ! 俺たちは行こうとしていたところだったんだ!」
「フルートたちが帰ってきたから、忘れちゃってたよね!」
「行くってどこに?」
とフルートは聞き返しました。
外を吹く風は幾度も壁にぶつかっては、木製の窓をゆすぶっていました。まるで巨人が拳で外からたたいているようです。ゼンは渋い顔でそちらを指さしました。
「あれを早く止めねえと、と思ってよ。このままだと、とんでもねえ暴風雨になりそうだからな」
「伯父上が島に来て、父上と大喧嘩してるんだよね」
とメールも言って、大きな溜息をつきました──。