「じゃあ、行ってくるからな」
「ポポロのこと、頼むからね」
ゼンとメールはそう言って、扉の取っ手に手をかけました。
ここは渦王の城の一室です。
ベッドの上でポポロに寄り添ったルルが、二人を見送って言いました。
「大丈夫よ。任せて」
ポポロは白い毛布に包まれて眠り続けています。
ところが、扉を開けたとたん外にフルートが立っていたので、ゼンとメールはびっくり仰天しました。フルートの足元にはポチもいます。
「フルート!?」
「ポチも! いつの間に戻ってきたのよ!?」
とルルもベッドから飛び降りてきます。
フルートとポチはゼンたちを押しのけるようにして部屋に入りました。ベッドを見ながら尋ねます。
「ポポロは?」
「ワン、変わりないですよね?」
「ええ、ずっと眠ってるわ。お父さんには会えたの?」
とルルに尋ねられて、フルートとポチは黙ってしまいました。その様子にゼンとメールが顔色を変えます。
「おい、なんかあったのか?」
「まさか、ポポロのお父さんに会えなかったのかい?」
「ワン、会えましたよ。ポポロのお母さんにも会いました。だけど……」
ポチはその先をなんと続けていいのかわからなくなって、口ごもってしまいました。ルルが駆け寄ってきて体を押しつけます。
「どうしたのよ、ポチ!? お父さんとお母さんがどうかしたの!? ねえ!?」
ゼンたちもフルートに尋ねていました。
「なんでポポロを眠らせたりしたのか、わかったのか!?」
「ポポロは起こしてもらえそうかい!?」
「カイから鍵をもらった」
とフルートは短く答えました。鍵? と聞き返す仲間たちには答えずに、まっすぐベッドへ歩み寄ります。
ポポロはフルートたちが出発したときと変わらず、静かに眠り続けていました。かわいらしい顔、結わずに解いたままになった赤い髪、薔薇色の頬には長いまつげが影を落としています。
フルートは枕元に両手をつき、おおいかぶさるように身を乗り出しました。そのまま寝顔に顔を近づけます。
仲間たちは目を丸くしました。フルートがポポロにまたキスをするのではないかと思ったのです。思わず二人を見守ってしまいます。
けれども、フルートが唇を寄せたのは、ポポロの唇ではなく耳元でした。そっと何かをささやきます。ごく低い声だったので、なんと言ったのか仲間たちには聞きとれません──。
すると、ポポロが身動きをしました。ずっと何も言わなかった唇が動いて、ん……と声を上げ、ぱっちりと目を開きます。宝石のような緑の瞳が、すぐ目の前にいたフルートを見上げます。
「ポポロ!!!」
仲間たちはいっせいに叫んでベッドに殺到しました。
メールがフルートを押しのけるようにしてのぞき込みます。
「ポポロ! ポポロ! あたいたちがわかるかい!?」
「おい、ポポロ! 大丈夫か!? どこか具合の悪いところはねえか!?」
とゼンもフルートとメールの間に割り込んで尋ねます。
ポポロは驚いたように彼らを見つめ、すぐに周囲を見回しました。
「ここは……?」
話す声も以前と変わりません。
ポチとルルはベッドに前足をかけて伸び上がりました。
「ワン、ここは渦王の城ですよ」
「あなたは一ヶ月も眠り続けていたのよ」
ポポロはまた驚いた顔になると、少しの間、何も言わなくなりました。記憶をたどったのです。すぐに顔色が青ざめ、みるみる目に涙が溜まり始めます。
「あたし……セイロスの魔法を解いて、エスタ王を元に戻したわ。アーペン城で……。あたしは……あたしの正体は……」
仲間たちはことばに詰まりました。ポポロはセイロスの魔法を打ち破ることで、自分に隠されていた真実を知ってしまったのです。なんと答えたら良いのか、とっさにはわからなくなります。
ポポロはますます青ざめ、自分を見つめていたフルートをまた見上げました。
「フルート……あたし、本当は……」
せっかく目覚めた顔が、今にも大泣きしそうに歪んでいます。
すると、フルートがいきなりポポロをベッドから抱き取りました。ベッドに片膝をかけた格好で、両腕の中に彼女を抱きしめます。
ポポロの目からついに涙がこぼれました。顔を歪め、目を閉じて繰り返します。
「フルート、あたし、あたし……」
ことばにすることを恐れるように、声が震えました。涙はこぼれ続けます。
フルートはそんな彼女を抱きしめました。いっそう力を込めて、強く強く──。
ポポロは驚いてまた目を開けました。フルートの抱擁は強すぎて痛いくらいでした。鎧の胸当てと籠手の間に挟まれて、息が詰まってしまいそうです。それなのに、フルートはまだ抱きしめる腕に力を込めていくのです。
フルートの様子がただ事でなく感じられて、ポポロは自分の涙を忘れてしまいました。フルートの腕からは強い怒りが伝わってきます。同時に深い悲しみも。
ポポロは苦労しながら振り向こうとしました。どんなに首をねじっても、フルートの顔を見ることはできません。
「フルート──」
どうしたの? と尋ねようとすると、それより先にフルートが言いました。
「ごめん、ポポロ……。本当にごめん……」
うめくような声です。
何故謝られるのかわからなくて、ポポロは目を見張りました。
仲間たちも驚いて見つめてしまいます。
フルートはポポロを抱いたまま、体を震わせてむせび泣き始めました──。