「なんで……こんな……?」
部屋の中に突然出現した白い岩を前に、フルートは立ちすくんでいました。何が起きたのかわかりません。消えていこうとしていたカイが、突然実体化して岩に変わってしまったのです。
すると、隣の部屋から急にレオンたちの叫び声が聞こえました。ワンワンワン! とポチがものすごい勢いで飛び込んできます。
「大変です、フルート!! おばさんが──!!」
そこまで言ってポチは目を見張りました。部屋の真ん中の岩を見たのです。
「ワン、まさかおじさんも……?」
それを聞いてフルートは部屋を飛び出しました。隣の居間に飛び込み、立ちすくんで呆然としているレオンとビーラーに出くわします。彼らの前には、同じような白い岩が天井までそそり立っていました。テーブルの向こう、先ほどまでフレアが座っていた場所です。
ポチが駆け戻ってきてレオンたちに言いました。
「ワン、隣の部屋でも同じことが起きてる! おじさんも岩になってしまってますよ!」
「やっぱり、これはフレアなのか……でも、どうして……?」
フルートはそそり立つ岩に触れてみました。ごつごつした手触りの白い結晶は、カイが変わった岩とうりふたつでした。
ようやく我に返ったレオンが言いました。
「彼女はぼくたちと闇大陸での出来事を話していたんだ。あの時どうしていたのかとか、あれからどうなったのかとか。そのうちに、いきなり彼女が椅子から倒れそうになったから、あわてて支えようとしたら、こうなったんだ──。巨大な魔法が動いたのは感じたんだが、呪文は聞こえなかった。たぶん、何かをきっかけに発動するように仕掛けられていたんだ」
「きっかけってなんだ? ぼくたちはただ話し合っていただけだろう!?」
とビーラーが聞き返します。
フルートは思わず両手で顔をおおいました。うめくように言います。
「消えかけたんだよ、カイもフレアも。闇大陸での真実を口に出して話したから、呪いが発動したんだ……。そして、それをきっかけに、二人とも岩になってしまったんだ……」
仲間たちはまた驚きました。
ポチが背中の毛を逆立てて言います。
「ワン、竜の呪いだったんですか? でも、岩になるなんて呪い、どうして──?」
「わからない……どうしてかなんて、ぼくにもわからないよ……」
とフルートは繰り返しました。すっかり混乱していましたが、それでもカイに送り込まれた目覚めのことばは、確かにまだフルートの頭の中にありました。「あの子たちをよろしく頼むよ」と言ったカイの声が耳の底に響いています──。
すると、部屋の中に突然まぶしい光があふれました。澄んだ銀の光が、フルートたちと岩になったフレアを照らします。
光が収まっていった後に立っていたのは、白銀の髪とひげの背の高い男性でした。黒い長衣の上で星のような光がきらめき、頭上では金の冠が輝いています。
「天空王!」
「天空王様!?」
フルートたちはいっせいに言いました。天空の国の王が部屋の中に現れたのです。レオンとビーラーは、謹慎の塔から黙って抜け出したことを思い出して、後ずさってしまいます。
けれども、天空王はレオンたちには目を向けませんでした。フレアが変わった岩を見上げ、見透かすように隣の部屋のほうへ目を向けると、溜息をついてフルートに向き直ります。
「私の魔法が発動したのを感じて、やってきたのだ。彼らは過去の真実を語ったのだな?」
フルートはまた驚いて聞き返しました。
「カイとフレアを岩にしたのは天空王なんですか!? どうしてです!?」
「彼らを消滅させないためだ」
と天空王は答えて、ちょっと手を振りました。とたんにフルートからもレオンや犬たちからも、驚き混乱する気持ちが消えていきました。天空王が魔法を使ったのです。
落ち着いた表情になった一行に、天空王は話し続けました。
「カイとフレアは闇大陸で過去の真実を見てきてしまったために、闇の竜の呪いに捕らえられた。おまえたちも知っての通り、真実を語ろうとすればたちまちこの世から消滅してしまう呪いだ。彼らはこれまで真実を語ることはなかった。闇大陸で何があったか、ポポロの正体が何であるか、私には察しがついていたが、彼らにそれを確かめることはしなかった。だが、いつの日か、彼らがそれを語ろうとすることがあるかもしれないと思って、彼らに魔法をかけておいたのだ──。石像にするのでは間に合わない。かの呪いは石像になった彼らを破壊してしまう。獣や木に変えることもできない。それでも呪いは彼らを殺すだろう。呪いから彼らを守るためには、元の姿とはまったく違う、生き物でさえもないものに変えるしかなかったのだ」
一行は唖然としました。カイがポポロに眠りの魔法をかけたように、天空王はカイとフレアに岩に変わる魔法をかけていたのです。
「ワン、おじさんとおばさんは、ずっとこのままなんですか? ずっと?」
とポチが尋ねました。それも、つい先ほどフルートがカイに尋ねたのと同じ質問でした。
天空王は答えました。
「私がかけた魔法だ。私には解くことができる。だが、今はできない。元に戻したとたん、彼らはまた呪いに捕まって消滅してしまうのだ」
一行は困惑しました。天空王のことばは、カイとフレアは永遠にこのままなのだと言っているようです。
けれども、フルートだけは強い声になって言いました。
「ひとつだけ方法がある。セイロスをデビルドラゴンごと倒すんだ。そうすれば呪いも消滅するはずだ」
確かめるようにフルートに見上げられて、天空王はうなずきました。
「それが唯一の正解だ。だが、最も困難な方法でもある」
「やります。元々ぼくたちはそのために戦っているんですから──。戻ろう、ポチ。渦王の島に帰ってポポロを起こすんだ」
天空王から落ち着かせてもらったはずの仲間たちは、また仰天してしまいました。
「ワン、眠りの魔法を解く方法がわかったんですか!?」
「魔法をかけたカイは岩になってしまったのに!?」
「いったいどうやって!?」
すると、天空王はのぞき込むようにフルートの目を見てから言いました。
「カイから目覚めの鍵を託されたのだな──。レオン、ビーラー、彼らをポポロの元まで送り届けなさい。それが終わったら、すぐに戻ってくるのだ。おまえたちの謹慎はもう解かれた。三度目の光と闇の戦いはすでに始まっている。天の軍勢が理に呼ばれて地上へ下る日も近いだろう」
レオンとビーラーは目を見張り、すぐに緊張した表情になりました。レオンがうなずき返して言います。
「わかりました。彼らを送り届けたら、すぐに戻って出撃に備えます」
ビーラーもレオンの横に立って、シュッシュッと白い尾を振りました。レオンを地上の戦場へ運ぶのは、風の犬になった彼なのです。部屋の空気が一瞬で張り詰めた雰囲気に変わります。
フルートはもう一度確かめるように天空王を見ました。
「ぼくたちがデビルドラゴンを倒すまで、カイとフレアは無事でいますね? 誰からも傷つけられたり──壊されたりしませんね?」
「ここはその日まで誰も立ち入れない聖域にしておく。安心しなさい」
と天空王が答えました。
「よし、それじゃ渦王の島へ君たちを送るぞ」
とレオンは言うと、さっそく目の前に光の通り道の入り口を開けました──。