ポチと一緒に渦王の島を出発したフルートは、天空の国を探して空を飛び続けました。
天空の国はかつては地上にあったのですが、最初の光と闇の戦いで地上が魔法に引き裂かれたときに空へ逃れ、それ以来ずっと世界の空を漂っています。魔法で進行方向を調整しているらしいのですが、基本は風任せなので、どこにいるのか見当がつきません。
飛んでも飛んでも天空の国が見つからないので、ポチは次第に不安になってきました。
「ワン、そういえばいつもはルルやポポロが案内してくれたんだっけ。ぼくたちだけで見つけられるのかなぁ」
「もちろん見つかるさ。絶対に見つける!」
とフルートが答えました。強い声です。
「ワン、でも空は広いんですよ。なんの当てもなく探し回ったら、ものすごく時間がかかるかもしれないのに」
とポチは恨めしく言ってあたりを見回しました。空に来ると周囲は青一色の空間になります。頭上には高い雲が絹糸のように流れているし、行く手に綿の塊のような雲も浮かんでいますが、とにかく空がどこまでも続いているので、どちらも同じように見えてしまいます。彼らの下には厚い雲が広がって地上の景色を隠しているので、自分たちがいる位置さえよくわからないのです。
フルートは少し考えてから言いました。
「それじゃ案内を頼んでみよう。レオンを呼んでみる」
レオンは天空の国に住む魔法使いの少年で、彼らの友人でした。次の天空王候補と言われるほど魔力が強いうえに、フルートたちが呼んだらいつでも助けに来る、と誓ってくれているのです。
ところが、フルートが何度レオンの名前を呼んでも、彼はちっとも姿を現しませんでした。
「ワン、天空の国はよっぽど遠いのかなぁ」
とポチががっかりすると、フルートはまた考えながら言いました。
「どんなに遠くにいてもレオンには声が聞こえるし、すぐに飛んでくることもできるはずだ。何かあったのかもしれない」
「ワン、何かって?」
「レオンはぼくたちを助けて闇大陸に行ったし、一緒に過去の真実も見てきた。今回、闇がらすがポポロのことを騒ぎ立てたせいで、レオンも罰を受けるはめになったのかもしれないな」
それは充分あり得そうなことだったので、ポチも考え込んでしまいました。闇がらすの声は、想像をはるかに越えて、広範囲に影響を及ぼしていたのです。
フルートはさらに考えてから、改めて空を見上げました。
「しかたない。試しに彼らを呼んでみよう」
「ワン、彼らって誰です?」
とポチはまた聞き返しました。
「ポポロのお父さんとお母さんだよ──。ぼくに会いに来るように言ったんだから、答えてくれるかもしれない」
そして、フルートは青空へまた声を張り上げました。
「カイ! フレア! 聞こえますか!? あなたたちに会いに行きたいんです! どうしたらいいですか!?」
ポチはちょっと驚いてフルートを見上げました。カイとフレアというのは、ポポロの両親の本名です。
そのまま少し待っていると、彼らの右後方で、きらりと白い光が輝きました。ポチが気づいて振り向くと、また、きらきらと光ります。
「あっちだ!!」
とポチとフルートは声を上げました。それきり光はもう見えなくなりましたが、ポチには方角がはっきりわかりました。
「ワン、全速力で飛びますよ! しっかりつかまっててください!」
とポチはフルートに言うと、突風になって光が見えたほうへ飛んでいきました──。
それから一時間後、行く手についに天空の国が見えてきました。
空に浮かんだ巨大な岩盤の上には、緑豊かな大地が広がり、川が流れ、森や畑の間に村や町が散在しています。中央にそびえる山の頂上で金と銀に光るのは、天空王が住む天空城です。
けれども、ポチが近づいていくと、天空の国から一羽の鳥が飛んできました。鷲(わし)に似ていますが、はるかに巨大で、全身輝くような金色をしています。天空の国の番人の金虹鳥でした。
金虹鳥が行く手を遮るように翼を広げたので、フルートは呼びかけました。
「お願いだ、通してくれ。天空の国に用事があるんだよ──。ぼくたちはいつでも天空の国に入っていいと言われている! 天空王から許可されているんだ!」
金虹鳥が動こうとしないので、フルートの声は次第に強くなっていきました。自分たちの権利を主張しますが、やっぱり鳥は行く手を譲りません。ポチがワンワンワンと犬のことばで呼びかけると、キィーッと鋭く鳴き返します。
ポチは困惑しながらフルートを見上げました。
「だめだ、通せない、って言ってます。闇の敵をかくまっていたんだから、おまえたちも闇の仲間だって……」
実は彼らが金虹鳥からこう言われるのは二度目のことでした。一ヵ月前、ポポロとルルを連れて天空の国に行こうとしたときにも、金虹鳥に拒絶されたのです。
どうしよう、とフルートは考えました。フルートの背中には切ったものをなんでも燃やす炎の剣があります。これを使って金虹鳥を倒して、力ずくで国に入ることも可能でしたが、もちろんそんな真似はしたくありません。
金虹鳥は大きな翼を打ち合わせて立ち塞がっていました。フルートたちがあきらめて引き返すまで、そこから動くつもりはないのです。試しにポチが脇をすり抜けてみようとしましたが、鳥は鋭く鳴くと、あっという間にまた前にやってきました。今度同じことをしたらただではおかないぞ、と言うように、頭を下げてにらみつけてきます。
フルートたちは弱り果ててしまいました。なんとかして天空の国に入りたいのに、入ることができません。
フルートが助けを求めるようにつぶやきます。
「カイ、フレア……レオン……」
そのとたん、彼らのすぐそばで声がしました。
「よし、呼んだな! いいぞ、フルート!」
フルートとポチはびっくりして目の前を見ました。青空の一部がいきなり扉のように開いて、そこからレオンが身を乗り出してきたのです。短い銀髪に水色の瞳、黒いシャツとズボンに黒縁の眼鏡をかけた少年です。
あっけにとられているフルートたちに、レオンは言いました。
「呼んでくれて良かった。君たちの声が聞こえたから、急いで謹慎の塔から抜け出してきたんだが、君たちの居場所がわからなかったんだ」
フルートはたちまち深刻な顔になりました。
「やっぱり罰を受けていたんだな。ぼくたちのせいで──」
「君たちのせいじゃない。ぼくが井戸から戦人形(いくさにんぎょう)を勝手に持ち出して、しかもそれを闇大陸に置いてきたからだ。それに、謹慎の塔なんて、どうってことない。その気になれば、いつでもこうして抜け出せるからな。ただ塔長たちの顔を立てて、閉じ込められたふりをしていただけさ」
と魔法使いの少年は答えました。彼としては当然のことを言っているだけなのですが、なんとなくお高くとまった雰囲気が漂います。
気がつけば、金虹鳥は翼を打ち合わせたまま停まってしまっていました。それでも空から墜落することなく空中に浮いています。
「こっちに来いよ。そしたらまた金虹鳥を動かすから」
とレオンに言われて、ポチは青空の中の扉に飛び込みました。空の中にぽっかり空いた長方形の穴です。入ったとたん、変身が溶けて、フルートと一緒に尻餅をついてしまいます。
「ケゴーウタマー」
とレオンは呪文を唱え、金虹鳥がばさばさと羽ばたきを始めると、また何か呪文を言いました。
すると、金虹鳥はくるりと後ろを向いて、天空の国へ戻っていきました。青空の中から顔を出している彼らには、もう目もくれません。
「帰っていった」
フルートたちが驚いていると、若い男性の声が話しかけてきました。
「レオンは金虹鳥に幻を見せたんだよ。地上に逃げ帰っていく君たちのね」
声の主は白い雄犬でした。レオンの横で尻尾を振っています。
「ビーラー!」
とフルートたちは歓声を上げました。ビーラーはレオンの愛犬で、ポチのいとこです。
ここは……とフルートたちは改めて周囲を見回し、光の幕がカーテンのように垂れ下がり、揺れながら色合いや形を変えているのを見て、納得しました。魔法使いたちが場所移動のために使う光の通り道に、招き入れられていたのです。
レオンが青空の扉を閉めながら言いました。
「ここはもう天空の国だからな。どこへでも行きたいところに出口を開いてやるよ。ただ、その前に、これまでのことを聞かせてくれ。ぼくは闇大陸から戻るとすぐに謹慎させられてしまったから、最近のことを何も知らないんだ。あれから地上では何があった? フルートたちはこれからどこに行きたくて天空の国に来たんだ?」
フルートとポチは顔を見合わせると、さっそく、ここ三ヶ月あまりの出来事をレオンたちに話して聞かせました──。
「ずいぶん大変なことになっていたんだな。それで金虹鳥にも追い返されそうになっていたのか」
話を聞き終えると、ビーラーはそう言って溜息をつきました。
レオンが考えながら言います。
「闇がらすという魔物のことは聞いたことがある。でも、いくら幽霊になっていたからって、そんなに広範囲に声を伝えられるはずはない。誰かが闇がらすに力を貸していたようだな」
「ワン、いったい誰が?」
とポチは聞き返しましたが、フルートはレオンと同じように考え込んでから言いました。
「闇がらすはあのとき、思いがけない支援者が現れて、幽霊になった自分を黄泉の門の前からこの世に連れ戻してくれた、と言っていた。それに奴はポポロの秘密を知っていた。ぼくたち以外でそれを知っていたのは、ポポロの両親と、もうひとりだけだ。それは──」
あっ、とポチも気がつきました。
「ワン、ランジュールですか!? 闇大陸からこの世に戻って来ちゃっていたんだ!」
「奴は魔獣使いだったな? 闇がらすも魔獣みたいなものだし、奴に声を鍛えられたんだろう」
とレオンも言いました。戦人形を使ってランジュールを闇大陸に置き去りにしたつもりだったのに、脱出されていたので、渋い顔になっています。うふふふ、と女のような声で笑って、フルートたちの命をつけ狙う魔獣使いの幽霊は、間違いなく彼らの天敵でした。
「とにかくポポロの両親に会わなくちゃいけない。ポポロにかけられた眠りの魔法を解いてもらわないと」
とフルートが言ったので、レオンはうなずきました。
「そういうことなら、手っ取り早く、彼らの家の中に出口を開こう。こっちだ」
レオンに手招きされて、彼らは光の幕が揺れ動く異空間の通路を歩き出しました──。