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第27巻「絆たちの戦い」

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6.魔法

 「お父さんって……おまえらの親父さんのことか? 天空の国の」

 とゼンがルルに聞き返しました。正確にはポポロのお父さんであって、ルルの父親ではないのですが、仲間たちはそんなところにはこだわりません。

「でもさ、天空の国からどうやってポポロに魔法をかけたんだい? それに、どうして眠りの魔法なんかかけたのさ?」

 とメールも尋ねます。

 ルルはまた頭を振りました。

「私にもわからないわよ。でも、これは確かにお父さんの魔法の匂いなのよ。お父さんがポポロを眠らせているんだわ」

 どうして!? と一同は打ちのめされました。この一ヶ月間、彼らはポポロを本当に心配して、なんとか現実に引き戻そうと呼び続けてきたのです。まさか魔法のしわざだったとは思いもしませんでした。

 けれども、フルートだけは急に考え込み、思い出すように言いました。

「会いに来るようにって言われていたんだ……」

「誰に?」

 とゼンがまた聞き返します。

「ポポロのお父さんに。闇大陸で真相を知った直後に、心だけ引っ張られて、会って話したんだよ。闇大陸で自分たちを助けてくれてありがとう、って感謝されて、天空の国に会いに来るようにって言われたんだ。みんなで来るように言われた。もしかしたら今回のことに関係があったのかもしれない……」

「ワン、でも、ぼくたちは天空の国に入れてもらえませんでしたよ。金虹鳥(きんこうちょう)に追い返されてしまったんだから」

 とポチが言うと、ルルはたちまちしょげて尻尾を垂らしました。

「それは私とポポロが一緒だったからよ。闇の竜に関係があるって噂が、天空の国にまで届いていたから」

 故郷の天空の国に拒否されたことが決定打になって、ルルは一ヶ月間も落ち込んでしまったのです。

 それでも、彼女はすぐに気持ちを立て直して言い続けました。

「私とポポロが一緒じゃなければ、きっと金虹鳥も通してくれるわ。お願い、お父さんに会って話をしてきて。そして、ポポロに魔法をかけたわけを聞いてきてちょうだい」

 ルル……と仲間たちは言いました。本当は彼女だって天空の国に行ってお父さんやお母さんに会いたいはずでした。悩んだこと、衝撃を受けたこと、いろいろ話を聞いてもらって慰めてもらいたいはずです。それでも、ルルはポポロと一緒に残ると言っていました。大切でかわいい「妹」のポポロのために──。

「それじゃ、あたいもここに残るよ。ポポロの食事に入れる海藻を採らなくちゃいけないし、食事の世話だって必要だしさ」

 とメールが言い出したので、ゼンも言いました。

「そんなら俺も一緒に残ってやる。もうじき海王が来るから、話をする奴がいねえとな」

「ワン、じゃあ、ぼくとフルートで行くんですね。ゼン、くれぐれも海王と喧嘩はしないでくださいよ」

 とポチに言われて、ゼンは口を尖らせました。

「なんで俺が喧嘩しなくちゃいけねえんだ。海王がポポロたちに手出ししようとしたら、ただじゃおかねえっていうだけのことだぞ」

「ワン、だから、それをくれぐれも穏便にって言ってるんですよ」

 と小犬があきれます。

 

 そうと決まれば善は急げでした。

 フルートは部屋に戻って装備を調えてくると、ポチと一緒に窓辺に立ちました。金の鎧兜を身につけ、二本の剣とリュックサックを背負った上に緑色のマントをはおった、いつもの格好です。ただ、左腕につけていた鏡の盾だけは、度重なる冒険や戦いですっかり傷ついてしまったので、装備せずに置いていきました。ポチのほうは首に風の首輪を巻いただけの、普段通りの格好です。

「金の石はちゃんと身につけてるな? 気をつけて行けよ」

 とゼンに言われて、フルートは胸当ての内側から金のペンダントを引き出して見せました。

「もちろん大丈夫だよ。ポポロのお父さんと話して、必ずポポロの魔法を解いてもらうから」

 仲間たちはうなずき、ポチが窓から外へ飛び出していくのを見守りました。ここは城の二階でしたが、ポチは空中でみるみる膨らんで風の犬に変身しました。巨大な犬の頭と前足に大蛇のような長い体の、風の獣です。ごうごうと音を立てながら窓の外に浮かびます。

 フルートも窓を越えて出て行こうとしましたが、急に思い出したように振り向くと、部屋の真ん中へ行きました。ベッドの横に立って話しかけます。

「じゃあ、いってくるからね」

 ポポロは目を閉じたまま、なんの反応も返しませんでしたが、フルートは身をかがめて、彼女の頬に唇を押し当てました。かわいらしい寝顔を目に焼き付けるように見つめてから、また窓辺に戻ってポチに飛び乗ります。

 ポチはフルートを乗せて城の前庭を一周すると、そのまま上昇していきました。世界の空のどこかを移動していく天空の国を探しに飛んでいきます──。

 

 風の音が遠ざかり、大揺れに揺れていた庭の植物が落ち着いてきた頃、残された仲間たちはやっと我に返りました。あっけにとられてしまっていたのです。

「ったく。相変わらず、照れ屋なのか大胆なのか、よくわかんねえ奴だな」

 とゼンは頭をかきました。

「あんなこと、フルートはポポロが起きてたら絶対にしないよね?」

「しないわ。ポポロが目を覚ましたら、絶対に教えてあげなくちゃ!」

 とメールとルルが話し合います。

 開け放った窓から風が吹き込んできました。ポチが起こした風とは違う、優しいそよ風です。

「もうしばらく開けておくか」

 ゼンは風で窓が閉まらないように、留め金で窓を押さえました。

 ルルがまた椅子に飛び乗ってポポロを見守り始めたので、メールが言いました。

「ベッドで一緒に寝てやったら? そのほうがポポロに近いだろ」

「いいの!?」

「もちろんいいさ。ポポロだってその方が安心するよ、きっと」

 メールにそんなふうに言われて、ルルは喜んでベッドに飛び移りました。慎重に枕元を通り抜けて向こう側にまわり、ポポロの横に体を横たえます。

「大丈夫よ、ポポロ。フルートがお父さんのところへ行ったわ。必ずあなたを起こしてくれるから、心配しないで待っていましょうね」

 とルルは優しく話しかけて、ポポロに体を寄せました。そうすると、毛布に包まれて眠るポポロを抱きかかえるような格好になります。

 それを見たとたん、ゼンは闇大陸のパルバンで見た光景を思い出しました。二枚の翼になってしまったハーピーが、砂の山を大切に抱きかかえていました。砂の山は、エリーテ姫が二千年もの間縛られていた塔の残骸です。ハーピーは姫がポポロに生まれ変わったことを知らずに、姫の塔を守り続けていたのです。

 淡い緑の光があふれる子ども部屋の光景も浮かんできました。こちらでは、子犬のルルが赤ん坊のポポロをベッドで抱きかかえていました。いもうと、私の妹! と幼い声で喜んでいたルルの声も思い出します。

 ゼンは後ろを向いて鼻をすすりました。こっそりやったつもりでしたが、メールに気づかれてしまいました。

「あれ、ゼン? なんで泣いてんのさ?」

「ば、馬鹿野郎! 泣いてなんかいるか! め、目にゴミがだな……」

 うろたえて、陳腐すぎるいいわけをしてしまったゼンでした──。

2020年6月16日
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