オリバンたちが城の中に戻っていってまもなく、同じ中庭に新しい人々がやって来ました。毛皮のコートを着込んだ少年と少女、それにフード付きのマントをはおった青年と、厚手のコートに帽子のとても小柄な女性です。一行の足元を白黒ぶちの犬が行ったり来たりしながらついてきています。
「こんな寒い日に外にお誘いしてすみません。でも、お散歩の時間だったので、ルーピーが外に出たがったのですわ」
と言ったのは先頭を歩く少女でした。プラチナブロンドの巻き毛のかわいらしい顔立ちをしていて、白い毛皮を染色したピンク色のコートを着ています。
話しかけられた少年は、いいや、と首を振りました。少女より頭半分ほど背が高くて、黒髪に薄水色の瞳の整った顔立ちをしています。
「このくらいの寒さはなんでもないよ。ザカラスのほうがもっと寒いからね──。それに、ルーピーとまた会えて嬉しいよ。とても元気そうだ」
すると、ぶち犬が足元に駆けてきてワンワンワンと吠えました。
少女はにっこりしました。
「ルーピーも嬉しいと言ってますわ。トーマ王子にまたお目にかかれて、メーレーンもとても幸せです」
この少年少女は、ザカラス国の皇太子のトーマ王子と、ロムド国の末の王女のメーレーン姫でした。それぞれの父と母が実の兄妹なので、いとこ同士に当たります。
自分に会えて幸せだと姫に言われて、王子は真っ赤になりました。そうすると、冷淡に見えていた顔が年相応の少年らしくなります。
マントの青年と帽子の女性はそんな二人から距離を置いてついてきていました。王子が顔を赤くしたのに気づいて、女性が王子をにらみつけます。
「なんだか嫌な雰囲気だなぁ。姫様にまた虫が寄ってきたみたいだ」
まるで子どものように背が低いのですが、彼女はれっきとした大人でした。帽子の下の黒髪は縮れ、南方系のつややかな黒い肌をしています。メーレーン姫の侍女のアマニです。
青年が聞きつけて肩をすくめました。
「うちの王子を虫扱いするなよ。それにトーマ王子はメーレーン姫のいとこだ。仲良く話をしたってかまわないだろう」
こちらは黒髪に黒い瞳、東方系の黄色い肌をして口元に白いマフラーを巻いています。ユラサイ出身の術師のシン・ウェイでした。以前にもトーマ王子を護衛して、このロムド城まで来たことがあります。
アマニもシン・ウェイも王女や王子の家来ですが、どちらもことばづかいはそれらしくありませんでした。ざっくばらんに言い合います。
「いとこだって油断はできないよ。姫様はいつもあんなふうだけど、最近は特にもててさぁ。この前も、城に来たメイの王子様にプロポーズされたんだよ」
「へぇ? メイといえばオリバン殿下の婚約者のセシル姫の国じゃないか。兄妹でメイと婚姻関係を結ぶのか?」
「姫様はその場で断ってたよ。姫様にふられて、メイの王子様はしょんぼり国に帰っていったけどね」
「そりゃそりゃ。おとなしそうなお姫様なのに、けっこうはっきりしてるんだな」
「姫様には好きな男がいるんだよ。口に出しては言わないけどさ、あたしはそうにらんでるんだ」
とアマニは言って、本当に鋭い目つきでメーレーン姫を見ました。
シン・ウェイはまた肩をすくめました。
「大国のお姫様ともなれば、恋愛も思うようにはできないんだな──。そっちの想い人がこっちなら万々歳なんだが、そううまくはいかないんだろうなぁ」
とトーマ王子を見つめます。王子を年の離れた弟のように思っていたので、つい自分のことのような口調になってしまいます。
アマニは、あれ、と今度はシン・ウェイをにらみました。
「なにさ、それ? ひょっとして、あたしに粉かけてるつもりかい? ダメだよ、あたしにはもうちゃぁんと未来の旦那様がいるんだからね。このお城の魔法使いで、ものすごく強いんだから」
青年はたちまち憮然としました。
「あんたが赤の魔法使いの婚約者なのは、前に来たときに聞いてたよ。それに、俺にだってもうちゃんと嫁さんがいるんだ。リリーナといって、やっぱりこのロムド城の魔法軍団にいたんだ。だから恋人も嫁さんも充分間に合ってるよ」
「ふぅん、そっか。で? 奥さんも今回一緒に来てるのかい?」
「いや。来月初めての子どもが生まれるから、ザカラスで留守番してるよ」
「へぇ、それはおめでとう。よかったね」
アマニは屈託もなく言って笑いました。少しも悪びれない笑顔に、シン・ウェイもつられて笑ってしまいました。
「ありがとう。王子は父親のアイル王に同行してきたんだが、俺としては、できれば赤ん坊が生まれる前にザカラスに戻りたいんだよな。王様たちの会議が長引かなきゃいいと思ってるんだが」
「難しい話し合いをしてるみたいだよね。なにしろ勇者たちにとんでもない噂が立ってるからさ」
「ああ、まったくとんでもないな。どこをどうしたら彼らにあんなことを言えるのか、俺には理解できないぞ」
「そうだよねぇ。あたしもそう思うよ」
以前それぞれにフルートたちと行動を共にしたことがある二人は、そう言って深い溜息をつきました──。
トーマ王子とメーレーン姫のほうでも、会話はいつしかアマニたちと同じ話題になっていました。
「金の石の勇者たちについて、とんでもない噂が広がっていることは知っている?」
と王子が尋ねたので、姫はうなずきました。
「侍女たちが教えてくれましたわ。でも、メーレーンは信じておりません。勇者様たちは本当に世界を救ってくださる勇者ですもの。嘘の悪い噂なんて、すぐに消えてしまいますわ」
あまりに無邪気に言い切られて、王子は思わず苦笑してしまいました。
「姫はやっぱり……」
と言いかけてためらってしまいます。王子はメーレーン姫がフルートを好きなのだと思い込んでいたのです。迷うように口ごもってから、こう切り出します。
「姫にはショックな話かもしれないけれど、フルートはポポロを愛しているんだよ。以前一緒に行軍したときに、はっきりそう言った。今はポポロにもひどい噂がたっているけれど、フルートはそんなものには惑わされたりしないと思うな」
そこまで話して、王子は伺うように相手の表情を見ました。だから、いくら彼を想っても、彼は姫を愛するようにはならないと思うよ──。そう続けたいところでしたが、あまりにも残酷な気がして、それ以上は続けることができなかったのです。
メーレーン姫はきょとんとした顔になってから、急に、にっこりとほほえみました。
「ええ、メーレーンもそう思いますわ。勇者様はそういう方ですから」
王子は驚きました。
「姫はフルートがポポロを好きなのを知っていたのか!?」
「ええ。前に教えていただきました。ポポロは自分の命より大切な人なのだと言い切っていらっしゃいました。とてもご立派な態度だと思いましたわ」
そう言って、姫はまたほほえみました。透き通った綺麗な笑顔でした。
王子はとまどい、姫から目をそらしてつぶやきました。
「それでもずっと彼を想い続けていたのか。それじゃあ……」
王子の誤解は解けません。
そこへルーピーがまた駆けてきて、ワンワンと元気に吠えました。久しぶりでトーマ王子に会えたので、はしゃいでいたのです。
「え? 今、なんておっしゃいましたの?」
王子のひとりごとが聞き取れなくて、メーレーン姫が聞き返します。
王子は溜息をつくと、晴れた空を見上げて言いました。
「ぼくがもっと大人だったら良かったのに、と思ったんだ。せめてフルートと同じ歳だったらよかったのに」
「勇者様は十七歳のはずですわ。メーレーンより二つ上でいらっしゃるから」
と姫は答えました。王子が気にしているものに全然気づいていないので、無邪気そのものです。王子はまた溜息をつきました。
「ぼくは今、十三歳だ。何年たっても、何歳年を取っても、その差は縮まらない」
彼がメーレーン姫と同じ十五歳になったとき、姫はもう十七歳になっています。フルートと同じ十七歳になったときには、姫はもう十九歳なのです。その頃には姫は、どこかの身分ある男性から求婚されて、結婚してしまっているでしょう。ロムドの第一王女のように、遠い外国へ嫁いでいるかもしれません……。
黙り込んでしまった王子の足元に、ルーピーが体をすり寄せてきました。彼の気持ちを知って「勇気を出して姫に告白しろよ」と言っているようでしたが、王子は自分の考えに沈んでしまって、それきり何も言おうとはしませんでした。
冬空から日差しは降り注ぎますが、中庭はまだ雪に閉ざされています。庭が目覚めて若葉や花を開いていく春は、もうしばらく先のことでした。
そして、金の石の勇者の一行の行方も、ようとしてわからないままなのでした──。