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第27巻「絆たちの戦い」

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2.中庭・1

 「さすがの王様たちにも、すぐには対応策が思いつかないらしいな」

 キースはそう言って、丸い鏡から身を起こしました。長い黒髪を束ねた甘い顔立ちの青年で、白い服の上に厚手の青いマントをはおっています。

 鏡は屋外の木のテーブルに置かれていました。頭上には東屋(あずまや)の屋根がかかっていますが、鏡が映しているのは東屋や外の景色ではありませんでした。七人の王たちが会議を開いている部屋の中の様子です。光景からは声も聞こえていたのですが、先ほどから沈黙になってしまったので、鏡は無音になっていました。

「フルートたちがいっこうに姿を現さんからだ」

 と言ったのはオリバンでした。灰色の髪と瞳に見上げるような体格の美丈夫です。やはり鏡から身を起こすと、太い腕を胸の前で組んで続けます。

「彼らが出てこないことには、彼らに降りかかった疑惑を晴らすことはできん。ポポロをセイロスから守らなければならんのは当然だが、それも彼らがいて初めてできることだ」

 そこは王たちが会議を開いているロムド城の中庭でした。まだ春と呼ぶには早すぎる季節なので、庭は雪に閉ざされ、庭木や植物は雪の彫刻になっていました。遊歩道は雪かきしてあるので通ることができますが、わざわざこの寒い場所に散歩に来る者もありません。そんな人気のない庭の東屋に、キース、オリバン、セシル、アリアンの四人が集まっていたのです。

 アリアンは丸い鏡の上で静かに手を振りました。たちまち会議室の光景が消えて、まだのぞき込んでいたアリアンとセシルの顔だけを映します。アリアンは長い黒髪に憂いを秘めた黒い瞳の絶世の美女、セシルも、男装はしていますが、長い金髪にすみれ色の瞳の麗人です。

「アリアンの鏡でも、やっぱり彼らは見つけられないのか」

 とセシルが言いました。外見だけでなく、話し方も男言葉が板に付いています。

「たぶん、フルートの金の石がみんなを隠しているのよ。聖なる守りの力だから、私の鏡で見つけることはできないわ」

 とアリアンは言って、テーブルの上で手に載るほどの大きさに縮んだ鏡を、ドレスの隠しにしまいました。彼女には鏡を使って離れた場所の光景や声を見聞きできる能力があるのです。

 キースはちょっと肩をすくめると、オリバンとセシルに言いました。

「それよりも、申し訳なかったね。本当は君たちも王様たちの会議に出席できたのに、ぼくたちに付き合わせてしまった。あそこにはミコンの大司祭長がいるし、ミコンの聖騎士団にいたぼくとも会っていたから、顔を合わせたくなかったんだ。どうしてここにいるんだ、とか聞かれると、いろいろ面倒だからね」

 キースとアリアンは人間ではなく闇の民でした。特にキースは闇の国を統べる闇王の十九番目の王子です。悪意と残酷に充ちた闇の国を嫌って地上に逃れ、このロムド城に身を寄せて、もう一年半になります。

 いや、とオリバンは答えました。

「今回は本当の王たちだけの会議だ。リーンズ宰相やワルラ将軍も参加していないし、ザカラス国のトーマ王子も一緒に来ているが、やはり会議に出てはいない。キースたちのせいではない」

 オリバンはロムド国の皇太子、セシルはその婚約者でメイ女王の義理の娘に当たります。会議に出席するだけの身分はあるはずでしたが、特に気にする様子もなくそんなことを言います。実際のところ、会議のやりとりはアリアンの鏡を通じて知ることができるので、あまり問題はなかったのです。

「フルートたちはいつまで姿を隠しているのだろう? ひょっとして、このまま永久に出てこないつもりだろうか」

 セシルがそんなことを言いだしたので、オリバンは即座に頭を振りました。

「ありえん! いくらポポロがセイロスと因縁があったとしても、フルートはそんな奴ではない」

「でも、ポポロをセイロスの前に出したくはないだろう。狙われるのは間違いないんだからな」

 とキースは難しい顔になりました。フルートたちの苦しい立場も想像がつくような気がしたのです。

 アリアンやセシルも考え込みましたが、やっぱりこの状況をどうしたらいいのかわかりませんでした。会議室と同じように、東屋も沈黙になってしまいます。

 

 すると、オリバンが急に歩き出しました。

「こうして頭を突き合わせていても埒(らち)があかん。キース、ちょっと私につき合え」

「つき合えって、何をする気だ?」

 とキースが後を追うと、オリバンは庭園の真ん中の小さな広場でくるりと振り向きました。自分の腰の大剣を抜いて言います。

「剣の稽古だ。私と手合わせしろ」

 キースはあきれました。

「それが何かの役に立つというのか? 稽古なんてしている場合じゃないと思うぞ」

「体を動かせば、名案も浮かぶかもしれん。頭が動かなくなって考えが進まなくなったとき、私は意識して体を動かすことにしているのだ。剣の稽古なら腕も磨けるから一石二鳥だ」

 いかにも武人のオリバンらしい言い草です。

 キースは、うぅん、と指先で頬をかきました。

「あんまり賛同できない気がするけど、他に何もできないんだから、まあ、つき合ってもいいか──。そういえば、オリバンと手合わせするのは初めてかな?」

「そうだ。良い機会だから勝負してみるとしよう」

「ぼくは半分人間だから、純粋な闇の民のように不死身じゃない。致命傷を受けたら死ぬんだから、そのあたりはちゃんと手加減してくれよ」

「安心しろ。セシルに審判をさせる」

 とオリバンが答えたので、今度は婚約者が心配そうな顔になりました。

「わたしが、そこまで、と言ったらちゃんと停まってくれるんだろうな、オリバン? あなたは熱くなると、とことん本気になるから」

「そこはわきまえている。だが手は抜かん。やるからには真剣勝負だ」

 オリバンの返事に、キースは、うわぁ、と顔をしかめました。

「こっちは命が惜しいんだって言ってるぞ。頼むから、ほどほどでいってくれよ」

 と言いながら自分の剣を抜きます。細身の剣なので、オリバンの大剣より見劣りしています。

 固くしまった雪におおわれた広場に、セシルとアリアンが駆けつけてきました。二人が心配そうに見守る中、オリバンとキースが剣を構えて向き合います。

「それでは勝負始め!」

 とセシルが合図をして、練習試合が始まりました──。

 

 二人はすぐには動き出しませんでした。剣を正面に構えたまま、お互いに相手の動きを見極めようとします。

 やがて、先に動いたのはオリバンでした。大剣を振り下ろしてきたので、キースが受け止めてはじき返します。カン、カン、カキン、とそれが何度か繰り返されました。まだ小手調べという感じの軽い響きです。

 そうしながらオリバンは話し出しました。

「彼らの行方以外にも気がかりなことはある。セイロスの行方だ」

 ああ、とキースは言って、オリバンの剣をまたはじき返しました。

「ギーという部下と一緒に飛竜で逃げたっきり、その後の噂は聞かなくなったな……。イシアード国に逃げ戻ったんじゃないの、か?」

 質問と共に踏み込んで突き出したキースの剣を、オリバンはかわして受け止めました。跳ね返して答えます。

「イシアード王はエスタ国との同盟を反故(ほご)にして飛竜部隊を育成したし、セイロスに力を貸した。立派な裏切り行為だ。エスタ軍はすでにイシアードの王都を制圧したし、イシアード王も捕らえられた。今更イシアードに戻っても、セイロスが身を寄せる場所はない」

「それじゃやっぱりサータマンか。イシアードだって、結局はサータマン王の操り人形だったんだからな。大元にいるのは、やっぱりあの王様だ──っとぉ!」

 オリバンが隙を見てまた切り込んできたので、キースはとっさに剣で受け止めました。中途半端な体勢から身をかわして飛び退きます。

「本気でやるなったら! 今、ぼくの急所を狙ってきただろう!?」

「馬鹿者! 手加減し合った勝負で練習になるか! やるなら真剣勝負だと言ったはずだぞ!」

 そんなことを言い合う二人を、セシルとアリアンがはらはらしながら見守っていました。

 オリバンがまた強く切り込んできたので、キースは受け流して身を翻しました。素早くオリバンの背後に回り込んで切りつけます。

 ところが、オリバンは背中を向けたままそれを受け止めました。こちらも反転して向き直りながら、キースの剣を跳ね返します。

 キースは不満そうに口を尖らせました。

「どうして今のを見切ったんだ? まるで背中に目があるみたいじゃないか。君はただの人間のはずだぞ」

「気配でわかる。昔からだ」

 とオリバンは答えました。幼少の頃から暗殺の危険にさらされてきたので、敵や攻撃の気配には敏感なのです。

「人一倍力が強くて腕が立つ上に、それかい? 強すぎて不公平だよ」

 とキースは文句を言いながら、立て続けに切り込んでいきました。オリバンの隙を突こうとするのですが、片端からはじき返されてしまいます。まるで鉄壁の守りです。

 

 オリバンがまた話し出しました。

「闇がらすの声は間違いなくサータマンまで届いた。サータマン王も真実を知ったことだろう。奴がそれを信じるかどうかはわからんが、フルートたちへの悪評を黙って見逃すとも思えん。きっと何か仕掛けるぞ」

 先に言っていたとおり、本当に体を動かしながら考えを進めていたのです。

「何かって、なんだ? これ幸いと噂の火に油を注いで──もっと炎上させようとするのか──?」

 とキースは聞き返しました。こちらはいくら攻撃しても返されてしまうので、次第に息が上がってきています。

「かもしれん。彼らが姿を見せないのを良いことに、彼らがセイロスと手を組んだと言いふらして、彼らを徹底的に失墜させようとするかもしれんな。サータマン王がセイロスと裏で手を結んでいることを、世間のほとんどの者は知らずにいるのだから、信じる者も出るだろう。馬鹿げた話だ!」

 オリバンの剣にひときわ力がこもりました。キースは勢いよくはじき返され、その拍子に体勢を崩しました。よろめいた瞬間に隙が生じます。

「そんなことは私がさせん! 絶対にな!」

 とオリバンはどなって剣を繰り出しました。体勢が取れないキースへ、ぶん、と刃がうなって飛びます。

「そこまで!!」

 セシルが悲鳴のように叫びましたが、オリバンの剣は停まりません。

 すると、キースは急に身をかがめて、するりと剣をやり過ごしました。オリバンの横を抜けながら、がら空きの右脇へ鋭く剣を突き出します。

 くっ、とオリバンはとっさに剣を戻しました。刃ではなく剣の柄(つか)でかろうじてキースの攻撃を受け止めます。

 キースは端正な顔で、にやっと笑いました。

「残念。行けると思ったんだけどな」

 受け止められてもまだ剣に力を込めています。押し切ってもう一度攻撃しようとしているのです。

 オリバンはにらみ返しました。

「強いではないか、キース」

「別に弱いとは言ってないよ。それに、君が守りを固めながら隙を突く戦法が得意なのは、チェスを通じてわかっていたからね。わざと隙を作ってみせたんだ──。で、さっきの話の続きだけれど、ぼくがサータマン王ならもう少し別のことをするな」

「それはなんだ!?」

 オリバンは聞き返しながら、渾身の力で剣の柄を跳ね上げました。キースは剣を跳ね返されて大きく飛び退きます。

「ポポロを誘拐するんだよ。セイロスを最強にするためにね──」

 

 キースのことばに、オリバンは攻撃も忘れて、思わずぽかんとしてしまいました。

 勝負を見守っていたセシルとアリアンも驚きます。

「サータマン王がセイロスに代わってポポロをさらうというのか!? それは不可能だ!」

 とセシルが言うと、オリバンも渋い顔になりました。

「まったくだ。サータマン王はずる賢いが、所詮普通の人間だ。ポポロの魔法に対抗できるわけがないし、フルートたちもそんなことはさせんだろう」

 オリバンが剣を下ろしたので、キースも剣を下げました。

「普通の人間だからできるんだよ──。フルートたちは闇の敵にはとことん強いけれど、相手が人間になると、とたんに攻撃が鈍る。なにしろ彼らは人を殺さないように戦うからな。ポポロに二回の魔法を使い切らせたところで、フルートたちから引き離せば、誘拐も可能なんだ。そして彼女を魔法か薬で眠らせる。そうすれば、次の日になっても、ポポロが目覚めて魔法で反撃してくることはなくなるんだ」

「ずいぶんと卑怯な手を思いつけるものだな」

 オリバンが皮肉を込めて言うと、キースも皮肉っぽく笑い返しました。

「こんなのは闇の国では序の口だよ。赤ん坊でも考えつくことだ」

 闇の王子の顔が冷ややかな影に隈取られます──。

「ひょっとして、ポポロはもう捕まっているんじゃないのか!? それで彼らはいつまでも戻ってこないのかもしれない!」

 とセシルが言い出したので、アリアンも顔色を変えました。

「サータマン国はグル教の魔法で守られているから、私の鏡では見通しにくいの。サータマン城はまったく見えないわ。ポポロが捕まっても、私にはわからないわよ!」

 女性陣が慌てだしたので、キースはいつもの表情に戻って頬をかきました。

「まあ、フルートたちがそう簡単にポポロをさらわれたりはしないと思うけれどね……」

「だが、万が一と言うこともある。ユギルのところへ行こう。サータマン王の動向を占ってもらうのだ」

 とオリバンも居城に向かって歩き出しました。大剣はもう腰の鞘に収めています。セシルとアリアンはそれを追いかけていきました。

 キースはまた肩をすくめると、剣を収め、彼らの後を追って雪の中庭を歩いていきました。

2020年6月7日
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