ポポロのことばに仲間たちは思わず息を呑みました。
たちまちフルートが声を荒げます。
「まだそんなことを本気にしてるのか!? あんなのは闇がらすのでまかせだぞ! セイロスの策略だ!」
「それなら、何も言わずにあたしにやらせて」
とポポロは静かに言い返し、鼻白んだフルートに、また笑って見せました。
「フルートはいつもそうよね。普段は本当に優しいのに、あたしたちを危険から遠ざけて守ろうとするときだけ、とても怖い顔で怒ってみせるの。いつもそんなふうだから、わかっちゃうのよ。今もそうなんでしょう? あたしを──あたしとルルを、危険な真実から遠ざけようとして怒ってみせてるんだわ。ね?」
仲間たちは立ちすくみました。確かにその通りだ、と全員が思ったのです。
ゼンは顔色を変え、ポチは背中の毛を逆立てました。ルルは恐ろしいものを見たように震え出します。
そんな仲間の様子にメールは、まさか、と呟きました。ゼンを締め上げて本当のことを白状させようとします。
ところが、フルートがまた強い声で言いました。
「そうじゃない! ぼくが怒っているのはそんなことのせいじゃない! さっきも言ったじゃないか! ぼくはただ──!」
しっ、とポポロは言って、自分の人差し指をフルートの唇に押し当てました。
面食らうフルートに、静かに笑いながら言います。
「だから、あたしにやらせてって言っているのよ。フルートが言うとおり、あたしがセイロスとまったく関係がないなら、あたしにはセイロスの魔法を解くことができないわ。エスタ王は石になったままよ。だけど、もしも……ひょっとして、もしも本当にあたしがエリーテの生まれ変わりなら、セイロスがエリーテに与えた力は、今もあたしの中にあるってことになるわ。元がセイロスの力なんだから、セイロスの魔法も解くことができるはずなのよ」
フルートは目を見張りました。ポポロは自分の正体を知るために、魔法を使おうとしているのでした。石にされたエスタ王を試金石にして──。
そんなのは駄目だ! とフルートは叫ぼうとして、ことばを飲み込みました。ポポロの言うとおり、むきになって否定すればするほど、彼女は真実を疑ってしまうのです。どうしていいのかわからなくなって、うろたえてしまいます。
ポポロはまたにっこりと微笑みました。その目に涙はありません。
君こそいつもこうだ、とフルートは心の中で恨めしく思いました。普段はあれほど泣き虫のくせに、堅く心を決めたときだけは、ポポロは泣かずに笑うのです。誰よりも強い透き通った笑顔で……。
ポポロはエスタ王に向き直りました。
そのまま祈るように両手を握り合わせると、また王を見上げます。
その背中へフルートは言いました。
「できるわけないよ。君はもう魔法を使い切ってる」
子どもが拗ねたときのような声になっていました。
他の仲間たちはとまどいながら見守ります。
ポポロは指をほどくと、両手を前に突き出しました。エスタ王へ手をかざして呪文を唱えます。
「セドモニトーモオウオテケダークヨウホマミヤノスロイーセバラナブチイノウユリーノミーヤガラカーチガワー」
魔法は一気に唱えなくては発揮しません。息が切れそうになりながら長い長い呪文を言い切ると、その手のひらから緑の光が湧き上がりました。みるみるうちにふくれあがって、巨大な光の玉になっていきます。
「うそだろ……」
とメールは言いました。ポポロは二度の魔法を使い切ったはずなのに、また魔法が生まれてきたのです。
魔法の光はいっそう大きくなって、輝きの中にエスタ王を飲み込んでいきました。それでもまだ大きくなっていきます。
「金の石、みんなを守れ!」
とフルートは叫びました。前にエスタ王の魔法を解こうとしたとき、ポポロの魔法が弾かれて、部屋にいた全員をなぎ倒したことを思い出したのです。これほど巨大な魔法ならば、弾かれたときの反動も並大抵ではありません。
ペンダントから金の光が広がって、フルートと仲間たちを包みます──。
ところが、魔法の反動は起きませんでした。
緑の光が吸い込まれるようにエスタ王の中に消えていきます。
次の瞬間、エスタ王の全身に無数のひびが走り、あっという間に粉々になってしまいました。石の表面が砕けてはがれたのではありません。王の体全体が大小のかけらになり、音を立てて崩れ落ちたのです。
「エスタ王!!?」
全員が叫ぶ中、ポポロだけは青ざめて呟きました。
「やっぱり……」
砕けて崩れたエスタ王は、ポポロの足下で生身の人間に戻っていました。王の服を着て金の冠をかぶった姿で倒れています。
それまで落ち着いて見えていたポポロが、急に震え出しました。後ずさるようにエスタ王から離れますが、分厚い絨毯に足を取られてつまずきます。
「危ない!」
フルートがとっさに飛び出して抱き留めると、その腕の中でポポロはますます震えました。両手を自分の顔に当て、目を見張って言います。
「あたし……あたし、セイロスの魔法を打ち砕いたわ……。あたし、自分の中の力に願ったのよ。あたしの力がデビルドラゴンの一部ならセイロスの魔法を砕け、エスタ王を元に戻せって……そしたら……そしたら……」
ポポロの顔色は死人のようでした。今まで一粒も流れなかった涙が、両目からどっとあふれ出します。
フルートはポポロを抱きしめました。
「黙って! 何も言わなくていい! これは奇跡だよ! 君がセイロスの魔法を砕いたわけじゃない──」
けれども、ポポロは悲鳴を上げました。仲間たちには、ポポロがいやぁぁ、と叫んだように聞こえました。フルートは必死で抱きしめ続けます。
すると、悲鳴がぱたりとやみました。
フルートの腕の中で、ポポロは気を失ってしまったのでした──。