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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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103.必死の説得

 「メール、止まってくれ!」

 花鳥に追いついたフルートが、ポチの上から呼びかけました。

 フルートの後ろにはルルを抱いたゼンも乗っていますが、ルルはゼンの腕の中でぐったり目をつぶっていました。

 メールはすぐに花鳥の向きを変えてポチの目の前に来ました。少年たちが何か言う前に、ものすごい剣幕でまくしたてます。

「ちょっと! これってホントにどういうことさ!? あのカラスが言ってたことは何さ!? ポポロがなんだって!? どうしてセイロスを残してディーラから逃げたりしたのさ!?」

 フルートはすぐには答えずに、メールの背後を見ました。ポポロはメールにしがみついて震えていました。メールの背中から顔を上げようとしません。

「フルート! なんとか言いなよ!?」

 メールがかんしゃくを起こしていると、ゼンが花鳥に飛び移ってきました。メールとフルートの間に割って入って言います。

「んなにせっつくなって。いろいろあるんだからよ」

「いろいろって……じゃあ、ゼンも何か知ってるんだね!? なんで黙ってたのさ!? だいたい、あのカラスはなんなんだい!? ポポロにとんでもないこと言ってさ! それに、ルルはどうして──」

 そこまで言って、メールは急に口をつぐんでしまいました。ゼンが抱くルルを見つめてしまいます。

 ルルは茶色い雌犬の姿でした。けれども、闇がらすは彼女をセイロスの婚約者を守っていた翼だったと言ったのです。パルバンのハーピーのなれの果てだ、と。そして、それを証明するように、ルルは翼に変わってしまったのです……。

 

 すると、フルートが言いました。

「もちろん、あんな話は全部でまかせだ。闇がらすは騒ぎを起こして世の中を大混乱させるのが何より好きなんだ。ぼくたちのことをおとしめて、こちらの陣営に亀裂をいれようとしたんだ」

 落ち着き払った声でしたが、メールはまったく納得しませんでした。

「じゃあ、なんで逃げたりしたのさ!? セイロスはまだディーラにいるんだよ!? 今頃きっと──!」

「だから、ぼくがこれから戻る」

 とフルートが答えたので、メールだけでなく、ゼンもポチも思わず息を呑みました。ずっとメールの背中に張り付いていたポポロも、はっと顔を上げます。

 そんな彼女を見つめながら、フルートは言い続けました。

「ぼくとポチ以外はここで待機だ。二時間たってもぼくたちが戻らなかったら、すぐに天空の国へ行ってくれ。ルルの様子が心配だ。すぐに天空王に見てもらうんだ」

 その声があまりに冷静だったので、仲間たちはとっさに何も言えなくなってしまいました。納得がいかなくて怒っていたはずのメールさえ、これは全部フルートの作戦だったんだろうか、と考えてしまったほどです。

 ところが、ポポロだけは違いました。フルートをまっすぐ見つめ返して言います。

「フルートは戻る必要はないわ……。セイロスはもうディーラにいないもの」

 今度はフルートが驚きました。ポポロがひどく疲れた顔をしていることに気づいて言います。

「透視していたのか? ずっと?」

 ポポロはうなずきました。

「魔法軍団が総攻撃を再開したから、セイロスはギーって人と逃げ出したのよ。その後、ランジュールとも何かを話していたわ。内容まではわからなかったけれど、セイロスはひどく怒ってたの……」

 そこまで言って、彼女はまた、じっとフルートを見つめました。宝石のような緑の瞳が、確かめるように、青い瞳をのぞき込みます。

 まるで心の奥底までのぞこうとするようなまなざしに、フルートはつい目をそらしてしまいました。そらしてから、しまった、と思いますが、もう間に合いませんでした。ポポロが、はっきりと顔色を変えます。

 

 フルートが何も言わないので、短気なメールがまた口を出そうとしました。

「ちょっと、フルート──!」

 けれども、ポポロはメールを引き留めて首を振りました。青ざめたままフルートへ話し続けます。

「セイロスは闇がらすの話にとても驚いていたわ。あれはセイロスの策略なんかじゃなかったのよ。フルートだっておかしかったわ。あれがでまかせだったら、フルートはあんなに激怒しないもの。それにルルだって……」

 とたんにすすり泣きの声がしました。ゼンの腕の中でいつの間にかルルが目覚めて、震えながら泣いていたのです。

 ポポロはルルに話しかけました。

「ルルの心の中は衝撃と悲しさでいっぱいよね……。どうして? 何か思い出したの?」

「わからないわ」

 とルルが泣きながら答えました。

「思い出そうとしても、天空王様の腕の中でルルって名前をもらう前のことは、全然思い出せないから。ただ……さっき私は本当に翼になったわよね? 自分でもわかったわ。それに……見えたのよ。幻だったんだけど。灰色の空の下にパルバンの荒野が広がっていて……そこに大きな砂の山があって……それを見た途端、守らなくちゃ、絶対に守らなくちゃ、って私は思ったのよ……」

 ルルはむせび泣きました。長い茶色の毛並みは涙で濡れています。

 ポポロはフルートに視線を戻しました。相変わらず目を合わせようとしない彼へ、また話しかけます。

「ルルが見たのはただの夢? それとも過去の真実……? あたし……あたしは本当に……」

 ポポロの声もついに震え出しました。宝石の瞳に涙が浮かんできます。

 

 すると、フルートが突然言いました。

「連中の罠にかかるな!!」

 どなりつけるような口調でした。

 ポポロだけでなく、仲間全員が思わずびくりと飛び上がってしまいます。

 フルートは強い口調で言い続けました。

「あんな話が本当じゃないくらい、考えなくたってわかるだろう! 真に受けるんじゃない! ぼくが怒ったのは、ポポロがセイロスの──なんて、とんでもないことを言われたからだ! 恋人にあんなことを言われて平気でいられる男がいるか!? ぼくは無理だ! 真実でなくたって我慢できなかったし、奴がポポロを連れ去ろうとしたから逃げろと言ったんだ! そんな当たり前のことを、どうして疑うんだ!?」

 フルートの剣幕に少女たちは面食らっていました。泣いていたはずのルルも、びっくりしてフルートを見つめてしまいます。

 そんな彼女たちに、フルートはたたみかけるように言い続けました。

「セイロスがランジュールと話していたのなら、わかるはずだぞ! あれは全部セイロスの策略だ! セイロスが驚いていたのも演技だ! みんなにぼくたちを疑わせて、さらにぼくたちの間も引き裂こうとしたんだ! そんな見えすいた罠を本気にしてどうする!? しっかりしろよ!」

 仲間たちはとうとう何も言えなくなりました。メールとルルはとまどうように視線を泳がせ、ポポロはうつむいてしまいます。単純なゼンなどは、あれはそういうことだったのか、とフルートの話に納得してしまっています。

 ただ、ポチだけはそっと目をしばたたかせました。ポポロとルルを恐ろしい過去から守ろうと必死でいるフルートの気持ちが、痛いくらい強く匂っていたからです──。

 

 フルートはディーラの方角を振り向き、また仲間たちを見ました。

「セイロスが逃走したというなら、ディーラに戻る必要はない。ぼくたちは天空の国に行こう」

 仲間たちはまた驚きました。ルルがゼンの腕から飛び降りて言います。

「私はもう大丈夫よ。体はどこもなんでもないわ。それなのに天空の国に行くの?」

「ディーラに戻った方がいいんじゃないのかい? このままにしておいたら、ディーラ中にとんでもない噂が飛びかいそうだよ?」

 とメールも心配しましたが、フルートは頑として譲りませんでした。

「天空の国に行かなくちゃいけないんだ。セイロスの力はどんどん強大になっている。君たちも、奴の防具がデビルドラゴンと融合したのを見ただろう? ぼくたちの力だけじゃ対抗できなくなっている。天空王に相談しなくちゃいけないよ」

 フルートの話はいちいち筋が通っていて、仲間たちが反論する余地はありませんでした。メールもしぶしぶ承知します。

 フルートは宣言しました。

「それじゃ出発するぞ。行き先は天空の国だ」

 迷いも不安も感じさせない声です。その陰でフルートがほっと胸をなで下ろしていたことを知るのは、ポチ一匹だけでした──。

 

 ところが、空の高み目ざして飛び始めると、ポポロが急に言いました。

「待って。その前に寄らなくちゃいけないところがあるわ」

「どこ?」

 とフルートはちょっと強い口調で聞き返し、彼女がうつむいたまま自分のスカートを握りしめていたので、眉をひそめました。まるで何かを決心しようとしているように見えたのです。

 すると、ポポロが顔を上げました。

「オグリューベン公爵の出城のアーペン城よ。忘れてきたものがあるの」

「忘れ物? 何さ?」

 とフルートはまた尋ねましたが、ポポロは答えませんでした。ただ、フルートをまっすぐに見て繰り返します。

「大事なものを忘れてきちゃったのよ。お願い、天空の国に行く前にアーペン城に立ち寄って」

 フルートはまた眉をひそめました。正直、地上にいるとセイロスがまたやって来てポポロをさらっていきそうで、長居したくなかったのですが、それを正直に言うわけにはいきませんでした。今度はフルートがしぶしぶ折れました。

「わかった、アーペン城に立ち寄ろう。でも、できるだけ短い時間で頼むよ。セイロスの動向が気がかりなんだ」

「ええ。長くはかからないわ……」

 そう言ってアーペン城の方角を見たポポロを、フルートは漠然とした不安を感じながら見つめてしまいました──。

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