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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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102.撤退

 ランジュールは空中にふわふわ浮かびながら、彼方に小さくかすむディーラを眺めていました。

 つい先ほどまで、騒ぎ立てる闇がらすの声がここまで届いていたのですが、急に聞こえなくなっていました。

 うぅん、とランジュールは腕組みしました。

「どぉやら、カァカァちゃんもやられちゃったみたいだなぁ。ぜぇったいにセイロスくんの仕業だよねぇ。セイロスくんって、どぉしていつもこぉなんだろ? 強い魔獣も役に立つ幽霊も、片っ端から潰しちゃうんだからさぁ。ボクがどのくらい苦労して捕まえたか、全然想像できないんだから、やんなっちゃうよねぇ」

 チチチ、と肩の上で幽霊蜘蛛が言い返すように鳴きました。

「え、自分の過去を暴き立てられたんだから、闇がらすを消すのは当然だろぉって? まぁねぇ。こぉなると思ったから、ボクたちの代わりに闇がらすを送り込んだけどさぁ。カァカァちゃん、今度こそ黄泉の門をくぐっちゃったよねぇ。ひょっとしたら、魂自体が消滅しちゃったかしら。予想通りだったよねぇ」

 結局、ランジュールは最初から闇がらすを捨て駒にするつもりでいたのです。

 大蜘蛛のアーラは小さな頭をかしげましたが、ランジュールは気にもとめずに話し続けました。

「カァカァちゃんは消滅しちゃったけど、お仕事はちゃんと果たしたみたいだったねぇ。お嬢ちゃんの正体を言いふらされたから、勇者くんがすごぉく焦ったみたいだもんねぇ。どぉやら戦場から逃げ出したらしいよぉ。あの勇者くんがさぁ」

 くすくす、と笑い声が混じりました。

「面白いよねぇ。あの真面目な勇者くんが、よりによってセイロスくんの目の前で戦場放棄したんだよぉ。カァカァちゃんの話を疑ってた人も、ぜぇったいに怪しいと思ったはずさ。うふん、これも予想通りだったなぁ」

 チ? とアーラがまた鳴きました。こうなることを予想していたの? と聞き返したようです。

 ランジュールはにんまりしました。

「そぉ。勇者くんはセイロスくんに対抗意識ばりばりだからねぇ。セイロスくんがちょっとでもお嬢ちゃんに関心を持ったら、お嬢ちゃんを守ろうとすると読んだのさぁ。うふふふ、面白いよねぇ。人々を守らなくちゃいけないはずの勇者くんが、自分の好きな女の子を守るのに必死になって、他の人を捨ててっちゃったんだからさぁ。そぉなれば、誰だって勇者くんやお嬢ちゃんのことを疑うよねぇ? ついでにセイロスくんがディーラの都を全滅させてくれないかしら? そぉしたらカァカァちゃんの話が決定的になるんだけどなぁ」

 軽い口調でさらりと恐ろしいことを言います。

 

 その時、アーラがランジュールの肩の上で跳びはねました。チキチキと警告の声を立てます。

 次の瞬間、彼らの目の前に現れたのはセイロスでした。飛竜の手綱を握り、血のように赤い目でランジュールをにらみつけます。

「やはり貴様のしわざだったか! あのカラスが言ったことはなんだ!? よもや真実だと言うのではないだろうな!」

「あれまぁ」

 ランジュールはセイロスからどなられても涼しい顔でした。くすくすと笑って言います。

「よくボクがここにいるってわかったねぇ。ずいぶん離れたトコにいたつもりだったんだけど。で、なぁにぃ? ボクに何が聞きたいっていうわけぇ?」

 とぼけた調子のランジュールにセイロスは手を突きつけようとしました。魔法で捉えようとしたのですが、その前にランジュールは姿を消してしまいました。セイロスの背後に再び現れて言います。

「乱暴はやめたほぉがいいよぉ。ボクから話を聞きたいんならね。うふふ。ボクは君が知りたいことをぜぇんぶ知ってるんだからさぁ」

 セイロスは肩越しにまたにらみつけると、苦虫をかみつぶしたような顔で言いました。

「貴様の知っていることを話せ。貴様はどこへ行って何を知ってきた」

「どこへぇ? いいよぉ、ボクは寛大で優しい幽霊だから、なんでも教えてあげるからねぇ。ふふ。ボクが行ってきたのは、もっちろん、闇大陸のパルバンさぁ。勇者くんたちの後を追いかけて、二千年前のね」

 ばりっ!

 空中を雷が引き裂くような音が響き渡りました。

 セイロスの髪がいきなり黒い触手のように背後へ伸びますが、捕まる前にランジュールはまた姿を消しました。今度は声だけが聞こえてきます。

「うふふふ。セイロスくんも焦ってる焦ってる。ボクは嘘は言ってないよぉ。勇者くんとドワーフくんとワンワンちゃんは、大昔のパルバンに行ってキミの秘密を見ちゃったんだよねぇ。キミが世界の果てに捕まった後のことまで、ぜぇんぶね。さっきカァカァちゃんが言ったのは本当のことだよぉ。いやぁ、ぜぇんぜん気づかなかったよねぇ。あの魔法使いのお嬢ちゃんが、キミを裏切った婚約者の生まれ変わりだったなんてさ──」

 ばしん!!

 再びものすごい音が響いて、空中からランジュールとアーラが現れました。幽霊だというのに全身真っ黒に焦げて、焼けた棒きれのようになっています。セイロスの魔法に捕まったのです。

 セイロスがすさまじい目でにらみながら言いました。

「それ以上口に出すな。とっととこの世から消えろ」

 

 すると、黒焦げのランジュールの体がはらはらとはがれ落ち始めました。内側は何故か白く、軽い羽根か綿のように宙に舞います。

 舞っているのが蜘蛛の糸の塊だと気づいて、セイロスは眉をひそめました。とっさに周囲を見回すと、今度は頭上から声が聞こえてきます。

「ほぉんと、セイロスくんって乱暴! 話せって言うから話したのにさぁ、今度は話すな、消えろ、だもんね。そんなだから、周りからみんないなくなるんだよぉ!」

 上空にアーラを肩に乗せたランジュールが浮いていました。しかもひとりではありません。同じ格好をしたランジュールが数十人、空からセイロスを見下ろしているのです。

 うふん、とランジュールは得意そうに笑いました。

「ヒムカシの国で覚えてきた影分身、だよぉ。ホントのボクがどれか、セイロスくんにはわからないよねぇ。ほらほら、勇者くんは逃げてったから、ディーラの都はがら空きだよぉ。早いとこ征服しなくちゃぁ──」

 とたんに数十のランジュールが空でいっせいに破裂しました。セイロスの魔弾に貫かれたのです。破裂した後は蜘蛛の糸の塊に変わっていきます。

 ところが、すべてのランジュールが破裂したのに、本物らしいものはどこにも見当たりませんでした。またどこからかランジュールの声が聞こえてきます。

「あ、ごめぇん。術の名前をちょっと間違えちゃったぁ。影分身じゃなくて、変わり身の術ねぇ。アーラちゃんの蜘蛛の糸で、こぉんなこともできるんだから、すごいだろぉ? それに、ボクを消したってもう遅いよ。カァカァちゃんがしゃべったから、みぃんな真実を知っちゃったんだからさぁ。これからどぉなるだろぉねぇ。楽しみ楽しみ。うふふふ……」

 言うだけ言って、ランジュールの気配は消えてしまいました。セイロスの魔法に捕まらないように、遠くへ逃げてしまったのです。

 

 セイロスは歯ぎしりをしました。フルートやポポロたちが逃げていった方角をにらみつけ、今まで攻撃していたディーラを振り向きます。都の中に巨人のようにそびえていた聖守護獣は、姿を消していました。疲れ切っていた四大魔法使いは、聖守護獣を呼び出し続けることができなかったのでしょう。確かにディーラを攻撃する絶好のチャンスでした。

 けれども、セイロスは後ろに乗っているギーを見ました。ギーはぐったりと飛竜の背に倒れて、息も絶えだえになっていました。このまま放置すれば、まもなく息絶えるのは明らかです。

 セイロスは今度は舌打ちをしました。もう一度、守護獣が消えたディーラを眺めると、すぐにそちらへ背を向けます。

「何故戻ラナイ。でぃーらヲ陥落サセテ、ろむど王ヲ処刑スルベキダロウ」

 闇の竜がささやくと、そっけなく答えます。

「次はそうする」

 セイロスとギーを乗せた飛竜はどんどんディーラから離れていき、やがて、その姿は見えなくなってしまいました……。

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