ポポロはセイロスが闇の力を分け与えたセイロスの婚約者だ。
そんな闇がらすの告発は、ロムド城の執務室の人々にも大きな衝撃を与えていました。執務室の真ん中に浮かぶ遠見の石の映像は、音や声までは伝えないのですが、闇がらすの大声は都中に響き渡って建物の中にまで聞こえてきたのです。
「ポポロの正体は闇の大将の女だ! 勇者たちも闇の大将とぐるだったんだ!」
闇がらすは甲高い声で得意げに言い続けています──。
ゾとヨは短い足を踏みならしてわめきました。
「あいつ、何を言っているんだゾ!? 大嘘も大嘘! ものすごいでたらめだゾ!」
「闇がらすはポポロにものすごくひどいこと言ったヨ! 絶対許せないヨ!」
二匹はポポロを侮辱されたと思って、かんかんになっています。
「だが、何故フルートたちは逃げたんだ? セイロスはまだここにいるのに」
とキースは眉をひそめました。闇がらすの話はとても信じがたいのですが、勇者の一行がセイロスをディーラに残したまま退却してしまったので、疑う声になっていました。
アリアンは混乱して声が出せなくなっています。
遠見の石の映像の中で、闇がらすはセイロスに消滅させられ、さらに紫の魔法使いの魔法で完全に死者の国へ送られました。人々の不安をあおる声は聞こえなくなりましたが、一度聞かれてしまったことは打ち消すことができません。
都中の人々も衝撃的な話に動揺してざわめいていました。誰もが闇がらすの話を嘘だと思ったのですが、フルートたちが逃げるように姿を消したので、もしや、と考えてしまったのです。
しかも、セイロスはまだディーラの上空にいました。勇者たちがいなくなった今、ディーラの破壊はセイロスの思うがままでした。人々の恐怖と不安と混乱が執務室の中まで伝わってきます。
すると、ユギルが言いました。
「陛下、一斉攻撃をお命じください! セイロスも闇がらすの話に衝撃を受けております! 今ならば撃退できます!」
その声にロムド王も我に返りました。守りの塔にいる四大魔法使いに向かって命じます。
「セイロスを一斉攻撃せよ! ディーラから退けるのだ!」
四つの守りの塔では、四人の魔法使いがそれぞれに立ち上がろうとしているところでした。
「悪霊め、よりにもよって、とんでもないデマをまき散らしましたな……!」
額に青筋を立てて起き上がってきた青の魔法使いに、深緑の魔法使いが目を光らせて言いました。
「セイロスの策略かと思うたが、奴も呆然としとる。今がチャンスじゃぞ」
「ダ! キ、ヨウ!」
と赤の魔法使いも立ち上がって御具を握りました。やはり攻撃のチャンスだと言っているのです。
白の魔法使いは歯を食いしばり、御具を杖にして立ち上がりました。激闘に力を使い果たして疲労困憊していたのですが、怒りが彼女へ新たな力を注ぎ込んでいました。魔法軍団に呼びかけようとしたところへ、一斉攻撃を命じるロムド王の声が聞こえてきました。
「御意──ポポロ様や勇者殿たちを侮辱する者は、何者であっても許しません!」
女神官は、まるでセイロスがその噂を流した張本人であるかのように言い切ると、魔法軍団のすべての魔法使いに言いました。
「攻撃できる者はセイロスと飛竜を攻撃せよ! 奴に魔法を使う暇を与えるな! 攻めて攻めて攻めまくれ!!」
たちまち都のあちこちから返事があって、空に向かって攻撃が始まりました。高射魔砲がセイロスやギーを狙い、城壁や塔から魔法攻撃が飛び、魔力をまとった矢が宙を貫きます。
「我々ももう一度行くぞ!」
女神官の声に仲間の魔法使いは自分の御具を握り直しました。白、青、深緑、赤。御具に増幅された魔力が、四色の光の奔流になって塔からほとばしり、セイロスへ向かいます。
セイロスは飛んでくる魔法攻撃を空中でかわしていました。その背後には黒い影のような四枚の翼があります。
ところが、かわしてもすぐにまた攻撃が飛んできました。それをかわしてもまたやってきます。
さらにそこへ特大の魔法が襲いかかってきました。四色の光の奔流です。かわすと奔流は向きを変えて、背後からまた襲いかかってきます。
「くだらん!」
セイロスがどなると背後に闇の障壁が広がって奔流を打ち砕きました。四つの光のかけらはきらめきながら空に広がり、また寄り集まると、四体の聖守護獣に変わりました。巨大な天使、熊、鷲、山猫が再び現れてセイロスを取り囲みます。
セイロスはそれをにらみ返しました。片手を宙に掲げようとして、思い直したようにまた下ろします。クククク、と嘲笑う闇の竜の声は、セイロス以外の者には聞こえません──。
すると、離れた場所からギーの叫び声がしました。
空に残っているセイロスの味方は、今はもうギーだけでした。その彼を乗せた飛竜に、空駆ける馬にまたがったオリバンやロムド兵が迫ったのです。飛竜は慌ててその場から逃げ出しましたが、行く手にセシルが率いる女騎士団が現れたので、挟み撃ちにされてしまいました。高く飛べない飛竜は下へ逃れようとしましたが、ロムド兵と女騎士団がいっせいに矢を放ちました。ギーに矢が降り注ぎます。
セイロスは舌打ちして片手を振りました。とたんに、呼び寄せられたように、目の前に飛竜が現れました。背中には全身に矢を突き立てたギーがうつ伏せで倒れています。
セイロスは魔力のこもった声で命じました。
「起きろ、ギー」
たちまち矢と傷が消えて、ギーは起き上がりました。ところが、すぐにまた竜の背に突っ伏してしまったので、セイロスはまた舌打ちをしました。この戦いでギーは幾度となく負傷して、その都度セイロスに復活させてもらっています。そのたびに少しずつ命のエネルギーが削られていって、傷は消えても力が復活しなくなっていたのです。
「セイロス、俺にかまうな……」
とギーは弱々しく言いました。
「俺はもう起きられない……自分でわかるんだ。俺にかまわず、あの魔法で国を取り戻せ。そして、世界の王様になってくれ……おまえならきっとできる……」
忠臣のことばに、闇の竜のささやきがまた重なってきました。
「見上ゲタ忠誠ダナ。ぎーヲ復活サセテヤルガイイ。オマエガ闇ノチカラヲ与エレバ、ぎーハスグニ復活スルシ、オマエハ最強ノ怪物ヲ手ニ入レラレルゾ」
ギーを闇の力で怪物に変えろ、と言っているのです。
セイロスはささやきを無視しました。ギーの前に飛び乗ると、飛竜に命じます。
「撤退だ。出直すぞ」
キェェェ!
孤独な戦場に内心おびえていたのでしょう。飛竜は歓声のような鳴き声を上げると、くるりと向きを変えました。セイロスとギーを乗せて、あっという間にディーラの上空から飛び去っていきます──。
「待て、逃げるつもりか!」
後を追っていこうとしたオリバンに、セシルが追いついて引き留めました。
「深追いは禁物だ。我々ではあいつは倒せない。それより早く陛下の元へ行こう。あのカラスが吹聴したことのせいで、都は大騒ぎになっているぞ」
そう言われて、オリバンも闇がらすの話を思い出しました。セシルをにらみつけるようにして言い返します。
「あなたもあんな内容を信じるのか? 我々を分断させようという、とんでもないデマだぞ」
「だが、あれはセイロスが仕組んだことではないようだ。誰が何のためにあんな話を持ち出したのか、考えなくてはならない。人々の動揺も抑えなくてはならないだろう」
事実、都には徐々に不安の声がふくれあがっていました。都中の全員が闇がらすの話を聞いたのです。とんでもないでまかせだと思いながらも、そう言い切れないものを感じて、誰もが疑問を抱えていました。疑問は疑惑を生み、やがて不安と不信に変わっていくのです……。
セイロスが退却したと知った人々が、隠れていた場所から外へ出てきました。最初から空の戦闘を眺めていた人々もいます。彼らは一様に疑うような顔をしていました。答えを求めて、空にいるオリバンやセシルたちを見上げています。
オリバンは顔をしかめました。セシルの言うとおりだと知ったのです。
「全員ロムド城へ撤収だ! 急げ!」
オリバンの命令に、ロムド軍と女騎士団はいっせいに空からロムド城へ駆け下っていきました。
魔法軍団も四大魔法使いの命令で城に引き上げていきます。
誰もが振り返るように空を見上げていました。フルートたちが飛び去った方角を眺めていたのです。
けれども、いくら待っても勇者の一行はディーラに戻ってきませんでした……。