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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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100.闖入者・3

 「え……?」

 ポポロは闇がらすの話の中に思いがけず自分の名前が出てきたので、目を見張りました。意味がわからなくて、あっけにとられます。

 メールもぽかんとしましたが、すぐに真っ赤になってわめき出しました。

「なにをわけのわかんないこと言ってんのさ、馬鹿がらす! でたらめも行きすぎると冗談になんないんだよ! 寝言は寝てるときに言いな! ねえ、ゼン!?」

 ところが同意してくれるはずのゼンは、黙ったまま何も言いませんでした。真っ青な顔で闇がらすとセイロスを見ています。

 嘘が下手くそで、隠し事が苦手なのがゼンです。メールも思わず目を見張ってしまいました。

「ちょっと、ゼン、まさかあいつが言ってることがホントだなんてこと……」

 すると、ゼンを乗せたルルが怒り出しました。

「言うに事欠いて、よくもそんなでたらめが言えたわね! ポポロがなんですって!? ポポロとそいつに何の関係があるっていうのよ! とんでもない侮辱だわ! とても聞き流せない!」

 と闇がらすへ突進していきます。

「だめだ、ルル! 危ない!」

 とポチが飛び戻ってルルに飛びつきました。風の体と体を絡めて引き留めながら言います。

「ワン、セイロスがいるんだよ。無謀に接近したらやられるよ――」

 

 セイロスはまだ疑うようにポポロを見ていました。

 その後ろから、ギーが身を乗り出して話しかけます。

「あいつは何を言っているんだ? 馬鹿馬鹿しすぎて、とても信じられないじゃないか」

 ああ、とセイロスは我に返ったような声になりました。それでもまだポポロを見つめています。

 そこへ、闇がらすがまた言いました。

「信じられないって言うなら、証拠をみせてやるよ。あの雌の風の犬、あいつの正体を見てみろよ。パルバンでエリーテを守っていた翼だぞ。パルバンのハーピーのなれの果てだ」

 ルルは自分まで話題に上がったので驚きました。フルートやゼンはいっそう焦ります。

「ワン、あんな奴の話に耳を傾けちゃだめだよ!」

 とポチがルルをセイロスや闇がらすから引き離そうとします。

 すると、黒い光が飛んできてルルに命中しました。セイロスが魔法を繰り出してきたのです。ゼンは防具のおかげで平気でしたが、ルルは体を引きつらせて、ゼンを放り出してしまいました。

「ワン、ゼン!」

 ポチはとっさに下に回り込みました。落ちてきたゼンを背中に受け止めます。

 ルルも体が縮んで犬に戻ってしまいました。飛ぶ力を失って落ちてきたので、フルートは両手を広げて受け止めようとします。

 ところが、その目の前でルルがさらに変わっていきました。銀毛の混じった茶色の毛並みが、みるみる色を失って、白くなっていったのです。長い毛が羽根に変わっていきます。

 ルルは白い翼になっていました。頭も体もない、ただ一対の翼だけの存在です。フルートの腕の中に落ちると、飛び立とうとするように、ばさばさと羽ばたき始めます――。

 

「ほぉらね」

 と闇がらすは、くっくっと笑いました。彼の言うとおり、ルルは翼に変わってしまったのです。

「ルル! しっかりしろ、ルル!」

「ワン、ルル、気持ちをしっかりさせて! 大丈夫、元に戻れるから!」

 フルートやポチが懸命に呼びかけていると、翼の輪郭がぼやけて、また犬の姿が戻ってきました。その姿を押さえるように、フルートは必死でルルを抱き続けます。

 ところが、急にゼンが叫びました。

「やべぇ、あの野郎!」

 セイロスが飛竜の上から姿を消して、花鳥のすぐ目の前に現れたのです。コウモリのような四枚翼で宙に浮いています。

 セイロスはポポロを見ていました。

 ポポロのほうは目を見張って、すくんでいます。

 そんな彼女をセイロスは穴が空くほど見つめました。眉をひそめて、尋ねるように言います。

「エリーテか……? おまえなのか……?」

 

 ガギン!!

 いきなりセイロスの背中に衝撃が走りました。

 飛んできたフルートが切りつけたのです。フルートが使ったのは炎の剣ですが、セイロスの防具は燃えません。

 セイロスが振り向いて応戦してきたので、ポチはそれをかわしました。そのままセイロスとポポロの間に割って入ります。

 フルートはセイロスと切り結びながら、どなりました。

「メール、ここから離れろ! 早く!」

「え、えっ……?」

 メールはまた驚き、とまどいました。闇がらすが言ったことが嘘か本当か、いま何が起きているのか、わからなくなってしまったのです。

 ゼンもどなりました。

「いいから早く行けって! ぐずぐずすんな!」

 その腕の中には犬に戻ったルルが抱かれていました。気を失っているのか、ぐったりしています。

「ルル!」

 とポポロは我に返って叫びました。雌犬へ手を伸ばします。

 ところが、それへ手を伸ばし返したのはセイロスでした。黒い籠手に包まれた腕が、空間を飛び越えてポポロの腕をつかもうとします。

 ポポロは悲鳴を上げて手を引っ込めました。黒い腕も戻っていきます。

「もうっ! 何がどうなってるのさっ!?」

 とメールは叫ぶと、花鳥を方向転換させました。全速力でその場から離れ始めます。

 セイロスはそれを追いかけようとしましたが、フルートが全力で阻止しました。ガン、ガン、ガギン、と剣が激しくぶつかり合います。

 すると、あたり一帯に甲高い声が響き渡りました。

「カーアカアカア! ポポロの正体はセイロスの婚約者だったエリーテだぞ! セイロスが闇の力を分け与えたから、こんなに魔力が強いんだ! 正義の勇者だなんて真っ赤な大嘘! ポポロの正体は闇の大将の女だったんだ! カカカァァァ!」

 

 セイロスは戦うのをやめました。空の真ん中でわめく青年を見上げます。

「この!」

 フルートはセイロスから闇がらすへ向かいました。切れないとわかりながら、切りつけようとします。

 青年は黒い鳥に戻りました。剣をかわして飛びながら騒ぎ続けます。

「カーアカーア! 金の石の勇者のうろたえぶりを見ろよ! 秘密をあばかれて焦ってるぞ! 勇者たちも闇の大将とぐるだったんだからな! 人間たちは本当に馬鹿だ! カカカカァァ――!」

 フルートは必死で剣をふるいましたが、鳥を黙らせることはできませんでした。カラスの声は空に地上に響き続けます。

 すると、フルートの傍らを黒い魔法がかすめました。セイロスが撃ち出した魔弾です。けれども、それはフルートたちを狙ったのではありませんでした。騒ぎ立てながら飛んでいくカラスを直撃して、一瞬で消滅させてしまいます。

「カーァ、ポポロはエリーテ、セイロスの昔の女ァァ――」

 闇がらすの声は山彦のように響きながら消えていきます。

 

 カラスの声を聞いたのはセイロスやフルートたちだけではありませんでした。ディーラにいたすべての人々が、空いっぱいに響くその声を聞きました。

 人々は空を見上げ、唖然としながら、聞いたことばを反芻(はんすう)していました。

「ポポロってのは、金の石の勇者の仲間だろう?」

「赤毛の女の子だ」

「女……」

「体は小さいけれど、ものすごい魔力を持つ魔法使いだそうだ」

「ものすごい魔力って……」

「お城の四大魔法使いが束になってもかなわないんだと聞いたことがあるぞ」

「そんなに強力なのか……?」

 ざわざわという話し声が、潮騒のように空まで伝わってきました。見上げる人々の顔が次第に不安に彩られていきます。

 フルートは空の真ん中で、この状況に立ちすくんでいました。

 闇がらすは消えましたが、カラスが言ったことは人々に伝わってしまいました。もう消し去ることはできません。

 すると、セイロスがフルートの目の前に現れました。フルートを血のような赤い目でにらみつけます。

「貴様……」

 めくれあがった口元から牙がのぞきます。

 フルートはとっさに言いました。

「ポチ、退却! メールたちと合流だ!」

 同じく空の中で立ちすくんでいたポチは、我に返って身をひるがえしました。猛烈な勢いで花鳥の後を追い始めます。

 花鳥はもう都の上空から離れていました。ポチもすぐに都の外へ出ていってしまいます。勇者の一行はディーラから撤退していったのです。セイロスがまだ残っているディーラから――。

「カカカァ、勇者が逃げたぞ! 真実を暴かれて逃げ出したぁ! カァァァ!」

 消えたはずの闇がらすの声がまた響きました。ディーラ中の人々がそれを聞きます。

 

 すると、声が聞こえてきた空に、鳩羽と少女が現れました。少女が柳の杖を突きつけて言います。

「往生際が悪いわよ! さっさと黄泉の門の向こうへ行きなさい!」

 何もない空の中で紫の火花が散って、カーァ、とカラスの声が響きました。それっきり二度と闇がらすの声は聞こえなくなります。

 けれども、そのときにはもう、フルートたち勇者の一行はディーラから姿を消していました。都の上空にいるのは、四枚翼で浮いているセイロスと、飛竜に乗ったギーだけです。

 少女は急に不安そうな顔になると、鳩羽にしがみつきました。

「ね、ねぇ……勇者たちがいなくなったわ。これからどうなっちゃうの……?」

「ぼくにもわからない」

 と鳩羽は弱々しく答えると、勇者たちが消えた空の彼方を振り向きました――。

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