黒い翼に黒い羽の服を着た闇がらすは、フルートとセイロスの間に浮いていました。二人の一騎討ちを邪魔している格好です。
セイロスが言いました。
「そこをどけ、幽霊鳥。どかねば、そいつと真っ二つにするぞ」
カラスの青年は首をすくめました。
「話に聞いていたとおりだね。大昔からこの世に戻ってきた王様は、敵でも味方でもなんでも殺したがるんだ。そんなだから、婚約者にも逃げられるんだよなぁ――」
今にも切りつけようとしていたセイロスが、動きを止めました。
防御をしようとしていたフルートとポチも、思わずカラスを見ます。
同じ話を聞いたメールとルルが、婚約者? と顔を見合わせました。
「そういや、セイロスには婚約者がいたって聞いた気がするよね」
「真実の扉を訪ねて回って、ジタン山脈の時の鏡で見たのよ。名前は、えっと、なんだったかしら?」
「エリーテだ……」
とゼンがうなるように答えたので、メールとルルは驚きました。
「そうそう。そんな名前だった」
「でも、ゼンが覚えてるなんて意外ね」
ゼンはそれには答えずに闇がらすをにらみつけました。
「どうしてあいつが知ってやがるんだ……?」
無意識のうちに片手で耳の後ろの首筋をなでています。
ポポロはメールの後ろから目を丸くして闇の鳥を見ています。
ディーラの城下町でも、大勢の住人がまだ空を見上げていました。
勇者と敵の大将の一騎討ちを固唾(かたず)を呑んで見守っていたのですが、大きなカラスが飛び込んできて青年に変わったので、いったい何が起きているのだろうと注目しています。
闇がらすの声は地上にもはっきりと伝わっていました。
「婚約者だってさ」
「あの悪魔に婚約者なんかがいたのか」
「いったいどんな女だよ? 信じられないな」
「逃げられたんだ。当然だな。悪魔なんかと結婚したいもんか」
口々にそんなことを話します。セイロスはディーラの住人からは悪魔扱いです。
ロムド王の執務室では、遠見の球体に映った青年を見て、ゴブリンのゾとヨが大騒ぎをしていました。
「あいつ、あいつ、闇がらすだゾ!」
「そうだヨ、そうだヨ! どうして闇がらすがこんなところにいるんだヨ!?」
「闇の国の怪物なのか?」
とトウガリが尋ねると、キースは顔をしかめました。
「噂話をまき散らして騒ぎを起こすのが、三度の飯より好物な奴だよ。相手かまわず騒いで回るから、闇の国でも鼻つまみものなんだ。フルートが願い石を持っていると触れ回って、闇の国の馬鹿な連中をフルートにけしかけたのも、あいつだ」
「最近声を聞かないと思ったら、死んでいたのね。でも、幽霊になって戻ってくるだなんて」
とアリアンは意外そうな顔をしています。
すると、ロムド王が言いました。
「その話なら我々もフルートから聞いていた。フルートは、自分の中の願い石を狙って怪物が押し寄せてくるから、と言って、ロムドを離れたのだからな。もう二年も前のことになる。奴が再び現れたということは、またフルートに怪物をけしかけるつもりでいるのだろうか」
「今度は闇の怪物の大群が押し寄せるというのですか? やっと飛竜部隊を駆逐しましたのに」
とリーンズ宰相は青ざめ、ゴーリスは自分の剣を握ると、ものも言わずに執務室から出ていこうとします。
すると、それまでずっと占盤と向き合っていたユギルが、突然立ち上がりました。
「いけません! あの闇の鳥に話をさせてはなりません!」
「やっぱり闇の怪物を呼ぶのか?」
とノームのピランが聞き返しましたが、ユギルはそれには答えませんでした。宙に向かって言います。
「四大魔法使い殿、お願いです! あの鳥を早く撃ち落としてください!」
せっぱ詰まったユギルの声に、部屋の一同が驚きます。
けれども、それに答える声はありませんでした。竜の怪物と激闘を繰り広げた魔法使いたちは、まだ力が回復していなかったのです。
ディーラの上空で、紫の長衣の少女が鳩羽を急かしていました。
「あいつを倒さなくちゃ! 早く!」
「よし」
鳩羽は闇がらすへ魔法を繰り出しました。幽霊であっても魔法攻撃は食らいます。ダメージを受けた瞬間に黄泉の門へ送り込もうと、少女も自分の杖を握ります。
ところが、魔法は闇がらすの手前で砕けて散ってしまいました。魔法の反動で鳩羽と少女が押し返されます。
闇がらすを守ったのはセイロスでした。黒い鳥の青年を見据えながら言います。
「おまえは何の話をしている。答えろ」
お世辞にも友好的とは言えない声です。
カカカ、と闇がらすは笑いました。
「焦ってるのかい、大昔の王様? 自分の過去を暴かれてさぁ。あんたには最愛の婚約者がいたんだってねぇ。名前はエリーテ。結婚するつもりだったのに、愛想を尽かされて破談になった。まあ、よくある話さ。ここまではね」
話を聞いていたフルートは、全身から、すぅっと血の気が引いていうような気がしました。嫌な予感が押し寄せてきて、たちまち危機感に変わっていきます。
同じ予感をポチも感じていました。焦ってフルートに言います。
「ワン、あいつは何を話すつもりなんだろう? まさか、まさか――」
まさか。いや、そんなはずは。フルートの中でも危機感と打ち消す思いが交錯します。
「だめよ!」
紫の少女が黄泉へ送り返す魔法を繰り出しましたが、魔法はセイロスに防がれて届きません。
フルートも我に返ると突進しました。セイロスではなく闇がらすに剣を振り下ろしますが、何度切りつけても刃はすり抜けてしまいました。闇がらすは無傷です。
そんなフルートたちを横目で見て、青年はカカカカ、と楽しそうに笑いました。セイロスへ目を戻して、ゆっくりと言います。
「あんたはエリーテにふられたのが悔しくて、城に閉じ込めた。ところがエリーテが逃げ出して敵の元ヘ行ったものだから、追いかけていって、待ち構えていた敵と大決戦になった。女ひとりに大変なことだよなぁ。知ってるかい? 人間たちは昔から言うんだぜ。『歴史の陰に女あり、争いの陰にも女あり』まさしくその通りじゃないか? 大戦争のあげくに、あんたは罠にかかって地の果てに幽閉されたんだ。そうだったよなぁ?」
すると、セイロスは突き刺すほど鋭い目で青年を見据えて言いました。
「貴様は何故それを話せる。それは契約によって何者にも語れなくなっているはずだぞ」
「自分から真実だと認めたなぁ、大昔の王様。それに、契約にはいつだって例外ってのがあるもんさぁ」
カラスの青年は翼の腕を打ち合わせて、あっという間にセイロスの向こう側へ飛んで行きました。図らずも、セイロスとフルートが前後に並んで青年と向き合う格好になります。
青年は入れ墨のある顔で、にやりと笑いました。
「ここから先の話を、金の石の勇者はもう知っているぜ。知らなかったのは、あんたと世界中の連中だ。耳の穴ほじくって、よぉく聞けよ――。あんたはエリーテに闇の竜の力を分け与えた。そして、その彼女を塔に縫いつけたんだ。そのエリーテは今、どこにいると思う? パルバン? 死者の国? いいや、エリーテはこの世界に生まれ変わっていたのさ。ポポロっていう天空の国の娘になってな――」
フルートは大声を上げてまた突進しました。闇がらすに繰り返し切りつけながら叫びます。
「黙れ! 黙れ! 黙れ!! いいかげんなことを言うな
!!!」
幾度切りつけても幽霊の青年を倒すことはできません。それでも、フルートはしゃにむに切りつけます。
そんなフルートの様子に、セイロスが顔つきを変えました。呆然とした顔から疑うような表情になって振り向きます。
その視線の先には、花鳥に乗っているポポロがいました――。