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第26巻「飛竜部隊の戦い」

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97.決戦・3

 墜落していくセイロスと、それを追いかけるフルートとポチ。

 フルートの剣はセイロスの首を狙っています。

 ところが、フルートが間合いに捉える直前、セイロスの背中に黒いものが広がりました。影のように揺らめいていたデビルドラゴンの翼が、いきなり実体化したのです。巨大なコウモリのような羽をばさばさと打ち合わせます。

 フルートはぎょっとして剣を引きました。ポチも思わず速度を落とします。

 けれども、実体化したのは翼だけでした。長い首や体は影のまま薄く広がり、セイロスを包み込んでいきます。

 ポチが言いました。

「ワン、早く金の石を!」

 フルートも我に返ると、胸のペンダントへ叫びました。

「光れ! デビルドラゴンを焼き尽くすんだ!」

 たちまち金の石が輝きました。フルートの横には願い石の精霊が現れて肩をつかみます。

 爆発するような金の光が、都の上に広がります――。

 

 ところが、光がおさまった空に、セイロスがまた姿を現しました。

 背後で四枚の翼が羽ばたいていますが、それ以外の影の竜は見当たらなくなっています。

 代わりに、セイロスの鎧が形を変えていました。黒い兜は竜の頭部そっくりの形になり、胸当てや肩当ては大きく鋭くなり、さらに全体が漆黒のうろこでおおわれています。うろこの間には血管のような赤い筋模様も走っていました。本物の血液が流れているように、防具の上で脈打っています。

「ワン、デビルドラゴンがセイロスの鎧と合体したんだ」

 とポチが言うと、願い石の精霊が言いました。

「あの赤い筋は、私と守護のに対抗するために鍛えられたフノラスドのなれの果てだ。闇の竜があの鎧と合体したために、守護のの光が効かなかったようだな」

 すると、金の石の精霊も姿を現して、厳しい声でフルートに言いました。

「何故もう少し早くぼくを使わなかった。奴が鎧と合体する前なら、相当の打撃を与えられたんだぞ」

「タイミングが遅れたんだ。ごめん」

 とフルートは答えました。その右手は炎の剣を握りしめたままです――。

 

 そこへ、上空から声がしました。

「セイロス! 大丈夫か!?」

 飛竜で舞い降りてきたのはギーでした。オリバンとロムド兵に見つかり、追い立てられて空を逃げ回っていたのですが、振り切って駆けつけてきたのでした。

 一緒に逃げていたバム伯爵は、どこかに逃げ込んで見当たらなくなっていました。

「無論だ」

 とセイロスが答えました。今までとまったく変わらない声です。

 ギーはそんな彼をほれぼれと見ました。

「防具がすばらしく強そうになったじゃないか。空も飛べるなんて、本当に魔法の防具だな」

「だが、長くは飛べん。おまえの飛竜に乗せろ」

 とセイロスは言って、ギーの飛竜に相乗りしました。その背中から鎧の中へ、四枚翼が消えていきます。

 ギーは飛竜をせかしてフルートから距離を取ります。

 

 一方、フルートにはゼンとルル、メールとポポロが駆けつけました。口々にフルートに言います。

「惜しかったな! もうちょっとでデビルドラゴンの奴に強烈な一発を食らわせられたのによ」

「あいつ、鎧に乗り移ったのかい? そんなことができるなんてさ」

「鎧はセイロスとつながってるわ。鎧もセイロスの体の一部なのよ」

「つまり、デビルドラゴンはセイロスの表面に現れたってことね。いっそう外に出てきたんだわ」

 そこへ銀鼠と灰鼠も空飛ぶ絨毯で飛んできました。

「ぼくたちの魔法なら、あの鎧も破れるかもしれないよ」

「威力は弱いから援護程度にしかならないけどね。それでなんとか攻撃できない?」

 ディーラの上空で、セイロスとギー、フルートと仲間たちが相手の隙をうかがってにらみ合います。

 

 そして、彼らの下の城下町では、大変な数の人が空を見上げていました。先ほどフルートが使った金の石は、町全体も聖なる光で照らし、負傷したり火傷を負ったりした人々を癒やしてしまったのです。

 もちろん光が届かない場所はあったので、全員が元気になったわけではありません。いまだに建物の下敷きになって苦しんでいる人もいます。けれども、元気になった人々が駆けつけて救出を始めていました。怪我人が減ったので、野戦病院での治療もはかどるようになっています。

 飛竜部隊は都の上空から駆逐されたし、巨大な竜の怪物も聖守護獣たちによって退治されました。火事も河童を始めとする魔法軍団の活躍で、ほぼおさまっています。

 人々の関心は、空で戦う勇者の一行とセイロスに集まっていました。誰もが勝負の行方を固唾を飲んで見守っています。

 

 すると、ロムド城の野戦病院に小さな少女がやってきました。紫の長衣を着て黄色い巻き毛に紫のリボンを結んでいます。

 鳩羽の魔法使いが治療の合間に見つけて声をかけました。

「どうしたんだい、紫? こんなところに来て?」

 少女はすぐに鳩羽に駆け寄ると、周囲を見回しながら言いました。

「怪しい気配がするのよ。鳩羽は感じない?」

「気配――戦闘が始まる前に都の外に感じたという、あれかい?」

 少女はうなずきました。

「邪悪な霊の気配なのよ。都の中まで入り込んでいるわ」

 それを聞いて、鳩羽は立ち上がって周囲を見回しました。城の前庭に設営された野戦病院では、大勢の怪我人が魔法医の手当を受けていました。金の光で怪我が治ったので、修道女に包帯を外してもらっている者もいます。

 鳩羽は首をかしげました。

「ぼくにはそういうものを感じる力が備わっていないから、わからないな。気配の主はあのランジュールなんだろう? どこかに潜んで、この戦いを見ているのか」

 ところが少女は激しく頭を振りました。巻き毛とリボンが大きく揺れます。

「そんなはずないわ! あたしはあいつが侵入できないように、都の周りに結界を張ったのよ! あいつが都にいるはずないわ!」

「じゃあ、他の邪悪な霊が入り込んでいるっていうのか? いったい何者だ?」

 とまどう鳩羽に少女はすがりつきました。

「お願いよ、隊長に知らせて! なんだか嫌な予感がするのよ!」

 鳩羽は今度は困った顔になりました。

「今はだめだ。紫も先ほどの隊長たちの戦いを見ただろう? 隊長たちは全員、都を守るために力を使い果たして休んでおいでなんだ。ぼくたちの報告を受ける力さえ、まだ回復していないんだよ」

「そんな!」

 少女は泣き出しそうになりましたが、衣の裾を握りしめて涙をこらえると、毅然と言いました。

「邪悪な気配の正体を突きとめなくちゃ! 絶対に何か良くないことが起きるわ! その前に見つけ出して退治しなくちゃいけないのよ! 鳩羽、あたしと一緒に来て!」

 鳩羽はいっそう困りました。彼は魔法医で、ここは野戦病院です。自分の持ち場を捨てるなど考えられません。

 けれども、少女は真剣そのものでした。彼女は霊相手に強力な力を発揮できますが、それ以外の魔力は持ち合わせていなかったのです。自分よりはるかに背が高い鳩羽を、ひしと見つめています。

 

 そのとき、一羽の鳥がロムド城の上を飛びすぎていきました。全身真っ黒なカラスです。野戦病院になっている前庭の上も横切っていきます。

 とたんに少女が叫びました。

「あいつ!」

 けれども、そのときにはもうカラスは城壁の向こうへ飛び去っていました。

 それが邪悪な霊なのだと察した鳩羽は、即座に少女を抱き上げて肩に乗せました。

「後は頼む」

 と仲間の魔法医へ言い残して姿を消していきます。

 カラスの姿をした得体の知れない侵入者。

 その存在によって、戦況は大きく変化しようとしていました――。

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