数え切れないほど剣をぶつけ合った後、セイロスはまたフルートから距離を取りました。フルートがにらみつけてきたので、にらみ返します。
すると、背後から竜の影が話しかけてきました。
「コンナコトニイツマデ時間ヲカケルツモリダ? 我々ノ兵ハイナクナッテシマッタ。残ル手段ハヒトツダケダ」
ふん、とセイロスは剣を握り直しました。
「私は撤退はせん。ここは私の国、ここの王は私だ。王が撤退するなどありえない」
「退却スルトハ言ッテイナイ」
と闇の竜は答えました。笑うような声です。
「飛竜部隊ハ駆逐サレ、我ガ血潮ヲ分ケタ竜ハ敵二倒サレタ。ダガ、元ヨリ我々ニハ援軍ナド必要ナカッタノダ。コノ世界ニ闇ノチカラハ無尽蔵ニ存在シテイル。ソレヲ呼ビ集メ、敵ヘ下シテヤレバヨイダケダ。人ハ、ヒトリノコラズ我々ニヒレ伏ス」
「黒い魔法は使わんと言っている」
とセイロスはそっけなく答えました。そこへフルートが切り込んできたので、剣で受け止め、押し返して切り返します。
フルートが背後に回り込もうとしたので、素早く振り向いてまた切りつけますが、フルートとポチは剣の下をかいくぐって避けました。セイロスはまた大きく飛び置いて距離を置きます。
「押サレテイルデハナイカ」
と闇の竜があざ笑いました。
「要ノ国ノ王ガ聞イテアキレル。アンナ子ドモヲ恐レルトハ」
「フルートを恐れているのは、おまえだろう」
とセイロスは言い返しました。
「おまえは私という殻から出ようとしているのだからな。そこへ金の石の聖なる光を食らえば、おまえはひとたまりもない。だから、この場から離れたがるのだ」
背後の竜は沈黙しました。
伝わってきた怒りと憎しみに、セイロスは冷ややかに笑いました。
「おまえたち真理の怪物は嘘がつけないから哀れだ。おまえが私に黒い魔法を使わせて、私の体と心を乗っ取ろうとしていることも、私にはわかっている。その手には乗らんと言っているのだ」
すると、竜も笑うような声をたてました。ひそやかに言います。
「ワカルノハ当然ノコトダ。我ハオマエ、オマエハ我ナノダカラナ――。ダカラ、我ガイナクナレバ、オマエモコノ世ニハ存在デキナクナル」
そこへまたフルートが切りつけてきました。
セイロスは受け止め、半回転しながら剣を押し合って、なぎ払いました。
フルートが竜の影をかすめていったので、影はしぼむように小さくなり、フルートが離れるとまた大きくなりました。身震いするように揺れてからセイロスへ言います。
「ワザト戦イ続ケテイルノカ! 我ヲ危険ニサラスタメニ!」
ようやく真意に気づいた竜に、セイロスは薄笑いをしました。
「出しゃばりすぎなのだ。おとなしく私の中に戻れ。私の主は私自身だ」
「キサマ――!」
セイロスと闇の竜のいがみ合いは続きます。
そこへ、さらに上空からギーの声が響きました。
「下だ、セイロス! 敵が狙っているぞ!」
とたんに、どん、という衝撃がありました。赤い炎の塊が、セイロスの傍らを下から上へ飛び過ぎていきます。
セイロスは、ぎょっとしました。
フルートは彼の正面にいます。炎を撃ち出したのはフルートではありません。しかも、炎は彼が張っておいた闇の障壁を突き抜けてきたのです。
ひゃっほう! と下から歓声が響きました。ルルに乗ったゼンが腕を振り回して叫んでいます。
「いいぞ、銀鼠、灰鼠! もっと食らわしてやれ!」
セイロスが乗る飛竜の真下には空飛ぶ絨毯が浮いていて、灰色の長衣を着た男女が彼を狙っていました。杖から撃ち出された炎がまた闇の障壁を抜けて飛んできます。
ちっ、とセイロスは舌打ちしました。グルのしもべが使う魔法は、光にも闇にも属していないので、闇の障壁で防ぐことができません。威力はさほどでなくても、飛竜に命中すればダメージをくらいます。
ところが、絨毯へ魔弾を撃ち出すと、間にゼンが飛び込んできました。両手を広げて魔弾を跳ね返すと、にやっとふてぶてしく笑います。
「俺がここにいるんだから、銀鼠たちには攻撃させねえぞ。観念しやがれ」
「くだらん」
とセイロスは言うと、左手をゼンに向かって振りました。何も持っていなかったはずの手から、幾本もの剣が現れて、まっすぐゼンへ飛びます。
「うぉっとぉ!」
「危ない!」
ルルはゼンを乗せたまま剣を避けましたが、剣は向きを変えて後を追ってきました。
「もう、しつこいわね! しつこい男は嫌われるわよ!」
とルルは風の尾で剣をたたき落とします。
再び銀鼠たちが炎の魔法をセイロスへ繰り出しました。闇の障壁を突き抜けますが、セイロスがかわしたので、飛竜には命中しません――。
そのとき、飛竜が突然動きを停めました。
翼は羽ばたきを続けているのですが、前進できなくなったのです。何かに引き留められているような感じです。
「なんだ?」
とセイロスは振り向き、緑の蔓が飛竜の長い尾に絡みついているのを見ました。蔓は下で羽ばたく花鳥から伸びていました。闇の障壁をすり抜けて、飛竜まで届いていたのです。
ひゃっほう! とゼンがまた叫びました。
「いいぞ! とうとう捕まえた!」
メールが得意そうに答えました。
「銀鼠さんたちの火が障壁に穴を開けてくれたからね! そこから入れたのさ!」
「どいつもこいつも!」
セイロスは歯ぎしりすると、魔弾で蔓を断ちきりました。反動で花鳥が吹き飛ばされましたが、花の翼を打ち合わせて停止します。
そのとき、ひゅぅっとセイロスを剣がかすめていきました。
真正面にフルートが飛んできていたのです。剣を真一文字に構えてセイロスをにらんでいます。
「とうとう捉えたぞ」
とフルートは言いました。冷静な声です。
セイロスはとっさに魔弾を撃ち出しましたが、金の石が光って砕きました。
フルートが剣を振り上げます。
セイロスも剣を構えますが、間に合いません――。
すると、フルートは切っ先を下に向けて、セイロスの飛竜を突き刺しました。うろこにおおわれた皮膚を貫き深手を負わせます。
次の瞬間、飛竜は炎を吹き上げて燃え上がりました。フルートが使っているのは炎の剣だったのです。
「この――!」
セイロスは飛竜の火を消そうとしましたが、そこへ下からも炎が飛んできました。こちらは銀鼠と灰鼠の魔法です。飛竜が完全に火に包まれてしまいます。
ギェェェェ……
飛竜は背中からセイロスを振り落としました。空中を狂ったように飛び回りますが、火は消えません。
やがて飛竜は翼まで焼かれて、空から墜落していきました。都の壁の外へ落ちて燃えていきます。
一方、飛竜から振り落とされたセイロスも墜落していきました。こちらは都の中へと落ちていきます。
フルートとポチは後を追いかけました。セイロスの背中が近づいてきます。そこに現れているのは影のデビルドラゴンです。墜落を停めようとするように、羽ばたきを繰り返しています。
「ワン、行けますよ! 金の石を使うチャンスです!」
とポチが言いました。影の竜が目の前に迫ってきます。
ところがフルートは剣を構えたままでした。黒い柄を両手で握って、刃をセイロスの頭に向けています。まるで──セイロスの首をはねようとするように。
「フルート!?」
ポチは驚いて叫びました――。